16年度の卒業生   作:Ray May

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いいとこ入った! p1

-◆◇◆-

 

 

 

 トレセン学園のグラウンドを、何人かのウマ娘が走っている。

 誰もが必死の表情で、決死の形相で、駆けている。

 それは、公式なレースではない。

 併走、と呼ばれるトレーニングの一環だ。

 優勝トロフィーがかかってるわけでもなければ、賞金がもらえるわけでもない。栄誉も、名誉も、与えられるわけでもない。

 そもそも、厳密にはレースですらもない。

 

 

「――へいへいっ、どうしたどうしたぁー!!」

 

 

 それでもグラウンドには、威勢のいい声が上がる。

 

 

「お前の力はそんなもんかぁ!? ミザールちゃんよっ!!」

 

 

 長い白髪を靡かせ、走る長身のウマ娘。

 ゴールドシップのその声は、彼女の後方1バ身ほど背後へと、投げかけられていた。

 

 

「――、あんま喋ってっと、舌噛みますよ先輩っ!」

 

 

 対象――サファイアミザールはというと、それに負けじと対抗する。

 

 

「――そう言うゴルシも、さっきからウチとの距離縮まっとらんでー!!」

 

 

 そんな二人の前方、2バ身ほど前を走るのは、タマモクロス。

 

 

「――そんなこと言ったら、あなただって私との距離、縮まってませんわよ!」

 

 

 さらにその前方、同じくらいの距離を、メジロマックイーンが走っている。

 これだけ見れば、いつも通りのメンバー。

 これまでにサファイアミザールを助け、支えてくれた、偉大な先輩メンバーとの併走だ。

 

 だがその併走が、いつもと様子が違うように見えるのは――そこに、文字通りいつもとは違う面々がいるからに他ならない。

 

 

「んなこと言い始めたら、」

 

 

 そして――タマモクロスは、それを証明するかのように、言う。

 

 

「スズカはさっきからずっと先頭走っとるやん!」

「……えっ?」

 

 

 忙しなく動く橙色の髪に、緑色が基調の髪飾り。

 

 

「あ……すみません。ペース落としますか……?」

「すまん! 何言うてるか聞こえへん! この距離やと!!」

 

 

 怒涛のツッコミが向かう先、先頭を走るサイレンススズカ、更には、

 

 

「――あはははっ、やっぱりスズカさんはなまら速いべー!」

 

 

 サファイアミザールのすぐ背後には、スペシャルウィーク。

 

 

「もォー!! みんな本気で走り過ぎ! もっと気楽に走ろうよぉー!!」

 

 

 その更に背後に、トウカイテイオー。

 

 

「次は負けない次は負けない次は負けない……!!」

 

 

 その更に更に背後にはサクラチヨノオー。

 

 

「ウオッカにだけは負けないウオッカにだけは負けない……!!」

 

 

 更に更に更に背後にはダイワスカーレット。

 

 

「スカーレットには負けねえスカーレットには負けねえ……!!」

 

 

 そのすぐ傍に、ウオッカ。

 総勢十名、それほどの数のウマ娘が、ドドドドド――と我先と競い合う光景は、もはや壮観ですらあった。

 

 

「いやぁー、壮観壮観っ」

 

 

 そんな光景を眺めながら言うのは、長身の男性。

 長めの茶髪を短いポニーテールにし、側頭部を刈り上げた髪型の彼は、感心したように顎を擦っている。

 

 

「最初はどうなるかと思ったけど、やっぱりこれだけの人数が走ってると、実際のレースくらいの迫力があるな」

 

 

 一通りそう言った彼の目は、横の方へと向けられる。

 より正確には――隣の、少し下の方。

 

 

「あんたもそう思うだろ? 担当クン?」

「……そっすね西崎さん」

 

 

 投げかけられた言葉の先――

 サファイアミザールの担当は、彼、西崎の隣に座りながら、ノートパソコンを開いていた。

 彼らの目の前にはスピードガンらしき機器が設置されており、そのトレーニングの様子をより精密に分析している。

 それらの分析の結果として――彼は、自身の担当、サファイアミザールのことに関してある結論に辿り着いていた。

 

 

「それで、何か新しくわかったことはあったか?」

「あー……」

 

 

 西崎の問いかけに、担当は後頭部を掻きながら答えた。

 

 

「……正直、アイツの持つ能力は平均的です。本当に中の中……調子が悪いと中の下にもなる。でもそれは……飽くまで一人でトレーニングに臨んだ時の話」

「競争相手がいると?」

「えぇ――途端に()()()()()()()

 

 

 ふむ、と西崎は何かを考える素振りをした。

 

 

「その現象自体は珍しくはないが……あの子の場合は、その上がり幅が尋常じゃない、と?」

「そんなとこです。実際……あれだけの面子が揃ってる中でも、食らいついてはいますしね」

 

