16年度の卒業生   作:Ray May

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雷騰雲奔 p4

「……」

 

 

 涙で潤んだ彼女の目もまた、私から逸れていなかった。それまでは。

 俯いて。それに応じて、私も、手を離して。

 地面に、数滴の涙が零れ落ちる。

 ……

 

 

「……マック」

「……はい」

「ごめんな。色々酷いこと言った」

「いえ」

 

 

 言葉に。

 マックイーンさんが、応じる。

 

 

「私の方こそ、言い過ぎましたわ。……ごめんなさい」

「ん」

 

 

 ()()()()()()()は、うつむいたまま、私たちに背を向ける。

 

 

「……ちょっと、行ってくるわ」

 

 

 そして。

 短く告げると。グラウンドから、走り去っていた。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ……身体を縛っていた緊張が解け。

 大きく息を吐く。

 それを見てか見ずか。マックイーンさんは、くすりと笑っていた。

 

 

「……な、なんですか」

「いえ……すごいなと思っただけですわ」

 

 

 優雅に笑う彼女に、先ほどまでの威圧感はない。

 

 

「二年も三年も上の先輩に、あそこまで詰め寄れるなんて」

「そ……それ言ったらあなたもやばかったですよ。何もあんな悪役令嬢みたいな立ち回りしなくても」

「親友のやる気を戻すためなら、悪役もまた一興、ですわ」

 

 

 そ、そうですか。それは……大した決意で……

 

 

「さ、では食堂にでも行きましょうか」

「あれ……開いてるんでしたっけ、休業中も」

「うちの食堂は年中無休、ですわ」

「……お世話になります」

 

 

 そんな風に、話して。

 私たちもまた、グラウンドを後にした。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 タマモクロスは、勢いよく寮の自室のドアを開けていた。

 室内、正面辺りに、オグリキャップはちょうど立っており。コーヒーカップを片手に、休憩をしていたように見える。

 

 

「……タマ?」

 

 

 突然に現れたルームメイトに、彼女は呆然とする。名を呼ばれたタマモクロスは、息も絶え絶えに、彼女の元へと近づく。

 それがあまりに鬼気迫る様子だったものだから、オグリキャップは、思わず一歩後ずさっていた。

 

 

「ど……どうしたタマ」

 

 

 困惑しながらも――口にした問いかけに。

 タマモクロスは、息を整えてから。

 

 

「……オグリ」

 

 

 言っていた。

 

 

「――ごめん」

「……え?」

「ウチ……」

 

 

 自分は。

 

 

「DTL……行けそうにない」

 

 

 そちらの世界には。

 行けそうにない、と。

 

 

「――ウチ、今年の有マで……引退する」

「――……」

 

 

 その宣言に、オグリキャップは目を見開く。

 コーヒーカップが揺れ、中の液体が波打った。

 

 

「ホンマはオグリと走りたかった……DTLで、一緒に競いたかった。でも駄目や……駄目なんや。身体がもう……ガタが来始めとって、家族のことも……真剣に考えなあかん」

 

 

 オグリキャップは、何も言わない。

 何も言わないが。それでも、タマモクロスは、続ける。

 

 

「だから……ごめん。ホンマに、ごめん!!」

 

 

 深々と。彼女に、頭を下げて。

 

 

「……()()守れんで……ごめん……」

「……」

 

 

 オグリキャップは。

 依然として、何も言わなかった。

 お互いに、重く、長い、沈黙が流れ。

 やがて廊下を、何人かが行き交う音が響いた時。

 彼女は。

 タマモクロスの前に、しゃがんでいた。

 

 

「……そうか」

 

 

 そして。

 優しく、言った。

 

 

「良かった」

「……へ?」

 

 

 予想外の言葉に。

 タマモクロスは、声を上げる。

 

 

「最近のタマは……なんだか、思い詰めてるように見えた。ずっと……たぶん、あの約束のせいだろうなと思っていたんだ。私が……私が。後先考えずにあんなこと言ったから。そのせいで、タマを無用に縛ってしまった」

「そ――そんなことあらへん! だってあれはウチも――!」

「でも」

 

 

 タマモクロスは、それを否定するために言葉を紡ごうとする。

 が、オグリキャップの優しい目で、思わず、それを止めていた。

 

 

「……それから解放される、いいことがあったんだな」

「……」

「正直、寂しかった」

 

 

 タマモクロスが、答えられずにいると。彼女は、少し視線を落とす。

 

 

「同室内にいるのに……まるで別世界にいるみたいで、怖かったんだ。ずっと」

「……ぁ」

「タマが決心出来て、良かった」

 

 

 オグリキャップは、口元を綻ばせる。

 彼女もまた――何かから解放されたように、晴れやかな表情をしていた。

 

 

「……私は私で、こっちで、頑張る。だからタマも……タマで。そっちで、頑張れ」

 

 

 こつん、と。

 額と額を、触れ合わせて。

 

 

「……応援してる」

「……っ」

 

 

