16年度の卒業生   作:Ray May

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玄界領域 p3

-◆◇◆-

 

 

 

 山奥の峠道。

 街灯ひとつないその場所には、本来なら人っ子一人いないはずだ。

 いたとしても休憩中だとか、待ち合わせだとか……そういうちょっとした用事で。

 大勢が集結してるなんてことは、あるはずがない。

 

 無論、今日がお祭りだとか、特別な行事があるだとか、という話も聞いてはおらず。それを証明するかのような、係員や、誘導員の姿も無かった。

 人が集結するような理由なんて。

 特別、ないはずだった。

 

 

「……」

 

 

 ……でも。

 私たちが訪れたそこは、今、薄明かりが灯されていて。

 周囲にも、少なくない人々がたむろしている。

 ただ、まぁ――ただのそれだけなら、まだ受け入れることは出来たかもしれない。

 きっと意味もなくたむろしているんだろう――なんて、勝手に納得出来たかもしれない。

 

 そう――その人たちが。

 見るからに、普通の人たちだったのなら。

 

 ……受け入れることが出来なかったのは。

 正しく、それらの人が、お世辞にも――『普通』とは、言えなさそうだったからだ。

 

 

「……」

 

 ……右を見る。

 

「おー、久しぶりだな。今度付き合えよ。見つけたぞ穴場。そう。連中の目も届かなそうなとこ……」

「……」

 

 ……左を見る。

 

「はい、はい。いやー、いつもお世話になってますー……はい。わかりました。またひと月後に……」

「…………」

 

 周囲を、見る……

 

「んだてめぇ嘗めてんじゃねぇぞ!!」

「っるせんだよ文句ばっか垂れてんじゃねぇ█すぞコラァ!!」

「……」

 

 

 ……な。

 なに、この、場所……

 覚悟してきた、はずだった。頭の中で全てをイメージして、何を目の当たりにしてもいいように、準備を整えてきた、はずだった。

 何があっても、絶対に、手掛かりだけでも見つけてくるんだと、意気込んでいた、はずだった。

 はず、だったのだ。

 はずだった、のに……

 

 

「――……」

 

 

 目の前のそれらは。

 そんな私の覚悟も、準備も、軽々と凌駕していた。

 

 ――やばい。

 ここは、ヤバい。本当にヤバい。

 

 駄目。

 きもい、きもい、こわい……

 想像より、何倍も、何十倍も、恐ろしくて。

 気持ちの悪い……場所。

 

 

「――、――?」

「――、――……」

 

 

 楽観。笑顔。怒号。悲哀。

 

 それら全部。日常に有り触れているもののはずなのに。ここで目の当たりにしている全部は、ひどくそれからかけ離れているように見える。

 全てが全て、汚染されているみたいに、悪意と、敵意に塗れていて。

 見ているだけでも。

 感じるだけでも。

 吐き気すら――催してきて。

 ……思わず。

 思わず――に。

 逃げ出したく、なる。

 

 

「――!」

 

 

 その時、ぽん、と背中を軽く叩かれた。

 背後へ目を向けると、そこには、灰のニット帽。

 

「大丈夫か?」

 

 ナカヤマさんは……無表情だったけれど。こちらを真っ直ぐに見つめる瞳に、私は出来る限り強く頷いた。

 

「……はい。なんとか」

「無理すんなよ」

 

 いつでも引き返せるからな、ということだろう。そこには、ぶっきらぼうな優しさを感じられたけれど。でも……でも。

 逃げちゃ、駄目だ。ここまできて、逃げてたまるか。

 何をしにここまで来たんだ。何を胸に踏み込んだんだ。ここで逃げたら、何にもならない。

 

 我慢して、強く意志を持って。前へ、進まないと。

 探し出さないと。あの子を。

 探し出して、そして、連れ出さないと。

 こんなところから。

 早く、助け出して、あげないと……

 

 

「……」

 

 

 そういうわけで――

 今、私たちは……シリウスさんを先頭に、一列になって歩いている。

 

 全ては、私の身の安全を思ってのことだろう。それを認めると、なおのことわかりましたと引き返すわけにもいかなかった。

 

 二人のために。

 

 ここまでしてくれる、先輩のためにも。もっと、気を確かに持たなくちゃ。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 相変わらず、私たちの間に会話はない。さっきの短い会話が、とても懐かしいもののように思える。ただ――その沈黙を、今度は自ら破ろう、という気にはならなかった。

 そのための気力を――周囲を見回すことに費やす。

 

 真っ赤なパーカー。特徴的なその容姿は、きっと夜中の遠目でもよくわかるだろう。

 

