……その話は、一夜のうちに、他の子たちにも広まった。
「お話聞きましたよ、ミザールさん! 私たちもお手伝いします!」
「もー、人捜しくらいお茶の子さいさいなんだからさ。頼ってくれていいのにー」
スペさんも、テイオーさんも。
「よし、それじゃあ多く配った方が、言うことなんでも一つ聞くってのはどうだ!」
「ふん、後で吠え面かかないことね!」
「勝負ではありませんわよ、お二人とも……」
ウオッカさんも、スカーレットさんも、マックイーンさんも。
みんな、嫌な顔一つせず、協力してくれる。
成果が上がる保証はないのに。見つけられる確証もないのに。掛け替えのない、無償の優しさに……感謝しながらも。私も、出来る限りの工夫をする。
場所を替え。時間を替え。手を変え品を変え。
あの手を。この手を。考え付く何もかもを、尽くす。
「なんや、近所のコンビニで見かけたっちゅう話が――」
聞き込み。
「赤髪は見たことないって結構な人が言ってるぜ。これ逆に言えば、見つかればほぼその子ってことに――」
推測し。
「似顔絵の解像度を上げてもいいかもしれませんわね。少し知り合いを当たってみますわ――」
改良し。
捜して、
捜して、
捜して――……
……一週間が経過した。
「……」
その日の夕方。
私は、そこを訪れていた。
小ぢんまりとした駐車場。
塀には『うぐいす荘』と書かれた、朽ち果てた看板。
そして、お化け屋敷、と言われたら信じてしまいそうな……
今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、ボロボロの、アパート……
ここがその。
それぞれの精力的な活動によって、ほぼ特定できたカペラちゃんの居場所……
なんだけど。
正直半信半疑で――敷地内に入ることを躊躇ってしまう。
『ほぼ』と断ったのはそういうことだ。……だって。
そもそも人が住んでいる場所なのか、という意味でもそうだし。
実は単に騙されているか、過去のお話なんじゃないか、という意味でも……そうだし。
そんな色々の、疑念じみた想いに駆られるまま、明後日の方向へ振り向く。
物陰からは。
タマちゃん先輩、ゴルシさん、そしてスズカさんが、顔を出して見守っていた。
ついでに、三人揃ってサムズアップして。
……なぜ、それも結構真面目そうな印象のあったスズカさんですら、やたらにでっかいサングラスを掛けてるのかは謎だけど、どちらにせよ、その無言の威圧は、私が後ずさることを許しそうになかった。
それに……ここまで来て。
手掛かりをつかんでおいて。みすみす引き返すわけにも――いかない。
何より。
みんなの頑張りを――無駄にするわけには、いかない。
「……、」
だから。意を決して。
敷地内へと、足を踏み入れる。
……当たり前だけど、外に人は見当たらない。
彼女が、どの号室にいるかもまだわからない。
なので、まずは郵便受けを確認だ。
名札が付いているのは二つだけ。ひとつは……なんだこれ。『七名瀬』。なななせ? みょうちくりんな名字だな……もう一人は……『佐藤』。こっちは普通だ……
……見るからに、カペラちゃんの名前はない。やっぱり違っていたのかな、と肩を落とし掛けるけれど。
私は見る。そのうちの一つの郵便受けが、広告や、新聞とみられるもので、溢れ返っているのを。
そこに名札は着いていない。引き払った部屋のものなのかもしれない。でも一番上段に押し込められた新聞紙の日付は、今日のものだった。
……つまりまだ。
ここにも、人は住んでる?
