継がれていく想い p1
「――いやぁー……」
棚に設置した『ソレ』を見つめて、私は思わず声を上げていた。
立派な金色の杯。
思ってたより大きな、とは思ってたけど。
これは……なんというか……
「なんか……存在感凄いね……」
「あぁ……他のを明らかに圧倒してるな」
私の言葉に、隣に立つお父さんも、そう言っていた。
その棚には、私が今まで獲得してきたトロフィーが飾ってあるけど。
ひときわ大きいそいつの自己主張の強さは、それらを抑え込んで余りあるほどだった。
栄光の大きさ。栄華の煌びやかさが。
その存在感を通して、伝わってくる。
「正直、結構浮いて見えるな」
「……それじゃあ」
顎を擦って苦笑いしている彼に、私は、にやりと笑った。
「これからもっと、トロフィー取らなきゃね」
「……」
私の言葉に、お父さんは面食らったみたいだけど。
すぐに、優しい微笑みに口元を緩めると。
「そうだな」
そう言って、笑ってくれた。
で――その視線は。間髪入れず。そのトロフィーのすぐ隣へ向けられる。
「しかし、本当に一緒に飾るのか?」
彼は、怪訝そうに『ソレ』を指差していた。
「あの『ラジコン』」
「うん」
淀みなく答えると、お父さんは目を丸くする。
予想外だったのか――でも、そりゃそうだ。
飾るに決まってる。自己主張の激しい、真っ赤なボディ。
既に物言わなくなった、スポーツカーのラジコン――
……彼が。
あの人が、残していった。
――『餞別』。
「だって……」
だって。
「これがなかったら」
これが、なかったなら。
「今の私は……ここにいないもの」
「……」
お父さんは。
しばし、目を丸くしていたけれど。
「……そうだな」
やがて、再びの微笑みをもって、そう答えてくれていた。
「……さ、じゃあそろそろ行こっかな」
「あぁ、もうそんな時間か」
部屋を出て、玄関へ向かう。靴を履くと、背後から、お父さんが名を呼んでくれた。
「わかってると思うが、夜には――」
「はいはいわかってますわかってますよ、夜には戻りますよ! いってきまーす!」
それに、雑めに返すと。いってらっしゃい、という優しい声が、私の背中を押していた。
「店長ー! これ、ここでいいですかー!」
「いいわよー! ありがとうねー!」
訪れた、かつてのバイト先にて。
どすんと、いくつもの段ボール箱を地面に降ろすと、店長さんは困ったように笑っていた。
「助かったわ……もう、ホンット段ボールが重くって。内藤くんが無理に持とうとして、また腰やっちゃったのよ……」
「……対応は石原さんですか」
店長さんは目線を逸らす。……それが答えだった。
「一応聞いときますけど」
そんな彼女に、一応、聞いてみる。
「これ、中何が入ってんですか」
「えっとね……中身は箱いっぱいのお野菜でね……うちの旦那の親戚の孫の息子のおじいちゃんの母方のお父さんの孫の弟が――」
「だからそれ赤の他人ですって……」
しかも心なしかちょっと増えてる気がする。この人の人脈の広さは知ってるけど、ここまで極まると超常現象じゃないか……
「ふふっ、そうねぇ。でもそれもこれも、全部あなたのお陰だからねっ」
「え……私のですか?」
「そ! あなたが有マで勝ったからーって、それにあやかって卸してくれたのよ~」
「わー、あやかるって普通に言っちゃうんだー」
そういうのって普通、本人には隠すもんなんじゃないのか。まぁ……なんかもう……どうでもいいや……
「そういうわけだから、ほらほら、店内見てみてよ」
「え、店内……?」
バシバシに嫌な予感がしたけど、彼女につられるまま、店内に入ってみる。すると……
「――!?」
なんと。
そこら中の売り場に、私の写真を使ったポップが使われているではないか。
「本日、うちは元・バイトリーダーサファイアミザールさんの有マ記念優勝を祝した限定セール中でございますっ!」
「……うわぁ」
「うわ、今うわぁって言った! うわぁって言ったわよね! ごめんなさいね~、無許可でやったのは謝るから、そんなに嫌な顔しないで……!!」
