『あーっと!!』
『転倒、転倒です!! ███████、転倒しました!!』
『医療班による診断が実施されています。将来有望なウマ娘です。最悪の事態にならなければいいですが――』
「███████さんですが、芳しい状態とは言えません」
「骨が度重なる酷使で悲鳴を上げています。これ以上走らせれば、そのうち日常生活も……」
「……一体どんなトレーニングを積んでいたのです?」
「練習は大事ですが、成長には休息も大事で――……」
『彼女』は病室から外を見つめている。
俺が入室しても、その空虚な目に光は灯らない。
それを誰が奪ったのか、何が消したのか、わかっているくせに、理解しているくせに、俺は彼女の手を握り、せめて、と伝えるのだ。
「……例の手術、来週実施するらしい」
「金は俺が全部出す。お前は何も気にしなくていい」
「うまくいけば、お前はまた走れるように……」
「 、 」
「……ん? なんだって?」
「……」
「██、██████」
「……」
男は、住処の寝床で目を覚ました。
とても悪い夢を見ていた気がするし、思い出したくない記憶を思い出していたようにも思える。
どちらにせよ気分は最悪で、気分転換に水を一口飲んだ。
テレビを点けると、相変わらず『例の事件』で話は持ちきりだ。
全ては順調に行っている、と不気味に微笑み、書斎へと続く扉に手を掛けた。
その時。
『えーここで速報です。██ホテルにて、緊急の記者会見が行われるということです。松下さーん?』
「……?」
そのような話が聞こえ。
彼は振り返る。
画面に映し出された、その映像を目の当たりにし――
「――っ!」
彼は。
テレビも消さないまま、部屋の外へと飛び出していた。
『十二時ごろ、█チャンネルを観ていてください』
目を覚ました秋川やよいが、まず初めに見たメッセージはそれだった。
そのあるじが誰なのかにも驚いたが、画面を見て、更に驚く。
思わずその場から駆け出そうとするも、
「はーい、病人は病室で安静に!」
と、スーパークリークに止められ、保健室の中に留まることになった。
「……」
彼女は観念して、保健室に備え付けのテレビの画面を見つめる。
何が始まるのか、何となく察しながらも、目を逸らさず、その時を待つ。
そしてそれは――程なく訪れる。
「――!」
――やはり、と息を呑む。
同時に、不甲斐なさと、情けなさに、胸がいっぱいになる。
なぜなら、緊急記者会見と銘打たれた場内の、会見席、そこに現れたのは、よく見知った姿だったからだ。
シンボリルドルフが、そこにいた。
「――皆様。突然の会見にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます」
ルドルフは、会見場を一望し、そう切り出す。
「私はトレセン学園中央校生徒会長、ウマ娘のシンボリルドルフです」
その瞳に、恐れはなく。
怯えも、少しも灯ってはいなかった。
ただただ、決意が。
燃え滾る炎のような、強固な意志だけが、見て取れた。
「先の学園の件――まずこの場を以って宣言させていただきたい」
その意志を以って。決意を以って。
彼女は――言う。
「公衆に流布されたありとあらゆる情報は――全て虚偽であり、真実ではございません」
タマモクロスたちは見る。すっかり静まり返った食堂にて。
教室に備え付けられた小さなテレビが、生徒たちにその様子を放映している。
『現在、この情報を流布した主に対する開示請求を実施しており、必要であれば訴訟に踏み切る所存です。これは我々の、厳格かつ不動の対応になります。そしてその上で――私は宣言します』
自分たちの会長が。代表として、率先して前に出てくれた人物が。
『……』
一旦は止まり。目を閉じ。何かを決意したかのように、再び目を開けると。
『――トレセン学園中央校は』
静かに、しかし、力強く。
『これからも、存続すべきであると』
そう、宣言したのを。
「……」
食堂に集まった生徒たちは、何も言わない。
いや、何も言えない。
画面上に映る、誰もの憧れの的、畏敬の先、崇敬の対象が。
がんじがらめの自分たちの想いを、代弁してくれているがゆえに。
『彼の言い分も、理解出来る箇所はあります』
彼女は、続ける。
『トレーニング設備も、教師による授業も、トレーナーの指導も……他でいくらでも替えが効くかもしれない。だが……だが。この場所でなければ。この学園でなければ、得ることが出来ない、何にも変えることの出来ない大事で、重要で、大切なものが、ひとつですが、確かにあります』
迷いなく。
躊躇なく。
恐怖も何も――なく。
『それは、』
言った。
『『繋がり』です』
静まり返った会見場で。
