16年度の卒業生   作:Ray May

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束縛 p5

「……」

 

 

 あたまがからっぽで、

 なにもかんがえられない。

 

 

 むねがからっぽで、

 なにもかんじられない。

 

 

 ただただ、ねころがったまま、どこをともなくみつめて。

 みつめて。

 みつめて。

 

 

 みつめ、つづけて。。。

 

 

 

 ――コンコン

 

 

 

 そのとき。

 なにかがきこえたきがするけど。

 たぶん、きのせいだとおもう。

 

 

「――、――!」

 

 

 とびらのむこうから、なにかがきこえたようなきがするけど。

 きのせいだとおもう。

 

 

 

 ――ドンドンッ

 

 

 

 とびらがかるくゆれるけど。

 きのせいだろう。

 

 

「――! ――!!」

 

 

 なにかがよんでるきがするけど。

 きのせいだろう。

 

 

 

 ――ドンッ

 

 

 

 ひときわおおきなおとがきこえたきがするけど

 きのせいだ

 

 

 ――  ――

 

 

 なに が んでるけど

 きのせい

 

 そうだぜんぶ

 ぜんぶ、ぜんぶ、きのせい――

 

 

 

――カチャン

 

 

 

「――!?」

 

 

 ――その時、意識が冗談のように、瞬間的に引き戻されていた。

 聞こえるはずのないその音に、私はさすがに反応せざるを得ない。

 いや、気のせいだ。きっと気のせいだ。そんなはずが――と思いながら、見つめた先で、

 扉が、

 開く音がした。

 

 

「――っ!!」

 

 

 ……やばい。

 やばい、やばい、やばい!!

 入ってきた。誰かが力尽くで入ってきた!!

 そういえば、さっきあの人が言っていた。『皇帝』が挑戦状を叩きつけてきたって。私と、一週間後に一騎打ちするんだって。そうだ、学園側からしたら、私は敵から送り込まれた刺客。

 

 ……█しにきたんだ。

 

 █しにきたんだ!! きっとそうだ!!

 

 

「や、やっ……」

 

 

 壁に黒い影が反射する。それは不気味な揺らめきを伴って、徐々に大きくなっていく。私は反射的に枕を手に取って、いつでも投げられるように構えた。

 

 

「――っ!!」

 

 

 そして、その影が現れた瞬間。

 それに向かって、思い切り枕を投げつける。

 枕は影に直撃するけれど、影はそれによろめいただけで、すぐに体勢を立て直し、私の方へと近づいてくる。

 

 

「――、――!! ――!!」

「や、やぁ!!」

 

 

 それは何事かを呼びかけながら、こちらに歩み寄ってくるけれど。近寄るのを許したら、何をされるかわかったもんじゃない!!

 いや、とうに分かり切っていた!!

 だから、だから、せめて私は、手を力の限り振り回し、抵抗する。

 

 

「――、――!! ――!? ――!」

「やだ、やめて、やめてぇっ!!」

 

 

 触れてはいけない。

 触れさせてはいけない。

 そんな一心で、何かを、その影を、必死に、追い払おうとする。

 

 

「――!! ――!!」

「やぁ、やぁぁぁっ!!」

 

 

 でも、そんな努力も虚しく――

 影は、恐らくは手を、腕をこちらに伸ばしてきて――

 私の背中へと、回してきたではないか!!

 

 

「――、――……」

「やめて!! はなして!! はなしてぇ!! おねがい!!」

 

 

 それでも、それでも私は抵抗する。それがこちらの身動きを止めようとする中でも、必死に、決死に、抗う。

 

 

「やだ、やだ、やだぁ!!」

 

 

 █にたくない。

 

 

 

 ――!!

 

 

 

 █にたくない、█にたくない。

 

 

 

 ――……!!

 

 

 

 █にたくない、█にたくない、█にたくない……!!

 

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。謝ります。全部、全部謝ります。私が悪かったんです、全部私のせいなんです。なんでもします。どんな罰でも、償いでも、贖いでも、しますから。受けますから。許してください、離してください、見逃してください、私を、私を、私を――!!

 

 

 

 ――……んやろ、おい――!!

 

 

 

 許して、お願い――!!

 

 

 

 ――……、から、――に戻れ――!!

 

 

 

 離して、お願い――!!

 

 

 

 私を、

 どうか、

 自由に、して――!!

 

 

 

 ――……ミザール……!!

