16年度の卒業生   作:Ray May

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束縛 p4

-◆◇◆-

 

 

 

 問題です。

 

 

 

『これ、どういうこと?』

『あなたも何か知っているんですか?』

『私たちのこと騙してたんだね』

『最低』

『裏切者』――

 

 

 

 ……これらの言葉は、果たしてなんの言葉でしょうか。

 そうです。ここ数日で、私のLANEやらメールボックスやらに届けられた、心無い言葉や純粋な疑問、もしくは罵詈雑言のごく一部です。

 

 本当に聞き逃してはいけない連絡のため、携帯電話の電源を切るまではいかないけれど。少なくとも今、電話以外の通知は切ってある。

 そのお陰で、おかしくなるんじゃないかってくらいの鳴動はマシにはなり、ほんのささやかな安寧が私の元に訪れていた。

 

 ……それでも、顔も名前もわからない誰かが、定期的にドアをノックするものだから。完全な安寧とは言えないのだけれど。

 

 もう何日が経ったのかなんてわからない。

 考えたくもない。考える気力もない。

 外が今どういう状況なのかも、少しは良くなったのかも、私にはわからないし。

 わかろうとも思わない。

 ……そんな権利はない。

 そんな考えで、頭はいっぱい。

 頭はいっぱいで、動こうという発想すら。

 逃げようという思いすら。

 浮かび上がる、余地もない。

 

 

「……」

 

 

 ……何度も。

 やり場のない後悔が、頭の中を、ぐるぐる、回っている。

 

 私が。

 私が、もっとちゃんとしていれば良かったんだ。

 

 ちゃんと頭で考え、直面した現実の一つ一つを、分析し、吟味し、選択していれば良かったのだ。

 

 例えば、直近のレースへ出走しないことを、選択していれば良かったのだ。

 例えば、この学園へ転入することを、選択しなければ良かったのだ。

 例えば……あのラジコンを頼ることを。

 選択しなければ、良かったのだ。

 

 そうすれば、

 そうであれば、

 こんな思い――しなくて、済んだのに。

 こんなことに――ならずに、済んでいた、はずなのに……

 

 

「……」

 

 

 ……あぁ。

 本当に、バカだなぁ、私。

 これが普通じゃなくて、何かおかしいことだってことくらい、最初からわかってたのにな。

 

 あのラジコンを疑いながらも、愚直に信じて……こんなことにまでなってしまってまで。

 ようやく、過ちに気付くなんて。

 

 ……実際。

 何がどこまで本当で、嘘なのかもわからない。

 彼と連絡が付かないのだ。その全貌を知ることは、叶わない。

 ただ一つ、明らかなのは。

 いいように利用された、ってだけだった。

 

 ……

 ……私。

 

 どうすればいいんだろう、これから。

 

 あれだけの話が出たのだ。きっと、学園周りはとんでもないことになってるよね。

 のうのうと過ごせるとは思えない。

 っていうか、学園は存続出来るんだろうか。

 もし本当に廃校になったりしたら、どうなるんだろう。

 

 

 住処は? 衣服は? 食事は?

 勉強は? 練習は? 競技は?

 先生は? 生徒は?

 家族は?

 未来は? ――……

 ……

 

 

 ……もうなんか。

 なんか、どうでもいいや……

 

 

 何にしても、私に出来ることなんてない。

 ここに閉じこもって、腐る以外の選択なんてない。

 権利なんて――ないのだ。だから。

 

 ……眠ろう。

 走る気にもなれない。

 走るために――出る気にもならない。

 

 そうだ……きっとこれは、夢なんだ。

 私が見ている、体のいい悪夢。そうに決まってる。そうでなきゃ、

 こんな都合のいい話、

 あるはずがない。

 

 ……だから眠ろう。眠って、目を覚まそう。

 そうすれば、きっと。

 目が覚めたなら、きっと……

 

 

 

 

 

また 朝が来て

みんなと一緒に 遊ぶんだ

 

 

 

 

 

「――」

 

 

 その時。

 携帯電話が、激しく動く。

 この状態でも起きる鳴動、ということは、誰かが自分に電話をしてきているということだ。

 よろよろと携帯電話に手を伸ばし。

 画面を、見てみると。

 そこには、簡素なゴシック体で、こう書かれていた。

 ――非通知、と。

 

 

「……」

 

 

 私は。

 それが誰からなのかが、なんとなく、わかった。

 

 

「……もし、もし」

 

 

 だから。

 通話を開始して。まるで老婆のような声で、応じる。

 

 

『――おぉー、なんだバカウマ。死にそうな声してんじゃねーか』

「…………」

 

 

 それは。

 紛れもなく、彼の声だった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 久々に聞いた他人の声は、酷く耳障りだった。

 

 

『死んでる場合じゃねーぞ! すぐに対策を打たなくちゃな。相手はあの『皇帝』だ。生半可な覚悟じゃ勝てねーぞ』

「……え」

 

 

 投げかけられた言葉に。

 呆然と声を漏らす。

 

 

『今までのレースとはわけが違う。まぁ一騎打ちだからっていう意味でもあるけどな。それ以上に、あれの強さは、俺たちの想像の更にもう一段階上を行く』

「え……え」

 

