16年度の卒業生   作:Ray May

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束縛 p7

-◆◇◆-

 

 

 

「……あー、要はスパルタが大好きだった、ってことか?」

 

 

 ゴールドシップさんがそう言うけれど、会長さんは緩く首を振っていた。

 

 

「むしろ彼も、そのやり方に嫌気が差していたように見えたらしい。だから、理事長と彼とが激しく口論した時は、気でもおかしくなったのかと思ったそうだ」

「では……理事長への復讐のために、こんなことをしたということですの?」

「そう、なるのかもな」

 

 

 ……しかし、それでもわからなかった。

 自由な校風、明るい学園生活。いいことばかりではないとは思うけれど、誰かを故障とかで失うことも少なくなるはずだ。

 況して、そのやり方に嫌気が差していたのなら……

 どうして、それに反対したんだろう。

 何が、気に入らなかったのだろう。

 何を――思っていたのだろう。

 

 

「……会見で口論をした時。彼は『屍』と口にしていた」

 

 

 会長さんは、目線を少し下げて言う。

 

 

「これは私の推測だが……恐らく彼は、秋川理事長の改革で、これまで失われてきたウマ娘たちの想いが踏み躙られると感じたのだろう。これまで散っていった彼女らの為にも、やり方を変えるわけにはいかなかったのだ。そうでなければ、彼女らに示しがつかない。

 その存在を足蹴にして……『のうのうと』生きることに、納得が出来なかったのだろう」

「しかし……そのような方針を無理に続けてしまえば、更に『犠牲』が増えることになってしまいますわ」

「そうだ。哀しいかな……いつの世も、天秤の双方が救われる、都合のいい選択など我々の手中には無い。何かを得るためには何かを犠牲にしなければならず、何かが幸福になるためには、何かが……不幸にならなくては、ならない」

 

 

 会長さんの表情の陰りが濃くなる。何か、特別思うことがあるみたいだった。

 

 

「……秋川理事長の決心も、汲み取って余りあるものだったよ。だがそういったいざこざを踏まえた上で、改革は『為されたのだ』。為されたのなら……それを認め、受け入れることが必要になる。……酷な言い方になるが。私から言わせてみれば……

 それを受け入れられずに、未だ無意味な抵抗を続けている彼こそが……屍のように見える」

「おぉ……今日の会長は、えらい火力高いなぁ」

「私の本音も、これで汲み取ってほしいものだね」

 

 

 タマちゃん先輩の言葉に、会長さんは苦笑いした。

 

 

「――だが勝負が決まった以上、私も、そこから逃げるつもりはない」

 

 

 そして。

 その瞳に、先ほどよりも強い意志の炎が宿る。

 

 

「サファイアミザール」

「……はい」

「君はどうだ。私との勝負……受けるつもりなのか」

「……」

 

 

 彼女は、容赦なくその瞳を私に向けてくる。

 未だ精神的に不安定だとか、そういう話は今関係ないのだろう。

 

 この状態でも、立ち向かう覚悟はあるのか。

 どんな状況でも、抗う意思はあるのか。

 そういうことを、今、確認しようとしているのだろう。

 

 ……私に。

 選択肢などない。それは、あの通話で分かっていることだ。

 だから私は、会長さんのこの問いかけに、本当なら受けるつもりです、と答えなければならないのだろう。

 

 でも。

 でも、それでも……

 ……みんなに。

 ここに集ってくれた、みんなの想いに。

 背くようなことをしたくない、というのもまた、事実で……

 

 ……

 

 私は。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 こう、言うしかなかった。

 

 

「実は……わかん、なくて……」

「は……はぁ?」

 

 

 そんなどっちつかずな返事に、タマちゃん先輩が素っ頓狂な声を上げていた。

 

 

「わからんて……受ける気あるんか!? あないな無茶苦茶な勝負、受ける筋合いないねんで!?」

「そうですわね……あなたが勝負を放棄すれば、自然とこちらの不戦勝となるのではありませんか? それで全て円満に終わりそうですけれど」

「向こうに取っちゃ気の毒だけどな」

「……いや。なるほど」

 

 

 タマちゃん先輩に、マックイーンさんが続き。ゴールドシップさんが続いた末。会長さんは、しばし何事かを思案し、納得したように言っていた。

 

 

「そうか。すまない。君にとって、この質問は酷だったな」

「え……どういうことですか?」

「考えてもみろ」

 

 

 チヨノオーさんの声に、会長さんは応じる。

 

 

「私たちは君の味方だし、これからも変わらない。だが万物の考えは十人十色、例え事件が収まったとしても……君を『あのトレーナーの担当ウマ娘』というレッテルだけで判断し、敵意を持つ者もいるだろう」

「……確かに。そうなりゃ、学園内はおろか……『普通に』生きていくのも難しくなりそうだね」

 

 

 寮長さんの言葉に、会長さんは頷いていた。寮長さんは、困ったように息を吐いて続ける。

 

 

「かといって勝負を受けて……もし、会長に勝てたとしても、学園の状況がさらに悪くなるだけ。負けたら負けたで……学園側からの厳格な処分を受けるだけ。レッテルもそのまま……はぁ。行くも地獄、戻るも地獄ってのはこのことかい」

