16年度の卒業生   作:Ray May

39 / 163
玄界領域 p4

 

「――!」

 

 

 そんな私を、彼女は待ってはくれない。

 徐に、踵を返し。

 あの改造車の元へと、歩き出す――

 

「――ま、」

 

 とにかく、ともかく、と。

 引き止めなくては、と。

 声と共に。手を伸ばそうとした。

 

 

「――困りますねぇ~、お嬢さん」

 

 

 ……その時だった。

 丁寧語ながらも。

 ゾッとするくらい、わかりやすい悪意に染まり切った。

 吐き気を催すような声が、聞こえたのは。

 

 

「うちの『商品』を誑かしてもらっちゃあ」

「……」

 

 

 ……現れていたのは。

 オールバックの黒髪に、サングラスをかけた大男だった。

 着崩されたアロハシャツに、ベージュ色のジーパン。

 それを見ただけで。

 恐ろしいほどの悪寒が、全身を駆け抜ける。

 

 

「――っ」

 

 

 ……やばい。

 この人は、やばい。

 本能的に、察する。

 この人には。

 絶対、関わっちゃ、いけない――!!

 

 

「あ……え」

「なんすか。うちのお嬢が欲しいんすか。いやでも困るなぁー、交渉は代理人を通してもらわんと。うちはそういうのやってないんで」

「い……や。あ、の……」

 

 

 やばい。

 やばい、やばい、やばい。

 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ。逃げなきゃ!

 逃げなきゃ――

 いけないのに……!!

 

 

「んー? それともーあれですか。うちの商品になるのを希望ですか。むしろ」

 

 どうしよう。

 動けない。

 

「いや、よく見ると上玉じゃないですかお嬢さん。そうですねぇ。ここは騙されたと思って」

 

 身体が。

 動かない――!!

 

「お話だけでも――」

「――ひ」

 

 ……と。

 男の、悪意ある手が。

 こちらに、伸びてきた。

 

 

「――おい」

 

 

 ……刹那だった。

 また別の、威圧的な――でも。

 安心感を覚える声が、飛んできていたのは。

 

 

「……最低限の礼節(マナー)すら忘れたか」

「……!」

 

 

 男の手が、止まる。

 その顔が、私の背後へと向き――私もまた、弾かれたように、振り返る。

 すると、そこには。

 

 

「――シ」

 

 あの、長い、暗めの茶髪。

 

「シリウスさん……」

 

 彼女は――彼女らは、何も言わない。

 私は、ナカヤマさんに腕を引かれ、男から距離を取らされ。

 シリウスさんが、代わりに、私の前に出ていた。

 

 

「……おぉ」

 

 

 男は――馬鹿にするように、鼻で笑う。その何気ない動作ひとつにすら、悪意を汲み取れた。

 

 

「これはこれは。偉大なる『ボランティア』サマじゃねーか。……こんなとこまで来るなんて、ご苦労なこったな」

「は。お前こそ出走直前までナンパだなんて、節操がねぇな。それとも、そのサングラスのせいで、狙っていい獲物と良くねぇ獲物の区別もつかなくなったか」

「おいおい、今日はえらく饒舌に喋るじゃねーか。……今置かれてる状況が分かってんのか」

 

 

 シリウスさんは、負けじと男に対抗するけれど。彼は特に響いていなさそうに見える。それどころか……なおも悪意十二分に言うと、それを合図としたように、周りにガラの悪そうな男たちが集まってきていた。

 そのどれもが……金属バットやら、角材やらの、物騒なものを持参している。

 ……なぜそんなものを持っているのか。なんて、問いかけるまでもない……

 

 

「……っ」

 

 

 やばい。

 身の危険を感じて……私は、縮こまるしか出来ない。

 それを察してか、ナカヤマさんは、私を庇うようにしてくれる。

 

「こう見えて俺はなぁ。結構お前のこと気に入ってんだよ」

 

 男は、続ける。

 

「レースでもぶいぶい言わせてたんだろ? いいじゃねーか。是非ともうちで、その力を見せつけてほしいもんなんだがなぁ。どうだ? とりあえず契約金は……」

「……ナカヤマ」

 

 そのさなかで。

 シリウスさんは、ひそひそと話す。

 

「私が注意を引く。その間に逃げろ」

「あぁ」

「――! ちょ、それは――っ!」

 

 駄目、と言いかけたけど、ナカヤマさんに口を塞がれたことで、叶わなかった。抵抗するけれど……その力の前には、意味をなさない。

 

「心配すんな」

 

 すると、まるで落ち着かせるみたいに。

 シリウスさんは、言うのだ。

 

「こんなのにやられたりしねぇよ。……また明日、学園でな」

「……シリウスさん……」

「――おい、状況わかってんのか」

 

 そんな自信満々な声を、嘲笑うかのように。

 また別の声は、背後から。

 

 

「――よそ見してんじゃねぇ!!」

 

 

