16年度の卒業生   作:Ray May

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玄界領域 p1

-◆◇◆-

 

 

 

「……なんで髪赤いの?」

 

 

 校庭の隅っこで、私は無邪気に問いかけていた。

 

 

「あ?」

「変な色」

「あぁ?」

 

 

 そしたらカペラちゃんは、見るからに不機嫌そうに立ち上がっていた。

 

 

「オメーこそう●こみてーな色の髪しんてじゃねーかよ。変な色!」

「は!? ●んこじゃないから!! ばーかばーか! 血みたいな髪してきもい! きも髪!!」

「なんだとぉ!?」

「……せんせー、またふたりがけんかしてる」

「もぉー、およしなさいって二人ともー!」

 

 

 それをコハクちゃんに目撃され、先生に止められる。二人、こってり絞られても、フラストレーションは発散されないままだった。

 

 

「この色はイイ色なんだよ!」

「意味わかんないっ」

 

 

 それに押されるままカペラちゃんは、そう言い、私も対抗する。

 にも関わらず。

 彼女はどこか、誇らしげに続けるのだ。

 

 

「……母さんが褒めてくれたんだ。明るくて、美しい夕陽の色だって」

 

 

 

「お前を見ていると、昔、父さん……じいちゃんに連れられて、河川敷に行ったのを思い出すんだって」

 

 

 

「私の大切な記憶を受け継いだお前は、それはそれは素敵な人になるよって」

 

 

 

「だから、この色は変な色じゃない!」

 

 

 

「――イイ色なんだよ!」

 

 

 

 ……当時の私には。

 その意味は、ほとんど理解出来ていなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 静謐な生徒会室に、つらつらと響いていた筆記音が止まっていた。

 眼鏡をかけた会長さんの、暖かくも鋭い瞳が、こちらに向けられる。

 それに貫かれた私は、思わず姿勢を正していた。

「……すまない、」

 会長さんは、視線を手元の書類に戻すと言う。

「よく聞こえなかったみたいだ」

 それまでと同じように、書類に何事かを記入しながら、言う。

「……です、から」

 それに圧倒されながらも。

 私は、勇気を振り絞って、もう一度、言った。

「――ぶ、ブラックレースのことについて、何か、知りませんか?」

 

-◆◇◆-

 

 再び、手を止めていた。

 会長さんは、手にしたペンを置いてしまう。

 眼鏡を外し。

 机の上で手を組むと。

 その――威厳ある。どこか冷徹な目で、私を射抜いていた。

 

 

「……」

 

 

 ……ビビらない。

 もう、ビビらない。ビビッてなるものか。

 私は……この人と、一騎打ちしたんだぞ。

 怖いことなんて、ない。

 

 

「……理由を」

 

 

 やがてその口が動き、言葉を紡ぐ。

 

 

「まずは聞こうか」

「友だちのためです」

 

 

 負けじと。

 私も、真っ直ぐと、答えを返す。

 

 

「友だち」

 

 

 会長さんは、それを噛み締めるように復唱していた。

 

 

「……ご友人が、ブラックレースに関与していると?」

「確証はありません」

「確証がないのに知りたいのか?」

「確証を得るために知りたいんです」

 

 

 会長さんは、そこで椅子の背もたれに凭れ掛かっていた。

 ただでさえ強い威厳が、その行動によって、更に高まる。

 

 

「それで……確証を得たならどうする。会場に乗り込むつもりか」

「……そう言ったら笑いますか?」

()()()()よ、とても。君がどういう経緯でそれを知ったかはわからないけれど。それが尋常ではない、ということくらい知っているだろう」

 

 

 ごくり、と、固唾を呑んでいた。

 

 

「私は君を止めるだろうな。いや。止めないといけない。今から投身自殺してきます、という生徒を、そうですかと行かせる生徒会長がどこにいる?」

「そ――そうかもしれませんけれど! それでも、カペ――友達が、そこで必死に生きてるかもしれなくて!」

()()()()と言ったんだ」

 

 

 会長さんの目が、明確な威圧感を伴う。底冷えするような感覚に震えながらも。私は……逃げない。飽くまで、相対する。

 

 

「そこらの不良のたまり場に行くのとはわけが違うんだ。あそこは現世と地続きの魔界――異世界だ。おいそれと踏み込んで、多大な後悔に襲われた者は数多い。君にまで――本来なら、縁もゆかりもない者にまで、そんな気持ちを抱えてほしくない」