「いやまぁ、嫌な気はしないですけどね……」
いやごめん、嫌な気はする。
するけど。さすがに社会の常識として、建前として、表面上はそう言っておいた。
「うぅん! 嫌な気はするって顔に書いてあるわ……! でももう回収するのもめんどいから、今日はこれでいかせてね! お願い!」
「ははは……まぁいいですよ……」
普通に面と向かってめんどいとか言ってるの凄い図太いと思うんだ……まぁいいよ、私がちょっと我慢すればいいだけだし……
これもこれで……宣伝にはなりそうだしね。
「……あれ」
と、思っていると。
ある人影が、目に付く。
それは……あんまり整えられているとは言えない身なりに、目深にかぶった帽子、ジャンパーの男性。
その姿に……私は、見覚えがあって。
思わず、そろりそろりと、傍へと近づいていた。
彼は、『あの時』のように、じーっと商品を見つめていたけれど。
「……あのー」
「!」
声を掛けると。
弾かれたように、こちらを向いていた。
「何か、お探しですか……?」
「……お」
彼は、私と目を合わせると。
なんだか、ちょっと不機嫌そうな顔をした。
「お探しだよっ! 文句あっかよ!」
「あ……あぁ。そうなんですか、良かった」
「ったく、また俺が万引きすると思ったのか? 言いがかりはほどほどにしてくれっ」
「はい……すみません」
店員でもないけど、言いがかりは良くないことだ。というわけで頭を下げると、彼は留飲を下げたみたいに、深めに息を吐いていた。
「……俺だってな」
「……?」
顔を上げると。
彼は、ぼそりと言う。
「さ、最近は、ちゃんと働いてんだよっ、日雇いだけどよ……」
「あ……そうだったんですか」
「あんたを観てたら……」
彼の言葉は。
続くごとに、小さくなっていって。
「……俺にも……出来るんじゃねーかって……思ったんだよ……」
「……へ?」
「――なっ」
あんまり聞き取れなかったから、聞き返そうとしたけれど。
「なんでもねぇよっ! じゃあなっ!」
「……」
商品をひっつかむと。どこかへ行ってしまった。うん。たぶんレジに行くんだろうなと思う。
私は……口元が、優しめに緩むのを感じながら。その背中を、見送った。
「――ぎゃっはははははっ!!」
寮の一室で。
『彼女』の姿を見て、あたしは大笑いをしていた。
「お、お前っ、マジっ、スカート似合わねぇーっ!!」
「っ……っせぇなぁ……!!」
そんなあたしの視線の先。
彼女は、何度も見た、ミディアムロングの茶髪をわなわなと震わせながら、ぎろりとあたしを睨みつけていた。
「そんなんお互い様だろがっ!! オメーこそスカート似合ってねぇっての!」
「え~? いやいや、あたしはもうこいつの着こなし方、マスターしたし? 今のお前は言うなれば……そう、制服に着られてる、みたいな?」
「テメーぶっ殺す!!」
「おいおい待てって! 部屋狭いんだから暴れんなよー!」
そんな感じで、一頻り追い回し、追い回されて。隣の部屋の生徒に怒られたところで、あたしたちは落ち着いていた。
「……ったく、なんでよりによって、『紅い閃光』サマと同室なんだよ」
彼女は、いかにも納得いかなげに言うが。しょうがない。運命のいたずらってやつだ。
「ってかお前、あのオンボロアパートで一人暮らししてたんじゃねぇのか? なんでこっちに移ってんだよ」
「あぁー……それがさぁ」
続けられた問いに、答えようかどうか迷ったけれど。どうせ隠すようなことでもないし、答えることにする。
「なんかあのアパート……知らんうちに競売掛けられてたらしくてよ。大家が変わったんだ」
「は? 変わった?」
「おう。で、あのアパート、基礎から何までぜーんぶ建て替えるっていうから、こっちに仮で移させてもらったんだけどさ。設備が全部最新式になるから、冗談抜きで家賃が今の十倍近くまで跳ね上がるんだよ。だからまぁ、どうすっかなーって」
「……前の大家はどうしたんだよ。夜逃げか?」
「さぁ。あたしも訊いたんだけど、何も知らないって。行くところが出来た、とか言ってたらしい」