 タマモクロスは。

 込み上げる熱情を、抑えながら。

 絞り出すように、答えた。

 

 

「……ウチも、応援しとる」

 

 

 なんだ、と。

 これまでの時間を、後悔していた。

 

 

「オグリのこと、応援しとる! オグリが一人にならんように、応援しとるから。だから……」

 

 

 簡単なことだったのだ、と。

 ただこれだけの話だったのだ、と。

 

 

「オグリも……っ、がんばれっ……」

「……ん」

 

 

 ただ触れ合えばいいだけの話だったのだ、と――

 

 

「……ちなみに言っておくと」

「え?」

「この間のウィンタードリームトロフィーは3着だった」

「どっ、はぁ!? そうやったんか!? す、すまん!! ウチその……」

()()()()()。大丈夫だ。ただ次のサマードリームトロフィーは……先頭で駆け抜けたいからな」

「……おう」

 

 

 タマモクロスは、拳を掲げる。それを見たオグリキャップも、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「併走くらいなら、いつでも付き合うで!」

「お手柔らかにな」

 

 

 そして、互いの拳を打ち付け合って。

 満面の笑みを、浮かべ合った。

 

 

「……さて、それじゃあそろそろ行くとしようか」

「ん? 今からトレーニングか?」

 

 

 立ち上がったオグリキャップにタマモクロスが言うと、彼女は首を横に振っていた。

 

 

「そろそろ██中華店で、大食い大会のエントリーが始まるんだ」

「いや、この流れで大食いかい!! もっと余韻ってもんが――」

 

 

 という。

 いつもどおりのタマモクロスのツッコミは。

 

 

「――!?」

 

 

 突如、ドアを襲った激しいノックに、遮られていた。

 

 

「お二人とも!! いらっしゃいますか!?」

「え……お、おるけど……」

 

 

 続いた呼びかけに、タマモクロスが答えると。

 

 

「今すぐロビーに……無理ならとにかくテレビを観てください!!」

 

 

 逼迫した声に。

 二人は顔を見合わせるが。

 

 

「大変なことになってます!!」

 

 

 それに煽られるまま。

 とにかくと、寮室備え付けのテレビの電源を入れた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 みんなトレーニング上がりなのか、食堂には、ちらちらと生徒たちの姿があった。

 

 

「――じゃあやっぱり、体型維持のためにいつも我慢を……」

「そうですわ……そう考えますと、本当に世の中は誘惑で満ちていますの……昨日も街中のスイーツに誘惑されまして」

「なんとか我慢したわけですね」

「一口食べてしまいましたわ」

「屈しちゃってるじゃないですか……」

 

 

 マックイーンさんからの言葉に、苦笑いを浮かべると同時。

 何やら、食堂の別の一角が、ざわめきだしたのを感じる。

 見るとそちらの方――大きなテレビが備え付けられている一角に、生徒たちが集まっていることに気付いた。

 

 

「……なんですの? 面白い番組でもやってるのでしょうか」

「行ってみます?」

 

 

 お互いに頷いて、そちらの一角に近づく。

 画面には――何やら、会見席のようなものが。

 いや、実際、会見席、なのだと思う。それは……

 場所は……どこかのホテルらしい。報道席は、既に何人もの報道陣で埋め尽くされているが、会見席は空席。

 そして右上には――それはそれは、鬼気迫るフォントで。

 

『トレセン学園 緊急記者会見』と銘打たれていた。

 

 ……

 ……へ?

 

 

「トレセン学園、緊急記者会見……?」

「理事長が何か会見するのでしょうか」

「え、でも私達、何も聞かされてなくないですか……?」

 

 

 私の言葉に、マックイーンさんが頷くと同時。画面から、何やらざわめきが上がったのがわかった。

 見ると――そこに。

 一人の、見慣れない男性が、現れていた。

 特異な外見をしているわけじゃない。むしろ有り触れてる方に見える……男性にしては長めの切り揃えられた黒髪に、若々しい顔立ち。黒いシックなスーツ姿……

 全部が全部、この厳正な空気の場所に相応しい外見に見えるけど。

 ……眼光は、鋭く。

 まるで、画面の向こうの私達を、射抜こうとしているかのように見えた。

 

 

『――皆様。突然の会見にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます』

 

 

 その男性は、抑揚のない言葉で始める。

 

 

『私はトレセン学園中央部にて、トレーナーとして勤務している者です』

「学園で……?」

 

 

 ……ざわざわする。

 胸が、ざわざわする。

 良くない予感。嫌な悪寒。

 それが、彼が喋るごとに、少しずつ、確かに、大きくなっていって――

 

 

『……かのウマ娘――』

 

 

 それが最高潮に達した時。

 彼は。

 言っていた。

 

 

 

『――サファイアミザールの、担当トレーナーでもあります』

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 時間が止まった気がした。

 思い思いに、自分たちなりの予想を口にしていたウマ娘たちが、一斉に黙る。

 そして、一斉に。

 その目を、こちらに向けていた。

 

