16年度の卒業生   作:Ray May

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玄界領域 p2

-◆◇◆-

 

 

 

 ただ――どちらにせよ。

 私の想いは、変わらなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 夜の寮を歩き回ることはそうない。

 

 学園側から明確に禁止されているし、歩き回るような用事もないからだ。

 

 どれだけお遊びやトレーニングが詰まったとて、夜七時……遅くとも八時には部屋に落ち着いて寛いでいるし。九時ともなれば、就寝準備に入っている頃合いだ。

 

 実のところ、飽くまで『準備』がその時間からであって、そこからまたダラダラした結果、最終的に眠る時間は遅くなりがちなんだけど……

 

 とにかく、学園に入学してからこっち、真夜中に外を出歩くことなんて全くなかったし、これからもそうそう無いだろうとも思っていた。

 

 それがまさか――こんな形で、破られることになろうとは。

 

 

「……」

 

 

 ……寮の消灯時間は、一律夜十時。

 廊下の電気は点いているけれど、各空間の電気は消されている。

 いつもとは違う様相、まるでホラー映画の中のよう。

 壁から得体の知れないモノが、ひょっこりと顔を出したとしても。何ら不思議ではない――薄ら寒い雰囲気。

 

 その中を――誰にも気づかれないよう、悟られもしないよう。出来る限りの忍び足で、歩く。

 目的地は――無論、エントランス。

 シリウスさんが指定した、集合場所。

 どこよりも深い闇へと続く、覚悟の集う場所。

 

 ……そろり、と。

 その、エントランスを覗き込んだ。

 相も変わらず、漆黒の闇に沈んでいるその空間の、中心付近……

 

 

「……あ」

 

 

 そこに、二つの人影があった。

 片方は、昨日に見た茶色の長髪。もう片方は、同じくらいの長さの無造作な鹿毛に、ニット帽。

 ……まさかお供がいる、なんて思っていなかった。

 しかし誰だっけ、あの人は。見たことある気がするんだけど。えぇっと……

 

 

「――おい」

 

 

 思い出そうと記憶の引き出しをひっくり返していると、鋭い声がこちらに飛んでくる。見ると、片方の視線が――シリウスさんの目が、こちらへと向けられていた。

 

 

「隠れてねぇで出てこい。時間が惜しい」

「……すみません……」

 

 

 いそいそと彼女らの元へ歩み寄る。いつから気付いていたんだろうか。もしかして最初からかな……

 

 

「……『見学』がいるとは聞いてたが。まさかこいつとはな」

 

 

 辿り着くと、ニット帽の人もまた、私の方を見ていた。シリウスさんと同じくらい、鋭く、どこか威厳ある瞳。

 

 

「友達がいるかどうか確かめたいらしい」

「そうか。()()()()()だな」

「え……えと。初めまして」

 

 

 口ぶりからして、彼女は私のことを知っているらしかった。けれど、こうして話すのは初めてだ――なので、浅く礼をしながら挨拶をする。

 おう、とその人は、フランクに答えていた。

 

 

「ナカヤマフェスタだ。まぁ好きに呼んでくれ。……あぁ、そっちの紹介はいらねぇぞ。あんたのことはよく知ってる。『有名人』だからな」

「あ、あー……あははは」

 

 

 どうして、なんて訊く必要はないだろう。私は……当たり障りなく、苦笑いを返しておいた。

 

 

「おし。それじゃあ行くぞ」

「おう」

「……よ、よろしくお願いします……」

 

 

 てっきり、何か、事前の説明があると思っていた。

 けれど、時間を一秒たりとも無駄にしたくないのか、不要だと思ったのか、あるいは単に面倒臭いのか。

 

 いずれにせよ、特段の確認事項も無く、二人は歩き出す。私は、思わず身を縮こまらせながら、その背中に着いていく。

 事前に伝達してあるのか、寮の鍵は開いていた。外の世界は――当然ながら、夜更けも夜更け。

 誰かの話し声はおろか、有り触れた物音すらろくに響かない世界で、私たちは、敷地を歩いていく。

 ……

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 ……う。

 うわ。

 なんだこれ。なんか、これまでに経験したことのない雰囲気。

 

