……しかし。
『アレ』は、一体なんだったんだろうか。
「……」
私の周りで、みんなが思い思いに話す中、一人、考えた。
最後の最後。私は正直――
負けた、と思った。
届かなかった、と感じた。
あと一歩だったのに――とすら、考えていた。
けれど。あの瞬間。
今までにないくらい、身体に力が漲って。
みんなとの、ほんの少しの差を。
勝利を生み出した、ほんの少しの距離を。稼いでくれていた。
普通では考えられない力が、瞬間的に発揮された、あの感覚は……言うなれば。
越えるべき壁を越えたかのような。
開くべき扉を開いたかのような。
踏み入るべき『領域』に、ほんの一瞬だけ、入ったかのような。
そんな感じ……
「ミザール!」
「!」
名を呼ばれて、振り向くと同時。カペラちゃんが、私の手を握っていた。
「呼ばれてるぜ、ほら!」
「あ、ちょ……」
まだ我に返ってないのに、彼女は容赦なく私の手を引いていく。引かれるまま私は彼女に連れ歩かれ、やがて多くの記者が集まる、ウィニングサークルへと引っ張り出された。
「そら、ヒーローインタビューだ! しっかりやってこい!」
「あ、え、えっと……」
集まった記者さんたちは、私が落ち着く暇を与えてはくれない。今の気持ちやら、走る時何を考えていたかとか……色々と矢継ぎ早に訊かれる。混迷極まる頭を、私は深呼吸一つすることで、ようやく落ち着かせることに成功し……
ひとつひとつ、丁寧に答えていく。
「――今後の展望などあったら、お聞かせください!」
「展望……」
そして――幾つ目かのその質問に、一瞬言い淀む。
これからの展望。今後の行先。あぁそういえば――私、ここまで辿り着くことは、考えていたけれど。
辿り着いた後、どうするかは――あんまり、考えていなかった。
「……」
期待の眼差しを肌に感じながらも――
私は、冷静に考える。
今後自分がどうしたいのか。どうするべきなのか。考えてはみるけれど――
……その答えは。
「……ごめんなさい。はっきりとは、まだお答えできないです」
「そうですか。では――」
「でも」
でも。
はっきりとは、していないけれど。
ぼんやりと。
目指したい地点は――思い浮かんでいた。
「でも……行けるところまで行きたいなって、思ってます。重賞の実績も、まだまだこんなもんじゃ満足してません。これからもっと、色んな場所で、色んな人と、やり合いたいと思っていますし……その。
途方もない話ですけれど。いつか……『凱旋の門』の前まで行けたら、とも思っています」
私の、ちょっと含みのあるその言葉は、しかし彼らには、しっかり伝わったらしい、おぉ、と、控えめな感嘆の声が聞こえてきていた。
「なのでその……これからも、応援していただければなと、思っていますっ」
「あのー、いいでしょうか」
「あ、はい」
また別の記者さんが手を挙げたので、それに応えると。
「トレーナーさんはいらっしゃらないのでしょうか?」
「……あー……」
続けられた質問に、苦笑いしてしまう。トレーナーさん。うん。トレーナーさんね。あの人、どこにいるんでしょうね。私もわかんないです。
「いえ、そのー、まぁ、たぶん控室には……」
しかしまぁ、それをそのまま伝えるわけにもいかない。ので。当たり障りないことを話そうとした時。
「――?」
聞き覚えのある、安っぽいクラクションの音が聞こえた。
振り向くと――視線の下の方。
真っ赤なボディの、スポーツカーのラジコンが見える……
どうやらそれは、私がそちらを見たことに気が付いたらしい。軽快なタイヤの音を響かせながら、こちらに近付いてきた。
『おーいバカウマ 見えねーから持ち上げてくれ』
「……何してんですかこの期に及んで」
何食わぬ顔……ならぬ何食わぬ声で言う彼だけれど、なんでラジコンで来てんだこの人は。あの、あなたがテロみたいなことをした時ならまだしも、今更姿を見せない理由なんてないと思うんだけど……
『何ってなんだ! いいだろ別に! 俺は恥ずかしがり屋なんだ こんな大勢の前に出ちゃあ 何を口走るかわかったもんじゃねぇ!』
「どの口が……」
「あ、あのー……そちらが、トレーナーさんで?」
仕方なくラジコンを持ち上げると同時、記者さんが、怪訝そうに問いかけてくる。えっと。まぁ。そうです。
「……まぁ、そうです。はい」
「あ、あはは。こ、個性的なお方ですね……」
「トレーナーさん! 今のお気持ちを率直にお願いします!」
『あー まぁ そうですね』
顔を覆いたくなる気持ちなのに、トレーナーさんはどこ吹く風、記者さんの質問に、あっけらかんと答え始める。
『……正直 こいつはかなりの暴れウマでしてね』
「え」
『制御するのも 指導するのも まぁ一苦労二苦労ありまして ここまで育てるのもそりゃもう一筋縄ではいきませんでした』
「ち、ちょっとやめてよ……」
『でも』
……恥ずかしくなって、思わず言葉を遮ろうとしたけれど。彼は、止まらずに。
きっぱりと。言葉を繋いでいた。
『直向きさと負けん気では 誰にも負けない 今日この日の目標も 俺自身 本当に叶えられるのかどうか不透明でしたが そんな俺の懸念すらも乗り越え こいつは目標を達成してみせました えぇ 指導は大変ですが それを補って こいつの才能は余りある』
何一つ、照れることも、恥ずかしがることもなく。
『こいつは――俺の 誇りです』
……結んだ言葉に。
再び、控えめな感嘆の声が上がっていた。
楽しそうに笑う者。興味深そうにメモする者。反応は十人十色だけれど、そこに後ろ向きなものはない。
彼のその発言も。担当としては嬉しい限りのもので。
私は、本当なら、喜ぶべき場面なのだけれど。
「……」
……なんだか。
なんだか、私には、その言葉が。
字面以上に、重いもののように聞こえてしまって。
なんだか、その声が。
聞こえる以上に――儚げに、聞こえてしまって。
まるで、
今に、
消えてしまうんじゃないかと。
そんな気が、してしまって。
「……トレーナーさん?」
問いかけるも。
『じゃ 俺は俺でやることがあるから 後は頼んだぞ』
「あ、ちょっと!?」
逃げるように言う彼に、私は呼びかける。
が、通信はどうやら切られたみたいで、いくら呼びかけようと、乱暴に振ってみようと、ラジコンは、うんともすんとも言わなかった。
何も言わず――ただ、私の手のうちに収まっているだけ。
「……もう」
「あの、いいでしょうか?」
「あ、はい」
本当なら、彼の元に今すぐ向かい、不満をぶつけたいところだけれど。
今はそのタイミングじゃないし、どこにいるのかもわからない。
だから、その衝動を抑え込んで。私は、なおも続く彼らからの質問に、応じていく。……