 

「……」

 

 

 私も私で。

 呆然とするしか、なくて。

 

 

「……え」

 

 

 漏らすように。

 

 

「……え……?」

 

 

 言葉を。

 口にするしか、出来なかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 タマモクロスと、オグリキャップは見る。小さなテレビ画面上にて、男が話しているのを。

 

 

『今日、会見を開いたのは他でもない。そのトレセン学園中央校に関する提言があるためです。……こちらをご覧ください』

 

 

 男が示すと、会見席の後ろ、白い布地に、映像が映し出される。

 それは――見間違えるはずもない、あの、サファイアミザールが、競技場にて疾走している姿だ。

 紛れもなく。

 京都ジュニアステークスと、ホープフルステークスで、彼女が走っている姿。

 その末に、一着で、その競技を終えている姿。

 

 

『これは言うまでもなく、我が担当ウマ娘のレースの様子です。彼女はこれまで、GⅢ、並びにGⅠのレースに立て続けに優勝してみせました』

 

 

 それを示しながら、男性は言う。

 

 

『――これらはひとえに、私の弛まぬ指導のお陰です』

「は、はぁ?」

 

 

 その傲慢ともいえる発言に、タマモクロスは不満げに声を上げる。

 

 

「なんやそれ。確かにトレーナーはトレーニングしてはくれるけど、勝負を決めるんはそれだけとちゃうやろ」

「……仮にそうだとしても」

 

 

 そしてオグリキャップもまた。

 怪訝そうに顎に指を添え、言っていた。

 

 

「……一体……何が言いたいんだ」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ひっきりなしにシャッター音が響く中、男は変わらぬ調子で話し続ける。

 

 

「ここに特別なものは何もない。トレセン学園中央校は、設備は充実していますが……果たしてそれらは、日常的に代えの効かないものでしょうか?

 トレーニング設備も、教師による授業も、トレーナーの指導も。わざわざこの学園内に設置し、利用する意味などない。この学園が――存在しなければならない必然はない。皆様――冷静になって考えていただきたい。

 自由などという幻想を振り翳し、『そこに積み重ねられた屍を踏みにじり』、のうのうとウマ娘の過ごすような場所が、本当に必要といますか?」

 

 

 ――会見場は、ざわざわとどよめきに包まれる。

 まるで彼の言葉など、ほんの妄言であると言いたげだ。

 それを見た彼は、人知れずスマートホンを操作する。

 その画面には、コミカルな爆弾のマークが表示されており、

 

 

「……賛同できない、と言うなら見るといい」

 

 

 彼は、それをタップすると同時に――

 言っていた。

 

 

「彼らの、本当の姿を」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 すると、表示されていた爆弾のマークは。

 BOMB! という、これまたコミカルな表示に変わっていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 刹那。

 食堂中に、携帯電話が発する、十人十色の着信音が響き渡る。

 誰もがそれに驚きつつ、携帯電話を取り出し、内容を確認した。もちろん……私も。するとそれは。

『速報』と銘打たれた、何やら怪しげな……いくつもの『メール』であり。

 

 

「――……」

 

 

 その本文に書かれた文に。

 私は、絶句する。

 

 

「なんですのこれ……」

 

 

 マックイーンさんもまた、それに声を失っていた。そう、そこに書かれていたのは――

 トレセン学園に関する、決していいとは思えない、酷い情報の数々。

 スキャンダラスなものから、オカルトに片足突っ込んでるものまで。冷静に考えれば、捏造だとすぐにわかりそうなものばかり。

 

 

「お二人とも!」

 

 

 そのさなかで、誰かが私たちに呼びかけていた。振り向くと、サクラチヨノオーさんがこちらにぱたぱたと駆け寄ってくるのが分かった。

 

 

「チヨノオーさん!」

「う、ウマッター見ましたか!? 大変なことに……!!」

 

 

 彼女は私たちの元に辿り着くなり、携帯電話の画面を見せてくれる。そこには……いや、そこにも。

 メールの文面とさして変わらない、フェイクニュースの数々が投稿されていた。そしてそのリプライ欄に……ものすごい勢いで、反応が付いている。

 なにこれ、とか。信じられない、とか。

 どうなってんの、とか。これマジ? とか。

 最低、とか。

 この学園終わったな笑、とか――

 

 

「……」

 

 

 何も言えない。

 何も出来ない。

 ただ目の前の現実に、思考停止している中でも。

 

 

『……お分かりいただけたでしょうか』

 

 

 会見は……続く。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 会見場のどよめきは、ざわめきに変わっていた。

 誰も彼もが、混乱に右往左往する中で。

 

 

「――このような不埒で、非道徳な施設など、名実ともに必要ない」

 

 

 男は。

 彼は。

 

 

「よって私は。本日この場を持って――」

 

 

 飽くまで冷静に。

 冷徹に。

 宣言していた。

 

 

「――トレセン学園中央校の閉校を提言します」

 

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