16年度の卒業生   作:Ray May

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強がってた僕のこと
見守ってた君は言う
今 ここにいるよ

―― Just Awake / Fear, and Loathing in Las Vegas





Act.2 Deeper than Dark - どこよりも深い闇の底で
逃亡者 p1


-◆◇◆-

 

 

 

 真っ当に生きる方法なんて、もう忘れた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 色とりどりの灯りで満たされた繁華街を、黒塗りの車が走る。

 窓にはスモークが張られており、中の様子は窺い知れない。

 見る人が見れば、普通ではない車両だとすぐにわかる。関わってはいけない存在だともすぐに悟れる。だからだろうか、周囲を走る車は、それに対してどこか仰々しく振舞っているように見えた。

 

 車は、それに構わない。

 

 全く気にかけることなく、駆け抜けていく。

 我が物顔で、その先に広がる闇の只中へと。

 

 

 ――やがて灯りは少なくなる。

 

 

 商店も、住宅すらも、無くなっていく。

 道幅も狭くなり。

 程なく、真っ暗な峠道へと変貌していた。

 

 辺りを包む暗黒を切り裂くのは、車両の放つ光だけ。

 誰もが踏み入ることを躊躇しそうな、そんな深い深い闇の中を。

 車は走る、溶けるように走る。

 躊躇いなく、進んでいく。

 

 

 するとそのうちに、静々とした灯りが見えてくる。

 建造物一つない、深い深い山の中に。

 不釣り合いなほど、多くの人々が集まっている。

 

 ――それらの人々もまた、明らかに普通ではない。

 

 見るからに悪意ある人間たちであり――そのどれもの顔が、醜悪な笑みや、暴力的な怒りに歪んでいる。

 その中をなおも進んだ車は、やがて舗装されていない空地へと辿り着き。

 運転手は、車を止めると、後部座席へ声を投げかけた。

 

 

「……『フード』。着いたぞ」

 

 

 呼ばれた人物は、それまで微動だにしなかったが、その声を受けて、座席から降り立つ。

 

 見るものを引き付ける、深紅のパーカー。

 ボーイッシュなショートパンツ。

 

 目深に被ったフードの頭部、無理矢理に空けたのであろう穴からは、長い耳が突き出している。

 

 見た目からではその性別はわかりにくかったが。それはれっきとした女性だ――少なくとも、『生物学上は』。

 

 車を降りた彼女は、辺りを見回すこともなく。すぐさまそこから歩き出す。

 長い尻尾を不機嫌に立たせながら。

 人だかりを掻き分け。

 不穏当な話を聞き流し。

 辿り着くのは、一台の、改造されたスポーツカー。

 そのバンパーに腰かける、一人の男の元だ。

 

 

「――おう、来たか」

 

 

 オールバックの髪に、漆黒のサングラスをかけたその男の前に彼女が立つと、男は笑みに口元を歪ませ、言っていた。

 この世全ての悪意を凝縮したかのような、底の見えない笑み。

 

 

「……()()はいつ?」

 

 

 彼女は、言う。その声は、透き通った宝石のように綺麗な響きを伴っていた。

 

 

「ちょうどお前待ちだったんだ。すぐに始めるぞ」

 

 

 男に言われ、彼女は移動する。果たして辿り着くのは、道路上。

 何人もの人が、そこに立っている。

 

 ――否。人ではない。

 

 彼女らは、人のものとは異なる特徴を備えていた。長く反り立った耳に、尻尾。

 ウマ娘だった。

 

 

「……」

 

 

 いくつもの瞳が、彼女を貫く。まるで、今ここで仕留めんばかりの勢いだ。

 それにも怯まず、彼女は位置につく。ちょうど一人分空いた、自分の『特等席』へ。

 

 

「よー! フードちゃん!」

 

 

 そんな彼女に。

 呼びかけながら、隣に立つ男が一人。

 

 

「今日参加させてもらうストマックってんだ! よろしくな!」

「……あんた」

 

 

 彼女は彼を――小太りの男を一瞥するが。それは見るからに明らかに、人間だった。

 自分とは、極めて近く、限りなく遠い存在だった。

 

 

「人間だよね?」

「その通り! いやな、俺もなんか、あんたらの走り見てたら、一緒に走りたくなっちまってさぁ」

「あっそ。好きにしたら」

「おいおい、素っ気ねーじゃねーかぁ! もっと仲よくしようぜぇ?」

 