「……」

 

 

 いや――わかる。

 会長さんは、面倒臭いだとか。鬱陶しいだとか、そういう小手先の不快感で私を遠ざけようとしてるんじゃない。

 

 飽くまで、優しさで――こうして、警告してくれているのだ。

 

 今の言い方だって、きっと最大限オブラートに包んだ結果によるものだろう。

 

 本当はこう言いたいはず――『バカなこと考えていないで、勉強しろ』。そう言わないのは……

 

 寄り添ってくれているから。こちらのことも考えてくれているから。

 

 ……ありがたいけれど。

 そのお気遣いは、痛み入るん、だけど……

 

 

「……私から言えることは何もない。わかったら帰りたまえ。私も忙しい」

「……」

 

 会長さんは、眼鏡をかけ直し、書類への記帳を再開する。私は……それを見届けながらも。手を握る。

 

「……どうしても、駄目ですか」

 

 諦めずに、言う。

 

「最大限、安全には配慮します。危ないと思ったらすぐ引き返します! そ、それでも……駄目ですか」

 

 縋るように、言う。

 

「何か、こう、絶対に生きてそのままで帰ってこれるっていう、確証や保証があっても、駄目なんですか? 会長さん」

 

 懇願するように、言う――

 

「――、会長さん!」

「くどい」

 

 

 ……けれど。

 彼女は、とうとう目線すら寄こさず、ペンを走らせる手を止めすらせず、言うのだ。

 

 

「もう一度言う。私から言えることはない。諦めなさい」

「……」

「……諦めなさい」

「……、」

 

 

 ……そう言われて、諦め切れるわけがないけれど。

 後ろ髪引かれる思いで、ここから、立ち去りたくもないけど。

 でも、鉄壁のように、障壁のように聳え立つ彼女の意志は、私には……打ち崩せる気が、しなかった。

 

 

「……失礼、します」

 

 

 悔しさが滲むのを感じながら。

 踵を返し、扉を開ける。

 もう一度だけ、会長さんの方を、肩越しに見てみるけれど。彼女はやはりこちらを向いていない。

 息を吐いて――

 私は、生徒会室から退室した。

 

 

「……」

 

 

 ……やり場のないこの感情は。

 怒りと名付けるには、ちょっと違和感がある。

 物に当たるのもなんだか違って。

 ただただ、息となって口から放たれるばかり。

 

 ……無力感。

 そうでなければ、虚無感。

 自分だけの力では、どうにもならない大きな問題を目の前にして……

 

 成す術がない。

 どうすればいいかわからない。

 

 わからなくて――立ち止まるしかない。

 そういう――もどかしさ。

 

 

「……、……」

 

 

 ……ただ、抱えて立ち止まってるだけでも。

 時間は過ぎるもので。

 

 スマホで確認してみると、トレーニングの開始時間まで、あと少しと迫っていた。

 ……遅れて怒られるわけにもいかない。

 

 とにかく、グラウンドに行こう――なんて。

 考えながら。廊下の奥の方へと、足を向けた時。

 

 

「――……」

 

 

 その人は。

 壁に背を預けた状態で、そこにいた。

 いや――その人がそこにいたんじゃない。

 きっと――そこでようやく、私がその存在に気付いたのだ。

 長い暗めの茶髪に、鋭い目つき。

 

 

「……シリウスシンボリ、さん?」

「……」

 

 

 零すように、その人の名前を口にすると。

 その目が、ちらとこちらに向けられる。

 もしかして、生徒会室が空くのを待っていたのだろうか。だとしたら、申し訳ないことこの上ないので――さっさとその場から退散することにする。

 

 そそくさと。

 彼女の目の前を通り過ぎた時。

 

 

「――おい」

 

 

 会長さんとはまた違う、威圧的な声に射抜かれる。

 私は、思わず立ち止まり。ゆっくりと、そちらへ振り返っていた。

 

 

「……は、はい」

 

 

 ……蛇に睨まれた蛙ってレベルじゃない。全身が強張り、指ひとつ動かすことも出来なくなる。

 石像のように直立する私と……

 彼女は、壁から背を離し、相対する。

 

 

「……」

 

 

 彼女は、すぐには何も言わない。

 一心にこちらに注がれるその視線は、私を品定めしているようにも見える。

 そんな時間が、数秒とも、数分ともつかない長さ、流れて。

 

