16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p14

-◆◇◆-

 

 

 

「――正直お前の場合は、そう難しく考えることはない」

 

 レース前の控室にて。

 西崎は、ガーネットカペラに言っていた。

 

「確かに今回のレース、どいつもこいつも無視できない猛者ばっかりだが……それは奴さんにとっても同じだ。かの『皇帝』でもなけりゃ、嫌でも意識して、勝手に垂れてくれる」

 

 彼はにやりと笑うが。

 その笑みは、いつもよりも、あくどいものに見えた。

 

「お前はその時まで、しっかり脚を温存しろ。そして全体の調子が崩れ始めた瞬間を狙って……きっちり刈り取るんだ」

「シンプルイズベストってやつだな」

「そういうこった」

「おし」

 

 その作戦に、カペラも異議はなかった。彼の言葉に、力強く同意する。それに、西崎も満足そうに頷いた。

 

「……お前の最大の武器は、その底抜けのスタミナと加速力だ。タイミングさえ見誤らなけりゃ、十分に勝機はある」

「クラシック級に一着をもぎ取られたアイツらの顔。拝んでみてーもんだぜ」

「ある意味、お前も『悪役』(ヒール)かもしれないな」

 

 冗談っぽく笑う西崎に、カペラもまた、悪そうに口元を吊り上げていた。

 

「――ん」

 

 そんな控室に――

 控えめなノックが響く。

 

「どうぞ」

「……失礼します」

 

 それは、西崎には聞き覚えのない声。

 そして、見えた姿も、見覚えのないもの。

 だが、カペラには――見覚えが、あった。

 

 それは、最後のブラックレースの後。

 真っ白な病室にて。

 包帯に覆われた、痛々しい顔で。

 自分を、親の仇のように見つめていた――

 茶髪。

 

「――お前」

 

 その、名も無きウマ娘は。

 すっかり五体満足となっていたが、どこか様子がおかしい。

 

 その手には、茶色の紙袋を抱えて。

 もじもじと、縮こまっている。

 

「……あー」

 

 それを見て。

 西崎は、後頭部を掻いていた。

 

「じゃ、俺は外にいるから。何かあったら伝えてくれ」

「あ……お、おう」

 

 それから、そう言い残すと。

 控室から、立ち去る。

 あとに残された二人は――

 

「……」

「……」

 

 気まずい空気の元。

 抑え込まれたように、黙り込む。

 壁越しに、客席の熱狂が、低音となって響く中。

 

「……何しに来たんだよ」

 

 カペラは、冷たい声で言った。

 

「なんだ。まさか、あたしに嫉妬してヤりにでもきたのか? その袋の中、やべーもんが入ってんじゃねーだろうな」

「……」

「つーか最近どうなんだよ。真っ当に生きてんのか? あ? まさか他県回ってブラックレースに出てんじゃねーだろうな。だとしたらいよいよ救いようがねーぞ」

「……」

「それとも日雇いバイトか? いや、別にバカにしてるわけじゃねーぞ。あたしら、力だけはすげぇからな。それだって立派な……」

「……」

「……」

「……」

「……なんか言えよ」

「……今日は」

 

 少女の声は。

 消え入りそうなそれだった。

『あの日』に聞いた、攻撃的なそれとは全く違う。

 よく耳を澄まさなければ、聞き逃してしまう類の、それ。

 

「……頼みがあって、来たんだ」

「頼み? なんだ? 負けてくれってか?」

「ち、違う! いや、そ、その……」

「……?」

 

 声を張り上げたかと思えば、更に黙り込む。彼女は俯き、袋を抱え込み、あまりに要領を得ない話に――

 カペラは、若干ながら、苛立ち始めた。

 

「……なんだよ。言いたいことあんならさっさと言えよ」

 

 それに押されるように、彼女に言う。

 

「もうそろそろターフに行かなきゃいけねぇんだよ。悪いけど、お前の決心がつくまで待ってもいられねぇぞ」

「……」

「……なんなんだよもう」

 

 なおも黙りこくる彼女に――

 カペラは、怒りをも通り越し。

 呆れを抱き始めた。

 

「……っ」

 

 その時。

 少女は、紙袋を、がさがさと漁る。

 その動きを注視したカペラに。

 彼女は、そこから取り出したそれを、差し出していた。

 