「……」
その号室へと向かう。
一階の隅。
人が住んでいるとは思えない、色褪せた木製の扉。
心臓の高鳴りを感じながら。
呼吸の早まりを感じながら……
とうとう、丁寧に二度。扉を、ノックした。
「――はーい」
「……!!」
そして、帰ってきた声に。
どくん、と心臓が跳ね上がる。
その声は。この声は。
この、『宝石のような』、綺麗な声は――……
「……誰……」
「……あ」
扉の隙間から覗いた目と。
私の目が。
合う。
……あぁ、確かに。
綺麗な色だ。
夕陽みたいな――鮮やかな赤色だ。
……『この子』の髪は。
「カペ――」
刹那。
バンッ、と。扉は、勢いよく閉められていた。
思わず私は――扉に縋りつく。
「か、カペラちゃん! 開けて! お願い! 話を聞いて!!」
「――なんで」
そんなに防音されてないんだろうか、彼女の声は、扉越しでもよく聞こえた。
「なんでここがわかったんだよ!!」
「ごめん、急に訪ねてごめん。でも、でもお願い! ちょっとでいいから話をさせて!! 私、あなたが心配で……!!」
「いらねーよ助けなんか!! 帰れよ!」
でも、そんな私の呼びかけに。彼女は、攻撃的に答えた。
「――迷惑なんだよ!!」
「……」
……胸を刺されたような気分になる。
抉られたような感覚がする。
ここに来て、私は、『あの時』のことを思い出す。
自室に閉じこもって。
腐るように、日々を過ごしていた……あの時。
きっと、外から呼びかけていた人たちも……
こんな気分だったんだろうな、と。
「……」
……私は。
逃げなかった。
私は。
帰らなかった――否。
逃げてたまるか。
帰ってたまるか。
そんな簡単に。
諦めて、たまるか――!
「……帰らない」
だから。
扉越しに、彼女に、言う。
「カペラちゃんが出てくるまで……帰らない」
「……」
……彼女は答えない。
それでも私は、きっと聞こえていると信じて、続ける。
「……ごめんね。私、あなたのこと、よく知らずに話してた」
返事はない。
「あなたのこと、全然、わかってなかった」
返事はない。
「……っていうか、今でも、わかってない。知らない。なんであなたがそうなったのかも。そうならなきゃいけなかったのかも、全部全部わかんない。推測も、出来ない……」
返事は、ない。
「だから……ごめん。分かった気になって……ごめん」
返事は、
返事は、
……ない。
「でも……」
でも。
それでも……
「私……あなたのこと、知りたい」
それでも。
「……助けたい。力になりたいの!」
あなたを。
助けたいんだ。
「だから……お願い。お願い、カペラちゃん」
伝われ。
「どうか、出てきて」
どうか。
「私と、」
私に。
「話をして……」
答えて――……
「……」
……
「……」
……
……やはり。
返事は、ない。
物音も、聞こえない。
生きているのか、どうか、すらも……わからない。
……でも。
「……」
帰らない。
止めない。
まだ――諦めない。諦めて、なるものか。
待つ。
待つよ。
いくらでも、待つ。
あなたが反応してくれるまで。
出てきてくれるまで。
何があっても、絶対に……
待つ。
待つ。
待つ――
「……」
……どれだけの時間が経ったのだろう。
私はひたすらに、待って。
待ち続けた。
「……こんばんは?」
「!」
――果たして。
突如、聞こえた声に、勢いよく振り返る。
それは、聞き覚えのない女声で。
それにまた、命の危機すら覚える。
「お友達かしら?」
「……」
そこには、ウェーブがかった黒髪の、日傘を差した女性がいた。
明らかに、初対面。
ただ、身長は、女性にしては高めで。
ちょっと、いや、かなり、身構える。
「私、ここの大家なんだけど」
「あ……は、はい」
……大家さん。
それを聞き、ちょっと肩の力を抜く。
それを見てか、その人は、くすり、と妖艶に笑っていた。
「『上』の人たちから、苦情が入ってね」
「……あ」
……しまった。
そうだった。
想いのままに叫び、呼びかけ過ぎていた。
ここ。
……共同住宅だった。
「あんまり、近隣住民の迷惑になることは、しないでほしいんだけど」
「……ごめんなさい」
「……、」
大家さんは、笑みを深める。
ポケットに手を突っ込むと。
そこから何かを取り出し、差し出してきた。
「聞き分けのいい子は好きよ?」
「……」
それは飴玉だった。
恐る恐る、それを受け取る。
彼女の笑顔に、悪意の類は見られない。
ただ、その視線の元で、これ以上、ここに留まるのは……
……さすがに。
あぁ駄目だ。
さすがに――無理な話、だった。
「……ごめんなさい。帰ります」
「えぇ。気を付けて」
彼女の言葉を背に。
私は、そこから立ち去る。
敷地外へ出て。
もう一度振り返った。
「……」
大家さんが、部屋の前に立ち、何かを話しているのが分かる。
でも、私にそれは聞こえないし、聞こうとも思わなかった。
……カペラちゃん。
今日は、不測の事態で、立ち去らざるを、得なくなったけど。
でも――私は。
私は……
「……またね」
――決意するように。
そう呟いて。そこから、駆け出した。