16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p3

-◆◇◆-

 

 

 

 その競技場の一周は、1000m。

 起伏は多少あるが、緩やかで、ほぼ平坦と言っても差し支えない。

 素直で走りやすく、言ってしまえば初心者向け――だからこそ、各々のウマ娘の実力が、如実に反映されるコースでもある。

 小細工の通用しづらい、純粋な能力勝負のコースでもある。

 

 まだ二年目も迎えていないサファイアミザールと、引退はしたものの、その絶対的な強さで世間をにぎわせた『皇帝』。

 順当にいけば、そのコースが、どちらに分があるか。それは、火を見るよりも明らかだった。

 そして――序盤のレース運びは、その大方の予想通りだった。

 

 

『は――速い、速い!! シンボリルドルフ、速い!!』

 

 

 彼女が勇退を選んだのは、もう一年も前のこと。

 模擬レースやちょっとした特訓に精を出すことはあっても、正式な出走バとして、公式なレースに出ることはそれまでなかった。

 久々の出走を受け、『皇帝』の名に恥じぬ活躍を誰もが期待しつつも、多少なりともブランクはあるだろう、と不安を抱いてもいた。

 結果として――

 そのような不安を、彼女は、真っ向から打ち砕いていた。

 その華麗な走りに、実況にも自然、熱が入る。

 

 

『一年ぶりの出走だというのに、そのブランクを全く感じさせない走り!! これが皇帝、これが伝説!! その実力は全く衰えていません!!』

 

 

 そんな彼女より、背後。

 

 

『しかし挑戦者、サファイアミザールも負けてはいません!! 距離はありますが、果敢にその背中に食いついています!!』

 

 

 四バ身ほどの距離から、彼女は食らいつく。

 圧倒的な実力差を見せつけられながらも、諦めずに、それに追い縋る。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 メジロマックイーンの瞳は、不安げに淀んでいた。

 たらり、と冷汗が頬を伝う。

 分かっていたことであっても、いざ現実を目の当たりにすると、その衝撃に、口を閉じざるを得なかった。

 

 駄目だ、と。

 早々に、諦めの感情が湧き上がる。

 

 元々お互い、そもそものキャリアが違う。踏んできた場数も違う。背負う思いの多さだって。だがそれを踏まえても、それを加味しても、その実力には、あまりにも開きがあった。

 

 

「……まぁ、想像通りの展開やな」

 

 

 タマモクロスもまた、深刻そうに言っていた。

 

 

『地力』(ステータス)が、違い過ぎる」

「えぇ……しかもコースも、小細工の利かない素直な構造。このままでは、差は開いていくばかりでしょう」

「つっても、手を抜きゃそれこそ大差をつけられる」

「……難しい勝負だな」

「や、やっぱり、駄目なんですかね……」

 

 

 せめて他のウマ娘がいれば――とマックイーンは思わずにはいられない。他のウマ娘がいれば、その存在を利用することで、まだ何かやりようがあったかもしれない。

 だが今回は一騎打ち。逃げ場のない一対一。『地力』で負けている以上、それを覆すには、『地力』で上回るしかない。

 

 どうにかして。

 相手を上回る力を、発揮するしかない。

 

 もちろん。

 彼女らとしては、シンボリルドルフが圧倒している状況は、喜ばしいことではある。

 そもそも彼女が負けてしまったなら、学園が更なる危機に晒されるのだから。

 

 しかし――同時に。サファイアミザールの心情も理解出来るからこそ、手放しで喜ぶことも出来なかった。

 神妙に。真剣に――深刻に。

 それを見守っていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……あー、やっばい。

 やっぱ凄すぎる、この人。

『皇帝』の背中を追いながら、他人事みたいに考えていた。

 

 わかっていたことだったけど。

 わかりきっていたことだったけれど。

 いざ目の前にしてみると、絶望感は半端じゃない。

 

 いくら足を動かしても。

 いくら前に進んでも。

 その背中は、全く近くならない。

 

 ……むしろ。

 

 そうするほどに、遠くなっているようにすら感じる。

 

 最初のコーナーは既に通り過ぎてしまった。

 挽回するチャンスがあるとしたら、コーナーくらいしかないっていうのに。

 

 ……無駄がない。

 

 芸術的ですらある。

 

 荒々しいながらも。

 

 徹頭徹尾美しい。

 

 失速も減速もせず。

 

 むしろ、更に加速しているようにすら見える。

 

 ……これが『皇帝』。

 ……これが『伝説』。

 

 これが――シンボリルドルフ。

 

 

 ――凄い。

 凄いなぁ。

 

 

 もうなんか、それ以上の無駄な言葉も、感想もいらない。

 

 どれだけ鍛錬を積めば、どれだけ研鑽すれば、ここまでの境地に至れるのか。

 

 きっと、並々ならぬ努力があったのだろう。

 きっと、想像を絶する覚悟があったのだろう。

 きっと、それらを説き伏せて、抱き留めてなお余りあるほどの――意志が、あったのだろう。

 想いが――()()のだろう。

 

 

 あぁ――見える。目の前に感じる。彼女の背中に、追い縋るものが。

 彼女が背中に、背負っているものが。

 その想いの大きさが、私の目にも、しっかりと、見える。

 

 

 目の前を、共に走る。

 その背中を、押している。

 何十もの、何百もの、何千もの――想いの形が。

 意志の姿が。

 生徒たちの、姿が――……

 

