16年度の卒業生   作:Ray May

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束縛 p1

-◆◇◆-

 

 

 

 携帯電話が、ひっきりなしに鳴動している。

 もう、ろくに眠れてもいない。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 美浦寮から出てきたメジロマックイーンを、タマモクロスとオグリキャップが出迎える。

 タマモクロスは早速、とばかりに声を掛けようとしたが、彼女の曇った表情を見て、口を噤んでいた。

 代わりに出てくるのはため息で、首の辺りに手を回し、やや乱暴にそこを掻き始める。

 それを見ていたオグリキャップは、視線を明後日の方向に向けると、何事かを思案し、

 タマモクロスの目の前の、何かを拾うような動きをしてみせていた。

 

 

「……何しとんねん自分」

「タマの吐き出した幸せを回収してる」

「おー、そうか! おおきになー! せやったらそれ周りに撒いてみんなを幸せに――」

 

 

 と。タマモクロスも、それに応じる。

 

 

「ってなんでやねん! そないに簡単に回収出来たら苦労せんわ、ドアホ!」

「……」

「……」

 

 

 冷たい風が辺りを通り過ぎる。

 活気は、特に生まれることはなかった。

 

 

「……今日は冷えますわね」

「うん。暖かくして寝た方がいい」

「おいちょぉ待てー!! マックはまだしもオグリが元に戻んのはちゃうやろ! なんでウチが一人で火傷せなあかんねん!!」

「すまない。ちょっと面白くて」

「だったら笑いで反応してくれや! 笑い取れへんツッコミなんざ虚しいだけやろ!!」

「……」

 

 

 くすくすと笑うマックイーンは、二人がすっかり元に戻ったことに安心感を覚える。しかしそれもつかの間。今現在直面している問題を思うと、楽観もしていられなかった。

 

 

「……もう三日になりますわ」

 

 

 そう。

 件のウマ娘――サファイアミザールが、寮の部屋に引き籠り始めて、三日になる。

 寮長であるヒシアマゾンの他、マックイーンも説得に乗り出しているものの、彼女はろくに返事もしない。

 体調は大丈夫なのか、そもそも生きているのか死んでいるのか――すらもわからない状態で、不安は募っていくばかり。

 もやもやと。

 マックイーンは、もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 

 

「……あんだけウチのこと気にかけてくれたんや。ウチも協力したいんやけど」

「ドアぶち破るかもと思うと協力出来ないそうだ」

「おま……ウチが一応コンプラ的に言わんとこ思たこと、結構あっさり言うんやな……」

「実際、このまま出てこなかったらぶち破るつもりだそうですよ。……あ、暴力的な手段ではなく、マスターキーで、ですわ」

 

 

 一瞬タマモクロスは顔を強張らせるも、マックイーンの付言で立て直した。

 

 

「相方がいれば、また違っていたのでしょうけれどね」

「あれ。一人部屋なんやっけ」

「えぇ。たまたま相方が見つからなかったそうで」

 

 

 そのやり取りを最後に、三人の間に沈黙が流れる。タマモクロスは全員の顔を一瞥し、沈黙を留まらせることもない、と考えた。

 

 

「……場所変えよか。こんなとこで話してても栓ないやろ」

 

 

 口にした提案に、面々は特に不満はなかった。三人、誰が先頭を切るでもなく、歩き出す。

 

 

「はぁ……しかしとんでもないことになったなぁ。まさかミザールのトレーナーが、あんなテロ紛いなことするなんて思いもせんかったわ」

「テロ紛い、ではなく。正真正銘のテロですわ。今日も正門辺りで、お暇な活動家の皆様がお集まりでしょうし」

「あれでは不用意に学園の外にも出られない。いい迷惑だな」

「実際、レースの出走を見送った方もいるそうですわ」

「うわぁ……同情するわぁ……」

 

 

 耳を澄ますと、かすかに遠くから聞こえてくる、罵詈雑言。そうでなければ、という一縷の望みは、そうしていとも簡単に崩れていた。

 

 

「……例の情報。まだ止まりませんのね」

「先生たちが対応してくれているみたいだが、いたちごっこが続いてるようだ」

「一応、ウチもそっち方面に詳しいやつら(エアシャカールとかゼンノロブロイとか)に訊いてみたけど、やっぱり全部、情報源(ソース)のはっきりしない捏造(ガセ)だったそうや」

「……だが、ただ騒ぎたいだけの第三者には、そんなことは関係ない……」

 

 

 オグリキャップの言葉を受け、タマモクロスは改めてウマッターを確認する。そこに広がる現状も、彼女の一縷の望みに反して、残酷、かつ醜悪だった。

 

 

「……外野(暇人)どもが」

「これ……いつかは終わりますのよね? きっといい感じに、お互いの妥協点が」

「どうだろうな。あのトレーナーの様子。尋常ではなかった。私達全員を処さんばかりの勢いだ」

「でもこんなの、泥沼ですわ。どこかで……それこそ折り合いをつけなくては」

「……それはそうだけど」

 

 

 オグリキャップの言葉を最後に、三人は黙ってしまう。そこでふと、タマモクロスは、ひとつ疑問に思った。

 

 

「……なぁ。今ウチらどこに向かって歩いとるんや?」

「知らない」

「知りませんわ」

「……食堂でも行こか。それ以外に行けそうなとこないし」

「……あ」

 

 

 と、タマモクロスが現状の指針を示した時。

 マックイーンが、進行方向に何かを見つける。

 それは、見慣れた人影であり。

 

