16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p10

-◆◇◆-

 

 

 

 ……やばい。

 これは、さすがに、やばい……!!

 

 彼女を用心しろとは言われていた。何をしてくるかわからないとも言われた。

 でも――でも、こんなの、こんなの予想外だ。いや予想出来てたまるか!

 

 まさか彼女が――

 ピンポイントで、私を潰しに来るなんて――!!

 

 どうする。どうする私……!!

 

 今まで通り、いつも通りに仕掛けちゃってもいい。でもあの子、私にわざとバ脚を見せて、その上で私を抜かせなかったということは。

 あんな風に、意味深にこちらを見てきたということは――

 私の考えが、全部読めてるってことだ。

 お前の考えなんか、全部お見通しだぞってことだ。

 お前のことは。

 何があっても、徹頭徹尾、抑え込んでやるぞ――ってことだ……!!

 

「……、……!」

 

 でも、でも――

 当たり前だけど、前に出ないと、トップになんてなれない。一着なんて、取れるはずがない。

 

 でも、でも――

 私の動きは読まれている。彼女に完全に監視されている。地力でも拮抗している以上、仮に先団まで出られたとしても――

 

 最後の最後で、

 競り負けることは、全然有り得る――!

 

 かといって我武者羅に速度を上げれば、それもそれで共倒れ。

 あの子はいいかもしれないけど――

 そんな終わり――私は、認められない……!!

 

「――、――……」

 

 どうする。

 どうする、どうする、どうする……!!

 あまりに出口のない問いかけの連続に、あの、何度も練習した楽曲のフレーズが思い浮かぶ。

 どどどどどーすんの、とか、場違いに響きやがり始める中――

 

「――!」

 

 そんな私の脇を。

 漆黒の影が、通り抜けていた。

 

「――すみません……」

 

『彼女』は。

 通り抜け際、ちらとこちらを見つつ、そう言っていた。

 

「横槍……失礼しますね……」

「っ……!!」

 

 ……くそ。

 カフェさん、しっかり差してくるじゃないか……!!

 

 

↑UP! 9th マンハッタンカフェ

↓DOWN… 10th サファイアミザール

 

 

 カフェさん、ライスさんに負けず劣らずの差しのプロとは思ってたけど、まさかここまでとは。

 私が思考の海にどっぷり浸かっていた、っていうのもあるだろうけど、全然追い上げてくる気配なかったぞ……

 この真っ黒な衣装といい、声といい、雰囲気といい……

 まるで――そう。

 まるで、『影』みたいな抜き方……

 

 を……

 

 ……

 

 ……

 

「……あ」

 

 ……そうだ。

 

 それだ。

 

 

 いや、それか……!?

 

 いや待て、でもそれって、賭けとしてはかなり難しいような……今は有マだぞ、そんな博打当たるかどうかなんて……

 堅実にいけば道は開けるかも、それを期待して、順位を維持した方が……

 いやでも、結局あの子に監視されちゃってる時点で、私の勝ち筋なんてもうほとんど――

 

 ――っ。

 

 つべこべ言ってられない。

 レースは一瞬で終わるんだ。悩んでる暇なんてない。

 うまくいくかどうかなんて、わかんないけど――!!

 

「……行こう」

 

『ソレ』で――

 行くしか、ない――!!

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そんな、苦悩するサファイアミザールの前方――

 中山競技場、最初の坂路。

 出走者のスタミナを容赦なく奪うその坂道に――

 コハクダブルスターは、僅かながら出遅れを見せる。

 

「――っ」

 

 それでも遅れまいと、息を入れ直し、目の前の緑の影に追い縋った。

 その健気で一途な姿を――スズカは、確かに見る。

 

「……疲れたなら、休んでいいのよ?」

「黙ってて……」

 

 最初から飛ばし過ぎたのか。

 コハクに、先ほどまでの元気はない。

 それでも、坂路の終端、彼女に追いつき。

 

「――ッ!」

 

 二人、ほぼ並んで、次なる1コーナーへと向かい始めた――

 

「――遅いですよ」

 

 その時。

 だった。

 

「――!?」

 

 冷え切った刃物のような、凛としたその声色と共に――

 二人の視線が、引き寄せられる。

 その影は――緑がかった、黒い長髪を靡かせていた。

 

「休憩なら――端に寄ってください」

 

 ――ヒスイレグルスは。

 容赦なく、二人の前に出ていた。

 

 

↑UP! 1st ヒスイレグルス

↓DOWN… 2nd サイレンススズカ

↓DOWN… 3rd コハクダブルスター

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 トレセン学園第一グラウンドにて――

 一通りの体力テストの結果を見た南坂は、満足そうに頷いていた。

 

「……やはり、あなたの『最高速度』には、目を見張るものがありますね」

「はい」

 

 顎に指を添えながら、その姿を見る。

 褒め言葉にも――

 彼女は、表情一つ変えず。何の感動も得ていなさそうだった。

 

「……それだけでなく、全ての能力が高水準で纏まっています。これがジュニア級だなんてにわかには信じがたいですね。名実ともに優等生、ということですね」

「はい。ありがとうございます」

「……」

「……?」

 

 本当にこっちの言葉が届いているんだろうな、と、心配にもなる。

 そんな思いから、彼は体力テストのシートの隅に、若干コミュニケーション難、と素早く書き足していた。

 

「ともあれ、これなら他のことにあまり気兼ねすることもありません。そのあなたの最大の武器を、堅実に磨いていきましょう」

「……昔」

「はい?」

 

 ヒスイは、そんな南坂の、一端のトレーニング方針に、ぼそりと言っていた。

 

「何度かレースはしたのですが。短距離走では、いつも最下位に甘んじていました」

 

 真っ直ぐと。

 彼の瞳を見つめて。

 

「……何故でしょうか?」

「……最高速度が速くとも、そこに達するまでが遅ければ、真価を発揮できずに終わってしまいます」

 

 そんな、どこか純朴な瞳に、南坂は、にこりと笑いながら答えていた。

 

「先ほど、あなたの能力は高水準にまとまっているといいましたが。それらは最高速度に比べたら見劣りしてしまうものです。あなたには加速力が足りていない……つまり中距離、長距離で、その強さを最も発揮できるというわけです」

「……短距離でも勝つには、どうすればいいでしょうか」

「いやいや。神は二物を与えませんから。そちらは潔く切った方が……」

「お願いします」

 

 優しい微笑みを苦笑いに変えた南坂は、ヒスイにそんな風に返すが。

 彼女は、頭を深々と下げていた。

 

「……トップとは言いません。ですが、せめて最下位に甘んじないような……コツがほしいです」

「……」

 

 顔を上げた彼女は。

 なおも真っ直ぐに、南坂を見つめる。

 その直向きで、揺らぎない姿勢を見た彼は――

 シートに書き足した文言を、横線で、掻き消していた。

 

「……わかりました」

 

 それから、人差し指をぴんと立てると。

 

「では、こうしましょう」

 

 彼女に、言う。……

 

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