16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p9

-◆◇◆-

 

 

 

 まだ私が、あのトレーナーさんに振り回されていたころ。

 私は、タマちゃん先輩と併走をして、苦い経験をした。

 彼女に追いつこうとして。

 突き放される。

 もう一度追い抜こうとして。

 突き放される。

 それを繰り返された結果――

 介入してきたマックイーンさんに、新人いびりとか煽られてた。

 

 あの行動に、実際どんな意図が込められていたかわからない。

 ただ私を弄んでいただけかもしれないし、私の中の何かを目覚めさせるための、スパルタ特訓の一種だったのかもしれない。

 どちらにせよ私は、最終的に、口論する二人に割り込む形でしか追い抜けなくて。

 併走としては、完敗という悔しい結果に終わってしまったわけなんだけども……

 

「――……」

 

 ――今の状況に。

 その光景が、ぶれて重なっていた。

 

 ――は?

 

 は――!?

 

 な。

 何が起きた!?

 

 だって、だってさっき、チヨさん、あんなに苦しそうな走り方してたじゃん。だから私は、それを隙と捉えて抜け出そうとしていたのに。

 そこからしっかり足を踏み込んで加速? して私を突き放す!? そんなことして大丈夫なの!? 足の方は――

 

 ――いや……

 

 あれ!? な、何もおかしくない。あの子、私を突き放した今は、ごく普通に走ってる。

 ちゃんと集団の足並みに合わせて、妥当な速度で、変わらず私の前を走っている。

 

 足の異常なんて――ない。

 そんなのありましたか? と、けらけら笑っているようにすら見える。

 

 ……え。でも。

 だとしたら、でも。

 私が今見た、さっき見極めたアレは、一体、どういう――

 

「……」

 

 瞬間的な思考。

 昂った気持ちに押されたからか。

 その結論は――すぐに出てきていた。

 

 ……まさか。

 まさか――

 

 ブ。

 はったり(ブラフ)――!?

 

 

「――い」

 

 

 いや。

 いやいやいや。

 ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て――!

 いや、別にそれが悪いとか言いたいわけじゃない。正々堂々の勝負の世界、正道とか外道だとか言ってられるような綺麗なものばかりじゃない。相手をだますため、相手を嵌めるため、そういう手を使うのも時には必要だ――

 

 でも。

 でもそのはったりは――

 あまりにも、ピンポイント過ぎるでしょ!

 

 結果的に私は嵌まったけど、他の子たちは気付いてすらいなさそうだし――実際、カフェさんなんか顔色一つ変えてないよ!?

 

 そんなことしたって、どうなるの。

 そんなことしたって、このレースに勝てるとは限らない。

 

 そんなに、私だけを『抑え込んだ』って。

 

 なん――

 

 

 にも――……

 

 

「……」

 

 

 ……

 

 ……あ。

 

 

「……あ……」

 

 

 ……あぁ。

 

 わかった。

 

 今――ようやくわかった。

 

 あの時。出走の直前に。

 私が啖呵を切った時。チヨさんが、なぜただ一人、反応しなかったのか。

 どうしてただ一人、答えなかったのか。

 なんでただ一人、微笑むだけで、何一つ、反論もしなかったのか――

 

 ……ようやく。

 

 わかった。

 

 この子の、目的は。

 

 今日、ここまでのし上がってきた、この子の、唯一絶対の目標は――

 

 

 

 ――有マ(ここ)で、勝つことじゃない――……

 

 

 

 サファイアミザール()に、

 

 

 

 勝つことなんだ――!!

 

 

 

「――!」

 

 瞬間。

 チヨさんが、肩越しにこちらをちらと見る。

 その、可憐な、人懐っこい瞳が。

 

 

 

 私を。

 冷徹に貫いていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 サクラチヨノオーのトレーナーは。

 彼女の疾走する姿を、真っ直ぐに見つめていた。

 そう、これまで積み上げてきた努力。

 これまで、積み重ねてきた実績。

 繰り返してきたトレーニング。

 その全ては。

 今日――この日の為だった。

 

『――トレーナーさん』

 

 思い出される。

 

『……実は、お願いがあるの』

 

『あの日』の、あの会話が。

 

『私――来年の、有マに出たい』

 

『有マに出て……そして』

 

 

 

 

『あの子の夢を、

 

 滅茶苦茶にしてやりたい』

 

 

 

 

『……お嬢』

 

 絶句するトレーナーに。

 彼女は、一歩ずつ近付く。

 

『だって……だって、おかしいじゃないですか』

 

 その口元を。不気味に歪めて。

 

『今私は、あの子の傍にいるのに。あの子の目の前で走っているのに』

 

 その瞳を、妖しく光らせて。

 

『あの子は、私になんて目もくれずに、ずっと、ずっと、大きなものを、ずっと、ずっと、先のものを見ている』

 

 その先に。

 トレーナーではない誰かを。

 

『それってつまり、私なんて、眼中にないってことじゃないですか』

 

 確かに。

 見据えて――

 

『……そんなの嫌だ。そんなの認められない』

 

『だから、だから、今から力をつけて、もっと、もっと、強く、大きくなって……』

 

『……そして、後悔させてやるんです』

 

 

 

『私を、ちっぽけに見積もったこと。

 

 心の底から――後悔させてやるんです――……』

 

 

 

 ――健気で。

 清楚で。

 誠実で。

 可憐。

 そんな単語の似合う、努力家の、サクラチヨノオー。

 そんな彼女が、どす黒い感情を隠しもせず。

 そう頼み込んできた時は、トレーナーは、三日三晩悩んだ。

 比喩とかではなく、本当に、三日三晩、悩み続けた。

 

 何せ、有マは長距離レース。

 本来、チヨノオーには適性のないレースだ。

 それに出る、となれば、トレーニング方針を、根本から変えることになる。

 

 一時の感情のために。友だちのために。

 

 復讐心にも似た。

 歪んだ――闘争心のために。

 

 貴重な時間を、費やしてしまっていいのか、と。

 

『……お嬢』

 

 悩みに悩んだ末。

 彼は、条件を提示していた。

 

『日本だぁびぃ。まずはそこで結果を出しやしょう。もしお嬢が、そこで一着を取れたなら、その方針で行きやす』

 

『ですがもし。二着以下であった場合は……』

 

『潔く、諦めていただきやす』

 

『ご友人のことは、どうか忘れて』

 

『新たな目標の元、頑張ってくだせぇ』

 

 その言葉に。

 チヨノオーは、迷うことなく頷き――

 そして。

 日本ダービーはおろか。

 続く宝塚記念、

 天皇賞でも、勝利をもぎ取ってみせた。

 

 その、あまりに荒々しく。

 恐ろしく。

 妖しい――ながらも。

 艶やかな、雄姿に。

 いつの日か、人々は、彼女のことをこう呼んでいた――

 

 

『黒桜の舞姫』、

 

 サクラチヨノオー――と。

 

 

「……」

 

 ……そんな彼女は今。

 夢の舞台に立っている。

 自分が、自分たちが標榜してきた、決戦の舞台に立っている。

 全ての想いの、努力の、積み重ねの結実する――

 終着点に、立っている――

「……さぁ、お嬢」

 

 だから。

 彼は、言った。

 

「これまでの我々の『努力』――開花させましょう」

 

 口元を、彼もまた、妖しく吊り上げながら――

 

「――『怪物退治』です――!!」

 

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