16年度の卒業生   作:Ray May

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勝利の鼓動 p6

-◆◇◆-

 

 ……が。

 

 

「――っ」

 

 

 それを、誰かが抱き留めてくれた。

 

 視界には、濃い緑色。

 

 さっきまで、穴が空くくらいに見つめ続けた、『皇帝』の、色。

 

 

「……いけるか?」

「……」

 

 

 顔を上げると。

 そこには……会長さんの、顔があった。

 正直、もう、身体は動かなかったけれど。

 それでも、気絶……は、なんとか、しないで済みそうだった。

 

 

「……はい……」

「よし」

 

 

 会長は、私に肩を貸してくれる。

 二人三脚で、地下バ場道へと向かう。

 その途中。

 

 

「……見ろ」

「へ……」

 

 

 会長が、呼びかけるので。

 力を振り絞って、見上げてみると。

 

 

「――……」

 

 

 誰もが。

 私たちを見ていた。

 そこに渦巻く拍手と、歓声に。

 もう、敵対的な色も、下世話な感情も、ない。

 

 

「よくやったぞー!!」

「ブラボー!!」

「いい試合だった!!」

「フォーッ!!」

 

「……」

 

 

 会長は、それに堂々と手を振る。

 私も……出来る限り、手を上げて、それに応じた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 とあるウマ娘は、そのレースを見届け、涙を拭う。

 それから、ふと、背後へと振り返る。

 そこには、このレースの元凶、全てを狂わせたあの男がいるはずで。

 

 

「……あれ?」

 

 

 だが、そこには誰もいなかった。

 男は。

 忽然と、姿を消していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 地下バ場道を、私たちは歩く。

 

 会長は、何も言わない。

 

 かつん、かつん、と、硬い靴音だけが響く。

 

 本当は何か言いたかったんだけど。

 

 そこまで気配りできるほど、身体の余裕はなかった。

 

 肩を貸されるまま。

 導かれるように。

 そこを、ただただ、歩き続けた。

 

 

「……!」

 

 

 その先で。

 誰かが、壁に肩を預け、立っていた。

 

 フォーマルなスーツに、やや長めの黒髪。

 その人物を……私が、知らないわけがない。

 

 

「……ラジコン、さん」

「……」

 

 

 彼は。

 ラジコンさんは。

 壁から肩を離すと、私たちの方へ歩み寄ってくる。

 お互い、数メートル分の距離で立ち止まると。

 無言で、こちらを見つめる。

 

 

「……」

 

 

 ……会長は何も言わない。

 何も言うことが無いからだろうか。

 でも、私は。曲がりなりにも、彼側として、出走したわたしには。

 ……言わなくちゃいけないことが、あった。

 

 

「……ごめんね」

 

 

 だから。

 それを、言う。

 

 

「私……勝てなかった」

 

 

 ……照れ隠しの笑みを浮かべたけど。

 上手く出来ただろうか。

 彼がしばし無表情でいたのは。

 それが上手く出来ていなかったからかな。

 

 

「……全くだ」

 

 

 彼は。

 やがて、口を開いた。

 

 

「バカウマが。お前のせいで……俺はこの学園から出てかなきゃいけない」

「……」

 

 

 感情を押し殺したように。

 私に、つらつらと語る。

 

 

「トレーナー業も廃業だ。また一から、全部をやり直さなくちゃならん」

「……」

 

 

 それに、私は何も言えなくて。

 反論出来なくて。

 思わず、視線を落とす。

 

 

「――」

 

 

 彼は。

 そこで、少し、間を置いて。

 

 

「……だが」

 

 

 言うのだ。

 

 

「それで、いいのかもしれん」

 

「――え」

 

 

 顔を上げても、彼は無表情のままだった。その目は……どこか、遠くを見つめているように見えた。

 

 

「正直、目を見張った。全盛期ではないとはいえ、あの『皇帝』にここまで食らいつけるとは思っていなかった。お前の能力値は飽くまで平凡だが……その情熱と、勇気と、底力……そして、勝利への執念には、やはり、光るものがある」

 

「……」

 

 

 ……それに。

 心が、揺らぐ。

 

 

「……お前は、俺にはもったいないウマ娘だ」

 

「……、……」

 

 

 あれ。

 どうしてだろ。

 

 

「お前、この先も……色んな大会に出たいんだろ。……それでいい。きっとお前なら、適切な導きがあれば、大きな大会への出走も……入賞も、夢じゃないだろう」

 

 

 この人のこと、嫌いなはずなのに。

 信じてない、はずなのに。

 

 

「これから、お前にはすぐに新たな担当が付く。そいつと共に……」

 

 

 なんで。

 悲しいんだろ。

 

 

「お前の夢に向かって、走れ」

「…………」

 

 

 

 なんで――

 泣いてんだろ……

 

 

 

「……あんたにも迷惑かけたな」

 

 

 ……その言葉は、私から離れる。

 私に肩を貸してくれている、偉大なウマ娘へと向けられる。

 

 

「会見場で、色々酷いことを言った。……悪かったな」

「……気にするな。それは私も同じだ」

 

 

 会長は。

 ルドルフさんは。それに、超然なまでの声色で、応じる。

 

 

「私も、君のことをよく理解せずに罵倒していた。すまなかった。……君の過去に、何があったかわからないし、それを知ることは出来ないけれど。

 

 君にもきっと……あるのだろう。譲れないものが」

 

「……それは、訂正すべきだな」

 

 

 それを、ラジコンさんは黙って聞いていたけれど。やがて、自虐的な声色で言っていた。

 

 

「譲れないものは――()()()、だ」

「……」

 

 

 会長は、それ以上何も言わない。

 追及もなく。そして彼は、それを会話の終わりと捉えたらしい。

 

 

「……じゃあなバカウマ」

 

 

 彼が、踵を返す音が聞こえ。

 私は、再び顔を上げていた。

 

 

「もう、二度と会うことも無い」

「ま――待って!!」

 

 

 ……それを、思わず。

 私は、呼び止めていた。

 けだるげに振り返った彼は。

 何も、後悔なんてなさそうだった。

 

 

「……」

 

 

 ……あぁ。

 何してんだ、私。

 

 どうするんだ、呼び止めて。私の担当になってください、なんて言うのか? 今更?

