16年度の卒業生   作:Ray May

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鋼の意志 p2

-◆◇◆-

 

 

 

「――なーんか、怪しくねぇ?」

 

 

 ある日のお昼時、生徒で賑わう食堂で、ゴールドシップが言っていた。

 

「……何がやねん」

 

 それに、対面に座っていたタマモクロスが応じる。するとゴールドシップは、威勢よくガッツポーズを決めていた。

 

「だぁからミザールだよ! アイツ、昨日もなんか、トレーニング終わるなりそそくさ逃げてったろ? 付き合い悪いぜー、せっかくゴルシ様が『ヘラクレスオオカブトとチンアナゴの邂逅展』に連れてってやろうってんのにさぁ」

「それ普通に自分から逃げてんのとちゃうか……?」

 

 なんだその絶妙にそそられるようでそそられない美術展は、と思いながらも、タマモクロスは思案する。ゴールドシップの発想がどうであれ、彼女がここ最近、放課後に慌てて去っていることは事実だった。

 トレーニングの後然り。

 トレーニングのない放課後然り。

 これまで、誘われればなんだかんだで付き合ってくれた彼女だからこそ、そのような姿を何度か見ていると――なるほどそれは確かに、不審に思うのも無理はないな、と思う。

 

「……私たちに隠れて、秘密のトレーニングでもしてるのかしら」

 

 パンを千切りながら、ひとつの可能性を口にするのは、サイレンススズカだ。

 彼女の瞳にもまた、どこか寂しげな色が灯る。

 

「だとしたら素っ気ないわね。私も一緒に走りたいのに……」

「誰かを蔑ろにするようなタイプとちゃうからなぁ。ホンマにウチらに言えへん用事があるんかもなぁ」

「……ブラックレースか?」

「それこそあり得へんやろ。自分でももう二度と行かへん言うてたし」

「でも……ちょっと心配になるわよね。ブラックレースじゃなくても……何か危ないことに手を染めていたら……」

「――お。噂をすれば」

 

 そこで、ゴールドシップが呟く。タマモクロスとスズカの目は、それに弾かれたように、ゴールドシップの視線の先へ。そこには、トレーを戻し、どこか慌ただしく食堂から出ていくミザールの姿があった。

 三人はそれを見届け、顔を見合わせる。

 

「……昼でもなんかやってんのか」

「謎は深まるばかりね」

「――よっしゃ! こないにうじうじ悩んでてもしゃあないわ!」

 

 二人が首を傾げる中。タマモクロスは思い立つ。

 

「二人とも、今日の放課後は空いとんな? 空いとるな! よし! ちょい付き合えや!」

「有無を言わさねーなぁ」

「何をするつもりですか?」

 

 スズカの問いかけに、タマモクロスは、どこからか何かを取り出し、答える。

 

「んなもん決まっとるやん――」

 

 それは――いかにも、富豪気取りが装着しそうな、矢鱈にレンズ部分の大きいサングラスであり。

 

「尾行やん!」

 

 それを掛けながら。

 彼女は、高らかに宣言していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 その日の放課後、商店街にて。

 各々サングラスを掛けたゴールドシップ、タマモクロス、サイレンススズカは、名も無き建物の影から、『その姿』を見つめていた。

 多くの人の行き交う、その道の真ん中で。

 彼女は――サファイアミザールは、一人、『何か』をしていた。

 

 

「……あれは」

「……えぇ」

「……せやな」

 

 

 三人は、それを見ただけで、ある一致した答えに辿り着く。それはひとえに、彼女が、一目見ただけでそれとわかる行動をしていたからだった。

 

 

「ビラ配りか」

「ビラ配りね」

「ビラ配りやな」

 

 

 ただ、それでもわからないことはあった。

 

「なんであんなことしてんだ? バイトか?」

「でもバイトにしては……ちょっとこう、小さ過ぎない? そもそも、バイトするには許可が必要なはずよ」

「アイツの家が特別貧しい、って話も聞かねーしなー」

「でもそれ以外にビラを配る理由なんて……」

「……人捜し」

 

 その末、タマモクロスの言った推測に、二人は、あー、と感心した声を上げた。

 

「そっか。アイツ今、友だち捜してんだっけ」

「ガーネットカペラ……だったわよね。結局ブラックレースの……今の一番っていう」

「スズカが興味津々だったのが、記憶に新しいですぞ」

「あ、あれはちょっと気になっただけで……」

「……なっとらんな」

「ん?」

「へ?」

「あんなんで人捜しが終わるかい」

「あ、おい!」

 

 そこまで言うと、タマモクロスは、物陰から飛び出す。残された二人も、慌てて彼女の後を追いかけた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ぶち当たった壁はあまりに高く、分厚くて、私に、諦めろと執拗に囁いてくる。

 実際、それが正しいのだと思う。元々、無謀な夢だったのだ。

 

 ただでさえ難しい目標を、更に難しくているのは私自身。

 それぞれの道があって、それぞれの生き方がある。それぞれの居場所があって、それぞれの人生があって……誰もそれを否定できない。侵害もできない。

 シリウスさんの言葉が、刃物みたいに胸を突き刺してくる。天秤――そうだと思う。あそこまで入れ込んで、果たしてどうするっていうんだ。

 

 命を無駄にする。

 生を棒に振る。

 二度とは戻らない時間を無為に過ごさないためにも、私は私の命を生きなくちゃいけない。

 

 私の夢を目指さなきゃいけない。目標を達さないといけない。

 全てを、諦めなくちゃいけない――そう思わないといけないと思うし、そうした方がいいとも思う。

 

