16年度の卒業生   作:Ray May

156 / 163
勝利の鼓動 p21

-◆◇◆-

 

 

 

「……」

 

 中山競技場の傍。

 愛用の、黒塗りのワゴン車の中で。

 

    は。

 座席に、深く背を預けていた。

 

 遠くに喧騒を感じながら。

 はち切れんばかりの歓声を聞きながら。

 しばし、目を閉じ。目を開け。

 車内の天井を、見つめると。

 

「……行くか」

 

 ぼそりと呟き、車を発進させる。

 それは、住宅街を疾走し。

 街の外れ。

 幽霊屋敷にも見紛う、綺麗とは言い難い一軒家に辿り着く。

 その傍に車を止め。

    は家の中に入る。

 

 自分が、これまで何度も。

 何度も何度も使ってきた部屋へと入り。

 そこに設置された、複数のモニター類や、パソコンの本体、周辺機器等々を使って。

 どこかへとアクセスした。

 

 それは、データベース。

 パスポート情報、クレジットカード情報――そういった、あらゆる個人情報に素早くアクセスし。

 その全てを。

 手早く――『消去』する。

 それを終えると、パソコンの電源を切り。

 物言わなくなったそれらを、運搬し始める。

 地下室。

 光一つ差さない、薄汚れた。

 他に何もない、コンクリート製の、狭いとも広いとも言えない一室へと。

 その奥側に、それらを次々と、乱雑に、積み上げると。

 

「……」

 

 今度は、様々な工具を持ち込み。

 まずは、パソコンの蓋を開け、中の、SSDをはじめとする記憶媒体を取り出す。

 そして――それらに。

 電動工具で、穴を空け始めた。

 それだけではない。バケツを用意すると、その中に酸性の液体をなみなみと注ぎ、その中にそれらの機器を投入し――次いで、モニター類なども、同じように『破損』させる。

 工具を用いて。

 二度と使えぬよう、使われぬよう、完膚なきまでに『破壊』する。

 

 それからまた部屋へと戻り。

 かつて自分が、憎悪と怨嗟の掃き溜めとしていた、別の一室へと足を向けた。

 そこには――相変わらず、顔に『×』印の付けられた、『彼女』の写真が刺さっていたが。

 それをも外すと、ぐちゃぐちゃに丸めて。

 地下室へ行き。

 もはやただの残骸の山と化した電子機器の中に、投げ入れる。

 

 同じように――愛読書も。

 有り触れた書類も。

 自身が用いてきた、運転免許証、保険証、どこか見知らぬ店のポイントカード、財布そのものでさえも。

 そこに投げ入れる。

 

 そして――灯油タンクを持ち込んだかと思えば。

 その中の液体を、それらに満遍なく振り掛けて。

 

 仕上げ――とばかりに、マッチ箱より。

 マッチ棒に火をつけると。

 

「――、」

 

 

 そこに。

 投入した。

 

 

 ――燃える。

 

 自分の積み重ねてきた、あらゆるものが燃える。

 地下室、扉は空けてあるため、酸欠の心配はないが。

 それでも、囂々と燃えるその炎は、多量の熱を出し。

 それは、容赦なく、彼をも襲っていた。

 

「……」

 

 それでも彼は。

 それに動じず。

 それから、逃げず――

 

「……正直」

 

 それを見つめながら。

 ぽつり、と言う。

 

「楽しかったよ」

 

 これまでの色々を。

 

「頗る、楽しかった」

 

 これまでの日々を。

 

「怨嗟と憎悪に追われてちゃ、決して出来ない体験を……させてもらった」

 

 これまでの出来事を。

 

「お前がいなかったら。お前と出会わなかったら……絶対に、こんな体験は出来なかった」

 

 ……これまでの。

 彼女の顔を。

 

「……本当に、楽しかった」

 

 思い出しながら――

 

「……もう。

 

 

 

 悔いは、

 

 

 無い」

 

 

 

 炎は燃える。

 

 煌々と、燃える。

 

 それは、まるで篝火のように。

 

 長く。

 長く。

 彼の目の前で。

 

 

 燃え続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。