 

 私がそんな風でも。

 彼は容赦なく続けるから。

 私は、置いてきぼりにならざるを得なくて。

 

 

『だが弱点がないわけじゃない。死に物狂いで食いつけば――』

「あ――の」

 

 

 ……大声で、止めたつもりだったけど。

 出た声は、想像以上に、か細かった。

 

 

『あ? どうした。質問なら手短に……』

「なんの……はなしですか」

 

 

 電話の向こうで、彼が沈黙したのが分かった。その沈黙は重く。私には、永遠のもののように感じられた。

 

 

『……お前、テレビ観てねーのか』

「へ……」

 

 

 呆れたように言う彼に、私は辛うじて返事をする。

 圧し潰されてしまいそうで。

 

 

『挑戦状を叩きつけてきたんだよ、『皇帝』が』

 

 

 実際、続けられた言葉で。

 

 

『一週間後。学園近くの██競技場で、一騎打ちだ』

「――……」

 

 

 圧し潰されてしまった気がする。

 でも、なんとか持ち堪えた。

 でも。

 あまりの現実に、頭が、くらくらと、安定しない。

 

 

『……そのためにメニューやら何やら考えてきたんだがな。まさかそもそもテレビ観てねーとは思ってなかった。お前今どんな生活してんだ?』

「……」

 

 

 そんな風に。不安定だったからだろうか。

 

 

『まさか部屋に閉じこもってんのか? おいおい、ニートじゃねーんだぞ。年頃の女子が外で遊ばなくてどうすんだ』

「…………」

 

 

 彼の言葉の一つ一つが。

 先ほどよりも、更に耳障りに聞こえて。

 

 

『まぁいいや。とにかくLANEに内容を送っといた。決戦までにそれやって調整して――』

「――あなたは」

 

 

 それに対して、込み上げる怒りに。

 押されるまま、私は、言葉を、吐き出した。

 

 

「あ、なたは、、、そうやって、ひとのりょうしんにつけこんで、、いいように、つかって、、、」

『あ? どうした?』

「そんなの、、、するわけ、ないじゃ、ないですか、、、そんなの、したがう、りゆうが、、」

『おいおい、引き籠り生活で頭までイカれたのか』

 

 

 それでも。

 彼は、全く何の感傷も感慨もない様子で、返してくる。

 

 

『お前に、出走しない選択があると思ってるのか』

「ど、、、どういう、いみですか、そんなの」

『仮に出走しなかったとして』

 

 

 言う。

 彼は言う。

 

 

『それでお前どうする? 学園の危機は去りましためでたしめでたし、とはいかねーぞ。俺はまた適当に過ごせばいいだけだが、お前は違う。これからを真っ当に生きようとする以上、俺という『テロリスト』の元で走っていたというレッテルが付きまとう』

 

 

 容赦なく、遠慮なく。

 言う。

 

 

『学園じゃまともに過ごせないだろうよ。ほどなく退学を強いられる。だがそれで終わりじゃない。世間様にあれだけ大々的に広めたんだから、他の学校でもまともに過ごせねーだろうな』

「……」

 

 

 言う。

 言う……

 

 

『わかるか? 『お前と俺はとうに一蓮托生なんだよ』。まともに生きたければ走れ。そうでなくてもいいなら走るな。尤も、こんな見え透いた甘言に甘えてきたお前のことだ――走る以外にはない、だろ?』

「……わたし、を」

 

 

 私は。

 最後の力を振り絞って、言った。

 

 

「わたしを、だましたんですね」

『……ほう?』

 

 

 彼は。

 興味深そうに返す。

 私は……言う。

 

 

「わたしを、だらくへと、さそって、そして、わたしたちは、、、じごくに、おちたんです」

『……、』

 

 

 すると彼は。

 電話の向こうで、嘆息したようだった。

 

 

『俺はお前に知恵を与えた』

 

 

 彼は言った。

 

 

『そしてその知恵で、お前はお前自身の選択を決めた。それは俺が変わってしてやれることじゃない』

「どっちにしろ、おなじです、、、!!」

 

 

 私は。

 もうこれ以上ないくらいに想いを込めて、口にする。

 

 

「あなたを、しんじたことが、、、わたしの、いちばんの、まちがいだったんです、、、!!」

『違うよ』

 

 

 すると。

 すると。

 

 

『お前の最大の過ちは、』

 

 

 彼は。

 言った。

 

 

 

『お前に選択肢などがあったと思ったことだ』

 

 

 

「……」

 

 

 ……

 ……

 ……

 ……わたしは。

 なにも。

 いえなかった。

 

 

『――にかく、――を、――ずに――……』

 

 

 こえがとおのく。

 なにも、きこえなくなる。

 

 

『――、――……』

 

 

 けいたいでんわが、ずるり、とてからすべりおちる。

 めもとから、なにかが、とめどなく、あふれてはおちる。

 わたしは、べっどへとむかって、うつぶせにたおれこみ。

 めもとからながれつづけるそれをぬぐうこともわすれて、ねむることもできずに、こくうをみつめた。

 

 

 

 もう、

 かんがえるのも、つかれてしまった。

 

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