16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p4

-◆◇◆-

 

 前例のない話ではあった。

 

 非公式とは言え。

 

 一度始まったレースが、一旦は止まり、再開するなど。

 

 誰もが、挑戦者であるサファイアミザールが白旗を上げ、試合は無かったことになるのか、と思っていたものの。

 彼女らは――二、三、何事かを話した末に、再び、走り始めていた。

 

 熱狂が戻る。

 熱気が湧き上がる。

 再開されたレースは、依然として。シンボリルドルフが先頭だったものの――

 

 

「――……」

 

 

 タマモクロスは、何かが違うことを感じた。

 先ほどまで、重々しさすら感じる足取りで。いかにも苦しい展開を強いられていた彼女だったというのに。

 

 ――距離が。

 

 お互いの距離が、開かない。

 いや、それどころか――

 

 

「……少しずつ、縮まってる……?」

「――!」

 

 

 マックイーンが、信じられないものを見るように呟くと同時。タマモクロスは気が付いた。

 

 それは――ミザールの走り。

 その走法が、先ほどまでと、明らかに違う。

 低く、前へと体勢を取り、少しでも速度を出そうと試みるもの。

 見る者が見れば、危険極まりなく感じられるその走り方に――

 彼女は――いや。彼女らは。見覚えがあった。

 

 

「……よく似ているな」

 

 

 その第一人者。

 最も良く知る彼女は、ぼそりと言っていた。

 

 

「私の走りに」

 

 

 オグリキャップ、だった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 レースは中盤を過ぎようとしている。

 数えて四度目のコーナーを終え、直線を終え――差し掛かるのは、五度目のコーナー。

 本来なら、曲がるための体勢を整えなければならないその箇所に来てまで――

 

 

「――!?」

 

 

 ミザールは、減速しない。

 ルドルフですらも、やや速度を落とし始めている状況で。

 彼女は、先の体勢のまま、一切減速せずに、突っ込んでいく。

 

 

「な、何してんねん!」

 

 

 それを見たタマモクロスは、思わず身を乗り出して言う。

 

 

「あかんやろそれは! そのまま行ったら……!!」

 

 

 曲がり切れない。

 いや、曲がり切れたとしても、大きく膨らむコースを進むことになる。

 どちらにせよ、取り返しのつかない差が生まれることになりかねず。

 それがそのまま、レースの結果に繋がってしまう可能性もある。

 

 もちろん、ミザールもそれを自覚している。

 自覚していないはずがない。走る当人だからこそ、それがどれだけリスクのある行為なのかを、よく理解している。

 だが――彼女には、もはやそれ以外の選択肢などない。

 自身が勝つためには、勝利を掴むためには――そうする以外に、方策はなかった。

 

 地力で負けている自分が。

 少しでも差を縮めるなら。そこにしか、チャンスはなかった。

 

 

「――ッ」

 

 

 だから彼女は。

 決死の思いで、コーナーに入る。

 

 

 コーナーだから減速。

 曲がるから安全に。

 

 

 そんな『普通』(チキン)の考え――

 

 

 やってられるかよ、と――

 

 

 曲がれ。

 曲がれ。

 曲がれ――その一心で。

 力任せに、コーナーを、進行する――

 

 

 ()

 ()

 ()

 ()()()――と。

 

 

 内側に入り過ぎたせいで、あわやラチと接触となり。

 身体を傾け過ぎたせいで、あわや地面と接触、となったが。

 

 結果として――それは起こらず。

 彼女は、危なっかしいながらも、ほとんど減速することなく、コーナーを曲がり切る。

 

 

「――!」

 

 

 そのような挙動はさすがに予想外だったか、ルドルフは驚愕に目を見開く。

 だが一瞬で気を取り直すと、次の直線を駆ける。

 

 なおも離れようとするその背中を――ミザールは、息も絶え絶えながら、睨みつけ、諦めなかった。

 

 

 ――負けない。

 負けられない。

 

 

 何がどうだろうが、学園がどうなろうが、知ったことじゃない。

 

 

 負けたくない。

 負けるわけにはいかない。

 

 

 栄誉も名誉も栄光も威光も何も関係がない。

 