「ふーん……あれ、でもお前、学費その人に工面してもらってんだろ? 大丈夫なのかよ?」
「……なんでそんなことまで知ってんだよ」
「アタシの情報網、あんま嘗めない方がいいぜ?」
にやりと笑う彼女。悪い顔だった。
「……まぁ、あたしも気になったから、理事長に訊いたんだけどさ。向こう……高等部卒業まで、納金済みって話らしい」
「……それって、云千万クラスだよな」
「あぁ」
「何者だったんだ? その大家」
「さぁ」
「……うっすい反応だなおい」
「別に。そこまで拘ることじゃねぇだろ」
そう思う。確かに妙なところ、気になるところはあるけれど。
誰しも――事情があるもんだ。
「……外野がとやかく言うことじゃねぇ。そいつにはそいつの生き方がある。あたしらが首突っ込むことじゃねぇさ」
「……なんか変わったなオメー」
「オメーがガキ過ぎるだけだよ」
「おーしっ! 戦争だ! 表出ろやコラ!!」
「あぁん!? 上等だコラァ!!」
などと。また檄の飛ばし合いをして。また二人、隣の生徒に怒られてしまった。
府中刑務所。
「……」
作業場を通りがかった、そのスキンヘッドの男は。
「――!?」
目を見開き、もう一度、作業場を覗き込んでいた。
「――んなっ」
その中の、いくつもの机のうちのひとつ――
そこに、見知った姿が座っているのを見て。
「なっ、何やってんすか兄貴ぃっ!?」
彼は、絶叫していた。
そこには、黒髪をオールバックにした強面の男が座って作業に勤しんでおり。
スキンヘッドの男を認識すると、苛立たしげに舌打ちをしていた。
「……うっせぇなぁ。受刑者が仕事すんのがそんなに悪いかよ」
「え、い、いや、でもだって……!!」
駆け寄ってきた彼に、オールバックの男は不機嫌そうに答えるが。スキンヘッドの男は、なおも不思議そうに言う。
「ついこの間まで、仕事なんて負け組のすることだって……!!」
「……っせぇなぁ」
オールバックの男は。
過去の自分の発言を顧みて、再び舌打ちをする。
「……別に、いいだろ」
そして――手元を狂わせないよう注意しながら。
それを噛み締めて――彼に、答える。
「俺も、かなり歳食っちまったけどよ……
今からでも……真っ当に生きようとしてみたってよ……」
「……あ、あ、あ……!!」
それを聞いたスキンヘッドの男は。
わなわなと震えながら、目尻に涙をためて。
「兄貴ぃ~!!」
彼に縋りついていた。
「お、おれっ、俺っ!! 一生!! 一生あんたについてきます兄貴ぃっ!!」
「――っせぇなぁわかったからテメーもさっさと持ち場に戻りやがれッ!!」
オールバックの男が、我慢の限界とばかりに怒号を飛ばすが。スキンヘッドの男はなおも嬉しそうに、はいぃ~!! と、それに返事をしていた。
「……お父様」
ヒスイグループ本社ビルを見上げて、私は呆然と声を漏らす。
「ん~?」
隣に立つお父様は、どこかのほほんとした声で答えるけれど。
私の内心は……それとは相反するそれだった。
「さすがにこれは……やり過ぎですよ……」
「え~? そうかなぁ」
そうですよ、と私は努めて真剣に言う。だって……だって、ビルの壁にはでかでかと。
でかでかと、『ヒスイレグルス 第██回有マ記念大会 出走おめでとう!!』というのぼりが垂れているのだから。
周囲に立つ社員たちも、おぉー、とかって声を上げてるけれど。あの、その、感嘆してる場合じゃないです皆さま。
ってか、仕事はどうしたんですか……
「確かに出走自体は喜ばしいことですけれど、私は大きな結果を残せませんでした」
「うーん、お父さんはそうは思わないけどねぇ」
「……っていうか、会社を上げて煽られてるような気すらします」
「おいっ! 誰だのぼりの内容をあんな風にしようとか言ったのは! 許さんぞ!」
『あんただよッ!!』
社員からの総ツッコミを受けて、お父様は縮こまってしまった。まぁ……なんかもう……いいや。どうでも……
「あのー……そ、それで、ヒスイちゃん?」