 振り返った時。

 そこにいたスキンヘッドの男が。

 手にしていた金属バットを、こちらに振りかぶっていた。

 

「――!」

 

 飽くまで冷静に。

 シリウスさんが、私たちの前に出る。

 目にもとまらぬ速さで。

 それを受け止め、捻りあげる。

 

「っあ!?」

 

 呻きを上げる男からバットを取り上げたシリウスさんは、それで男を峰打ちする。

 背後に倒れた男は、痛みに縮こまり――

 

「行け!!」

「きゃっ!?」

 

 その声を合図に。

 ナカヤマさんは、私の腕を引き、そこから駆け出そうとする。

 

「――おいおい、釣れねーじゃねぇかぁ!」

「!」

 

 が。

 別の男が、私たちの前に立ちはだかる――!

 

「ちょっとくらい、遊んでけよッ!」

「――ちっ」

「っ!?」

 

 その男もまた――今度は角材と思しき物体で、殴り掛かってくる。ナカヤマさんはそれを受け流し、男の腕を捉えると、自分の方へと引き寄せ、そのまま男の腹部に膝蹴りをかます。

 

「おごっ!?」

 

 それだけに留まらず、背中に肘打ちしたことで、男はその場に倒れ伏した。

 それを見届けた後――彼女は再び私の手を引き、シリウスさんの元へと戻る。

 二人――背中を預け合い。

 私はというと……その傍で、縮こまるしか出来ない。

 

 

「……悪いシリウス。逃げ損ねた」

「いや、いい。どうせこの数じゃ逃げられねぇ」

「ははっ、やっぱウマ娘はこうでなきゃあなぁ」

 

 

 周囲を囲む男たちは、すぐには手を出してこない。じりじりと、まるで獲物を追い詰めるように、距離を詰めてくる……

 

 

「……でも、全力出せるか? 出せねぇよなぁ。そんなことしたら、俺らが『本当に』くたばっちまう」

「……」

 

 

 ウマ娘と人間の膂力は違う。

 当然、その耐久性も。

 こちらが全力で対応したなら。

 並の人間に――耐えられようはずもない。

 

「でもなぁ、こいつらもこいつらで、疲労にも恐怖にも痛みにも鈍いんだわ」

「……!」

 

 

 その言葉を合図にしたように。

 倒れていた男たちも、ゆっくりと。しかし平然と。立ち上がる。

 その口端からは、だらしなく涎を垂らしていたが。

 表情は。苦痛とは無縁の、不気味な笑みで歪んでいる。

 

 ぞくり、と。

 

 背筋をなぞられたような、感覚がして。

 

 

「――まぁ、そういうわけだから」

 

 男が。

 改めて、とばかりに、言った。

 

「心置きなく、楽しんでいけや――!!」

 

 その刹那だった。

 間近にいた男が、再び、金属バットを振りかぶった――

 

 

「――!?」

 

 

 ――その矢先だった。

 

 その男が。一瞬止まり。

 

 

「――え?」

 

 

 宙へと。

 紙切れのように――投げ出されていたのは。

 

 

「――……」

 

 

 そう、本当にこう、ぽーん……とばかりに。

 その身体は、軽々と、宙を舞い。

 

 

「――がっ!? ぐぇっ、ぉご……!!」

 

 

 潰された蛙か何かみたいに。

 地面に叩きつけられて、動かなくなってしまった。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 ……その場にいた全員が、沈黙する。

 誰もが動けない中。

 緊迫の輪の中に現れていたのは。

 

「……へ?」

 

 見たことのない、大男だった。

 黒い肌にスキンヘッド、筋骨隆々の体躯を持つ……大男。

 たぶん、身長2mはあるだろう。ずんぐりとした影に、言葉を失い、硬直していると。

 

「――ヘイ」

 

 その人は。おもむろに、背後へと振り返って、呼び掛ける。

 

「ミツケタ」

「――おぉー、悪いな。うちのバカウマのせいで……いや」

 

 果たして。

 その人は、現れていた。

 

 

「バカウマ『共』のせいか。この場合は」

「――と」

 

 

 見慣れた――見飽きたほどに見慣れたその姿に、私は、叫ぶように言った。

 

 

「トレーナーさん!?」

「うるせーなーでけぇ声出すなよ。壊れたスピーカーかよオメーは」

「……お前。なんでここに」

「初対面の大人に、お前なんて言うもんじゃねーぞガキ」

 

 

 シリウスさんは、トレーナーさんを見たことがあるらしい。でも初対面ではあるみたいで、呆れたように言うと、私たちを一瞥した。

 ……間違いない。夢でもない。

 何度も見たトレーナーさんが。確かに今……目の前にいる。

 

 いやでも。

 なんで? 本当になんで!?

 私、今日夜中に外に出るなんて、一言も……!!

