『そろそろ色々気付くころだと思ってな』
電話口で。
彼は、言う。
『授業はもう終わってるはずだろ。心置きなくお話が出来るな! そういうわけで、どうだ。まずお前から、何か質問は?』
変わらぬ調子で。
彼は、言う。
『ん? あれどうした? バカウマー? おーい』
いつものように。
彼は。
言う……
『あれ死んだ? おーい、もしもーし』
「……なに」
そんな彼に。
私は、言う。
「なに、してんですか。トレーナーさん」
私は。
言う。
「今、どこにいるんです。どこから、かけてるんです。電話……」
『あー……』
彼は。
意味深に、間を開けると。
『まぁ、とても遠いところ、とだけ言っておく』
「は、はぁ?」
そう言うから。
私は、苦笑いしながら、答える。
「なに、言ってんですか。意味が……あ。も、もしかして、慰安旅行的なやつですか?」
わざとおどけて。
それに、応じる。
「も、もう、困りますよー。大事な担当置いて……行くんなら、一緒に連れてってくれなきゃ」
わざと。
冗談めかして。
応じる……
「いつ、戻るんですか? もー、さっさとトレーニングしなきゃいけないのに……」
『……いや』
すると彼は。
『もう、』
あっけらかんと。
……
答えていた。
『戻らないよ』
……
…………
……………………――
「……はぁ?」
はぁ?
意味が、わからない。
何を言っているのか、何を発しているのか。何を述べているのか。何をほざいてんのか。
戻らない? モドラナイ? はぁ? 何言ってんの? 何語? この期に及んで、まだふざけてるわけ?
……戻らない?
意味が。
意味が――
……
わからない……
「……なにを、言ってん、ですか……」
思いのままに、紡いだ言葉は。
さっきと、ほとんど同じで。
まるで、鸚鵡か何かにでも、なったような気分だった。
「いなきゃ、困りますよ。もう。なに言って……」
そうだよ。
だって、そうだよ。
あなたがいなきゃ、私は。
私は、何も……
「いなきゃ、私、トレーニングが……」
『後のことは、チームシリウスのオーナーに任せてる』
すると。
彼は。
言うのだ。
『かつてオグリキャップが属してたチームだ。ウイニングチケットっていう頼れる先輩もいる。きっとお前に良くしてくれる』
「……は」
私の思考を。
『これからは、そのチームの下でトレーニングを積め』
「ちょ、ちょっと……」
私の理解を。
『あぁ、学費は気にしなくていいぞ。高等部を卒業出来るまでいられるよう、前倒しで払っておいたから。気にせず新しいチームで――』
それが追いつくのを。
ろくに、待たずに――
「ちょっと待ってよッ!!」
……だから。
私は。
それに、声を荒げていた。
「ど――どういう、ことですか……」
……だって。
だって。
わからなかったから。
理解が――
出来なかった、から。
「い、意味が、わかりません」
わからない。
わからない。
あなたが、何を言ってるのか。
わかんないよ。
「それじゃ、え? なんで。あなた、トレーナーは……」
『……皆まで言わせるなって』
すると彼は。
嘆くように息を吐いて。
――それを。
言っていた。
『――契約解除、ってことだよ』
「……」
……
……それに。
私は、声を、失っていた。
「…………」
ざわざわと、木々がざわめく。
周囲の音が。
急速に。
遠のく……
「……な」
胸の奥から。
「な、なんで……」
悲しみが。
苦しみが。
湧き上がって、くる。
「なんで……? なんで……わ、私、有マ、勝ったよ? 勝ったのに……なんで……?」
それに押されるままに。
まるで泣きじゃくる子供のように。
私は、言う。
「なんで? 私が、バカだから? 言うこと、聞かないから? 跳ねっかえりで、向こう見ずで、無茶ばっかりする、じゃじゃウマ、だから……?」
彼は。
すぐには、答えない。
「ねぇ、なんで? 何が駄目だったの? なんで、駄目なの? 私、わ、わたし……」
『……ミザール』
「教えてよ!! なんで、何が駄目で――」
『お前が駄目なわけじゃない』
「……へ……?」
『お前は、』
動揺して。
狼狽して。
捲し立てるように言葉を投げかけた、私に。
『――』
彼は。
諭すように、言っていた。
『――優秀だよ』
「……は……?」
『優秀だ。とても優秀で、将来性がある……俺には、もったいないウマ娘だ。だから――
だから、契約解除するんだよ』
「……意味が、わかんないです」
前後の言葉が繋がらない。
どうして。
なんで。
私が、駄目なウマ娘だから、愛想が尽きたから、契約解除する、なら、まだわかるけど。
私が優秀、
いいウマ娘、
そう言ってくれているのに。
……契約解除……?
な、
なんで……?
「なんで……私が優秀、って言うなら、契約解除する必要なんて、どこにも……」
『……お前がこれから大きくなるのに、俺という存在が邪魔になると思ったからだ』
「は、はぁ? 何言って……」
意味が分からない、意味が分からない。まるで、まるで縋るように言う私に。
『……俺はな、』
彼は。答えていた。
『今まで、人に言えないようなことを、色々やってきた。……』
これまで……色々と『やんちゃ』をしてきた。人を殺めるようなことはしてないけどな。自分たちの、一時の楽しさのために、多くの誰かのことを、不幸にしてきた。
それでも、俺は一足早くに目を覚まして、それから足を洗うためにきっかけを、全てを終わらせるための足掛かりを作った。結果それのお陰で、俺の、俺たちの、身勝手で我儘な『お遊び』は終わってくれた。
俺は若かったから、まだ許してもらえた。力を認めてもらえて、『拾って』もらえたし。ここまで、なんとか真っ当な人間として、やってこられた。だが……だが、司法が俺を許しても、世間は俺を許すとは限らない。
俺が表の世界に下手に出てきたら――俺のことを覚えていた誰かしらが、怨嗟の炎を忘れていない誰かさんが、俺のことを潰しにくるかもしれない。
だがそうなれば、お前も巻き込むことになる。お前の将来をも、潰してしまうことになる。輝かしい――『例の夢』を果たせたところで、『ソレ』を蒸し返されて、台無しにされる可能性はある。
この先、俺という存在は――お前にとって、間違いなく足かせになる。
お前は優秀で、将来性のあるウマ娘だ。俺の存在のために、お前の自由の邪魔をするなんてこと、あっちゃいけない。だから、離れることにした。だから、お前の前から、去ることにした。だから――お前を解放することにした。俺の手のうちから。俺の庇護の元から。
別の、頼れる人へと、託すことにした。そんなところだ。……