 

『不沈艦』。『白い稲妻』。『ターフの名優』。『異次元の逃亡者』――

 誰もがそのような、聞くだけでも畏怖してしまいそうな異名を賜っている中で、未だ名も無き彼女は、怖気付かず、食らいついている。

 ただのそれだけで、彼らにとっては成果であった。

 

 

「……ウマ娘の競技ってのは、まず競争相手がいるだろうからな。デメリットには、まぁまずならないか。はは。面白いことになってきたな」

「差し詰め、生粋の勝負好きってとこですかね」

「とてもそんな風には見えねーけどな」

 

 

 西崎は、思わず苦笑いする。実際、サファイアミザールを始めて見た時の印象は、『どこにでもいそうな普通のウマ娘』だった。

 それがどうだ、先日の『皇帝』との一騎打ち以来、印象ががらりと変わった。

 

 レース場に立つと、変わる。

 

 相手がいると、変わる。

 

 愚かしいほどに勝負に挑み、狂おしいまでに勝利を求めるその姿は――

 

『普通』などではなかった。

 

 もうすっかり――『異常』であった。

 

 

「……担当ちゃんと()り合うのが楽しみだぜ」

「お手柔らかにどうぞ」

「こんにちは」

 

 

 と、そこで、別の影が現れ、二人に声を掛けていた。

 特徴的な菱形のカチューシャと、長い白髪が目を引く。

 

 

「オグリ!? なんでこんなとこに……ってかなんだそのクソでかいタッパーは!?」

「うん。トレーニングしていると聞いたから、差し入れに来た」

「差し入れすらオグリサイズかよ……!」

「迷惑だろうか……?」

「いやいやいや! 大丈夫だ! きっとあいつらなら喜んで食ってくれる!」

 

 

 西崎が対応する中、担当もその様子を確認する。現れた人物――オグリキャップは、両腕に抱えてなお余るほどの巨大なタッパーを持参していた。

 その中には、はちみつレモンと思しきものがぎっちりと詰められている。担当は甘いものが嫌いなわけではないが、見ただけで胸焼けを起こす錯覚を覚えた。

 

 

「トレーニングは順調か?」

 

 

 彼らの隣に立ったオグリキャップは、グラウンドの様子を見守り始める。

 

 

「というか、面白い面子だな」

「……最初は三人くらいでやる予定だったんだけどな」

 

 

 担当は、その時のことを思い出す。そう、併走の様子を確認したいがため、まずタマモクロスに声を掛けたのだが。

 それを傍で聞いていたメジロマックイーンが、自分も参加すると言い出し。

 騒ぎを聞きつけたゴールドシップが面白そうだからと参加したがり。

 そこにたまたま居合わせていたサクラチヨノオー共々、チームスピカの面々までもが巻き込まれ。

 現在の状況へと至った次第。

 

 

「ははは。まるでピクニックだな」

「ま、うちとしても助かったけどな。噂の『悪役』がどんなもんか、間近で見てみたかったし」

「ご期待に添えてれば幸いっす」

「……タマも、楽しそうで何よりだ。見ていると思い出すよ。あの頃の色々を」

 

 

 そう言うオグリキャップの表情が、優しく綻ぶ。

 

 

「こうして、意志や想いは、受け継がれていくんだな」

「あれ、オグリさん!?」

 

 

 まるで娘を見守る母のような瞳を、彼女が浮かべた時。

 真っ先に反応したのは、併走を終えたスペシャルウィークだった。

 

 

「お久しぶりですね~! どうしたんですか……ってうわぁ! すっごいサイズのタッパー!!」

「うん。差し入れに来た」

「わぁ~! ありがとうございます! いただきますねっ」

「うっ……み、見ただけで胸焼けがしそうですわ……」

「っちゅうかそれ、この間スーパーで買ったウルトラキングサイズのタッパーやん……ようやく使い道見つけたんやな」

「うん。多い方がいいと思った」

「アタシら併走に付き合って良かったな。二人や三人だったらお残しするとこだったぜ」

「ねぇトレーナー!! どっちが速かった!? 当然アタシよね!?」

「いーや俺だ!! なぁトレーナー、そうだよな!?」

「お、落ち着け落ち着け。今教えてやるから……」

 

「トレーナー」

 

 

 各々が各々のトレーナーの元、各々のやり取りを繰り広げる中。ミザールはトレーナーに話しかける。

 

 

「どうでした? 今の併走……」

「んー……まぁなんか、あれだよな……」

 

 

 言葉を受けた担当は、顎に指を添えながら、彼女に答えた。

 

 

「お前ってこう……変わってるよな……」

「か――はぁ!? あなたにだけは言われたくないんですけど!?」

 