「……お前」

 

 それを見たカペラは。

 目を見開く。

 彼女が両手で差し出していた、それは――

 

 

 フードの部分が、乱雑に切り取られ、縫い合わされた。

 真っ赤なパーカーだった。

 

 

「……」

 

 見覚えのある、どころではない。

 見慣れた、見飽きたほどに、見つめた。

 かつて、自分がトレードマークにしていた――

 薄汚れた上着。

 

「……頼む」

 

 少女は。

 それを差し出し、視線を下げたまま、言う。

 

「頼む。今日のレース……」

 

 言った。

 

「これ着て……走ってほしいんだ」

「……はぁ?」

 

 そんな頼みに――

 カペラは、素っ頓狂に声を上げる。

 それから、胸の中に。

 ふつふつと、熱い何かがこみあげてくる。

 

「……ふざけんなよ」

 

 彼女の声は。

 鋭く、尖っていた。

 

「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ。あたしはもう――」

 

 まるで、少女を突き刺すように。

 カペラは、威圧的に言うが。

 

「――わかってる!!」

 

 少女は。

 それに負けない程の大声で、応じていた。

 

「……わかってる。わかってるんだ。もう、お前は……『フード』じゃない」

 

 思わず、声を引っ込めたカペラに。

 少女は、続ける。

 

「あいつはもう、どこにもいない。あんたはカペラで……あの日、確かに死んじまった。もう、ブラックレースを賑わせた背中は……どこを探しても、ない」

 

 震え始めた声で。

 言う。

 

「……でも。でもよ……」

 

 視線を上げないまま。

 言う――

 

「あたしにとって……あたしたちにとって。あんたは今でも……『フード』なんだよ」

 

 カペラは。

 それを、黙って聞く。

 

「あたしが、あたしらが。愚直に、真っ直ぐに、泥臭く、『真っ当に』目指した! あたしらの憧れで、あたしらの『希望』なんだよ!!」

「……」

 

 そこで、顔を上げた彼女の顔は。

 既に。涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 

「……わかってる。こんなこと、簡単なことじゃないって、わかってる」

 

 それでも。

 彼女は、続ける。

 

「でも……でもさ。最後の我儘だって思って……聞いてくれよ」

 

 求めるように。

 

「あたしらでも……まだやり直せるんだって、思わせてくれよ」

 

 願うように。

 

「あたしらでも、そこに行けるんだって、思わせてくれよ」

 

 祈るように――

 言った。

 

 

「――ッ、あたしらみたいな『クソ』でもっ、夢見ていいんだって!! 信じさせてくれよっ!!」

 

 

「……」

 

 カペラは。

 しばし、何も言わなかった。

 客席の熱狂が、彼女らには遠のいて思え。

 世界に、二人しかいないような錯覚すら抱いた。

 

「……、」

 

 果たして。

 

「……貸せ」

 

 カペラは、言う。

 

「へ……」

「貸せよ、それ」

「……」

 

 少女が、服を差し出したまま、一歩を踏み込むと。

 カペラは、やや乱暴にそれを受け取る。

 

「……はっ」

 

 畳まれたそれを開いて。

 彼女は、自虐するように笑っていた。

 

「マジでフード切り離しただけじゃねぇかよ。砂埃とかもついたまんまだし。クリーニングにくらい出せっての」

「……」

「……」

 

 俯く少女を。

 カペラは――一転。

 優しい微笑みで、見て。

 

「――」

 

 そして。

 その服に――袖を通していた。

 

「……!」

 

 少女は。

 その光景に、目を見開く。

 服を着たカペラは――

 

「……いいぜ」

 

 言っていた。

 

「『峠のレッドフード』。『ブラックレースの申し子』――

 

 これで――『走り納め』だ!!」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 少女は。

 名も無きウマ娘は。

 観客席の上の席から、『彼女』の雄姿を見ていた。

 

「……」

 

 終盤になって――

 一気に追い上げ、先団に入った『彼女』。

 それを見て。

 かつての屈辱を。

 悔しさを。

 感情を。

 記憶を。

 思い出し――

 

「――ばれ」

 

 自然。

 声を、張り上げていた。

 

「――がんばれッ!! カペラァァァッ!!」

 

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