 

 

 

 

「――しっかりせぇ!! サファイアミザールッ!!」

 

 

 

 

「――っ」

 

 

 ――それは、まるで稲妻のように。

 深い、深い漆黒の闇を切り裂いて。

 聞こえてきていた。

 弾かれたように、私の視界は突然明瞭になり。

 目の前の光景を、描き出す。

 

 

「……」

 

 

 ……そこに、最初に見えた。

 泣きそうな顔で、肩を激しく上下させている人物の名前を。

 

 

「……た」

 

 

 私は、気付いたら、口にしていた。

 

 

「たまちゃん……せんぱい……?」

「……ようやく、正気に、戻りましたか……?」

「……え」

 

 

 気品ある、それでもどこか疲弊しているような声は、耳元から。

 その方へと目を向けると、間近に薄紫の髪が見えて。

 

 

「……マックイーン、さん……?」

「全く……手を掛けさせるんじゃ、ありませんわ……」

 

 

 ……彼女に、抱き締められているという事実を認識するのに。

 数秒ほど、時間を要した。

 その間に、彼女が身体を離し、相対する。

 心の底から安堵しているような、柔らかで、優しげな顔。

 

 

「……え。な、なんで……」

「なんでも何もないわ自分……」

「……でも良かった。鎮静剤が必要になるところだったぞ」

「良かったなー、あと少しで必殺☆ゴルシちゃんパンチが炸裂するところだったぜ」

「あの、暴力はやめてあげてください……」

「み……みんな……?」

 

 

 そこまで来てようやく私は、部屋の中にいるのがその二人だけではないことに気付いた。

 チヨノオーさんに、この人は……ゴールドシップさん、だっけ。あと、あの特徴的なカチューシャに、流れるような綺麗な白髪は……

 ……オグリキャップさん。

 総勢、五名ものウマ娘たちが、ここに、集っていた。

 

 

「全く、本当にマスターキーを使う羽目になるなんてね」

 

 

 いや、もう一人。さらに奥の方に。浅黒い肌に青髪……ヒシアマゾン寮長までもが、いた。

 ……え。

 えっと。

 わ、私……

 

 

「私……」

「落ち着いてください」

 

 

 困惑する私の手を、マックイーンさんはそっと取ってくれる。暖かな温もりを感じながら、その手に思わず視線を落とす。

 

 

「――! ま、マックイーンさん! 手……!」

 

 

 すると、彼女の手が、痛々しい傷に塗れていることに気が付いた。そのいくつかからは生々しい血が滲み出ているのが分かる。ど、どうしてこんなに傷を……

 

 

「どうして……」

「どうしてって。本当に正気を失ってたんですね」

「へ……?」

「……それ、今自分がやったんやで。覚えてないんか?」

「……!」

 

 

 ……嘘、と一瞬思うけれど、ついさっきのことにようやく思い至る。私……私。

 そうだ。部屋に誰かが押し入ってきて、それを自分を█しにきたんだと勘違いして。

 必死に抵抗して、対抗して、もがいてもがいて足掻いて足掻いて……

 でもそれは、蓋を開けてみれば。

 それでも触れに来てくれた、先輩の優しさで。

 

 

「――ご、ごめんなさい……!!」

 

 

 私は。

 勢いよく、頭を下げていた。

 

 

「わ、私!! 先輩の身体を、」

 

 

 そして。勢いのままに。

 謝罪の言葉を連ねる、けど。

 

 

「傷つける、なん……て」

 

 

 けど……

 けど……あ、あれ。

 な、なんだろ。なぜか、急に、眩暈が……

 

 

「っ……」

「あーあー無理すんな。その分じゃろくに飯も食ってねーだろ」

 

 

 それを見てか、ゴールドシップさんが呆れたように言っていた。

 

 

「自分の状態、わかってるか? お前痩せこけてるし、目の隈もすげーぞ」

「へ……」

「わかってなかったみたいだな。まぁ、あれだけのことがあったらしょうがないが」

「あ、あの」

「よし! そうと決まったら飯だね! 今何か作ってくるから待ってな!」

「あ……」

「あ、お手伝いします!」

「……」

「大丈夫ですわ、ミザールさん」

 

 

 ゴールドシップさん、オグリキャップさん、ヒシアマゾンさん、そしてチヨノオーさん……それぞれが言い、忙しない動きが起こる中、マックイーンさんが、優しく言う。

 

 

「少なくともここに、あなたの敵はいません。私は……私たちは、あなたの味方ですわ」

「マックイーンさん……」

「……ホンマに辛かったやろ。ごめんな。長いこと一人にして……」

 

 

 マックイーンさんが身を逸らし。

 タマちゃん先輩の手が伸びてくる。

 それが頬に触れて。

 そっと、擦ってくれた。

 

 

「……こんなになるまで、追い詰められて……」

「……」

 

 

 ……そんな。

 先輩たちの、無償の優しさに。

 

 

「……っ」

 

 

 私の、どす黒く染まっていた心が。

 氷解していくのを感じた。

 

 

「――うっ、うぅ~……」

 

 

 そして、それが。

 涙となって、目からあふれ出る。

 

 

「うぇえ、えぇええぇぇ……」

「……」

 

 

 それを見てか。

 マックイーンさんが、再び、そっと、抱き締めてくれる。

 その、暖かな抱擁の中で。

 私は……まるで、赤ん坊のように、無様に、素直に、泣き続けた。

 

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