16年度の卒業生   作:Ray May

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-◆◇◆-

 

 

 

 朗らかな空気の元。

 私の機嫌は。

 頗る悪かった。

 

「……」

 

 有マ記念から、二日。

 勝利の興奮も冷めやらぬうちに、いつもの日常は戻り。

 その日の授業を終えて、トレーナー室へ向かう途中。

 

 ……私は。

 機嫌が、悪かった!!

 

「…………」

 

 だって。

 だってさ、考えてみても欲しい。

 確かに、浮足立ちすぎるのは良くないけど。目の前の記録に、一喜一憂するのは悪いかもしれないけど。

 もっと落ち着いて、次の目標に向けて、頑張るべきとは思うけど。

 

 それでも。

 それでもさ!!

 

 少しくらい連絡くれてもいいじゃん!!

 あのクソトレーナー!!

 

「………………」

 

 歩む足も、自然と勇み足気味になる。

 別にいいさ、どうせトレーナー室に行けば、またぼけっとパソコン弄ってんだろうから。

 でも、今日は、今日ばかりは、そう簡単にいくとは思わないでほしい。

 

 適当な文句で、私を避けられると思わないでほしい!!

 

 今まで、色々不満があったけど。

 これまで、色々言いたいことがあったけど。

 なんとか、我慢して、ここまでやってきたけど。

 今日という今日は!! ただじゃおかないんだから!!

 

「……………………」

 

 そんな気持ちを抱きながら。

 やがて、トレーナー室の前まで辿り着く。

 しかし何にしても、まずは落ち着くこと。

 

 大きく息を吐いて。

 心臓の高鳴りを落ち着かせて。

 上った血を下げて。

 よし――と、その取っ手に手を掛けた時。

 

「……」

 

 

 

 ――ざわざわと。

 嫌な感じがした。

 

 

 

 落ち着いたはずの胸が、風に靡く草木のように。

 なぜだか――再び、ざわめき始める。

 それが何に起因するものか。

 何が原因なのか。

 私には、わからなかったけれど。

 それは私に――こう、警告しているように感じた。

 

 

 

 何か、良くないことが

 

 起きる気がする

 

 

 

 と。

 

「……」

 

 それでも、ここで止まるわけにもいかない。

 そんなざわつく心を抑え込み。

 警告を、跳ね除け――

 

「――おはようございまーす」

 

 私は、扉を開けた。

 

「トレーナー、どういうつもりですか」

 

 そして、中に入りながら。

 

「連絡の一つも寄こさないなん……」

 

 中の様子を、確認した。

 ……時。

 

「……」

 

 私は。

 言葉を、止めていた。

 声を。

 失っていた。

 ……なぜなら。

 

 

 

 そこには、

 

 誰も居なかったからだ。

 

 

 

「……」

 

 ……いや。

 トレーナーが、トレーナー室に不在なのは、不思議なことじゃない。

 彼らだって忙しいのだから。居ないタイミングだって、そりゃある。

 だから別に、それ自体を、不思議に思うことなんてないのに。

 

 ない。

 はずなのに……

 

「…………」

 

 ……なんだろう。

 この感じ。

 

「………………」

 

 なんなんだろう。

 この感覚。

 

「……………………」

 

 胸が。

 胸が――

 

 

 

 ざわざわ、

 

 する。

 

 

 

「――っ」

 

 私は。

 気付けば、そこから走り出していた。

 向かうのは、理事長室。

 藁をもすがる思いで、そこに辿り着き。強めにノックする。

 

「――うむっ、入れ!!」

 

 返事を受け。

 私は、食い気味に入室する。

 その勢いが予想外だったのか、理事長さんは、ちょっと面食らったような顔をしていた。

 

「――ど」

 

 でも、もう一瞬で気を取り直すと、いつもの扇子を煽ぎながら、言っていた。

 

「どうしたサファイアミザール!! そんなに急いでっ! もしかしてまた何か事件に巻き込まれたかっ!?」

「いえ。あ、あの……理事長」

「うん!?」

「……その」

 

 こんなことを、彼女に訊いていいのか。

 そんな疑問が、一瞬浮かんだが。

 それを押しのけて――

 私は。

 

「……トレーナーさん、知りませんか?」

 

 言っていた。

 

「今、トレーナー室行ったんですけど、誰も居なくって」

 

 私は。

 

「いや、会議とかならいいんですけど、でも、なんか、なんかこう、今、変な感じで……」

 

