16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p2

-◆◇◆-

 

 

 

 あぁ、この人は結局。

 何も見てはいないのだな、と私は確信する。

 

 

『おーい、どうした?』

 

 

 ……私は、強くなんかない。

 私は、とても弱い。

 何もなかったら。本当の意味で、何も持っていなかったら。

 きっと私は、これから、腐ったまま生きていただろう。

 

 いや――生きてすら、いなかったろう。

 

 外からの刺激に、反射的に反応するだけの人形でしかなかったろう。

 あるいは――そんな人形にすらも、なれなかったろう。

 

 

『もしもーし? このタイミングで死んだか? おーい』

 

 

 でも、そうはならなかった。

 ()()()()()()()()()()()

 

 私は……

 知らず知らずのうちに。

 色んな、大切なものを、受け取っていたから。

 色んな、大事なものが、出来ていたから……

 

 

「……あなたは」

 

 

 言う。

 私は、言う。

 

 

「私を、選んだの?」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 言葉を受け、男は一瞬黙る。

 その意味が分からなかったわけではない。返事に窮したわけでもない。

 ただ、発言の角度や、そのやり方に、少し面食らっただけだった。

 

 

「……選んだ、と言ってほしいのか?」

 

 

 淡白に、彼は答える。

 

 

「実際……誰でもよかったよ。お前みたいに、単純で、扱いやすいやつなら、誰でもな」

 

 

 残酷に、彼は応じる。

 

 

「お前でなくちゃいけない必然はなかった。お前でなければならない必要もなかった。お前が何故ここにいるのか。その理由は一つだけだ」

 

 

 冷酷に、彼は、言う。

 

 

「お前が、()()()()()()()()

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 それを聞いて。

 私は、自分の中の何かが、熱を失ったのを感じた。

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『……わかった』

 

 

 再び、しばし黙りこくったミザールは、彼に答えていた。

 

 

『まぁともかく、レースは出るよ。出てあげる。勝ちは確約出来ないけどね』

「そうか。話が早くて助かる」

 

 

 にやり、と彼は笑う。

 必勝法など、何もない。

 だが、奇跡が起きないことも無い。

 彼女は平凡だが、素質はある。

 相手は非凡だが、ブランクがある。

 何か間違いがあれば――もしかしたら、と。

 

 

「じゃ、当日までしっかりメニューをこなしとけ。レースに向けての最終調整だ」

 

 

 だから、彼は言う。

 

 

「精々練習に励んでくれ。俺のために、俺たちの未来のためにな」

 

 

 言う。

 

 

「明日になったら、身体の状態を――」

 

 

『……何か、勘違いしてない?』

 

 

 ――が。

 その時、聞こえた声は。

 氷のように、冷たく、温度が無かった。

 それに呼応するように。

 彼の脳裏に、何かが浮かぶ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 お昼ごろに。

 私は、似たような環境で、話していた。

 

 

「……私、やっぱり馬鹿だよ」

 

 

 お父さんに。

 私は、秘めていた思いを吐露していた。

 

 

「お父さんの言うこと、ちゃんと聞いてればよかった。そうすれば、こんなことにならなかったのに」

 

 

 自虐するように、自嘲するように、つらつらと、語っていた。

 

 

「本当に……馬鹿だよね」

『……』

 

 

 お父さんは、それを聞いて。

 しばらく、黙っていたけれど。

 

 

『……ミザール』

 

 

 やがて、言ってくれたのだ。……

 

 

『お前はどうして、そこに転入した? ……決して誰かのため、じゃないだろう。

 

 お前はいつだってそうだった。誰かのことを考えていても……やはり最後には、自分が来ていた。自分が楽しいことが、とても、とても、大事だった。

 

 きっとお前もわかってるはずだ。自分がどうしたいか。自分がどうなりたいか。だから……俺から言うことは、特別ない。今の状況を客観的に見て……迷うのなら。自分がやりたいと思うことを、精一杯やりなさい。

 

 気が済むまで……自由に、生きなさい。

 

 誰かの為ではなく――

 

 

 

 自分のために』

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 それは、夢というよりも、フラッシュバックに近かった。

 

 

「……例の手術、来週実施するらしい」

 

 

 

「うまくいけば、お前はまた走れるように……」

 

 

 

「……ん? なんだって?」

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『……私が走るのは、私が、走りたいと思うからだよ』

 

 

 電話口で、彼女は言う。

 先ほどまでの熱も、暖かさもなく。

 無情なまでに――

 言った。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 それは、フラッシュバックだった。

 

 

「……例の手術、来週実施するらしい」

 

 

 

「……ん? なんだって?」

「……」

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

『私は、私のために走る』

 

 

 

『あなたのためには、』

 

 

 

『走らない』

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『……じゃあね』

 

 

 ぶつ、と通話が切れる。

 彼はしばらく、携帯電話を耳に当てたまま、そこに立ち尽くしていた。

 

 

 それが、なんだというのか。

 何にしても、彼女はレースに出走する。

 そう宣言されたことの、何が問題なのか。

 

 

 何も問題はない。

 何一つ問題はない。

 あとは彼女が勝つことを、願えばいい。上手くいくことを信じればいい。

 

 

 何もすることはない。ただ待つだけでいい。

 それなのに。

 そのはずなのに――

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、俺は、

 この感情を、よく知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「来週実施するらしい」

 

 

 

「なんだって?」

「……」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、」

 

 

 

「走りたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 やがて男は。

 携帯電話を、あらん限りの力で、壁に、叩きつけていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「うっひゃあ~、とんでもあらへん人やなぁ」

 

 

 レースの当日。

 会場の最後部。タマモクロスは、真っ先に声を上げていた。

 