 無論、それがカペラちゃん本人だと決まったわけじゃないけど。何らかの手掛かりにはなりそうな気はする。

 

 それを探し出すことが――何にしても、現状の史上目的であると思う。

 

 だから――目を皿にして、探し回る。

 

 何一つ、ほんの少しの手掛かりも、見逃さないよう。見回し続ける――けれど。

 

 けれど……

 

 

「……」

 

 

 右にも。

 左にも。

 ついでに、後ろにも、前にも……

 

 そのような服装の誰かは、見当たらなかった。

 

 赤と別の色のツートンカラーとか。赤くてもスーツだとか。赤い髪でも、見るからにガタイのいい大男だとか。微妙に違うものばかり。

 記憶に合致しそうな、求めている者に一致しそうな。

 誰かは。捜し人は――

 ……一向に。見つからない。

 

 

「……いないな」

 

 やがて立ち止まったシリウスさんは、後頭部を掻きながら言っていた。

 

「あんだけ真っ赤なパーカー着てたら、すぐわかりそうなもんなんだが」

「まだ着いてないのかもしれないな。いつも出走直前に来るって聞くし」

「……」

 

 ……カペラちゃんは、昔から時間にルーズだ。遅刻も無断欠席も、何回やってたかわからない。もし当人だとしたら、その癖、未だに治ってないんだな……

 

「出直すか?」

「いや。もう少し粘ろう。ここまで『潜って』おいて、収穫ゼロは無しだろ」

「……ごめんなさい」

 

 もう、救助だとか活動だとか抜きに。一心に協力してくれる二人に……思わず、謝罪していた。

 

「私が、無茶なこと言うから……」

「は。これくらい、無茶にも迷惑にも入らねぇよ。自惚れんな」

 

 すると、シリウスさんは、恥ずかしがることもなく言う。

 

「どっちにしろ、そいつがいるなら、私たちの『目的』でもある。利害の一致だ。……無駄話する余裕があるなら、捜すぞ」

「……はい」

 

 その不器用な気遣いに感謝しながら、私も、気を入れ直す。

 

「……」

 

 

 その想いを無駄にしないためにも――

 もう一度、周囲を見回す。

 先ほどよりも注意深く、ひとひらの気付きも見逃さないよう。

 あの子の断片を、捜す。

 

 

「……、……」

 

 

 どこかにいるはず。

 きっといるはず。

 必ず、見つかるはず――と。

 捜して。

 捜して。

 捜して――……

 

 

「――……!」

 

 

 ……果たして。

 私の目は、捉えていた。

 

 

「……あれ」

「あ?」

 

 

 多くの人だかりの奥の方――

 別の人の陰に、消えていく――

 深紅の、パーカー姿が――!

 

 

「――っ!!」

 

 

 私は。

 一目散に、走り出していた。

 目の前の人と人、車両や何かの台、の間を縫って、走る。

 ぶつかりそうになりながら。

 怒号を浴びながら。

 ほどほどに、謝罪しながら――

 

「――!」

 

 その末に。

 姿が見える。

 見るからに改造されているであろう、ごつい車の前。

 その子は……いた。

 

「――……」

 

 他に、誰もいない。

 その子一人が、立ち尽くしているだけ。

 誰かを捜しているように見える、その子に、私は。

 ……息を吸って。

 

「カペラちゃん!!」

 

 目一杯に。

 その名を、呼んだ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そして、振り返ったその顔は。

 記憶の中の顔を、合致していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……

 何よりも。

 

「……ミ」

 

 その子は。

 口にしていたのだ。

 

「ミザール……?」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……カペラちゃんは。

 見た目こそ荒々しいけれど、その声はとても美しかった。

 

 先生の誰もが。

 村民の誰もが。

 宝石みたいな声だ、と語っていた。

 

 私たちがバラバラになって、もう六年になる。

 きっと成長して、色々変わっているだろう、と思っていたのだけれど。

 彼女のその声は。

 相変わらず、だった。

 

 

「カペラちゃん……」

 

 

 その名を呼ぶ。

 名を呼ぶごとに、胸が熱くなる。

 見つけた、と。

 辿り着いた、と。

 思わず、泣きそうに、なる……

 

 

「カペラちゃん……!」

「……お前」

 

 ……対して。

 

「――なんで」

「……」

 

 

 彼女の声は、明らかに、呆気に取られていた。

 目の前で起きている状況が、よく理解出来ていないように見える。

 私は、それに動揺せず。出来るだけ平静を保ちながら、一つ一つ、言葉を、慎重に、選ぶ……

 

 

「……カペラちゃん」

 

 ゆっくりと。

 紡ぐ。

 