「……おし、わかった! これからサングラスにマスクの芸能人生活で行こうぜ! ゴルシちゃんの特性・芸能人セットを進呈しよう!」

「なんでそんな意味不明なセット持ってますの……」

「なら、話し合いで解決は出来ないのだろうか? お互いに妥協点を探って……」

「でも、あれだけの口論をしたんですよ。そう簡単に譲ってくれるようには……」

「……」

 

 

 ……各々が各々なりに意見を出してくれる中で。

 私は申し訳なくなりながらも、縮こまるしかなく。

 目のやりどころが他に見つからず……タマちゃん先輩へと、思わず視線を向けた時。

 彼女は、何事かを考えているみたいだった。

 

 

「……、」

 

 

 果たして。

 その何事かに関して。何かに思い至ったようで。

 

 

「……なぁ、ミザール」

 

 

 身を乗り出して、私の名を呼んでいた。

 

 

「自分はどないしたいんや?」

「え……そ、その。まだ、わからなくて――」

「そうやない」

 

 

 先の答えの繰り返しを、彼女は緩めに遮っていた。

 

 

「賭けとかそういうのを抜きにした時……自分はどうしたいか、っちゅう話や」

「へ……?」

「考えてもみぃ」

 

 

 そして、言う。

 

 

「相手はあの『皇帝』、シンボリルドルフ。誰もが一度は、併走や模擬レースに憧れる、伝説的なウマ娘や。けど、一線から退いた今、あんまり仕事が忙しいもんやから、そうそうレースなんてしてもらえない……

 

 そんな超人気者と、不本意な形とはいえ、勝負が出来るんやで。それを考えてみ。自分は……どう思うんや。

 

 自分は……どう感じるんや?」

 

「……」

 

 

 確かに。

 それは、そうだった。

 

 相手は、今やただ共に走ることすらも難しい、超人気者、超有名人。

 

 誰もの憧れの的、畏敬の対象、崇敬の対象。……もしかしたら、こうして話していることすら、ひどく奇跡的かもしれないほどの、人物。

 

 そんな人と、不本意な形とはいえ。

 

 レース場で、走ることが出来る。

 

 きっと、本気で走る彼女と、競い合うことが出来る……

 

 

「……」

 

 

 想像する。その光景を。

 

 想像する。その景色を。

 

 想像する。その時の状態を――

 

 

「……そ」

 

 

 ……そ。

 

 そんなの。

 

 

「そんな……の」

 

 

 そんなの。

 

 そんなの、絶対に。

 

 絶対に――

 

 

「――っ」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

ゼッタイに。

 

 

タノシイに、決まってるじゃん。

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――……」

 

 

 その時。

 その場に居合わせた誰もが。

 

 タマモクロスが、メジロマックイーンが、オグリキャップが、ヒシアマゾンが、サクラチヨノオーが、ゴールドシップが、

 

 シンボリルドルフまでもが。

 

 絶句していた。

 

 彼女が、その言葉の末に。

 

 禍々しいまでに、その口元を歪めたところを見て。

 

 ぞくり、と、悪寒を覚えていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「……せや」

 

 

 タマちゃん先輩が、なぜだか含み笑いをしながら言っていた。

 

 

()()が答えや」

 

 

 自分は今、どんな顔をしてるのだろう。

 いや、どんな顔をしていたのだろう。

 気が付いたら、空気は凝り固まっていて。

 私……だけでなく。誰もが、それに押さえつけられたみたいに、無言でいた。

 

 

「……委細承知した」

 

 

 それでも、その空気の中で。

 会長さんは、言う。

 

 

「ならばこの一週間。くれぐれも鍛錬を怠らないことだ」

 

 

 これまでの柔らかさも、優しさもなく。鋭く、尖った声で。

 言いながら。こちらに背を向けて。

 

 

「……やるからには――容赦しない」

 

 

 そう言い残すと。

 颯爽と、その場から立ち去っていた。

 

 

「――はぁー!!」

 

 

 彼女の姿が消え。

 真っ先に息を吐いていたのは、ゴールドシップさんだった。

 

 

「さすがに死んだかと思ったぜ……いきなりそういう領域展開すんじゃねーよお前ら」

「私も……今のは、命の危機を感じましたわ」

「そ、そうですよね。会長さん、すごいオーラでした……」

「自分、それ素で言うとるんか?」

 

 

 ゴールドシップさんとマックイーンさんの発言に同意すると、なぜだかタマちゃん先輩に呆れられてしまった。まるでその空気を……私が作ったみたいな言い方だった。

 

 

「……、まぁえぇわ」

 

 

 ともあれ、とタマちゃん先輩は言う。

 

 

「久々におもろそうなもん見れそうやし。ウチらは外野として、精々楽しませてもらおか」

「一応学園の命運がかかるんですのよ? しっかりした方が……」

「なー、でもアタシらはどっち応援すればいいんだ? やっぱ会長か?」

「んなもん決まっとるやん――」

 

 

 ゴールドシップさんの問いかけに、タマちゃん先輩は自信満々で言っていた。

 

 

「――両方や!!」

 

 

 ……対して。私は……みんなは。どこか困ったように笑っていた。

 

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