「……」
中山競技場の傍。
愛用の、黒塗りのワゴン車の中で。
は。
座席に、深く背を預けていた。
遠くに喧騒を感じながら。
はち切れんばかりの歓声を聞きながら。
しばし、目を閉じ。目を開け。
車内の天井を、見つめると。
「……行くか」
ぼそりと呟き、車を発進させる。
それは、住宅街を疾走し。
街の外れ。
幽霊屋敷にも見紛う、綺麗とは言い難い一軒家に辿り着く。
その傍に車を止め。
は家の中に入る。
自分が、これまで何度も。
何度も何度も使ってきた部屋へと入り。
そこに設置された、複数のモニター類や、パソコンの本体、周辺機器等々を使って。
どこかへとアクセスした。
それは、データベース。
パスポート情報、クレジットカード情報――そういった、あらゆる個人情報に素早くアクセスし。
その全てを。
手早く――『消去』する。
それを終えると、パソコンの電源を切り。
物言わなくなったそれらを、運搬し始める。
地下室。
光一つ差さない、薄汚れた。
他に何もない、コンクリート製の、狭いとも広いとも言えない一室へと。
その奥側に、それらを次々と、乱雑に、積み上げると。
「……」
今度は、様々な工具を持ち込み。
まずは、パソコンの蓋を開け、中の、SSDをはじめとする記憶媒体を取り出す。
そして――それらに。
電動工具で、穴を空け始めた。
それだけではない。バケツを用意すると、その中に酸性の液体をなみなみと注ぎ、その中にそれらの機器を投入し――次いで、モニター類なども、同じように『破損』させる。
工具を用いて。
二度と使えぬよう、使われぬよう、完膚なきまでに『破壊』する。
それからまた部屋へと戻り。
かつて自分が、憎悪と怨嗟の掃き溜めとしていた、別の一室へと足を向けた。
そこには――相変わらず、顔に『×』印の付けられた、『彼女』の写真が刺さっていたが。
それをも外すと、ぐちゃぐちゃに丸めて。
地下室へ行き。
もはやただの残骸の山と化した電子機器の中に、投げ入れる。
同じように――愛読書も。
有り触れた書類も。
自身が用いてきた、運転免許証、保険証、どこか見知らぬ店のポイントカード、財布そのものでさえも。
そこに投げ入れる。
そして――灯油タンクを持ち込んだかと思えば。
その中の液体を、それらに満遍なく振り掛けて。
仕上げ――とばかりに、マッチ箱より。
マッチ棒に火をつけると。
「――、」
そこに。
投入した。
――燃える。
自分の積み重ねてきた、あらゆるものが燃える。
地下室、扉は空けてあるため、酸欠の心配はないが。
それでも、囂々と燃えるその炎は、多量の熱を出し。
それは、容赦なく、彼をも襲っていた。
「……」
それでも彼は。
それに動じず。
それから、逃げず――
「……正直」
それを見つめながら。
ぽつり、と言う。
「楽しかったよ」
これまでの色々を。
「頗る、楽しかった」
これまでの日々を。
「怨嗟と憎悪に追われてちゃ、決して出来ない体験を……させてもらった」
これまでの出来事を。
「お前がいなかったら。お前と出会わなかったら……絶対に、こんな体験は出来なかった」
……これまでの。
彼女の顔を。
「……本当に、楽しかった」
思い出しながら――
「……もう。
悔いは、
無い」
炎は燃える。
煌々と、燃える。
それは、まるで篝火のように。
長く。
長く。
彼の目の前で。
燃え続けていた。