16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p8

-◆◇◆-

 

 

 

 目の前で繰り広げられるレースを見守りながら、東条は回想する。

 そう、最初の彼女はそんな風で。トレーニング方針にも頭を悩ませた。

 この原石のような少女を、自分が適切に仕上げられるのか――そんなことすらも考えた。

 ――だが。いざトレーニングを始めてみると。

 彼女は、その頭角を一気に現していた。

 

 まるで彼女は――乾いたスポンジが、水を吸収するように。

 新たな知識を、凄まじい勢いで吸収し始めたのだ。

 初めて教えるはずの技術も。

 ものの数十分も経てば、自分のモノにしてしまう。

 教えていない技でさえも。

 少し観ただけで、『盗んで』しまう。

 放っておいてもぐんぐんと変わっていく彼女を見て、東条は薄ら笑いすら浮かべていた。

 それを表現するに最適な言葉を、彼女は良く知っている――

 

『天才』と。

 いうやつか、と。

 

 ――そんなコハクダブルスターは、今、あの『異次元の逃亡者』に追い縋っている。

 集団を置き去りに、一目散に駆け出そうとするサイレンススズカを。

 逃すまいと、ぴったりとくっ付いている。

 

「っ……」

 

 その展開は――

 さしものスズカにとっても、想定外のものだった。

 誰かが自分に追い縋ってくるだろうとは思っていたが――

 まさか、ここまでぴったりくっついてくるとは。

 

「――、」

 

 だが、落ち着く。

 まだレースは始まったばかり。

 努めて冷静に、ただ前だけを見据えて、走ることに集中する――

 

「……」

 

 そのさなかで――

 

「……さいれんすすずか……」

「――?」

 

 コハクダブルスターは、ぼそりと呟く。

 

「異次元の逃亡者……かっこいい名前……きっとすっごい速いんだろうなって、思ってた……」

 

 その言葉は、止まらぬまま紡がれていき――

 

「――、」

 

 その口端が。

 不気味に、吊り上がっていた。

 

「――なんだ、

 

 

 

 案外、遅いんだね」

 

 

 

 その言葉を最後に。

 彼女は――サイレンススズカの前に、出ていた。

 

 

↑UP! 1st コハクダブルスター

↓DOWN… 2nd サイレンススズカ

 

 

「――」

 

 スズカは、その光景に目を見開く。

 とはいえ、レースは序盤も序盤。

 抜かれたからと言って、無理に抜き返すこともない。

 冷静に。

 落ち着いて。

 それに対処すべきところでは、ある――

 

「――、」

 

 それでも。

 スズカは――

それを、手放しで見送れなかった。

 

「――あまり、」

 

 悠然と揺れる芦毛に――

 

「嘗めた口を、利くんじゃないわよ」

 

 追い縋り。

 あっという間に、追い抜き返していた。

 

 

↑UP! 1st サイレンススズカ

↓DOWN… 2nd コハクダブルスター

 

 

「――っ」

 

 それを見たコハクダブルスターは――

 

「――あははははっ!!」

 

 楽しそうに、哄笑すると。

 さらに加速し、再び前に出る。

 

 

↑UP! 1st コハクダブルスター

↓DOWN… 2nd サイレンススズカ

 

 

「――っ!」

 

 それに負けじと――スズカが再び前に出て。

 

 

↑UP! 1st サイレンススズカ

↓DOWN… 2nd コハクダブルスター

 

 

 更に負けないとばかりに、コハクが前に出て――

 

 

↑UP! 1st コハクダブルスター

↓DOWN… 2nd サイレンススズカ

 

 

 そんな競り合いが。

 

 

↑UP! 1st サイレンススズカ

↓DOWN… 2nd コハクダブルスター

 

 

 短時間に。

 

 

↑UP! 1st コハクダブルスター

↓DOWN… 2nd サイレンススズカ

 

 

 何度も。

 

 

↑UP! 1st サイレンススズカ

↓DOWN… 2nd コハクダブルスター

 

 

 繰り返される――

 

 

『おぉぉ凄まじい! 序盤から凄まじい先頭争い!!』

 

 逃げ続ける逃亡者を。

 彗星が捉え続ける。

 序盤とは思えないその競り合いを、実況は熱のこもった声で伝え。

 

「……」

 

 西崎は、それを不安そうな面持ちで見守る。

 サイレンススズカ嘗ての希望で、ここ最近は、彼女のトレーニングの強度を上げてきた。

 そのお陰で、その能力は、徐々にではあるものの、今なお伸び続けている。

 だが彼女も――もう『全盛期』を通り過ぎている身。

 無理をし過ぎれば、身体に、本来不要で支え切れないほどの負担がかかることになる。

 何かやり取りがあったのか。

 いつも冷静なスズカにしては、かなり『掛かって』、コハクダブルスターと競り合っているように見えた。

 西崎は。どうにか突き放してほしいと思う一方で。

 やり過ぎないようにしてくれよ、と、願いもしていた。

 