 訊ねていた。

 

「胸がざわざわして、落ち着かない、っていうか……」

 

 私は。

 理事長さんの顔を。

 

「その。知っていたら、教えて、いただきたくて……」

 

 改めて。

 直視した。

 ……彼女は。

 果たして。

 

「……」

 

 目を。

 丸くしていた。

 

 まるでそれが。

 想定外の質問、みたいに。

 

「……理事長さん?」

 

 それに、胸のざわつきが大きくなる。

 大きくなるざわつきに。

 押されるまま。彼女のことを呼ぶと。

 

「……君」

 

 理事長さんは、呆然と、言うのだ。

 

「何も、聞いてないのか?」

「へ……?」

「彼なら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日付で、

 

 

 

 退職したぞ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― え ―― …… ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし驚いたな。てっきり君には――」

 

 理事長さんの言葉を。

 私は、最後まで聞かなかった。

 

「あっ、おいっ!!」

 

 呼び止める声を振り払い。

 私は、そこから飛び出す。

 学園の廊下を走り。

 階段を降り。

 もう一度、走る――

 

「――お? ミザール?」

 

 タマちゃん先輩の姿が見えて。

 

「おいおい、廊下はそないに走っちゃ――」

 

 その脇を。

 通り過ぎた。

 

「――ミザール!?」

 

 お構いなしに。

 一心に。

 走る。

 走る。

 走る――……

 

 

 ……

 

 

 

 ……

 

 

 

 

 ……え。

 

 

 

 

 

 え。

 え。

 え――?

 

 

 なんで。

 なんで。

 なんで。

 

 退職?

 たいしょく?

 タイショク?

 

 

 嘘、嘘、嘘。

 なにそれ。なにそれ。どういうこと。それってつまり。つまりそれって。

 

 彼は。

 トレーナーさんは。

 

 

 ___さんは。

 

 

 

 

 もうこの学園には。

 

 いないってこと?

 

 

 

 

「――っ」

 

 ……意味が分からない。

 わけがわからない。

 なんで、なんで、なんで、どうして。

 だって、だって、私には、そんな話。

 ひと言も。

 ほんの、少しも――!!

 

「――、――……」

 

 我武者羅に走り続けて。

 やがて、正門付近に辿り着く。

 なんでここを目指したのかは、自分でもわからない。

 

 ここが、学園の始まりの場所だからだろうか。

 ここから、誰もが学園へと入ってくるからだろうか。

 ここに来れば、なんとなく、理由なく。

 ……会えるんじゃないかと。

 思ったからだろうか。

 

 息も絶え絶えで。

 心のざわめきは、もはや喧騒にまでなっている。

 頭の中は。

 答えのない疑問が、巡りに巡る。

 

 なんで。

 どうして。

 いつから。

 どこへ。

 そんな単語が、答えを求めるみたいに。

 

 延々と。

 延々と。

 回る……

 

「……嘘」

 

 ……嘘、だよね。

 きっと、嘘なんだよね。

 そうだ、私が、あんまりにもバカで、あんまりにも単純だから。

 彼はきっと、私に、サプライズをしようとしているんだ。

 

 それで、理事長さんまで巻き込んで、私を、驚かせようとしてるんでしょ。

 みんなで。

 私に、壮大なドッキリを、かまそうとしてるんでしょ……?

 ねぇ、そうでしょ。

 そうなんでしょ?

 そうと、言ってよ。

 ねぇ。

 ねぇ。

 ねぇ――

 

「…………」

 

 でも。

 木々は変わらず揺らめいているし。

 生活音も、何も食わぬ顔で響き続けている。

 世界から、一人だけ切り離されたみたいで。

 一人だけ、取り残されたみたいだった。

 

 整い始めた呼吸が。

 再び、乱れ始める。

 息が詰まるような感覚に。

 胸が、支配され始めた――

 

 

『――あ~♪ ボクはテイオ~♪ テイオ~♪』

 

 

 響く。

 着信音。

 それに弾かれて、携帯電話を取り出し。

 画面を見ると。

 

「…………」

 

 ……そこには。

 見覚えのある言葉が、並んでいた。

 ……

 

 

 

 

 

『非通知』

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 私は。

 

 

「……」

 

 

 通話ボタンを。

 

 

「……」

 

 

 ……

 

 

 押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よう、バカウマ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年ぶりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞いたみたい、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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