 

 何も得られなかろうが。

 何を得られようが。

 やはり、ただ。

 ただ、ただ――

 

 

『自分の好きなことでは』。

『誰にも負けたくない』。

 

 

「――ぉ」

 

 

 だから。

 だから、力を貸せ。

 彼女は、そう考えた。

 

 

「――ぉぉ、」

 

 

 怪物の再来。

 自分はかつてそう呼ばれた。

 今でもそう呼ばれているかはわからないが。

 

 

 もし、『そこ』にいるのなら。

 もし、まだその名を背負っているのなら。

 力を――貸せ。

 

 

「ぉ、ぉ、ぉ、ぉ、」

 

 

 いや。

 そんな生易しいものではない。

 これは、そんな綺麗な物じゃない。

 

 

 貸せ? 冗談ではない。

 なぜ自分が、そんなに謙る必要がある。

 

 

 お前が力を貸せるなら。

 力を与えられる立場にあるのなら――

 

 

 傲慢に見下してんじゃねぇ。

 見下ろしてんじゃねぇ。

 ほくそ笑んでんじゃねぇ。

 

 

 力を。

 私に、力を――

 

 

「――」

 

 

 力を、

 寄こせ――!!

 

 

「――ぅ、ぉ、ぁぁぁあぁあああああああッ!!

 

 

 そして、最大限の力を振り絞って。

 彼女は――咆哮に似た声を、上げていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 のちに語るところによると。

 

 

 シンボリルドルフは、その時、確かに、彼女の背後に見たという。

 

 

「――……」

 

 

 あの。

 

 

『芦毛の怪物』の姿を。

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 シンボリルドルフは――

 一度だけ、オグリキャップに、惜敗を喫したことがある。

 

 それは有り触れた模擬レースの一環であり、公式なレースではなかったのだが。

 

 あまりに白熱した試合だったために、今でもウマ娘たちの語り草となっている。

 

 また再戦しよう。

 次は負けない。

 二人はそう約束したものの。

 

 結局、それよりも早くにルドルフが身を引いてしまったため、その約束が果たされることはなかった。

 

 

「――、」

 

 

 ルドルフは、彼女の姿を見て。

 その、遠き日の記憶を想起する。

 ぞくりと、全身総毛立つ感覚に。

 

 

「――ははは」

 

 

 思わず、笑いを零していた。

 これは、まるで。

 これでは、まるで――

 

 

 

 まるで、

 あの時の再現ではないか、と。

 

 

 

「――ははははははッ!!」

 

 

 哄笑し。

 彼女はさらに、力強く走り出す。

 

 いいだろう、と。

 受けて立つ、と。

 

 漲る闘志を受け――

 自身もまた、闘志をむき出しにしていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 最終コーナーに差し掛かるも。

 二人の走りは、ほとんど先ほどと変わらない。

 

 ミザールは変わらず、フルスロットルでコーナーに入り。

 無茶苦茶な体捌きで、ほぼ無理矢理に、コーナーを曲がり切ろうとする。

 

 勝負はいよいよ最終直線、というところ。

 ミザールが、コーナーの終端、強く足を踏み込んだ時。

 

 

 ――ばちん、と。

 

 

 何か、硬質な音が響いた。

 

 音と共に、それは弾け飛び、宙を舞い。

 

 客席の塀に、物騒な音を伴って衝突していた。

 

 

「――きゃあっ!?」

「な、なに……!?」

 

 

 そこに控えていたウマ娘たちは、悲鳴を上げて何事かを確認するが。視線の先――塀の先の、すぐそこに、音の正体は合った。

 

 

「ねぇ、あれ!!」

 

 

 別のウマ娘もまた、それに気付き、思わず指差す。

 

 

()()が……!!」

 

 

 そう。

 サファイアミザールの蹄鉄が、そこに転がっていたのだ。

 無理な負荷によるものか、薄汚れ、変形すらしてしまったそれが。

 

 自分の靴裏から失われたことを、ミザールは肌で感じていた。

 蹄鉄は、ウマ娘たちがより走りやすくするために装着するものではあるが――その高い脚力から生まれる負荷から、シューズを保護するためのものでもある。

 それが片時でも外れたならどうなるか。考えずとも、すぐにわかる。

 

