「……」
あたまがからっぽで、
なにもかんがえられない。
むねがからっぽで、
なにもかんじられない。
ただただ、ねころがったまま、どこをともなくみつめて。
みつめて。
みつめて。
みつめ、つづけて。。。
――コンコン
そのとき。
なにかがきこえたきがするけど。
たぶん、きのせいだとおもう。
「――、――!」
とびらのむこうから、なにかがきこえたようなきがするけど。
きのせいだとおもう。
――ドンドンッ
とびらがかるくゆれるけど。
きのせいだろう。
「――! ――!!」
なにかがよんでるきがするけど。
きのせいだろう。
――ドンッ
ひときわおおきなおとがきこえたきがするけど
きのせいだ
―― ――
なに が んでるけど
きのせい
そうだぜんぶ
ぜんぶ、ぜんぶ、きのせい――
「――!?」
――その時、意識が冗談のように、瞬間的に引き戻されていた。
聞こえるはずのないその音に、私はさすがに反応せざるを得ない。
いや、気のせいだ。きっと気のせいだ。そんなはずが――と思いながら、見つめた先で、
扉が、
開く音がした。
「――っ!!」
……やばい。
やばい、やばい、やばい!!
入ってきた。誰かが力尽くで入ってきた!!
そういえば、さっきあの人が言っていた。『皇帝』が挑戦状を叩きつけてきたって。私と、一週間後に一騎打ちするんだって。そうだ、学園側からしたら、私は敵から送り込まれた刺客。
……█しにきたんだ。
█しにきたんだ!! きっとそうだ!!
「や、やっ……」
壁に黒い影が反射する。それは不気味な揺らめきを伴って、徐々に大きくなっていく。私は反射的に枕を手に取って、いつでも投げられるように構えた。
「――っ!!」
そして、その影が現れた瞬間。
それに向かって、思い切り枕を投げつける。
枕は影に直撃するけれど、影はそれによろめいただけで、すぐに体勢を立て直し、私の方へと近づいてくる。
「――、――!! ――!!」
「や、やぁ!!」
それは何事かを呼びかけながら、こちらに歩み寄ってくるけれど。近寄るのを許したら、何をされるかわかったもんじゃない!!
いや、とうに分かり切っていた!!
だから、だから、せめて私は、手を力の限り振り回し、抵抗する。
「――、――!! ――!? ――!」
「やだ、やめて、やめてぇっ!!」
触れてはいけない。
触れさせてはいけない。
そんな一心で、何かを、その影を、必死に、追い払おうとする。
「――!! ――!!」
「やぁ、やぁぁぁっ!!」
でも、そんな努力も虚しく――
影は、恐らくは手を、腕をこちらに伸ばしてきて――
私の背中へと、回してきたではないか!!
「――、――……」
「やめて!! はなして!! はなしてぇ!! おねがい!!」
それでも、それでも私は抵抗する。それがこちらの身動きを止めようとする中でも、必死に、決死に、抗う。
「やだ、やだ、やだぁ!!」
█にたくない。
――!!
█にたくない、█にたくない。
――……!!
█にたくない、█にたくない、█にたくない……!!
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。謝ります。全部、全部謝ります。私が悪かったんです、全部私のせいなんです。なんでもします。どんな罰でも、償いでも、贖いでも、しますから。受けますから。許してください、離してください、見逃してください、私を、私を、私を――!!
――……んやろ、おい――!!
許して、お願い――!!
――……、から、――に戻れ――!!
離して、お願い――!!
私を、
どうか、
自由に、して――!!
――……ミザール……!!