ルドルフは、続ける。
「繫がりとは……決していいものばかりではない。それは時に諍いを起こし、時に争いを起こし、時に……すれ違いを引き起こす。実際、それに起因する、数多くの悲しみや苦しみが、この学園では産まれてきました。
しかしそれは――何一つの例外もなく。最後には、それを上回る喜びや、楽しさ。そして何よりも――強さに繋がってきました。
ウマ娘同士の関わり合いは……競い合いは、情熱と情熱のぶつかり合いであり。
その化学反応は、思わぬ奇跡を生み出す。他に代え難い記憶を。絆を――生み出してきました」
彼女は思い出す。生徒たちが、お互いに支え合い、困難を乗り越えた様子を。
「それは友情であり、」
彼女は思い出す。歓喜に満ち溢れ、喜びに湧く瞬間を。
「それは歓喜であり、」
彼女は、思い出す。
苦難と、困難と、艱難の果てに掴み取った、何にも代えがたい栄光を。
「それは――勝利である」
続ける。
「『名誉』である。『栄誉』である。全ての『想い』の源流が――ここから生まれる」
続ける。
「関わり合いも、繋がり合いも、この先へと、未来へと『繋がる』強さを生み出すには、決してなくてはならない!」
そして――止まる。
再び目を閉じ、自分の想いを確認し。
目を開け。
新たな決意の元に、言う。
「……誰が。誰が何と言おうと、私は。そんな学園が、好きです」
言う。
「そんな学園を……愛している」
そう。
「そんな学園を作った……先人たちを」
言った。
私は、
誇りに思う。
特大のため息が、理事長室にて吐き出される。
してやられた、と彼女は――
秋川やよいは、目頭を押さえるが。
同時に、微笑んでもいた。
手のかかる『娘』だが。
全く、その真っ直ぐさには――
『大人』では。決して敵わないな――と。
「……」
敢えて、介入も、助言もせずに。
見守り続けた。
「……私が言いたいのは、以上です」
シンボリルドルフは、最後まで揺るぎ無く、自身の主張を貫いた。
自然、会見場も、独特な空気に包まれる。
人々は言葉なく――
感心し。
拍手でも、湧き上がりそうなほどであった。
「では、質問のある方は――」
それを受け、締めとばかりに。
挙手を、と。彼女が言いかけた時だった。
「――詭弁だ!!」
その会見場の最後方。
怒号は、そんな空気を貫いて、響き渡っていた。
誰もが、一斉にそちらを見る。
そこには、誰もが数日前に、テレビ画面で目撃した黒髪。
――あの男が。
鬼気迫る表情で、そこにいた。
男は、ずかずかと前進する。
人々は、誰に言われるでもなく、男に道を開ける。
程なく、シンボリルドルフを見上げる形で、目の前に辿り着いた男は。
その表情の一切を崩さずに、口を開く。
「……何もかもバカげた綺麗事だ。お前たちは知らない。それが数多の屍の上に成り立っていることを」
「屍」
それを聞いて、なお。
ルドルフは動じず、見下すかのように応じた。
「……『十年前』のことか。確かにあの頃はひどい時期だった。だが私はそれを忘れたことはない。全ての想いは汲み取られていると信じている」
「それが詭弁だというんだ」
そして男も、なお。
動じず、揺るがず、見上げながらも、応じる。
「現にお前たちは何をした? 学園で自由と明るさを盾にのうのうと過ごしていただけだろう」
「……聞き捨てならないな。それではまるで、私たちが何も考えずに生きているかのように聞こえる」
「そうだろうが。積み重ねられた屍を踏みにじり、敷かれたレールの上に寝そべり、惰眠を貪る生活を堕落と言わず何を言う」
「あなたは我々の実際を目にしていない。誰もが日夜、目標に向けて励んでいる。情熱を以って、意志を以って、日々鍛錬に励んでいる。決して無為に日々を過ごしてなどいない」
「『あいつら』はそんな光も経験せずに散っていった――それに対する悔恨も後ろめたさも無いのか!」
「無いはずがない! だから私たちはこうして学園で生活している。戦っている! 散っていった想いと共に、少しでも前に進もうと努力している!」
「そのためにその在り方が間違っているということが、どうしてわからない!!」
「そのためにこの在り方こそが正しいということが、なぜわからないのだ!!」
「……」
「……」
……一頻り口論を終え。
二人は、睨み合う。
その視線で、相手を打ち倒さんとばかりに。
重く、苦しい空気が、しばし漂い。
「……平行線だな」
男が、やがて口を開く。
「あぁ……
ルドルフもまた、口を開く。
「なら……俺たちがすべきことは、ひとつだけだ」
「あぁ――」
その視線同士が、再び、宙でぶつかり、
交錯し、
絡み合い――
その末に。
お互いに、宣言していた。
『――