 一方――

 

「――、」

 

 そんな彼女らの後方にて。

 サファイアミザールは、飽くまで冷静に、状況の分析を続けていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 コハクちゃんに対する第一印象――

 というか、真っ先に思い浮かぶ感想は。

『変わった子』、だった。

 いつ何時も奇妙な行動に及び。

 先生に見つかって問い詰められれば。

 独特の世界観で、怖気付くこともなく答える。

 レースも、本心から『かけっこ』という風で。

 勝っても負けても動じない彼女には……まぁ、楽しいことくらいの認識なんだろうな、とずっと思っていた。

 

 ――その彼女が。

 あのコハクちゃんが。今。

 目の前で――

 あの、サイレンススズカさんと、競り合っている――

 

「……とんでもないな……」

 

 感動すら覚える。

 これまでのいくつかの公式レースで。

 その独特過ぎる立ち居振る舞いと、圧倒的な速度で支持を集めてきた、というのは知っていたけれど。

 まさかそれが――

 今日、ここまでになるなんて。

 

「……、」

 

 ただまぁ。

 焦らない。

 そんな状況を見届けながらも。

 一旦、状況確認を終える――

 今の順位は――(敬称略!)

 

 

1st サイレンススズカ

2nd コハクダブルスター

(この辺はもうほぼ同順位かな……)

3rd ツインターボ

4rd アグネスタキオン

5th ヒスイレグルス

6th ダイワスカーレット

6th エルコンドルパサー

8th サクラチヨノオー

9th 私!

10th マンハッタンカフェ

11th セイウンスカイ

12th グラスワンダー

 

 

 ……一旦こんな感じかな。

 

 順位としてはちょうど真ん中のあたり、ひとまず順当な序盤って感じではある。

 スズカさんとコハクちゃんは先頭で競り合っている。

 そのすぐ後ろに、ターボさんが着いている。無理矢理に抜いていかないのはちょっと意外かも。

 タキオンさん、事前情報通り、結構な速度で先団に入ってるな。

 ヒスイちゃんがそこにいるのは……少し意外かも。もう少し遠慮するかと思ってた。

 スカーレットさんとエルさんの競り合いも凄いな。二人ともあんなに飛ばしちゃって大丈夫なんだろうか……

 チヨさんは相変わらず何考えてるのかよくわかんない……

 そして斜め後ろの辺りにカフェさんね。わかってるよ……隙を見せたら差すぞって気迫がびりびり伝わってくる。

 しかし逃げ戦術のはずのスカイさんがかなり後ろにいるのも意外だな。何を狙ってるんだろ……

 グラスさんも一瞬の隙を見極めてる感じ。でもあの距離なら、差されてもまだ立て直す余裕はありそう……

 

 さて、どう攻め取るか――

 

 一瞬の思考のうちに、トレーナーさんの言葉が思い出される。……

 

『――以上十五名、何度も言うが、相当ヤバいレースになるぞ』

『正直、去年の有マなんぞ比較にならん。全員が示し合わせたんじゃないかってくらいのオールスターゲームだ』

『全方位、全時間、片時も気を抜けない。気を抜けば、あっという間に抜き去られる』

『だがそれに関しては――他の出走者も一緒だ』

『この異様なまでの面子に対して――』

『威圧を感じない奴は、そういない』

 

「――!」

 

 そんな、彼の言葉を裏付けるように。3コーナー終端――

 先団――タキオンさんが、ターボさんを追い抜いていた。

 あぁー、とかいう絶叫が聞こえた気がするけど――ターボさんは、その『威圧を感じる奴』の一人だったかも。

 もしかしたら――スカーレットさんとエルさんが強めに張り合ってるのも、そのことの表れなのかな。

 なんか、そんな風に考えていくと――

 全部が、その裏付けみたいに見えてくる――

 ……ちょっとだけ。

 心の余裕が生まれる。

 

「――?」

 

 刹那――

 私は、捉えていた。

 すぐ傍、前方を走るチヨさんの足並みが――

 

 少し、崩れている?

 

「……」

 

 なるほど。

 キミも、『こっち側』の子ですか!

 この威圧に気圧されて、集団の速さにちょっと置いてきぼりくらいかけてるのかも。

 正直、同情するところではあるんだけど――

 

「――、」

 

 レースは4コーナー入口――

 ……ごめん、チヨさん。

 先、

 行かせてもらうね――!!

 

「――ッ!」

 

 そう思って。コーナーの始めも始め。

 私は力いっぱい、一歩を踏み出s「でしょうね」

 

 

「――そう来ると思ってました」

 

 

 ――思考のさなか。

 そんな声が。

 聞こえた気がした。

 

「――!?」

 

 瞬間――

 

 チヨさんが。

 加速していた。

 

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