16年度の卒業生   作:Ray May

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-◆◇◆-

 

 

 

『そろそろ色々気付くころだと思ってな』

 

 電話口で。

 彼は、言う。

 

『授業はもう終わってるはずだろ。心置きなくお話が出来るな! そういうわけで、どうだ。まずお前から、何か質問は?』

 

 変わらぬ調子で。

 彼は、言う。

 

『ん? あれどうした? バカウマー? おーい』

 

 いつものように。

 彼は。

 言う……

 

『あれ死んだ? おーい、もしもーし』

「……なに」

 

 そんな彼に。

 私は、言う。

 

「なに、してんですか。トレーナーさん」

 

 私は。

 言う。

 

「今、どこにいるんです。どこから、かけてるんです。電話……」

『あー……』

 

 彼は。

 意味深に、間を開けると。

 

『まぁ、とても遠いところ、とだけ言っておく』

「は、はぁ?」

 

 そう言うから。

 私は、苦笑いしながら、答える。

 

「なに、言ってんですか。意味が……あ。も、もしかして、慰安旅行的なやつですか?」

 

 わざとおどけて。

 それに、応じる。

 

「も、もう、困りますよー。大事な担当置いて……行くんなら、一緒に連れてってくれなきゃ」

 

 わざと。

 冗談めかして。

 応じる……

 

「いつ、戻るんですか? もー、さっさとトレーニングしなきゃいけないのに……」

『……いや』

 

 すると彼は。

 

『もう、』

 

 あっけらかんと。

 ……

 答えていた。

 

 

 

 

 

『戻らないよ』

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ……………………――

 

 

「……はぁ?」

 

 

 はぁ?

 意味が、わからない。

 何を言っているのか、何を発しているのか。何を述べているのか。何をほざいてんのか。

 

 戻らない? モドラナイ? はぁ? 何言ってんの? 何語? この期に及んで、まだふざけてるわけ?

 

 ……戻らない?

 意味が。

 意味が――

 

 ……

 

 

 わからない……

 

 

 

「……なにを、言ってん、ですか……」

 

 

 思いのままに、紡いだ言葉は。

 さっきと、ほとんど同じで。

 まるで、鸚鵡か何かにでも、なったような気分だった。

 

「いなきゃ、困りますよ。もう。なに言って……」

 

 そうだよ。

 だって、そうだよ。

 あなたがいなきゃ、私は。

 私は、何も……

 

「いなきゃ、私、トレーニングが……」

『後のことは、チームシリウスのオーナーに任せてる』

 

 すると。

 彼は。

 言うのだ。

 

『かつてオグリキャップが属してたチームだ。ウイニングチケットっていう頼れる先輩もいる。きっとお前に良くしてくれる』

「……は」

 

 私の思考を。

 

『これからは、そのチームの下でトレーニングを積め』

「ちょ、ちょっと……」

 

 私の理解を。

 

『あぁ、学費は気にしなくていいぞ。高等部を卒業出来るまでいられるよう、前倒しで払っておいたから。気にせず新しいチームで――』

 

 それが追いつくのを。

 ろくに、待たずに――

 

 

「ちょっと待ってよッ!!」

 

 

 ……だから。

 

 私は。

 

 それに、声を荒げていた。

 

「ど――どういう、ことですか……」

 

 ……だって。

 だって。

 わからなかったから。

 

 理解が――

 出来なかった、から。

 

「い、意味が、わかりません」

 

 わからない。

 わからない。

 あなたが、何を言ってるのか。

 わかんないよ。

 

「それじゃ、え? なんで。あなた、トレーナーは……」

『……皆まで言わせるなって』

 

 すると彼は。

 嘆くように息を吐いて。

 ――それを。

 言っていた。

 

 

 

『――契約解除、ってことだよ』

 

 

 

「……」

 

 ……

 ……それに。

 私は、声を、失っていた。

 

「…………」

 

 ざわざわと、木々がざわめく。

 周囲の音が。

 急速に。

 遠のく……

 

「……な」

 

 胸の奥から。

 

「な、なんで……」

 

 悲しみが。

 苦しみが。

 湧き上がって、くる。

 

「なんで……? なんで……わ、私、有マ、勝ったよ? 勝ったのに……なんで……?」

 

 それに押されるままに。

 まるで泣きじゃくる子供のように。

 私は、言う。

 

「なんで? 私が、バカだから? 言うこと、聞かないから? 跳ねっかえりで、向こう見ずで、無茶ばっかりする、じゃじゃウマ、だから……?」

 

 彼は。

 すぐには、答えない。

 

「ねぇ、なんで? 何が駄目だったの? なんで、駄目なの? 私、わ、わたし……」

『……ミザール』

「教えてよ!! なんで、何が駄目で――」

『お前が駄目なわけじゃない』

「……へ……?」

『お前は、』

 

 動揺して。

 狼狽して。

 捲し立てるように言葉を投げかけた、私に。

 

『――』

 

 彼は。

 諭すように、言っていた。

 

 

 

『――優秀だよ』

 

 

 

「……は……?」

『優秀だ。とても優秀で、将来性がある……俺には、もったいないウマ娘だ。だから――

 

 だから、契約解除するんだよ』

 

「……意味が、わかんないです」

 

 前後の言葉が繋がらない。

 どうして。

 なんで。

 私が、駄目なウマ娘だから、愛想が尽きたから、契約解除する、なら、まだわかるけど。

 

 私が優秀、

 いいウマ娘、

 そう言ってくれているのに。

 ……契約解除……?

 

 な、

 なんで……?

 

「なんで……私が優秀、って言うなら、契約解除する必要なんて、どこにも……」

『……お前がこれから大きくなるのに、俺という存在が邪魔になると思ったからだ』

「は、はぁ? 何言って……」

 

 意味が分からない、意味が分からない。まるで、まるで縋るように言う私に。

 

『……俺はな、』

 

 彼は。答えていた。

 

『今まで、人に言えないようなことを、色々やってきた。……』

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 これまで……色々と『やんちゃ』をしてきた。人を殺めるようなことはしてないけどな。自分たちの、一時の楽しさのために、多くの誰かのことを、不幸にしてきた。

 

 それでも、俺は一足早くに目を覚まして、それから足を洗うためにきっかけを、全てを終わらせるための足掛かりを作った。結果それのお陰で、俺の、俺たちの、身勝手で我儘な『お遊び』は終わってくれた。

 

 俺は若かったから、まだ許してもらえた。力を認めてもらえて、『拾って』もらえたし。ここまで、なんとか真っ当な人間として、やってこられた。だが……だが、司法が俺を許しても、世間は俺を許すとは限らない。

 

 俺が表の世界に下手に出てきたら――俺のことを覚えていた誰かしらが、怨嗟の炎を忘れていない誰かさんが、俺のことを潰しにくるかもしれない。

 

 だがそうなれば、お前も巻き込むことになる。お前の将来をも、潰してしまうことになる。輝かしい――『例の夢』を果たせたところで、『ソレ』を蒸し返されて、台無しにされる可能性はある。

 

 この先、俺という存在は――お前にとって、間違いなく足かせになる。

 

 お前は優秀で、将来性のあるウマ娘だ。俺の存在のために、お前の自由の邪魔をするなんてこと、あっちゃいけない。だから、離れることにした。だから、お前の前から、去ることにした。だから――お前を解放することにした。俺の手のうちから。俺の庇護の元から。

 

 

 別の、頼れる人へと、託すことにした。そんなところだ。……

 

 

 

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