 

「ブラックレースに興味があるのか」

「……え」

 

 

 その末に紡がれた言葉は、私が予想だにしないものだった。

 呆然と声を漏らした私に、シリウスさんは、顎で廊下の先を示して、

 

 

「来い」

「……」

 

 

 その迫力は、有無を言わせないものだった。私は言われるまま、歩き出した彼女の背に着いていく。

 ……そのさなかで、こっそり携帯電話で連絡を済ませる。あて先はトレーナーさん。……『ごめんなさい、ちょっと遅れます』――何がどうなるか、自分には予測出来なかった。

 やがて辿り着いたのは、外の渡り廊下、自販機の並ぶ休憩スペース。

 

 

「……コーヒーはいけるか?」

 

 

 自販機の前に立って、彼女は振り返らないまま問いかけてくる。

 

 

「あ……ち、ちょっと、難しいですね……」

 

 

 恐々と答えると、彼女は、そうか、とだけ言って、何かを購入し、私に投げて渡していた。

 缶のオレンジジュース。その傍らで、シリウスさんはブラックコーヒーのプルタブを開ける。小気味いい音が響き、どこか優雅に、それに口をつけた。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ……一息の間。

 遠くに威勢のいい声と、学園のチャイムの音が聞こえた。

 

 

「……ブラックレースに興味があるのか」

 

 果たして、シリウスさんは、生徒会室前でしたものと同じ問いかけをする。私はそこに来て、ようやくこの行動の真意を理解した。

 

「……えっと」

 

 なので、慎重に言葉を選びながら、答える。

 

「興味があるっていうか。行かなきゃならない……って思ってる、っていうか」

「何のために?」

「友達が……関わってるかもしれない、って思ってて……せめて、その確認だけでも、って思ってたんですけど」

「なるほど。美しい友情だな」

「あ……ありがとうございます……?」

 

 

 なんだろう。皮肉られている気がする。表情が変わらないものだから、ちょっと意図を汲み取り切れない……

 

 

「……」

「……」

 

 

 ……そして、この無言である。

 あれ、私、悪くないよね。何か間違ったわけじゃ……ないよね。

 特に何も訊かれてないし、糾弾されたわけでもないし。口を開く場面じゃ、ないよね……

 

 

「『皇帝』サマは」

「え」

「なんつったんだ?」

「……えと」

 

 

 どうやら、生徒会室での会話は、全部が聞こえていたわけじゃなかったらあしい。私は、また一息置いて……置かせてもらってから、答えた。

 

 

「何も、話してもらえませんでした。いや。連れてってください、とか言ったわけじゃないんですけど。それに関する手がかりも……話してもらえなくて」

「そうか」

「はい。それで、まぁ……あはは。そのー、諦め切れない気持ちはあるかなー……って、感じで……」

「……」

「……」

 

 

 ……な。

 なんで定期的に、無言の時間が訪れるんだろう。

 やっぱり、私の関わり方が間違ってるのかな。その割にこの人、不快そうでもないし……

 も、もっと、情報を口にした方が、いいのかな……

 

 

「……お前は」

 

 

 不安に思う傍らで、彼女は言った。

 

 

「それが本当に危険なことだと、理解してるか?」

「人並み、には」

「冗談みたいなクソを、目の当たりにする覚悟があるか?」

「……はい」

「行って……後悔したとしても、いいんだな?」

「……」

 

 

 試すように。

 続けられた質問に。私は、再三黙り込んで、自分の想いを確認する。

 怖くない、と言ったら嘘になるけど。

 恐ろしくない、なんてことは決してないけど。

 それでも、それに揺らぎがないことを確かめて、シリウスさんの瞳を、見つめ直した。

 

 

「――はい」

「……」

 

 

 それを受けてか。

 シリウスさんは、ぐい、とコーヒーを一気に飲み干す。

 空になった缶を颯爽とゴミ箱に投入すると、数歩、渡り廊下へと歩き、振り返らないまま――言った。

 

 

「……お前、確か美浦寮だったな」

「あ……はい」

「明日。夜の十時。制服以外の服装で、エントランスに来い」

「……!」

 

 

 告げられた言葉に、自然、目を見開く。シリウスさんが、それに気付いたかどうかはわからない。

 それでも彼女は、こちらに背を向けたまま、言った。

 

 

「覚悟があるなら、な」

 

 

 その声色は。

 最後通牒のようだった。

 

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