 世間話も無ければ、無駄話も無い。これから向かう先を考えれば、当然ではあるんだけれど。正直、何かしら話くらいはするだろうと思っていた。

 ……まさか、それすらないとは思っていなかった。厳粛な、口を開くことが禁忌であると思えるような、正直――とんでもなく居心地の悪い空気の中で。

 

 私たちは歩く。ただ、黙々と歩き続ける。

 誰一人、単語ひとつ口にしないまま、ただただ、歩いて、歩いて……

 

 

「……あ」

 

 

 やがて、敷地外。

 すぐ傍に、灰色のワゴン車が停まっていることに気付く。

 私たちがそれに近付くと同時、その車は、荒々しいエンジンの嘶きを上げた。

 運転席の窓が開く。

 

 

「……やぁ。いい夜だねお三方」

()()()。ゲストもいらっしゃるしな」

 

 

 短い黒髪に、薄く閉じられた目。その人に、私は見覚えが無かったけれど。シリウスさんとは知己のようで、軽快にやり取りをしていた。

 

 

「えと……こ、こんばんは」

「えぇ、こんばんは。はじめまして」

 

 

 挨拶をすると、彼は浅く頷きながら、言う。

 

 

「シリウスの担当です。今日はくれぐれもよろしくお願いしますね――『おおぐま』さん」

「は……はい」

 

 

 ……なんだか底知れなさを感じて、更に縮こまってしまう。それを見てか見ずか、彼は口元の笑みを深くしていた。

 

 

「乗れ」

 

 その間に、ナカヤマさんが後部座席の扉を開け、私たち――というより、私に呼びかけてくる。それに従うまま、ワゴン車へと乗り込む。シリウスさんは、助手席へと乗り込んだ。

 

「では行くよ。シートベルトを忘れずに」

 

 扉が閉じられると同時。担当さんが言い。車は発進した。

 振動と共に。

 闇の只中へと、走る。……

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 ……そして。

 そして、この無言である。

 女は三人寄れば姦しい、とかいう言葉があった気がするんだけど、そんな言葉の制作者がもしこの場にいたなら、困惑の表情でカンペでも出しているかもしれない。『もっと喋って!』だなんて。

 でもそんなのお構いなしに、誰もが、ほんの少しも口を開かない。

 

 

「……」

 

 担当さんは、前をじっと見つめているし。

 

「……」

 

 シリウスさんの状態は、後ろからではわからないし。

 

「……」

 

 隣のナカヤマさんも、窓の外を見つめるばかりで、話になど興味はなさそうだし。

 

「…………」

 

 

 ……なんか。

 誰もがなんか、話しかけんな、と言外に言っているみたいで……

 覚悟も決めてきた……つもりなんだけどさ。私の考えてた覚悟って、そういうものじゃなかった。

 ――やばい。

 なんかもう既に、帰りたいかも……!!

 

 

「……っ」

 

 

 い、いやいや。こんなことで挫けてたまるか。めげてたまるか!

 そうだ、喋るな、なんて、実際には言われてないんだもの。私が話題を出せばいいんだ。な、何か話題を。何かないか何かないか。

 なんでもいい。気になること。この場で、聞けること。聞くべきこと。何かないか、何か……

 

 

「……?」

 

 

 ……あれ。

 でもそういえば、考えてみれば。私……

 この人たちに、まず訊くべきことを、訊いていなかった。

 

 

「……あの」

「ん」

「どうして二人は、ブラックレースに?」

 

 

 漂っていた沈黙を、控えめに切り裂くと。ナカヤマさんは、あー、と思い出したように言っていた。

 

 

「人道支援……的な活動かな」

「人道支援……?」

「彼女らは、ブラックレースの参加者を救助しているんですよ」

 

 

 ナカヤマさんの答えを引き継いだのは、担当さんだった。

 

 

「ここに来るというからには、ブラックレースがどのようなものかはご存じでしょう。レースでは無謀な挑戦を――走り方をして、大けがを負ってしまう参加者が後を絶たなくてですね。彼女らは、ブラックレース開催の情報を嗅ぎ付けると、こうして、そのような参加者の救助と回収を行っているんです。