 

 どうやって? 彼はこれから、いなくなるのに。

 

 あんなにひどいこと、されたのに。言われたのに。

 

 もうここには、いられないのに。

 

 どうあがいたって、どうもがいたって。

 この結末は、変えられないのに……

 

 ……そうだ。

 

 なんで、悲しむんだ。

 

 私、タマちゃん先輩に言ったじゃないか。

 

 別れは祝福だ。

 悲しいことじゃない。

 重要なのは、それまでに何をするか――

 

 況して、この人は、ほぼ犯罪者だぞ。

 あんなテロしでかして、あっけらかんと酷いこと言い連ねた、人でなしなんだぞ。

 

 ……悲しいことじゃない。

 

 悲しいことじゃないんだ。何も。

 苦しいことなんか。

 辛いこと、なんか……

 ないのに。

 ない、はずなのに……

 

 

「……何もないなら行くぞ」

 

 

 言葉に詰まった私を、彼は待ってくれなかった。

 再び踵を返し、立ち去ろうとする。

 

 

「これから、理事長室に行かなきゃならない――」

「――否!! その必要はないぞ!!」

 

 

 それを止めていたのは。

 そこに、新たに現れた影だった。

 特徴的な長い茶髪に、優雅な佇まい。

 傍らには、緑色が基調の服装に身を包んだ、一人の女性。

 

 

「……理事長」

 

 

 秋川理事長が。

 たづなさんを引き連れて、そこに立っていた。

 

 

「……」

 

 

 ラジコンさんは、それに向き合う。

 背後からだから。

 彼が、どんな表情を浮かべているかはわからない。

 

 

「……秋川やよい」

 

 

 ただ、彼は。

 そんな風に、切り出す。

 

 

「……これまでの非礼を詫びる。あることないこと吹聴して申し訳なかった」

「うむ!」

「便乗して似たようなことやった連中も追跡し、黙らせる。……程なく、学園は元に戻るだろう」

「うむ!!」

「トレーナー室も明日には引き払う。新しいトレーナーはそこに――」

「……うむ!? なぜその必要が!?」

 

 

 話を聞き、肯定していた理事長。

 でも、その言葉を聞いた時、まるで幼女のように、小首を傾げていた。

 

 

「……は?」

「君、まさかこの学園から立ち去る気か? 暴論!! そのようなこと、この私が許すとでも!?」

「あ……は? いやでも、俺は勝負に……」

「うむ。確かに君は勝負に負けたが……」

 

 

 困惑しながら、理事長に反論しようとする彼。でも理事長は、それに更なる反論で畳みかける。

 

 

「肝心の、負けた時の条件を言ってなかったぞ!!」

「……」

 

 

 いや、それは……

 屁理屈では、と言いかけたけど、その隙すらも、理事長は与えない。

 

 

「この学園の生徒のほとんどは、君のことを許さないだろう! そんな学園から立ち去ることは、私には逃げのように映るな! 数々の暴挙を働いた君だからこそ――敢えてここに勤め続けることこそが、君への罰に相応しい!!」

「……は」

「――それに、なぁ」

 

 

 ばん、と理事長は扇子を開く。

 いつものように、それで、口元を隠して。

 

 

「うちは次から次へとウマ娘が入学してくる関係上、トレーナーは慢性的に不足しているのだ。()()()()()()()()は、一人でも多い方がいい……」

「……」

「悪くない話だと思うが?」

 

 

 にっこり、と無邪気に笑う理事長。ラジコンさんは、何も言わないが。それが、その話に対する全てだった。

 

 

「よし! 行くぞたづな! まだまだ業務が残っているからな!」

「えぇもちろん。仮病を使ってはダメですよ」

「と、当然だ! はっはっはっはっは!!」

「……」

 

 

 ……で。

 悠然と、超然と。理事長とたづなさんは、そこから立ち去っていた。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 ……残された私たちは。

 重苦しい沈黙に包まれ、押し黙る。

 

 

「……あー」

 

 

 でもやがて。

 こちらに振り返らないまま、口を開いていたのは、彼だった。

 

 

「なんだ、そのー……」

「……」

「……」

 

 

 でも。

 呆然と投げかけられる私たちの視線に、彼は耐えられなくなったのか。

 どこか、バツが悪そうに。

 

 

「……とにかく、今は身体を休めろ」

 

 

 そう言って。

 

 

「全部の話は……それからだ」

 

 

 とうとう……歩き出していた。

 

 

「……」

「……」

 

 

 私は、顔を伏せて。

 身体を震わせる。

 

 

「……、」

 

 

 会長に、背中を軽く擦られながら。

 一人、声を押し殺し、涙を流した。

 

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