 けれど――それでも。あの、ブラックレースに潜入した後。

 色々考えて、感じて、整理して、噛み締めて……それでも、私の意志は、それをすんなりと受け入れることが出来なかった。

 

 簡単に、諦めることを選べなかった。

 

 ……手は届かなかったかもしれない。

 けれど、届かせるための場所はわかったのだ。

 そこまでわかって、ここまで来て――引き返して、無かったことにするだなんて。

 やっぱり私には……出来そうになかった。

 

 

「あ、あの、お願いします!」

 

 

 ……お昼。出来る限り似せた、『あの子』の似顔絵を描いて。

 それを基にビラを作って。

 

「え、えと! お願い、します!」

 

 トレーニングの後。そうでもない放課後。何にしても違わず、こうして商店街に繰り出して、情報を集めて、何日か。

 未だにビラを受け取ってくれた人は、数えるくらいしかいない。

 まるでそれは、世界そのものが、丸ごと私を嘲笑っているみたいに思えた。

 無駄なことをするな、無為に時間を過ごすな。早々に投げ出して、元の日常へ戻ってしまえ――そう、迫っているように思われた。

 

 でも……だから。

 だからこそ。

 

 

「――っ」

 

 

 簡単に、投げ出そうと、思えなかった。

 だからこそ、負けてたまるかと、奮起した。

 

 黙ってろと、立ち上がった。

 

 わかっている、無駄になるかもしれないことも。

 わかっている、無為に終わるかもしれないことも。

 

 全部、全部、わかってる。自分のためにならないってこと。もう、重々、承知の上だ。

 

 承知の上で。

 

 私は……この道を選ぶ。

 

 いいでしょ。別に、トレーニングをサボってるわけじゃない。学園から逃げてるわけじゃない。

 出来る範囲で、やってるんだから。

 文句を言われる筋合いはない。

 

 

「――、――!!」

 

 

 黙ってろ。

 負けないよ。

 投げ出さない。

 

 あの子は、助けなんて必要としてないかもしれない。救ってほしいなんて、思ってないかもしれない。

 でも、それでも、いい。どちらでも、かまわない。私はただ……ただ、話がしたいだけなんだ。

 

 もう一度だけ、チャンスが、欲しいだけなんだ。

 

 あの子の真意を……本当に気持ちを、知りたいだけなんだ。

 

 バカみたいに。

 笑いたい、だけなんだ……

 

 

「――っ」

 

 

 だから。

 だから。

 

 

「――お願いします! どうか……!!」

 

 

 もう一度、気を入れ直す。

 

 呼びかける。

 

 人ごみの中で――叫ぶように、問いかける。

 

 この子知りませんか。

 手掛かりだけでもいいんです。

 居場所を。どうか。教えてください。

 

 あの子の元まで、私を。

 

 

 

 どうか、連れて行って、ください――

 

 

 

「――あー、あかんあかん、自分!!」

 

 

 ……と。

 齷齪と、ビラを配っていた時だった。

 人ごみを切り裂くように聞こえてきた、聞き慣れた関西弁。

 

 

「そんなんじゃあ止まる人も止まってくれへんで!」

「……え」

 

 

 見ると。私のすぐ傍に。

 あの長い白髪が、踊っていた。

 

「た――タマちゃん先輩?」

「貸してみ!」

「あ……!」

 

 私が、呆然と――名を呟いたのも束の間。

 彼女は――タマちゃん先輩は。私の手から、何枚かのビラをごそっと奪うように取ると、すぐそばを通りかかった一人の男性に近寄る。

 

「あー、兄ちゃん兄ちゃん! ちょっとえぇか? あんなー、ウチ訊きたいことあんねん!」

「……先輩」

「――ったく、水臭いぜー、ミザールちゃんよっ」

 

 その姿を、見つめるさなかで。また聞いた声が、聞こえてくる。

 

「ゴルシちゃんたちを差し置いて、こーんな楽しそうなことしてるなんてよー」

「……ゴルシさん」

「……ごめんなさい。あなたが放課後何してるのか、どうしても気になって」

「スズカさん……」

 

 タマちゃん先輩に、ゴルシさんに、スズカさん。冷静に考えてみると、不思議な取り合わせだけれど――そこに感じられた想いは、ひとつだけに感じた。

 

「ほらっ、ちょっと貸してみな! ゴルシちゃんの集客力、見せてやるよ!」

「あ、あの……」

「あ、おーい! そこのおねーさんたちー!!」

「……」

 

 有無を言わさず、また何枚かのビラを取り上げたゴルシさんは、早速とばかりに、また別の人ごみへ駆け出す……

 

「……まぁ、私はあの二人ほどじゃないけどね。いないよりはマシでしょう?」

「……で、でも」

 

 いや、嬉しい。

 すごく嬉しい。その気遣いは。でも……でも。

 私が真っ先に感じたのは。他でもない、申し訳なさで……

 

「……いいんですか。みんな、自分のことがあるのに……」

「何言ってるのよ。これくらい、迷惑のうちに入らないわ。せっかく、友だちになったんだから……」

 

 それでも。

 スズカさんは。タマちゃん先輩と、ゴルシさんの想いを代弁するように、微笑んでいた。

 

「……少しくらい、助けさせて」

「……」

 

 ……胸が熱くなって。

 込み上げたものが、瞼に殺到する。

 それを必死に抑え込みながら、私は、彼女に深く頭を下げていた

「――よろしく、お願いしますっ!」

 

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