問題です。
『これ、どういうこと?』
『あなたも何か知っているんですか?』
『私たちのこと騙してたんだね』
『最低』
『裏切者』――
……これらの言葉は、果たしてなんの言葉でしょうか。
そうです。ここ数日で、私のLANEやらメールボックスやらに届けられた、心無い言葉や純粋な疑問、もしくは罵詈雑言のごく一部です。
本当に聞き逃してはいけない連絡のため、携帯電話の電源を切るまではいかないけれど。少なくとも今、電話以外の通知は切ってある。
そのお陰で、おかしくなるんじゃないかってくらいの鳴動はマシにはなり、ほんのささやかな安寧が私の元に訪れていた。
……それでも、顔も名前もわからない誰かが、定期的にドアをノックするものだから。完全な安寧とは言えないのだけれど。
もう何日が経ったのかなんてわからない。
考えたくもない。考える気力もない。
外が今どういう状況なのかも、少しは良くなったのかも、私にはわからないし。
わかろうとも思わない。
……そんな権利はない。
そんな考えで、頭はいっぱい。
頭はいっぱいで、動こうという発想すら。
逃げようという思いすら。
浮かび上がる、余地もない。
「……」
……何度も。
やり場のない後悔が、頭の中を、ぐるぐる、回っている。
私が。
私が、もっとちゃんとしていれば良かったんだ。
ちゃんと頭で考え、直面した現実の一つ一つを、分析し、吟味し、選択していれば良かったのだ。
例えば、直近のレースへ出走しないことを、選択していれば良かったのだ。
例えば、この学園へ転入することを、選択しなければ良かったのだ。
例えば……あのラジコンを頼ることを。
選択しなければ、良かったのだ。
そうすれば、
そうであれば、
こんな思い――しなくて、済んだのに。
こんなことに――ならずに、済んでいた、はずなのに……
「……」
……あぁ。
本当に、バカだなぁ、私。
これが普通じゃなくて、何かおかしいことだってことくらい、最初からわかってたのにな。
あのラジコンを疑いながらも、愚直に信じて……こんなことにまでなってしまってまで。
ようやく、過ちに気付くなんて。
……実際。
何がどこまで本当で、嘘なのかもわからない。
彼と連絡が付かないのだ。その全貌を知ることは、叶わない。
ただ一つ、明らかなのは。
いいように利用された、ってだけだった。
……
……私。
どうすればいいんだろう、これから。
あれだけの話が出たのだ。きっと、学園周りはとんでもないことになってるよね。
のうのうと過ごせるとは思えない。
っていうか、学園は存続出来るんだろうか。
もし本当に廃校になったりしたら、どうなるんだろう。
住処は? 衣服は? 食事は?
勉強は? 練習は? 競技は?
先生は? 生徒は?
家族は?
未来は? ――……
……
……もうなんか。
なんか、どうでもいいや……
何にしても、私に出来ることなんてない。
ここに閉じこもって、腐る以外の選択なんてない。
権利なんて――ないのだ。だから。
……眠ろう。
走る気にもなれない。
走るために――出る気にもならない。
そうだ……きっとこれは、夢なんだ。
私が見ている、体のいい悪夢。そうに決まってる。そうでなきゃ、
こんな都合のいい話、
あるはずがない。
……だから眠ろう。眠って、目を覚まそう。
そうすれば、きっと。
目が覚めたなら、きっと……
みんなと一緒に 遊ぶんだ
「――」
その時。
携帯電話が、激しく動く。
この状態でも起きる鳴動、ということは、誰かが自分に電話をしてきているということだ。
よろよろと携帯電話に手を伸ばし。
画面を、見てみると。
そこには、簡素なゴシック体で、こう書かれていた。
――非通知、と。
「……」
私は。
それが誰からなのかが、なんとなく、わかった。
「……もし、もし」
だから。
通話を開始して。まるで老婆のような声で、応じる。
『――おぉー、なんだバカウマ。死にそうな声してんじゃねーか』
「…………」
それは。
紛れもなく、彼の声だった。
久々に聞いた他人の声は、酷く耳障りだった。
『死んでる場合じゃねーぞ! すぐに対策を打たなくちゃな。相手はあの『皇帝』だ。生半可な覚悟じゃ勝てねーぞ』
「……え」
投げかけられた言葉に。
呆然と声を漏らす。
『今までのレースとはわけが違う。まぁ一騎打ちだからっていう意味でもあるけどな。それ以上に、あれの強さは、俺たちの想像の更にもう一段階上を行く』