 

 

「こいつらにいじめられたって? あー、大きなケガはなさそうだな」

 

 

 でも、彼はそんなことお構いなしに、言う。

 

 

「ったく、こっちは朝早いんだよ。こんな時間まで付き合わせんなって。……はいはい、どいてくださいねー」

「え、あの、と、トレーナー……?」

「……まぁ、従った方が良さそうだな」

「だな。もうここに留まってる意味はねぇ」

 

 シリウスさんとナカヤマさんは、もう適応したらしい。有無を言わさず連行しようとするトレーナーさんに素直に従っている。私は……私は。

 

「……」

 

 困惑しっぱなしで。

 同時に、後ろ髪引かれて。

 立ち止まってしまうけど。

 

「ミザルさん」

「――え!? あ、はい!」

「イキマショウ」

「は……はい」

 

 ……例の、黒人の大男に促され。

 そこから。歩き出そうとした。

 

 

「――おい、待てよ」

 

 

 ……が。

 あの、サングラスの男が。それをみすみす、見逃すはずもない。

 その威圧的な声に。

 トレーナーさんは……私たちは。立ち止まる。

 

 ……恐る恐る、振り返ってみると。

 

 男は、顎を引っ込め、上目遣いで私たちを見ていた。

 サングラスの下から覗く妖しい眼光に、硬直してしまうけれど。トレーナーさんは……どうやら、怖気付いていないようだった。

 

 背を向けたまま。

 微動だにしない。

 

 

「オメー……」

 

 

 品定めするように。

 しばらく見ていた男は。

 

 

「――まさか、知る必要のない情報か?」

 

 

 ……てっきり。

 因縁をつける発言をするかと思っていた――でも。

 違っていた。男は。果たして彼に、聞き慣れない単語を投げかけていた。

 

 

「……」

 

 

 トレーナーさんは、答えないけれど。

 

 

「いや、間違いねぇ、完結したら触れるかもねだ!」

 

 

 男は、どこか嬉しそうに続けていた。

 

「いやぁー、久しぶりじゃねぇかぁ。気にせずに読んでねの解散以来か? でかくなったなぁ、おい」

「あー……」

 

 そんな彼に。

 トレーナーさんは、とうとう振り返って、答えた。

 

「すんません。どっかでお会いしましたっけ? ははは」

 

 その瞳に。

 彼らしくもない、明らかな敵意を宿して。

 

 

「『洗浄』でヘマするクソなんざ、いちいち覚えてねーんだわこっちは」

「……言うじゃねぇか」

 

 

 薄ら笑いで言う男は、こちらとの距離を詰めてくる。困惑に包まれていた場が、一瞬で、再びの緊迫感で張りつめる。

 

「おい、」

 

 そして、男も。なおも敵意剥き出しで、言う。

 

「聞くところによると、トレセンでトレーナーやってるそうじゃねぇか」

 

 ぐにぃ、と。その口元が、生々しく歪んだ。

 

「見たとこ、大事な繋がりもいっぱい出来たみてぇだなぁ……」

 

 その目が。

 私たちを、同時に捉えた、気がする――

 

「……その繋がり。今すぐ、ぐちゃぐちゃにしてやってもいいんだが?」

「……やってみろよ」

 

 それに、全く引かず。

 トレーナーさんは、答えていた。

 

 

「テメーの方こそ、俺とテメーしか知らねー爆弾の導火線。今でも俺が握ってるってこと。忘れてんじゃねーぞ」

「……」

 

 男は。

 眉を顰めながらも、答えない。

 

「……」

 

 トレーナーさんも。

 答えない。

 

「……」

「……」

 

 二つの視線が、宙でぶつかり、絡み合い。

 ピリピリと肌に痛いほどの緊張感を生み出す。

 一触即発――

 

「……」

「……」

 

 重く、苦しい沈黙が。

 そうして、しばらく続いて。

 

 

「……ちっ」

 

 

 男は。

 忌々し気に、舌を鳴らしていた。

 

 

「おい。行くぞ」

「へ? で、でも兄貴」

「いいから行くぞぉ!!」

 

 

 傍らの男たちに、乱暴に呼びかけると。

 私たちの脇を通って、立ち去っていた。

 

 ……そして、その背後を。

 カペラちゃんも、行く――

 

「――カ」

 

 一縷の望みをかけて。

 

「カペラちゃ――」

 

 私は、その背中に手を伸ばし。

 

「――!」

 

 ――弾かれていた。

 振り返り、立ち止まった彼女は。

 未だに――憤怒の炎を、その瞳に宿していて。

 

 

「触んな」

「……」

 

 

 明確な拒絶の言葉と共に。

 私たちの前から……立ち去っていた。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 あとに残された、鉛のような沈黙に。

 私は、呆然と、佇むしか、出来ない。

 

「……帰るぞ」

 

 トレーナーさんは。短く言う。

 

「まさか観たいなんて……言わねーよな」

「……」

 

 私は。

 それに、いつものように、噛み付くことも出来なかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。