嘆息した時、おどおどと話し掛けてきていたのは、現・秘書の女性だった。
「なんでしょうか」
「いや、えーっとね。その、あなたの出走と、無事に完走したことを記念して、今度、その、打ち上げ? みたいなのをね。するんだけど……」
彼女は、まるで仏像を前にしたみたいに手を合わせると、浅く頭を下げていた。
「お願いっ、その、あなたにも、来てほしくて……!!」
「……」
そのお願いを聞いて。
この一連の行動の真意が見えていた。
「……最初から、それが目的ですか」
言うと、社員の皆様方は、苦笑いと共に視線を逸らす。この人たちは……団結力が強いというか、悪戯心がすごいというか、なんというか。
「あ、あなたがそういう浮ついたことが嫌いっていうのはわかってるけど、でも、やっぱり主役がいないと盛り上がらないっていうか……! だからお願いっ、この通り!」
「……」
確かに私は、そういう宴席というのが苦手だ。お金がかかるし、五月蝿いし。時間もルーズになりがちだし、五月蝿いし、あと五月蝿いし、五月蝿いし。
今まで、社内でそういう席が設けられ、一緒に来ないかと誘われたことも何度かあったけど。そのたびに即答でお断りしてきた。
けれど、期待するように見つめる社員たちを。
これまでの言動と、この先にある出来事とを考えた時。胸の中に浮かんだ感情は、それらを否定したくなるような、積極的なけだるさではなかった。
「……、」
だから。
「……今回だけですよ」
『――!!』
そう答えると。社員たちは一斉に歓喜し。
「――みんな! こうしちゃいられないっ!! もう一度『作戦会議』するよっ!!」
『おー!!』
と、秘書さんの一声と共に、ドドドドド……と、社内に戻ってしまった。
……たかが私ひとりのために、一体何を企画するつもりなんだろうか。
「はっはっはっは! ヒスイちゃんは本当にみんなに愛されてるなぁ」
残された私の隣、お父様は豪快に笑うけれど。私としては複雑な心境だった。
「愛されてるというか、遊ばれてるというか……」
「いーいじゃないか。気付かれずに放っておかれるよりかは、なんぼかマシだ」
「いい食い物にされてる気もしますけれどね」
「こらこら、うがった見方をするんじゃない。こういう好意は、素直に受け入れるものだよ」
笑いながらも真剣な彼の言葉に耳を傾け、まぁ、そういうものなのだろうなと納得する。それからふと、腕時計に目を落として、『いい時間』だということに私は気付いた。
「……では。ちょっと出てきますね」
「ん? お出かけかい? 珍しいじゃないか」
「えぇ……まぁ」
別に、今の時間でなければいけないわけでもないのだけれど。
リサーチの結果、『彼女』がいない可能性が高い時間が、今だということはわかっていた。だから――出来れば、今『そこ』に行きたい。
「なんだいなんだい? お友だちとお買い物かい? はぁー、いいねぇ、青春だねぇ……」
「違いますよ」
しみじみと言うお父様に、きっぱりと否定の言葉を飛ばす。
「……、」
それから――でも。包み隠すことでもないことに気付いて。触りだけ、言うことにした。
「……野暮用です」
相変わらず、けたたましい音で包まれている、その店の中で――
「――っ」
私は、息を切らしていた。
ゴトン、という音と共に、それが『取り出し口』に落ちてくる。
腕に抱えてあまりあるほどの大きいそれを、苦労しながらも取り出して、深めの息を吐いた。
……UFOキャッチャー。前に来た時、これは悪魔の集金機械だな、などと思ったけれど、その推測は、遠からず近からず、だと思う。
まさか……まさか。『コイツ』に¥5,000もかけてしまうとは思っていなかった。いや、一応、予算は多く持ってきてはいたが。¥2,000くらいで済むとタカを括っていた……まさか、二倍以上もかけることになるだなんて。
というか、アームが弱すぎる! どう考えても詐欺だこんなの! 明らかに弱くなるタイミングと強くなるタイミングがあるし! こんなもの形を変えたパチンコじゃないか! 訴えればこちらが勝てるんじゃないか……!?
