さて、少し時は遡り――
『さぁ年末の中山で争われる夢のグランプリ、有マ記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!』
ミザールたちの故郷では――
教頭の家に、親戚知り合い友人諸々一同が、集まっていた。
「斎藤さん!! ほら早く早く!!」
「あぁーもう、わかってるって!!」
その、お世辞にも広いとは言えない居間に集まった彼らの目は、目の前。
この日のために導入した大型テレビ――
そこに映る、中山競技場に向けられている。
各々――ハチマキやらメガホンやらタオルやら何やら、物品を持ち寄り。
その時を、緊張した面持ちで待ち続ける。……
『毎年歴戦の猛者たちが集まる有マ記念ですが、今年は特に素晴らしい面々が揃っていますね! まずは三番人気から紹介していこうと思います!』
府中刑務所――
食堂に備え付けられたテレビは。
遠く離れた地の、競争の様子を届ける。
「……」
かつてサングラスと呼ばれたその男は。
食事を続けながらも。その様子から、目が離せないようであった。
その眼光に、往年の鋭さ、悪意はなく――
どこか。
親愛に似た光が、灯っていた。
『さぁ、そういうわけで今年も粒揃いの有マ記念ですが、解説の中村さん、いかがでしょうか!』
「――あ! みんな! また社長が抜け出そうとしてる!!」
ヒスイグループ本社――
社長室を通りがかった秘書の女性は、廊下にて大声で呼びかける。
『――!!』
するとどこに隠れていたか、大勢のスーツ姿の社員が現れ――
ぎくり、と身体を震わせた壮年の男性を、やや乱暴に取り押さえていた。
「社長室に連行しなさい!! パスワードをもう一度替えますよ!!」
「嫌だぁー!! 行きたい行きたい行きたいぃー!! 実の娘の晴れ舞台に立ち会えない親なんて、親失格だぁー!!」
「わからないことを言わない!! この日のために社長室に32Kのハイエンド大画面モニターを取り付けたんでしょう!! ほら!! さっさと仕事に戻る!!」
「うわぁー!! ちくしょー!! 小林君めぇー!! こんなタイミングで面倒な商談持ってきおってー!! 末代まで恨んでやるー!!」
駄々っ子のように叫ぶ社長が連行されていくのを見ながら、秘書は腕時計を確認する。時計の針は、間もなく出走することを示していた。
薄暗い、監獄のような部屋。
かつて、あるウマ娘を幽閉していたその部屋を。
使用人であるその女性は、日課として、その日も掃除する。
ふと、部屋の隅。薄汚れたブラウン管テレビが目に留まり――
おもむろに、電源を入れていた。
『――、――……』
そこに映った、見覚えのある姿に。
彼女は、思わず手を止め。食い入るように、画面を見つめ始めていた。
そして――現地。
「……」
サファイアミザールの父は、実の娘の、一世一代の晴れ舞台を見守る。
既に潤み始めている目元を、ハンカチで拭いながらも。
懐から出すのは、一枚の写真。
そこには、一人の女性が微笑んでおり。
彼はその女性と目を合わせると、自身もまた、優しく微笑む。
「……ミザール」
そして彼は。
誰にともなく、ぼそりと呟いた。
「思い切り、やってきなさい。……後悔の、残らないように」
「――はぁ。よーやくゲートインかいな」
観客席の最前列。
タマモクロスは、呆れたように息を吐いていた。
「いくらなんでも話し過ぎやろ。同窓会やないんやで?」
「積もるお話があったのでしょう。ここまで、色々ありましたからね」
「おっしゃ、じゃあアタシたちも演奏会で対抗しようぜ! ファゴット持ってこい!」
「微妙に韻踏んでるのが腹立ちますわね……」
呼応するのは、メジロマックイーンとゴールドシップ。
「……『彼女』がルドルフと走ったのが、もう遠い昔のことのようだな。懐かしい」
「そうだね。もう
柔らかな声で話すオグリキャップに、ライスシャワーが答え。
「なんなんだこの面子は……」
「行くっつったのはお前だからなシリウス」
「さてさて、去年の有マではかなりの好走だったけど。今年はどんな走りを魅せてくれるのかなぁ……?」
シリウスシンボリとナカヤマフェスタは、どこか居心地が悪そうな顔をしており。
ミスターシービーは、好奇心旺盛に言う。
「あ~~、なんかこっちまで緊張してきたぁ! ヒスイちゃんは大丈夫そうだったけど、ターボちゃん……最後まで走れるかな!?」
不安そうな声色なのは、マチカネタンホイザ。
「大丈夫です、今日のために、あれだけ『作戦会議』をしてきたのですから」
「あの子……ちゃんと作戦通りに走ればいいけどね……」
「信じましょう。あとは、信じるだけです」
それに、イクノディクタスと、ナイスネイチャが続いた。
「……」
無言で見つめているのは――
ナリタブライアン。
それに声を掛けるのは――
「……はは。ブライアン。そんなに怖い顔をしなくてもいいだろう」
隣に立つ。
シンボリルドルフだった。
「何も、世界の終わりというわけじゃないんだからな」
「……ただ真剣に見ているだけだ」
「しかしホンマにえかったんかルドルフ。ここまで駆け付けて。色々あるんやろ――」
朗らかに笑うルドルフに、タマモクロスは言った。
「
「あぁ。エアグルーヴが代役を買って出てくれたよ。本当は手伝うつもりだったのだけれどね。私がそわそわしてるのを見て、許可してくれたんだ」
「本当にいつまでも
「ははは。手厳しいな……そうだな。そろそろ卒業しないとな」
マックイーンの鋭い指摘に笑ったルドルフは、ターフの上の『彼女』の姿を見た。
まだ『会長』としての日は浅いが――もうすっかり、威厳ある佇まいになった、彼女。
「……さぁ、魅せてくれ、みんな」
そして――
言っていた。
「君たちの、最高の舞台を……私たちに、見せてくれ」
その傍ら――
また別の観客席から。
彼らも、その時を待つ。
「……」
いつになく真剣な表情の西崎が。
「……」
ノートパソコンを開いた南坂が。
「……」
眼鏡を指で押し上げた、リギルのトレーナー――東条が。
「……」
そして――
ミザールの、担当が。
他――専属契約を結んでいる、トレーナーたちが。
各々の育て上げた、各々のウマ娘を。
親友を。
戦友を。
相棒を。
見つめる。
最良の結果になるように。
最善の結果を出せるように。
その時を。今か、今かと、待ち続ける――
そして。
現在へと、時は戻り。
『さぁ、各ウマ娘、ゲートインが完了しました! 間もなく出走です!!』
とうとう。
その時は――来る。
ゲートの中で。
歓声が、遠のいていく。
程よい緊張感の中。
私は、ひとり、唱えていた。
これまでの、苦難を。
これまでの、苦悩を。
これまでの、懊悩を。
これまでの――困難の、数々を。
それでも。
それらを。
確かに。
乗り越えてきたことを。
感じながら。
思い出しながら――
「……位置について」
唱えた。
「よーい……」
唱えた。
――……
……、
唱えた。
「――どん」
――刹那。
重厚な金属音と共に。
目の前の、ゲートが、開いた――
「――ッ」
そして。
走り出す。
そして、
駆け出す――
前へと。
決戦の舞台へと――
駆け出した。
そうして。
総勢十六人のウマ娘による、熾烈な勝負が――幕を上げた。