「え……え」
私がそんな風でも。
彼は容赦なく続けるから。
私は、置いてきぼりにならざるを得なくて。
『だが弱点がないわけじゃない。死に物狂いで食いつけば――』
「あ――の」
……大声で、止めたつもりだったけど。
出た声は、想像以上に、か細かった。
『あ? どうした。質問なら手短に……』
「なんの……はなしですか」
電話の向こうで、彼が沈黙したのが分かった。その沈黙は重く。私には、永遠のもののように感じられた。
『……お前、テレビ観てねーのか』
「へ……」
呆れたように言う彼に、私は辛うじて返事をする。
圧し潰されてしまいそうで。
『挑戦状を叩きつけてきたんだよ、『皇帝』が』
実際、続けられた言葉で。
『一週間後。学園近くの██競技場で、一騎打ちだ』
「――……」
圧し潰されてしまった気がする。
でも、なんとか持ち堪えた。
でも。
あまりの現実に、頭が、くらくらと、安定しない。
『……そのためにメニューやら何やら考えてきたんだがな。まさかそもそもテレビ観てねーとは思ってなかった。お前今どんな生活してんだ?』
「……」
そんな風に。不安定だったからだろうか。
『まさか部屋に閉じこもってんのか? おいおい、ニートじゃねーんだぞ。年頃の女子が外で遊ばなくてどうすんだ』
「…………」
彼の言葉の一つ一つが。
先ほどよりも、更に耳障りに聞こえて。
『まぁいいや。とにかくLANEに内容を送っといた。決戦までにそれやって調整して――』
「――あなたは」
それに対して、込み上げる怒りに。
押されるまま、私は、言葉を、吐き出した。
「あ、なたは、、、そうやって、ひとのりょうしんにつけこんで、、いいように、つかって、、、」
『あ? どうした?』
「そんなの、、、するわけ、ないじゃ、ないですか、、、そんなの、したがう、りゆうが、、」
『おいおい、引き籠り生活で頭までイカれたのか』
それでも。
彼は、全く何の感傷も感慨もない様子で、返してくる。
『お前に、出走しない選択があると思ってるのか』
「ど、、、どういう、いみですか、そんなの」
『仮に出走しなかったとして』
言う。
彼は言う。
『それでお前どうする? 学園の危機は去りましためでたしめでたし、とはいかねーぞ。俺はまた適当に過ごせばいいだけだが、お前は違う。これからを真っ当に生きようとする以上、俺という『テロリスト』の元で走っていたというレッテルが付きまとう』
容赦なく、遠慮なく。
言う。
『学園じゃまともに過ごせないだろうよ。ほどなく退学を強いられる。だがそれで終わりじゃない。世間様にあれだけ大々的に広めたんだから、他の学校でもまともに過ごせねーだろうな』
「……」
言う。
言う……
『わかるか? 『お前と俺はとうに一蓮托生なんだよ』。まともに生きたければ走れ。そうでなくてもいいなら走るな。尤も、こんな見え透いた甘言に甘えてきたお前のことだ――走る以外にはない、だろ?』
「……わたし、を」
私は。
最後の力を振り絞って、言った。
「わたしを、だましたんですね」
『……ほう?』
彼は。
興味深そうに返す。
私は……言う。
「わたしを、だらくへと、さそって、そして、わたしたちは、、、じごくに、おちたんです」
『……、』
すると彼は。
電話の向こうで、嘆息したようだった。
『俺はお前に知恵を与えた』
彼は言った。
『そしてその知恵で、お前はお前自身の選択を決めた。それは俺が変わってしてやれることじゃない』
「どっちにしろ、おなじです、、、!!」
私は。
もうこれ以上ないくらいに想いを込めて、口にする。
「あなたを、しんじたことが、、、わたしの、いちばんの、まちがいだったんです、、、!!」
『違うよ』
すると。
すると。
『お前の最大の過ちは、』
彼は。
言った。
『お前に選択肢などがあったと思ったことだ』
「……」
……
……
……
……わたしは。
なにも。
いえなかった。
『――にかく、――を、――ずに――……』
こえがとおのく。
なにも、きこえなくなる。
『――、――……』
けいたいでんわが、ずるり、とてからすべりおちる。
めもとから、なにかが、とめどなく、あふれてはおちる。
わたしは、べっどへとむかって、うつぶせにたおれこみ。
めもとからながれつづけるそれをぬぐうこともわすれて、ねむることもできずに、こくうをみつめた。
もう、
かんがえるのも、つかれてしまった。