 

 ――気持ち悪い。

 それが、彼女の第一印象。

 なるだけ気にかけず、彼女は目の前を見つめ、来るその時を待つ。

 

 

「それでな、フードちゃん。話ってのは終わりじゃ無くてな」

 

 

 にもかかわらず、彼は、彼女に呼びかけ続ける。

 

 

「俺もこう見えて、昔は陸上でぶいぶい言わせててよ。実力には自信があんだよ。……でな。もし俺があんたに勝ったら……」

 

 

 

「一発、ヤらせてくれよ」

 

 

 

「……」

 

 

 そのあまりに場違いで、あまりに下品な申し出に、彼女は小さく息を吐く。

 

 だが、動じはしない。

 恐れもしない。

 それは彼女が、自分の実力に、絶対の自信を持っていることに他ならなかった。

 

 その証拠、とばかりに。

 

 

「……いいよ別に」

 

 

 彼女は、あっけらかんと言っていた。

 

 

「『勝ったら』ね」

 

 

 それを口火としたように。

 パン、と、辺りに空砲が響いていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 それを合図に。

 彼女らは、一斉に走り出した。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そのレースは、どう控えめに評価しても、普通じゃない。

 

 っていうか、性質を考えたら、レースと定義していいかどうかすらも怪しい。

 

 空砲を合図に最初に走るのは、公道のど真ん中。

 

 端っこや、順行車線を走る者なんて一人もいない。

 

 そうすることがルールであり。

 

 誰もが愚直に、それを守っているからだ。

 

 道路は曲がりくねっている。

 

 常に、危険が付きまとう。

 

 それに恐れた臆病者が。

 

 まず食われていく。

 

 

「――!!」

 

 

 背後から、絶叫が聞こえた。

 でも、振り向かない。

 もうそんなの、気に掛ける心すらも、ない。

 

 

『あーっと滑落! 滑落だぁー!!』

 

 

 上空を飛ぶドローンから、やかましい実況が聞こえてくる。

 それに舌打ちしながら走り続けていると、それはやがて見えてくる。

 

 ……このまま道路だけを走れたなら、まだただのレースと言えたかもしれない。

 でもこれがレースじゃない、と思うのは、ただのそれだけのものじゃないからだ。

 

 

「!」

 

 

 見える。

 ガードレールに取り付けられた、即興の目印が。

 

 だからあたしは、素早くその場から飛び跳ね、横の山林の中へ――

 道なき下り坂を、行く。

 

 

「――、――……」

 

 

 夜目を頼りに、走る。

 根を飛び越え。枝を掻き分け。

 誰よりも早く、何よりも先へ。

 先頭を、ひた走る。

 

 

「――っはぁ、はぁ、さすが速ぇなぁ、フードちゃんよ!」

 

 

 そんなあたしに、背後から投げかけられる声は、先ほど聞いた醜悪なそれ。

 

 

「で、でも、俺もなかなかやるもんだろ!? 人間で、ただの人間で、ここまでやるのは、そうそういねぇ!」

 

 

 だから、とばかりに。死に物狂いに。彼は言う。

 

 

「だから、だから、ヤらせろ! 俺にヤらせてくれよぉ!!」

「……」

 

 

 ……気持ち悪い。

 本当に気持ち悪い。

 あぁ、あんたはその気持ち悪さのために。

 

 

「――バーカ」

 

 

 今日、死ぬんだ。

 

 

「――!」

 

 

 横に飛び跳ねる。

 まるでパルクールのように。

 男は、あたしの背後を追っていたみたいだけれど。それが仇となった。

 

 

「――!?」

 

 

 そこに聳え立つ大木。

 男が、それに叩きつけられたのだろう。

 生々しい衝撃音と、くぐもった呻き声とが、背後に遠のいていった。

 

 

「――っ」

 

 

 やがて山林を抜ける。

 目測、数メートルほどの段差。

 

 そこを躊躇いなく跳躍し、勢いよく着地した時。

 眩しいライトが、あたしを照らしていた。

 

 

「――!!」

 

 

 同時に聞こえる、耳障りなクラクション。

 それを見てあたしは、飽くまで落ち着いて。

 

 ――その場に。

 宙返りした。

 

 

「……」

 

 

 全てがスローモーションになったように感じる。

 あたしは、そうして、すんでのところで『車』を躱し。

 着地し。その峠を、上っていく。

 

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