16年度の卒業生   作:Ray May

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束縛 p6

-◆◇◆-

 

 

 

「――全く、部屋でくたばっちまったのかと思ってたよ」

 

 

 寮の食堂にて、寮長――ヒシアマゾンさんは、呆れたように言っていた。

 

 

「三日以上もろくすっぽ飲まず食わずでよく生きてたねホント。ほら、消化にいいものを作ったから、ゆっくり食べな」

「ありがとうございます……」

 

 

 頭を下げて、ありがたくいただくことにする。消化にいいものを選んでくれた、という心配りはありがたいんだけれど。正直量は結構なもので、逆に全部は食べられそうになかった。

 

 

「ま、無理せんでもえぇで。お残ししてもウチらがおるしな」

「うん。むしろ今参戦してもいい」

「いやオグリ……大会やないねんぞ。参戦とかそういう話やないねん」

「そうですわ! こんな時間に食べては、我々にとっては健康に悪いですの! 我慢しなくては……じゅるり」

「欲望抑え切れてないで自分……」

「しょうがねーなー、そんなマックちゃんのために、ゴルシちゃんが絶品スイーツフルコースを振舞ってやるよ」

「なんでさらに状況を悪くしようとしますの!? やめてくださいませ!」

「……」

 

 

 あぁ。

 なんか、いつもどおりだなって感じ。

 さっきまであれだけ遠かった日常の風景。

 こんなに近くに広がっていただなんて。

 ……前に。私はタマちゃん先輩に言っていた。

 怖がっていても、怯えていても、何も始まらないって。

 結局、自分に返ってきた、ってことか。

 怖がっていたせいで、怯えていたせいで。

 すぐ近くにある温もりに気付かなかった。

 ……ただ。

 扉を開いて、歩き出せばよかったんだ……

 

 

「……みなさん」

「?」

「ありがとう、ございます」

「……お礼は、全てが終わってからにしてくださいませ?」

「……、そう、ですね」

 

 

 マックイーンさんは、苦笑しながら言う。それは確かに……その通りで。

 私はようやく出てこられたけれど。問題は、まだ何も解決していない。

 むしろこれからだ。レースのこと、『彼』のこと。どうすればいいのか、ちゃんと考えていかなくちゃ。

 ……これから、どうするべきなのか。どうしたいのか。

 ちゃんと、考えなくちゃ。

 

 

「……まぁさ」

 

 

 そのさなかで、口を開いていたのは、ゴールドシップさんだった。

 

 

「お前も色々あるだろうけど、閉じこもって考えてばっかりじゃ、視野は狭くなるばっかりだ。

 ウマ娘(アタシたち)の全盛期は長くはないんだ。お互い助け合って……長生きしてこうぜ?」

 

 

「……、はい」

「そう、向こう何千年と生きて、行く行くは生ける伝説に……!!」

「……はい?」

「もう! あなたは! 病み上がりの人を労わる気持ちがないのですか!」

「あるに決まってんだろ! 労わり過ぎて労わりクイーンと呼ばれたゴルシちゃんだぜ! 嘗めんなよ!!」

「そんな称号初耳ですわ!!」

「……??」

 

 

 よ、よくわかんないけど、心配してくれた、ってことでいいんだよね。ゴールドシップさん……変わってる人だ、って噂には聞いてたけど。想像以上かもしれない……

 

 

「……あれ?」

「?」

 

 

 その時、チヨノオーさんが、寮の出入り口の方を見て、声を漏らしていた。釣られて、私もそちらに目を向けてみると――

 

 

「――!!」

 

 

 そこに認めた姿に。

 どくん、と心臓が跳ね上がった。

 同時に。

 その人物と、目が合う。

 

 

「――ちょうどよかった。ここにいたか君たち」

 

 

 その人は。

 気さくに話しながら、近づいてくる。

 私はそれに――思わず、隣のマックイーンさんの、裾を掴んでいた。

 マックイーンさんの目はこちらに向いたが。

 それ以外のみんなの目は、その人の方へと向く。

 

 

『――会長!』

 

 

 全員の声が。

 ほぼ、一致していた。

 そう――そこにいたのは、トレセン学園生徒会の現会長。

 シンボリルドルフさん、だった。

 

 

「……」

 

 

 ……『挑戦状』を叩きつけたのは彼女だ、と聞いた。

 その状況で、私の存在が彼女にどう映るのか、なんて言うまでもない。

 私は、警戒心最大でその姿の一挙手一投足を見つめ――

 それに気付いたのだろうか。

 会長さんは、私たちの元まで歩み寄ると、困ったように笑っていた。

 

 

「……そう警戒しないでも、取って食ったりはしないよ。私は……君を敵と思っていない」

 

 

 そして。

 ちょうど、マックイーンさんと、同じことを言うのだ。

 

 

「むしろ……君も被害者だ。彼は君の良心に付け込んで、いいように利用した。君のことは……心より同情している」

「そ……それは、どうも」

「……、と言っても、そう簡単に警戒は解けないか」

 

 

 申し訳なさそうに、表情を曇らせる会長さん。そんな顔は……してほしくなかったのだけれど。

 ごめんなさい。やっぱり、その瞳を直視することは……出来そうに、ない。

 