 

「……」

 

 

 対して私はどうだろう。

 タマちゃん先輩たちが、助けてくれた。言ってくれた。味方だと。敵じゃないと。これからも、自分を助けてくれると。

 

 でもそれは、レースとは関係ない場所であって……こうして勝負が始まってしまえば、自分は一人。

 

 声援が無ければ。

 応援もない。

 いわば、私は、何十もの、何百もの、何千ものウマ娘たちと。

 

 戦っているんだ。今。

 

 一人で。

 

 たった――独りで――……

 

 

「……あぁ」

 

 

 ……あぁ。

 ようやくわかった。

 これまで、浮遊感があった理由が。

 ふわふわと、現実味を覚えていなかった理由が。

 

『皇帝』との勝負。『伝説』との一騎打ち――それが、他のウマ娘との対決と、何が違うのか。

 

 私は、理解出来ていなかったんだ。

 

 彼女と戦うのが、どういうことか。

 彼女に挑むのが、どういうことか。

 彼女を下そうというのが、どういうことか。

 今。……ようやく、分かった気がする。

 ……それって。

 

 

「…………」

 

 

 ものすごく()()で。

 

 本当に、終わってることで。

 

 

「………………」

 

 

 あるいは時間の無駄で。

 命の浪費で。

 

 

「……………………」

 

 

 こんなの。

 すぐに、終わらせるべき、なんだろうけど――

 

 

「……、」

 

 

 でもそれって。

 

 

 それって……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『――っと!? あ、あれ……!?』

 

 

 刹那。

 実況は、困惑の声を上げていた。

 

 

「……!」

 

 

 それと同時に、シンボリルドルフもまた、()()に気付き。

 その場に立ち止まり、背後へと振り返る。

 上がっていた息を整えながら。

 どこか侮蔑的な目で、()()を見つめた。

 会場もまた――どよめきに似たざわめきに包まれ。

 

 

『と――』

 

 

 それを代弁するように、実況が響いた。

 

 

()()()()!? え……!?』

 

 

 そう。

 サファイアミザールが、突然、その場に停止していたのだ。

 まだレースは、1000mにも到達していない。想定外の事態に――誰もが口々に、その理由を好き勝手に推察する中。

 

 

「……」

 

 

 シンボリルドルフは。

 眉を吊り上げながら、彼女の方へと歩み寄っていた。

 

 

「……どういうつもりだ。貴様」

 

 

 そこに、以前までの優しさも、柔らかさもない。

 

 

「まさかここまで来て、勝負を放棄する気か」

 

 

 仇敵を目の当たりにしたかのような、威圧的な声に。

 

 

「見損なったぞ。君はそこまで――」

「会長さん」

 

 

 果たして、ミザールは。

 

 

「――っ」

 

 

 それに。

 頭を下げて、それに応じていた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 その声は。

 しかし、悲しげでも。

 悔しそうでも、なかった。

 

 

「……私、さっきまで、全然気持ちの整理がついてませんでした」

 

 

 かといって、怒りに染まっているわけでも、苛立たしげなわけでもない。

 

 

「なんかこう……浮足立ってて。今から自分が、何をするのか。あなたに挑むのが、どういうことなのか、理解出来てませんでした」

 

 

 その声は。色が無く、無感情であり――

 

 

「……でも」

 

 

 そのまま、つらつらと、心情を、語っていたが。

 それでも。

 

 

「でも……わかりました。ようやく、あなたに挑むというのが、どういうことか」

 

 

 やがて。

 徐々に、色を帯び始める。

 

 

『皇帝』に……『市民』は勝てない。『皇帝』に従う『市民』たちは、その威光にひれ伏して、許しを請うだけ。それだけ、失うものがあるから……」

 

 

 言葉を聞くシンボリルドルフも。

 それを、感じていた。

 

 

「……でも、『私』は違う」

 

 

 色づいていく。

 言葉が、色づいていく。

 

 

『奴隷』は。『市民』よりも格下の『奴隷』は。『皇帝』を、打ち倒せるんです」

 

 

 ゆっくりと。

 

 それに応じるように、彼女も、顔を上げていた。

 

 

「だって、」

 

 

 その顔は。

 

 

「――失うものがないから」

 

「――……」

 

 

 それは、それは、楽しそうに。

 

 歪んでいた。

 

 綻んでいた、ではない。

 

 

 ()()()()()

 

 

「……覚悟してください、()()()()()()()()さん」

 

 

 そして、彼女は。

 改めて、その場でスタートポーズを取る。

 

 

「今、」

 

 

 普通のそれよりも。深く、低く――取って。

 

 

「――()()に行きます」

 

 

 そして。

 冷徹なまでに――そう、宣言していた。

 

 

「……」

 

 

 受け取ったシンボリルドルフは。

 不敵に笑う。

 

 ()()()早とちりしたことを、心の中で詫びながら。

 再び、彼女に背を向け。

 

 

「いいだろう、」

 

 

 そして。

 言った。

 

 

「――しっかり、着いてこい!」

 

 

 ――『皇帝』が、再び走り出す。

 それを感じたミザールは。

 

 

「――位置について」

 

 

 ぼそりと。

 

 

「よーい……」

 

 

 零すように、言っていた。

 

 

「――どん」

 

 

 果たして。

 

 彼女もまた――そこから。

 再度、走り始めていた。

 

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