 

「まるで重賞のレース会場やん。向こうのとこまでぎっちりやで」

「まぁ曲がりなりにも、『皇帝』が一年ぶりに走るのですからね。当然ではありますわ」

 

 

 それに応じるのは、隣に立つメジロマックイーン。

 

 

「あ~、こんだけ人がいりゃ、軽食なんかも飛ぶように売れそうだなぁ」

 

 

 それにゴールドシップが続き。

 

 

「お祭りではないですからね……」

 

 

 チヨノオーが苦笑いし。

 

 

「焼きそば山盛りで頼む」

「いやだからお祭りやないっちゅうねん!」

 

 

 オグリキャップの声に、タマモクロスがツッコんだ。

 

 

「はぁ、なんや自分ら、緊張感ってもんがないんか? 学園の運命が掛かってんねんやぞ? それでなくとも、ミザールが前代未聞の勝負に臨むんやで」

「一番緊張感なかった人が何言いますの」

「あ、あの時はこう、テンション上がっとっただけや! 昨日なんて、自分のことみたいになかなか寝付けんくてな……!?」

「ピクニックかよ」

「――あ。見てください!」

 

 

 刹那。

 チヨノオーが、会場内を指差す。

 一同が目を向けた――と同時。

 会場内を揺るがすほどの、大歓声が上がる。

 その歓声は――応援と罵倒の入り混じる、不可思議なものだった。

 

 そう。コース上に。

 シンボリルドルフと、サファイアミザール。両名が、姿を現していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 怒号に似た声援の奔流に包まれる競技場の中。

 男は、姿を現す。

 競技場を見渡せる、タマモクロスたちとはまた別の方角の、最後方にて。

『かつて』自分の担当だったウマ娘が、姿を現したのを見る。

 

 

「――! ね、ねぇ……」

 

 

 ふと背後に振り返ったウマ娘が、彼の姿を認める。

 すると、隣の別のウマ娘にそれを知らせ、そのウマ娘も彼の姿を認めた。

 波紋が広がるように。

 その周辺にいた観客たちが、次々と彼を確認する。

 

 

「……」

 

 

 男は――サファイアミザールの、担当であった彼は。

 冷たい視線に晒されながらも。逃げずに、競技場を見つめる。

 観客たちは、程なくして前へと向き直ったものの。

 ひそひそと、恨み言を零す者もいた。

 だが、彼は気にしない。

 気にかけない。

 それよりも、と。自身の命運を分ける勝負を。

 見届けることに、注力する。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 聞いたことない種類の歓声だな、というのが、真っ先に感じたことだった。

 これまで二度、大きな舞台に立ったけれど。

 それらの時に感じたどれとも、その歓声の性質は違っていた。

 

 歓喜、応援、興奮。

 罵声、雑言、中傷。

 

 全く異なる二種類の声が入り混じり、空気は混沌そのもの。

 悪役ってこんな複雑な気持ちなんだなー……と。

 なんだか、他人事みたいに感じる。

 

 

「皆、元気で何よりだな」

 

 

 その中で――

 彼女は、話し掛けてくる。

 シンボリルドルフさんは、私に言う。

 可憐さと勇猛さとを併せ持った、軍服みたいな勝負服。

 その存在感に圧倒されつつも、応じる。

 

 

「……日本人は、世界きってのお祭り好きですから」

「騒げればなんでもいい、というわけだ」

「そこまで言ってませんけどね」

「はは。手厳しい」

 

 

 軽く笑ったルドルフさんは……

 私に、右の手を差し出す。

 

 

「……ここまで色々あったが。いい勝負にしよう」

「……」

 

 

 私はそれを見つめて。

 一瞬は、取りかけたけれど。

 

 

「……、」

 

 

 結局は、

 取らなかった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 手を取らずに……

 彼女の脇を、通り過ぎる。

 

 

「その手は、取れません」

 

 

 通り過ぎて……

 ゲートへと、向かう。

 

 彼女がどんな顔をしているかはわからない。怒っているかもしれないし、哀しんでいるかもしれない。

 それでも、私は、そうすることは出来なかった。

 ……そんな権利は。

 私にはない、と思った。

 

 

「……承知した」

 

 

 何にしても。

 彼女の声は、穏やかだった。

 それ以上は――何も言わない。

 二人、ゲートに収まり、『その時』を待つ。

 ……緊張していない、というと嘘になる。

 でもなんだか、嘘みたいに落ち着いているのも、また事実だった。

 

 

「……」

 

 

 レース場に来てまで、出走の直前にまで来て、夢のように、ふわりとした心地。

 このままどこまで、行ってしまえそうな気持ち。

 

 勝っても、地獄なのに。

 負けても、地獄なのに。

 なんでこんなに、ふわふわしてるんだろう。 

 なんでこんなに……整理が、つかないんだろう。

 

 それとも私は、ここに来てまだ、理解出来ていないのだろうか。

 今から何をしようとしているのか。

 今から何に直面するのか。

 今から、な、なにが――

 起ころうと、しているのかが。

 

 

『さぁ! 学園の今後を占う大一番が、今始まろうとしています!! ――……』

 

 

 ……それでも。

 時は過ぎ。訪れる。

 浮かれ切った実況の中。

 私は……スタートポーズを取る。

 

 困惑も当惑も。

 気にせず。静寂が辺りを満たし――

 それが、しばし居座った時。

 

 

「――」

 

 

 まるでそれを。追い払うかのように。

 ――ゲートは、

 開いていた。

 

 

「――っ!!」

 

 

 そして。

 私たちは、ゲートの先へ、駆け出した。

 

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