 

「……会長はアタシらに用事があるのかい?」

 

 

 そんな会長さんに、寮長さんが問いかける。

 

 

「さっきの口ぶりだと、アタシらを探してるようだったけど」

「うむ……実際は、ミザール君に用事があったのだけれどね。この状態の君に、一対一で話すというのは酷だろう。……でもその前に」

 

 

 会長さんは、私達を一瞥する。

 

 

「……彼女を連れ出したのは、君たちか?」

「ん。まぁー、ウチらっちゅうことにはなるけど」

「そうか。……」

 

 

 タマちゃん先輩の返事に、彼女は短く応じると。

 

 

「……すまない。ありがとう」

 

 

 深々と。

 私たちに、礼をしていた。

 

 

「――ちょ、」

 

 

 それに荒々しく立ち上がったのは、チヨノオーさんだった。

 

 

「な、なんで頭を下げるんですか! 会長がそんなことすることは……!!」

「いや……本来なら、私が説得して、君を連れ出さなければならないところだったろう。それなのに私は、自分の業務にかまけて、その使命を果たせずに終わってしまった……」

 

 

 申し訳なさそうに。

 本当に心底、申し訳なさそうに。会長さんは言う。

 

 

「だから、ありがとう。お陰で……君たちに、それを話すことが出来る」

「ってことは、なんか話があって来た、ってことか?」

「あぁ。君たちも、いい加減気になっているだろう」

 

 

 ゴールドシップさんの言葉に、会長さんは、頭を上げて、答えていた。

 

 

「――『彼』のことが」

「……」

 

 

 ……空気が張りつめる。

 その場の時間が、止まったかのような錯覚。

『彼』が誰を指すのか。

 それをここで、わざわざ確認することも無かった。

 

 

「昨日。理事長が私に全てを話してくれた。君たちに……話して聞かせようと思う」

「でも……えぇんか? 言うてもウチら、直接の関係はないで?」

「もちろんだ。君たちにも、知る権利はある」

「あーアタシは聞き流しとくわ。辛気臭い話とかごめんだし」

「え、えー……折角会長さんが話してくれるのにですか……?」

「……」

 

 

 ……彼のこと。あの人のこと。先の部屋での会話が思い出されて、自然、マックイーンさんの服の裾を掴む力が強くなる。

 手が震えてしまって、崩れ落ちそうになって――逃げ出しそうになった時、その手を、そっとマックイーンさんが包み込んでくれていた。

 振り向くと、彼女は柔らかに微笑んでくれる。

 私はそれに浅く頷いて、会長さんに、とうとう、視線を向けた。

 合致する。

 彼女の視線もまた、真っ直ぐで――しかし敵意はなく。飽くまでこちらを、抱擁してくれているかのようだった。

 迷いのない。

 意志の強い瞳。

 

 

「……理事長が言ったことには」

 

 

 その中で、彼女は、空気が『そうなった』ことを感じ取ったのか。

 

 

「すべての因縁は……十年前に遡るそうだ」

 

 

 やがて、それを話し始めた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「十年ほど前。トレセン学園は、今とは真逆の制度の下で運営されていたのは知っているだろう」

「……存じておりますわ。その頃には、今でも違法すれすれな危険なトレーニングが罷り通っていたとか」

「その通りだ。国内最大のトレセン学園として、その名誉に恥じぬように。最強のウマ娘を輩出し続けることだけを標榜していた。……その厳しすぎる指導体制が、結果としていくつもの才能の芽を摘んでいた、というのにな」

 

「確か、それを憂いた秋川理事長が改革して今に至った……っちゅう話やったな?」

「うむ。だが、時の理事長がその席から退いたのは、改革の為ではなく……病魔に侵されたせいだったそうだ」

「それは、当時の学園の指導体制によるものだったのか」

「そうらしい。彼もまた、日夜重労働を繰り返していたせいだと。それが祟って……ある日、卒倒してしまったそうだ」

「ふん、自業自得だね」

「身も蓋もありませんわね……」

 

「……きっと、想像を絶するストレスに晒されていたのだろう。診断はくも膜下出血だったそうだ――すぐに手術が行われたが、努力虚しく……翌日には、逝去が告げられたらしい。……それで、その後を継いだのが、言うまでもなく秋川理事長だ。

 

 前理事長は、これまでと変わらない運営を望んでいたらしい。名誉に恥じぬよう、栄誉に背かぬよう、国内最強であれ、と……だが彼女は、それを良しとしなかった。人にしろウマ娘にしろ、もっと自由であるべきだと。生き物として、伸び伸びとあるべきだと。

 

 その考えの元……理事長は、後を継いですぐに改革に乗り出した。幸い、賛同する者は多かったとのことだ。最初の時点で、職員の半分以上は賛同してくれていたという。だが裏を返せばそれは、もう半分は反対していたことに他ならない。……そして。

 

 そして彼は……その反対派の一員だった。

 

 今や直接話すことが出来ない以上、それが何故だったのかを確実に知ることは出来ない。ただ、改革が進むにつれ、反対派が数を減らす中でも……彼は最後まで抵抗を続け……

 最後には……この学園を去っていったとのことだ。

 

 秋川理事長を絶対に許さない、と残して……」

 

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