 

 片や勝負に執着するウマ娘、片やラジコンで接触してきた男性。

 客観的に見れば、その変人っぷりは、どっちもどっち、ではあった。

 

 

「でもまぁ名だたる先輩と張り合えてたのも事実だ。この調子で地力を鍛えていくぞ」

「い……言ってることは真っ当なのに、なんかムカムカする……」

「体調悪いなら無理するなよ。ここの保健室は腕利きだからな」

「あなたのせいなんですけどね!?」

 

「……そういやお前ら」

 

 

 そんな二人の騒がしいやり取りを見た西崎は、自分の担当チームの面々に訊ねる。

 

 

「もう慣れたのか?」

「へ? 何がですか?」

「ほら、『アイツ』のこと。色々あったし、そのー……なんか思うとことか、ないのか?」

 

 

 早速とばかりに差し入れに手を付けつつ、真っ先に反応したスペシャルウィークは、傍にいたトウカイテイオーと顔を見合わせた。

 

 

「……まぁ、確かに色々ありましたけど。私は気にしてないですよ! ちゃんと謝ってくれましたし。助言とかしてくれますし!」

「ボクも別にって感じかなー。もう終わったことだし」

「アタシは許してないけどね」

 

 

 チームメンバーのほとんどが、あっけらかんとした反応をする。だがスカーレットは特別、思うところがあるらしく、その目には薄めの怨嗟が灯っていた。

 

 

「――おし、わかった。おーい、みんな集合ー!」

 

 

 それを確認した西崎は、周囲に呼びかける。それにはタマモクロスやサクラチヨノオーのトレーナーも含まれ、文字通りその場に居合わせた全員が、西崎の元へと集った。

「えー、それでは。本日の大規模併走に関しまして、こちらの新任トレーナーからありがたいお言葉があります」

『おー!』

「……聞いてないっすけど」

「言ってないしな」

 

 

 拍手が上がる中、西崎に促される担当。彼はなんだかんだで『ありがたいお言葉』とやらを口にしないまま、なあなあで立ち去ろうと考えていたが、

 

 

「……」

 

 

 いくつもの視線、それも好奇心と怨嗟の入り混じる混沌としたそれを一心に受け、それが不可能であることを悟ると、浅めに息を吐いて立ち上がっていた。

 

 

「……あー、今日はうちのバカウマのために併走に付き合ってくれて感謝する……痛っ!」

 

 

 このような場にも関わらず、悪びれることもなくバカなどと発言した彼を不愉快に思ったか、傍にいたサファイアミザールが、彼の脇腹を肘で強めに小突いていた。小さく舌打ちをし、彼女を一瞬睨みつけた彼だったが、すぐに気を取り直し、続けた。

 

 

「……、まぁ、この間の一件で、俺に対していい印象を抱いていない子はいると思う……というかそっちの方が大多数だと思っている。そしてそれは当然のことだし、俺も言い訳をするつもりはない。贖罪を試そうとしたところで、完全に許されることもないとは重々承知だが……

 

 それでも、理事長の恩赦でこうしてトレーナーを続けられている以上、出来る限りのサポートはしたいと思っている。自分の力を過信してるつもりはないが……自分のトレーナー以外からの視点も、成長や学習のきっかけになるはずだ。

 

 俺はトレーナー寮には入ってないから、いつも会えるってわけじゃないが、それでも寮室をこっちでの仕事部屋として貸してもらってる。もし何か気になることがあったりしたらいつでも連絡してくれ。出来る限りで対応する。

 

……今日付き合ってくれたこと、重ねて感謝する。また何かあったら、うちのバ……担当のために力を貸してやってくれ。以上だ」

 

「……」

 

 

 最後、隣からの眼光に貫かれ、言い直した彼に。場に居合わせた一同は静まり返る。しばしその時間が続いたと思うと、西崎が、徐に拍手を始めていた。

 

 

「……なんすか?」

「あー、いや」

 

 

 それに担当が訝しげな眼を向けると、西崎はどこか感心したような顔で応じていた。

 

 

「思ってたよりまともな話されたから、ちょっとびっくりして」

「俺をどういう目で見てんすか」

「そりゃまぁ……一般的テロリスト?」

「……人の足無断で触るのも、十分テロだと思いますけど」

「それはもう忘れてくんねーかなぁ!?」

 

 

 西崎の絶叫に、一同が可笑しそうに笑う。サファイアミザールは――内心。実際には、少しひやりとはしていた。

 前振りがあったとはいえ、突然のちょっとした演説。一同から大反発を受けるかと思っていたが。

 

 それらも、杞憂に終わっていた。彼女らの、そしてこの学園の、柔軟で寛容な姿勢に――彼女は、ひっそりと感謝していた。

 

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