 

「――っ、っ……!!」

 

 

 明らかに走りの感覚が変わり。

 シューズが、急速に損耗していくのを感じる。

 それでも。それでも。彼女は止まらない。

 止まるわけにはいかない。止まれるはずもなかった。

 

 

『皇帝』の背中は――もはや、すぐそこ。

 

 

 距離にして、2バ身もない――

 もう少し、あと少し頑張れば、届く距離――

 

 

「――っ!!」

 

 

 だから、もっと低く。

 だから、もっと前へ。

 負けたくない――その一心で。

 

 

 少しでも先へ。

 

 半歩でも前へ。

 

 もっと。

 もっと。

 速く――!!

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「こりゃ……たまげたな」

 

 

 ゴールドシップは、思わず声を漏らす。

 

 

「あんなもん……ほぼ転んでるようなもんじゃねーか」

「……私でも、あそこまでの姿勢にはなれないな」

「まずいですよ!! もしあれで、本当に転んだりしたら……!!」

 

 

 それにオグリキャップが続き。チヨノオーが慌てるが。

 止められる人はいない。止められるはずもない。

 自分の身の危険を顧みず。他人の心配も関係なく。

 走ることだけに注力する。それはある意味最もウマ娘然としてはいた。

 だがそれでも――

 

 

「……」

 

 

 タマモクロスもまた――深刻な表情を隠さない。

 わかっとるんか、と、届くはずのない問いかけを飛ばす。

 

 もしも本当に。

 いや、例え天地がひっくり返り、この世のあらゆるものがしっちゃかめっちゃかになったとしても。

 

 有り得ない話だが。

 

 万が一にでも。

 億が一にでも。

 兆が一にでも。

 京が一にでも。

 

 勝つようなことがあったら。

 勝ってしまったなら。

 わかっとるんか、と。

 

 

 この学園が――

 なくなってまうかもしれんねんぞ、と。

 

 

「……、」

 

 

 だが。

 そんなのは関係ないのだろうな、と自答する。

 

 寮で勝負の話が出た時。彼女が見せた反応から、だいたいの想像は付いていた。

 

 彼女に――そんなのは関係がない。

 彼女に――そんなことは、知ったことではない。

 

 勝ちたい。

 負けたくない。

 ただ、純粋な欲求だけで走り続ける――獣のようなウマ娘。

 

 

 獣。

 

 

 目の前で走る彼女は、もはや、勝負に取り付かれた、獣であった。

 

 

「――ったく」

 

 

 だから。

 タマモクロスは、吐き捨てるように、言っていた。

 

 

「こんの……『勝負狂い』(バトルフリーク)が……!」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 何も聞こえない。

 何も届かない。

 もはやこの戦場に、存在は私たちだけだった。

 

 

 走る。

 走る。

 ひた走る――その背中目がけて。

 

 

 その背中を()()ため――

 一心に、貪欲に、愚直なまでに――駆け続ける。

 

 

「――、――」

 

 

 最終直線。

 レースはクライマックスなのに。

 蹄鉄の外れた靴底はべろべろになってるのがわかるし。

 脚だって、ほとんど感覚が無くなってる。

 

 

 感覚が無くなってる中で――

 感覚で、走ってる。

 

 

 本能のままに。

 その力のままに。

 全てに、身を任せている。

 

 

「――まだ、だ――!!」

 

 

 まだだ。

 まだいける、と私は言い聞かせる。

 

 

 ゴールラインはすぐそこ。時間が無い。全てを出し切るんだ。全身と全霊を叩きつけるんだ。

 

 

 あともう少し、あと数メートル。

 あとほんの少しなんだ。だから、だから、だから――!!

 

 行け。

 

 行け。

 

 

「あ――」

 

 

 行け――

 

 

「あぁぁ――」

 

 

 行くんだ――!!

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 もう少し、あと少し、ほんの、少し――!!

 

 

「と、」

 

 

 届け。

 

 

「ど、」

 

 

 届け。

 

 

「けぇぇぇぇぇぇええええええ!!!」

 

 

 届け――!!

 

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