末恐ろしいものである。人類とは、斯くも恐ろしい機械を開発してしまったのか。
お金とは……やはり、魔物だ……
「……でも」
でも。まぁ。
いいか、と思う。結果的に、『目的』は果たせたのだから。
……『目標』は。
こうして、達成出来たのだから。
「……」
――喜んで、くれるかな。
そう思いながら、私はそれを緩めに抱き締める。
それは、大きなぬいぐるみであり――
頭には、“CB”という装飾の光る、白いミニハットを被っていた。
「……!?」
その日、いつものように、正門前で生徒の出迎えをしていた駿川たづなは、やって来た『彼女』が、いつもとは違う様子であることに驚愕していた。
「――では、コハク様」
「ん。行ってくるね」
「……あ、あの……」
長い芦毛に、小柄な体躯の彼女は、傍に引き連れていた黒服の二人組に挨拶をすると、たづなに気付き、満面の笑顔を浮かべる。
「たづなさん! おはようございまーすっ」
「あ、はい。おはようございます。あの。それで、コハクさん……」
たづなの言葉に、コハクは小首を傾げる。
「……さっきの方々は……?」
「ん。えすぴーだって」
「え、SP……?」
彼女の答えを、たづなは怪訝そうに復唱していた。それを汲み取ったのか、コハクは背後へと振り返り、遠ざかっていく黒服の背中を見つめる。
「……親戚の人が」
「え」
「もう、君と一緒になる権利はないとわかってるけど、せめて、その成長を見守らせてくれって」
「え、えぇ……? そ、それはまた、なんとも……」
「虫がいい?」
胸の内にどす黒い感情が湧き、しかしそれを徒に口にすることも出来ず。口籠ったたづなだったが。振り返ったコハクは、気にしない、とばかりにそれを代わりに口にする。
たづなは気まずそうに眉を顰めたが。コハクは相変わらず、無邪気な笑顔を浮かべるだけだった。
「うん。でもいいの」
そして、答えた。
「わたし、嬉しいから!」
お線香の匂いが鼻を擽る中、わたしは目を開け、それを見つめる。
無骨で、四角い、黒めの大きな石。表面には『██家之墓』と書かれており、傍に備えられたお花と併せてみた時、自然、口元が緩むのを感じた。
「……喜んでくれてるかな、『とれーなーさん』も」
「……えぇ。きっと、喜んでますよ」
わたしの言葉に、隣に立つ『その人』も答える。その人は、見慣れたメイド服を着ていて、その顔は、かつて見た怯え切ったものじゃない。
そう、かつて、わたしが『あそこ』で生活していた時に。
見せていた――おどおどとしたものじゃ、ない。
「さ、行きましょうか。コハク様」
「ん」
その人は、わたしに手を差し伸べてくれる。わたしはその手を取り、二人、隣り合って、そこから歩き出す。
「……良かったの?」
その中で……わたしは、彼女に問いかけていた。
「何がですか?」
「ん、」
不思議そうな目で、こちらを見下ろしてくる彼女に、わたしは続けた。
「よーしえんぐみ」
「……、えぇ。いいのですよ」
その言葉に、彼女は笑うと。真っ直ぐ、前を見つめていた。
「もうあなたを……一人にしないと。決めましたから」
その瞳に、わたしは、かつての『あの人』の、したたかさの面影を見て。
笑みが深まるのを、感じた。