 

 

 回収された参加者は、理事長の恩赦と共に、トレセン学園への入学を薦められる。薦められるだけで、強制ではありませんがね。そうして、道を踏み外したウマ娘たちの更生のお手伝いをしている、というわけです」

 

 

「へ、へぇー……凄いですね……!」

「そうでしょう? ほら、シリウス。もっと喜んでいいんだよ。こんなに活動を褒めてくれる子なんて、久しぶりじゃないか」

「うるせぇよ」

 

 シリウスさんの声は、先ほどまでと変わらない。ただちょっと照れてるように聞こえたのは……気のせいじゃないんじゃないかな、と思う。

 

「……けど、そううまくいくことばっかりじゃねぇのもまた事実だ」

 

 その中で、ナカヤマさんが深刻そうに言う。

 

「私たちが出来るのは、飽くまで入学まで導くことだけだ。それ以上のことまでは面倒見切れない――こういう外道なことに足を踏み入れた奴っていうのには、どうしても『箔』が付き纏う。対外的には無かったことに出来ても……心には執拗にこびりつき続ける。

 

 その結果……それから逃げたいがために、結局ブラックレースに戻る奴もいる。実際……入学してからしばらくして、行方を晦ましたと思ったら、レースに戻っていた奴もいた。

 

 そういう奴の末路は悲惨なもんだ。堕ちるところまで堕ちていく。そして最後に……どこで間違えたのか、と後悔しながら、闇の底で終わっていくのさ」

 

「……」

 

 

 思わず、固唾を呑む。膝の上に揃えた手も、自然、握っていた。

 

 

「……なんて名前なんだ?」

「え」

「その友だちの名前」

「……えと」

 

 やや唐突なナカヤマさんの問いかけに、面食らいながらも、落ち着いて、答えた。

 

「ガーネットカペラって言います。関わってるとしたら、その子しかないと思うんですけど……」

「ガーネット?」

「へ……?」

 

 が、そこでナカヤマさんは、薄闇の中、眉を顰めていた。

 

「な、何か……?」

「いや……シリウス」

「柘榴石」

()()宝石だね。……偶然かな?」

「……?」

 

 

 どうやら――三人が、何かに気付いたみたいだった。ただ私は……目を丸くするしかない。

 ガーネット。柘榴石。深紅の宝石――私も、それくらいは一応、知っているつもりだけれど。それが、何かあるのだろうか。

 

 

「あ、あの……?」

「最近のブラックレースでな、」

 

 

 私が言うと。シリウスさんが答えていた。

 

 

「絶対的な強さで、一位を取り続けてる奴がいる。確か……初戦から、もう三年くらい経つと聞く。そのあまりの速さと強さ、そして外見から、ブラックレースとしたら異例の、異名で呼ばれている奴だ」

「……『峠のレッドフード』。『ブラックレースの申し子』」

「――!」

 

 

 シリウスさんに続き、ナカヤマさんが口にした異名に。私は息を呑んでいた。

 カペラちゃんの名前の赤。そして髪も――赤色。そう、夕陽のように綺麗な、赤い色……

 

 

「もちろん、その異名は……そいつの着ている真っ赤なパーカーから来てるって話だから。名前とかに関係があるとは限らないが」

「……でも、カペラちゃんの髪色は、赤色でした」

 

 

 ナカヤマさんの言葉に応じた刹那、嫌な胸騒ぎに襲われる。ざわざわと、私にその可能性を口々に呟いた。

 ――予感がする。

 それが、その子と無関係ではないと、何となく、感じる。

 

 

「……トレーナー。『連絡』の用意だけしておいてくれ」

 

 シリウスさんも、なんとなしにそれを感じたのだろうか。その声色は、先ほどよりも、神妙になる。

 

「ふむ。……『行く』つもりかい?」

 

 それに応じて、真田さんの声も神妙になっていた。シリウスさんは、それに、あぁ、と頷き。

 その目を、こちらへと向けていた。

 何かを決意したような、鋭利な眼光。

 

 

「今日は……『深く』『潜る』ぞ」

 

 

 それが何を意味するのか。

 私も、直感的に理解していた。

 

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