『――!!??』
――歓声が轟く。
いや、どよめき、の方が近いのかもしれない。
『え――あ、あ!? え……』
会場に響くのは――
これまでに聞いたことがない類の、困惑した、実況の声。
『ど――同時!? ほ、ほぼ同時……!!』
「……!」
……同着。
その事実に、目を見開くが。
『え、えっと! た、ただいまより、写真判定が行われるようです! 皆さま、しばしお待ちを……!』
「……」
ざわざわと、どこか不安そうな声が、競技場を満たす中。
走り終えた私たちに……
会話は、なかった。
『…………』
そこには労いも。
労わりもない。
誰もが、その瞬間を待ち。
上がり切った息を、各々、整えている……
私も。
膝に手を突き、息を整える。……
……全力は尽くした。
全身と、全霊をぶつけた。
だから、もう、どんな結果になろうとも、受け入れる準備は、正直、出来てる、けど。
「……、」
――あぁもう。
なんだ、この時間。
なんだこの、判決を言い渡される直前の、被告みたいな感じ……!!
早く、言ってくれ。
早く、教えてくれ。
誰が勝ったのか。
誰が負けたのか。
誰が、一着だったのか。
誰が、一番だったのか――
誰が。
想いを、遂げたのか――……
『――か、確定したようです!!』
「――!」
顔を上げる。
それと同時。
ターフビジョンの一部が、切り替わる。
『ターフビジョンをご覧ください!!』
「……」
観衆の。
出走者の。
注目が、そちらに集まる。
映し出された映像には。
ゴール直前の模様を、出走者を番号の振られた丸に見立て、真上から写したスチル写真が、映されている。
そこに、ゴールラインと思しき線が引かれ。
さらに、一部にズームインする。
すると、丸のマークが、点滅する。
その線に。
引っかかっている。
つまりは、最初にゴールラインを切った。
その、
マークの、
番号は――
――
『8』
だった。
「……」
……
……え。
……8?
そ。
それって。
それって……
『――年末の総決算!! 有マ記念大会!!』
呆然とする私の耳に。
『これまでにない熾烈な激闘を、制したのは――!!』
実況は。
溢れんばかりの熱量で。
宣言していた。
『――8番、サファイアミザールーーーッ!!』
……そして。
競技場を、再びの大歓声が、包んでいた。
「……」
もう一度。
もう一度、画面を見る。
そこに、改めて、着順が――
掲示板が、光る。
目を擦って。
目を凝らして。
もう一度。
本当に、もう一度。
それを、見た。
……
……ある。
その、一番上の部分に。
私の、
名前、が……!!
「――……」
「――ミザールッ!!」
目を見開いて。
立ち尽くしていると。
見慣れた赤色と、緑色と、白色が。
一斉に。
こちらへと、駆け寄ってきていた。
『うおああああああっ!!』
歓声とは無縁に見える。
閑静な一軒家に、その声が響く。
ミザールたちの教頭は――その親戚と、知り合い、友人一同は。
ある者はガッツポーズをし。ある者は互いに抱き合い。またある者は涙しながら――
その結果に、歓喜していた。
『――!!』
府中刑務所もまた――
歓声が轟く。
正直、彼らとしては、誰が一着でも変わらなかったが。
その少女の存在は、かの『サングラスの男』によって、いたずらに広められてもいた。
それによって――誰もが、心底楽しそうに笑い、喜び。
「……」
とうのサングラスの男、本人は。
これまでにないほど、柔らかな目で――それを、見つめていた。
「――っはっはっはっはっはっ!!」
ヒスイグループ本社ビル、社長室にて。
社長の男は、磊落に笑っていた。
自分の娘が勝てなかったのは、悔しいが。
それでも、自分の娘を救ってくれた、変えてくれた彼女が、見事、栄光を勝ち取ったことに。
祝福の笑いを、届けていた。
「……」
ブラウン管テレビの伝える模様を見届け。
使用人の女性は、目尻から流れた涙を、指で払う。
それから、何かを決心したように立ち上がると。
テレビの電源を切らないまま――
その部屋から、立ち去っていた。
観客席――
「――あっ」
結果が出た、その瞬間。
タマモクロスは、柵を飛び越え、ターフを突っ切っていた。
それに倣うように――
「ちょ、ちょっとタマモさん――ライスさんも!?」
ライスシャワーもまた、柵を乗り越え、彼女の後に走っていった。
「……もう」
「はははっ、元気があっていいじゃねーか」
嘆息するマックイーンに、ゴールドシップは言い。
「……、」
目を薄く閉じたオグリキャップが――言った。
「……やったんだな。本当に」
「……えぇ」
まるで、親のように。
彼女らは、歓喜に湧く場内を、見守る。……
そして――
サファイアミザールの父も、また。
「……」
溢れる涙をハンカチで拭きながら、それを見届ける。
「……母さん」
そして、言う、傍ら。
再び、懐から、写真を取り出し。
「あの子が……やったぞ」
涙ながらに。
そう、告げていた。
レースの結果に。
西崎は、悔しそうに、笑い。
南坂は、開いていたノートパソコンを閉じ。
東条は、安堵したように息を吐き。
チヨノオーのトレーナーは。邪気が抜けたように。脱力していた。
そして――
そして。
ミザールのトレーナーは。
座りながらも。
「……」
静かに。
誰の目にも映らないように――
小さく。
ガッツポーズをしていた。
第██回有マ記念大会 1着――
8番、サファイアミザール
レコード
2分32秒9――