「――しっかりせぇ!! サファイアミザールッ!!」
「――っ」
――それは、まるで稲妻のように。
深い、深い漆黒の闇を切り裂いて。
聞こえてきていた。
弾かれたように、私の視界は突然明瞭になり。
目の前の光景を、描き出す。
「……」
……そこに、最初に見えた。
泣きそうな顔で、肩を激しく上下させている人物の名前を。
「……た」
私は、気付いたら、口にしていた。
「たまちゃん……せんぱい……?」
「……ようやく、正気に、戻りましたか……?」
「……え」
気品ある、それでもどこか疲弊しているような声は、耳元から。
その方へと目を向けると、間近に薄紫の髪が見えて。
「……マックイーン、さん……?」
「全く……手を掛けさせるんじゃ、ありませんわ……」
……彼女に、抱き締められているという事実を認識するのに。
数秒ほど、時間を要した。
その間に、彼女が身体を離し、相対する。
心の底から安堵しているような、柔らかで、優しげな顔。
「……え。な、なんで……」
「なんでも何もないわ自分……」
「……でも良かった。鎮静剤が必要になるところだったぞ」
「良かったなー、あと少しで必殺☆ゴルシちゃんパンチが炸裂するところだったぜ」
「あの、暴力はやめてあげてください……」
「み……みんな……?」
そこまで来てようやく私は、部屋の中にいるのがその二人だけではないことに気付いた。
チヨノオーさんに、この人は……ゴールドシップさん、だっけ。あと、あの特徴的なカチューシャに、流れるような綺麗な白髪は……
……オグリキャップさん。
総勢、五名ものウマ娘たちが、ここに、集っていた。
「全く、本当にマスターキーを使う羽目になるなんてね」
いや、もう一人。さらに奥の方に。浅黒い肌に青髪……ヒシアマゾン寮長までもが、いた。
……え。
えっと。
わ、私……
「私……」
「落ち着いてください」
困惑する私の手を、マックイーンさんはそっと取ってくれる。暖かな温もりを感じながら、その手に思わず視線を落とす。
「――! ま、マックイーンさん! 手……!」
すると、彼女の手が、痛々しい傷に塗れていることに気が付いた。そのいくつかからは生々しい血が滲み出ているのが分かる。ど、どうしてこんなに傷を……
「どうして……」
「どうしてって。本当に正気を失ってたんですね」
「へ……?」
「……それ、今自分がやったんやで。覚えてないんか?」
「……!」
……嘘、と一瞬思うけれど、ついさっきのことにようやく思い至る。私……私。
そうだ。部屋に誰かが押し入ってきて、それを自分を█しにきたんだと勘違いして。
必死に抵抗して、対抗して、もがいてもがいて足掻いて足掻いて……
でもそれは、蓋を開けてみれば。
それでも触れに来てくれた、先輩の優しさで。
「――ご、ごめんなさい……!!」
私は。
勢いよく、頭を下げていた。
「わ、私!! 先輩の身体を、」
そして。勢いのままに。
謝罪の言葉を連ねる、けど。
「傷つける、なん……て」
けど……
けど……あ、あれ。
な、なんだろ。なぜか、急に、眩暈が……
「っ……」
「あーあー無理すんな。その分じゃろくに飯も食ってねーだろ」
それを見てか、ゴールドシップさんが呆れたように言っていた。
「自分の状態、わかってるか? お前痩せこけてるし、目の隈もすげーぞ」
「へ……」
「わかってなかったみたいだな。まぁ、あれだけのことがあったらしょうがないが」
「あ、あの」
「よし! そうと決まったら飯だね! 今何か作ってくるから待ってな!」
「あ……」
「あ、お手伝いします!」
「……」
「大丈夫ですわ、ミザールさん」
ゴールドシップさん、オグリキャップさん、ヒシアマゾンさん、そしてチヨノオーさん……それぞれが言い、忙しない動きが起こる中、マックイーンさんが、優しく言う。
「少なくともここに、あなたの敵はいません。私は……私たちは、あなたの味方ですわ」
「マックイーンさん……」
「……ホンマに辛かったやろ。ごめんな。長いこと一人にして……」
マックイーンさんが身を逸らし。
タマちゃん先輩の手が伸びてくる。
それが頬に触れて。
そっと、擦ってくれた。
「……こんなになるまで、追い詰められて……」
「……」
……そんな。
先輩たちの、無償の優しさに。
「……っ」
私の、どす黒く染まっていた心が。
氷解していくのを感じた。
「――うっ、うぅ~……」
そして、それが。
涙となって、目からあふれ出る。
「うぇえ、えぇええぇぇ……」
「……」
それを見てか。
マックイーンさんが、再び、そっと、抱き締めてくれる。
その、暖かな抱擁の中で。
私は……まるで、赤ん坊のように、無様に、素直に、泣き続けた。