「……なんで、こんなとこにいるの」

 

 

 オウム返しみたいになったけれど、まずはそこから。

 なぜ、こんなところにいるのか。

 どうして、こんな危険な場所にいるのか。

 気になって仕方がなくて。まず、最初に問いかける。

 

 

「なんで……こんな危ない場所に」

「……そりゃあたしの台詞じゃねえか」

 

 でも、カペラちゃんは、どこか馬鹿にした風に笑って言うのだ。

 

「先に質問に答えろよ。なんでお前は……ここにいるんだ」

「あ……なたを。捜しに来たの」

 

 慎重に。

 飽くまで慎重に。ガラスに触れるように、言葉を紡ぐ。

 

「その……色々あって、もしかしたら、って思って、来て……その」

「そっか。ありがとな」

「う、うん……」

「で?」

 

 

 ……え?

 で……で? って……

 

 

「え……?」

「えじゃねーよ。で? って聞いたんだよ。それで、なんだよ」

 

 

 彼女の言葉に。

 今度は、私が呆気にとられる番だった。

 

 

「あたしと会う、って目的はこれで果たされたろ。お前がもうこれ以上ここに居る理由はないだろ」

「え……え? いや、でも」

「とっとと帰れよ」

 

 

 困惑する私をよそに。

 ぴしゃりと、彼女は言う。

 

 

「ここはお前がいるべき場所じゃねえ」

「そ――それはカペラちゃんも」

「あたしも同じだってか? はは、目ぇ腐ってんじゃねえか」

 

 ざり。

 カペラちゃんが一歩を踏み込み、砂利が音を立てる。

 

「――なあ。あたし観たぜ、映像」

「え……?」

 

 ざり。

 さらに一歩を踏み込み、また、砂利が、音を立てる。

 

「すげーよなぁ。あんな特大ビジョンに映し出されて、特集まで組まれちまってよ」

「い、いや……あんなの、大したことじゃ……」

 

 ざり――

 もう一歩踏み込んで。

 砂利は、嘲笑うように、毎度、毎度、耳障りに、音を上げる――

 

「――あたしなんかじゃ、到底及ばねえ場所だ」

「そ――そんなことない。カペラちゃんだって、来てみれば――」

「――知った口利いてんじゃねえ!!」

 

 瞬間――

 身体が、彼女の方向に引き寄せられる。

 襟首を掴まれた、と理解したのは。

 一瞬、遅れてのことだった。

 

「わざわざこんなクソの掃き溜めまでご訪問しておいて、来てみれば、だぁ? そんなことない、だぁ? おい、まさかあたしをそこに連れてこうってんじゃねえだろうな」

「そ……それは」

「――図星かよ」

 

 

 ――手を離される。

 解放されて、距離を置かれた。

 カペラちゃんは。

 私に……背を向けている。

 

 

「……早く帰れよ傲慢野郎。ここはお前のいるべき場所じゃねえ」

「い――いやでも、カペラちゃんだって――」

「カペラカペラうるせえな!!」

 

 

 怒号と共に。

 彼女はまた、こちらを振り向いていた――その瞳は。

 憤怒の炎で。

 めらめらと。燃え滾っていた。

 

 

「……あたしは『フード』だ」

「え……」

「カペラは……もう、死んだ」

 

 その瞳を。

 隠さないまま。

 

「そんなやつ……もう、どこにもいない」

「は……はぁ……?」

 

 ――ちょっと待って。

 ちょっと、待ってよ。

 

「なに……言ってんの。それじゃ、みんなのこと……」

「みんな? 誰だよそれ。最近会ったタナカのことか? あー、そういやあいつ、あたしに一回ヤらねえかってはした金渡してきたな」

「先生のことは? 村の人たちも……」

「この場所で生きてくための先生ならいたな。もうそいつもくたばったけど。村? 村ってあれか。ムラタのことか。あいつもなかなかクソなやつで――」

「真面目に答えてよ!!」

「真面目に答えてんだよ!! 何度も言わせんな!!」

 

 ……わからない。

 わからないよ、カペラちゃん。

 

「お前みたいなやつ――知らねえ」

「……」

 

 

 ――ぱきん、と。

 心の中で、何かが折れた気がする。

 呆然と、立ち尽くして。

 呼吸すら、忘れそうになる。

 

 

「…………」

 

 

 何か言わなきゃ。

 何か言わなきゃ、いけないのに。

 

 何も言えない。

 何も出来ない。

 目の前にいる彼女が。今確かに、すぐ傍にいるはずの彼女が――

 

 

 

 うそみたいに、

 冗談みたいに、遠い。

 

 

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