 

「――チヨノオーさん!」

 

 

 彼女が、手を振りながら呼びかけた時。

 影の主――サクラチヨノオーは、泣きそうな顔で――というよりほとんど泣いて――彼女らに駆け寄ってきていた。

 

 

「まっ、マックイーンさぁぁぁんっ!!」

「!?」

 

 

 そのまま――マックイーンの腕の中に飛び込むチヨノオー。それを見たタマモクロスとオグリキャップは、互いに顔を見合わせ、

 

 

「……じゃ、ウチらは先行っとるなー」

「えっ、ちょ!! 待って!! 置いてかないでくださいませー!!」

 

 

 マックイーンは、それにコミカルに返すが。チヨノオーは依然として、彼女の腕の中で肩を震わせていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「……ミザールさんのことを悪く言うなんて、おかしいって言ったんです」

 

 

 自販機の並ぶ休憩スペースに落ち着いた一行は、チヨノオーからの話を聞いていた。

 

 

「た、確かに、ミザールさんのトレーナーさんは許されないことをやりましたけど……やってますけど。だからって……ミーザルさんまで悪人ってことにはならないと思います。

 一緒に走ったからわかるんです。あの子は……真っ直ぐで、純粋で、素直で……今に全力をかけてる、普通の、いい子なんです。悪い子なわけが……ないんです……!」

「……そしたら、クラスから総スカン食らったっちゅうわけか」

「ほんの何人かは、同意してくれましたけど……」

 

 

 チヨノオーの声は涙ぐんでいる。彼女のその様子が、そんな、同意してくれた何人かの運命をも暗示していた。

 

 

「はぁ。今対抗せなあかんねんは外やのに、内輪揉めしてどないすんねん」

「実際、彼女を追放したところで、何の解決にもなりませんわ。彼女も……そういう意味では、被害者ですの」

「純粋に素直に、指示に従ってトレーニングしとっただけやもんな。まぁ……今にして思うと、無茶苦茶なローテとか、頑なに姿現さんとことか、気付けるタイミングはあったにはあったなぁ」

 

 

 ただ、気付いたところで。この陰謀の全貌を明かせたとも思えない。

 詮無い話か、とタマモクロスはため息を吐く。

 ――するとオグリキャップは、再度目の前の何かを拾う素振りをするが。タマモクロスは、それを見て言った。

 

 

「二度はやらへんでオグリ」

「そうか。残念だ」

 

 

 また火傷してたまるかい、とタマモクロスはジュースに口をつける。

 

 

「――はぁー……」

 

 

 と、そこでもう一人、別の影が現れていた。タマモクロスやオグリキャップに似た、流れるような白髪と長身。

 

 

「……ゴルシさん」

「ん? おぉー、マックちゃん――ってうお!? なんか珍しい取り合わせだなおい!」

 

 

 ゴールドシップは、それまで彼女らの存在に気付いていなかったらしい――マックイーンの呼びかけに振り向くと、大袈裟な動作付きで驚いていた。

 

 

「おいおい、もしやみんなで山籠もりしようって計画か? なるほど! そういうことなら、今すぐシュノーケルの準備してくるぜ!」

「山でシュノーケルはしませんわ! ってか出来ませんわ! せめて出来るものにしてくださいませ!」

「ボーリングしてでも出来るようにするのが私たちの使命だろうが!」

「そんな使命を請け負った覚えはありませんの!」

「……えっと。それでゴルシは、なんでまたため息吐いてたんや? オグリが幸せ拾とるで?」

「ん。あとでタマにもお裾分けする」

「いらんわ! 捨てとけ!!」

「それも酷い気がしますけど……」

 

 

 一通りのやり取りの後、ゴールドシップは後頭部を掻いていた。

 

 

「……なんてことねーよ。正門前の連中がうるせーから、散らしてきた」

「……? でもまだ声しとったで?」

「そりゃそうだよ。すぐにまた集まりやがったんだからな。散らしてもキリがねぇ、まるで虫だ」

 

 

 ゴールドシップはいかにも面倒臭そうに言う。それを聞いたマックイーンは、視線を下げていた。

 

 

「……ゴルシさんでも手が負えないなら、いよいよ私たちではどうにもなりませんわね」

「おいおい、あんまゴルシちゃんを褒めんなよ~。海に沈めるぞ~?」

「なんでナチュラルに怖いこと言うんですの!?」

「お前と深海2万マイルしたいからだろうが! 言わせんな!」

「意味が分かりませんの!!」

「……なぁ。なんでマックはこのテンションにずっとついてけてるんや?」

「たぶんネジが2、3個飛んでるんだろう」

「聞こえてますわよ!!」

「……ふふっ」

 

 

 そんな四人のやり取りを聞いていたチヨノオーは、思わず笑っていた。それに、一番に微笑んだのはオグリキャップだった。

 

 

「落ち着いたか」

「あ、はい……なんだか、ちょっと元気が出ました。ありがとうございます」

「う。こ、こんな形で元気づけるなんて、不本意ですわ……」

「素直になれよマックちゃんよ~、きょうびツンデレなんて流行らねーぞ~?」

「あなたのせいなんですが!?」

「……」

 

 

 喧騒が響き渡る中で、タマモクロスは空を見上げる。

 学園中が不穏な空気に包まれる中でも。空は相変わらず、腹が立つほどに、綺麗な青色だった。

 

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