16年度の卒業生   作:Ray May

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鋼の意志 p3

-◆◇◆-

 

 

 

 ……その話は、一夜のうちに、他の子たちにも広まった。

 

「お話聞きましたよ、ミザールさん! 私たちもお手伝いします!」

「もー、人捜しくらいお茶の子さいさいなんだからさ。頼ってくれていいのにー」

 

 スペさんも、テイオーさんも。

 

「よし、それじゃあ多く配った方が、言うことなんでも一つ聞くってのはどうだ!」

「ふん、後で吠え面かかないことね!」

「勝負ではありませんわよ、お二人とも……」

 

 ウオッカさんも、スカーレットさんも、マックイーンさんも。

 みんな、嫌な顔一つせず、協力してくれる。

 成果が上がる保証はないのに。見つけられる確証もないのに。掛け替えのない、無償の優しさに……感謝しながらも。私も、出来る限りの工夫をする。

 場所を替え。時間を替え。手を変え品を変え。

 あの手を。この手を。考え付く何もかもを、尽くす。

 

「なんや、近所のコンビニで見かけたっちゅう話が――」

 

 聞き込み。

 

「赤髪は見たことないって結構な人が言ってるぜ。これ逆に言えば、見つかればほぼその子ってことに――」

 

 推測し。

 

「似顔絵の解像度を上げてもいいかもしれませんわね。少し知り合いを当たってみますわ――」

 

 改良し。

 捜して、

 捜して、

 捜して――……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……一週間が経過した。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「……」

 

 

 その日の夕方。

 私は、そこを訪れていた。

 小ぢんまりとした駐車場。

 塀には『うぐいす荘』と書かれた、朽ち果てた看板。

 そして、お化け屋敷、と言われたら信じてしまいそうな……

 今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、ボロボロの、アパート……

 

 ここがその。

 それぞれの精力的な活動によって、ほぼ特定できたカペラちゃんの居場所……

 なんだけど。

 

 

 正直半信半疑で――敷地内に入ることを躊躇ってしまう。

『ほぼ』と断ったのはそういうことだ。……だって。

 オンボロアパート(こんなところ)に彼女が住んでいるのか、という意味でもそうだし。

 そもそも人が住んでいる場所なのか、という意味でもそうだし。

 実は単に騙されているか、過去のお話なんじゃないか、という意味でも……そうだし。

 

 そんな色々の、疑念じみた想いに駆られるまま、明後日の方向へ振り向く。

 物陰からは。

 タマちゃん先輩、ゴルシさん、そしてスズカさんが、顔を出して見守っていた。

 ついでに、三人揃ってサムズアップして。

 

 ……なぜ、それも結構真面目そうな印象のあったスズカさんですら、やたらにでっかいサングラスを掛けてるのかは謎だけど、どちらにせよ、その無言の威圧は、私が後ずさることを許しそうになかった。

 それに……ここまで来て。

 手掛かりをつかんでおいて。みすみす引き返すわけにも――いかない。

 何より。

 みんなの頑張りを――無駄にするわけには、いかない。

 

 

「……、」

 

 

 だから。意を決して。

 敷地内へと、足を踏み入れる。

 

 ……当たり前だけど、外に人は見当たらない。

 彼女が、どの号室にいるかもまだわからない。

 

 なので、まずは郵便受けを確認だ。

 

 名札が付いているのは二つだけ。ひとつは……なんだこれ。『七名瀬』。なななせ? みょうちくりんな名字だな……もう一人は……『佐藤』。こっちは普通だ……

 

 ……見るからに、カペラちゃんの名前はない。やっぱり違っていたのかな、と肩を落とし掛けるけれど。

 

 私は見る。そのうちの一つの郵便受けが、広告や、新聞とみられるもので、溢れ返っているのを。

 そこに名札は着いていない。引き払った部屋のものなのかもしれない。でも一番上段に押し込められた新聞紙の日付は、今日のものだった。

 ……つまりまだ。

 ここにも、人は住んでる?

 

 

「……」

 

 

 その号室へと向かう。

 一階の隅。

 人が住んでいるとは思えない、色褪せた木製の扉。

 心臓の高鳴りを感じながら。

 呼吸の早まりを感じながら……

 とうとう、丁寧に二度。扉を、ノックした。

 

「――はーい」

「……!!」

 

 そして、帰ってきた声に。

 どくん、と心臓が跳ね上がる。

 その声は。この声は。

 この、『宝石のような』、綺麗な声は――……

 

「……誰……」

「……あ」

 

 扉の隙間から覗いた目と。

 私の目が。

 合う。

 

 ……あぁ、確かに。

 綺麗な色だ。

 

 夕陽みたいな――鮮やかな赤色だ。

 ……『この子』の髪は。

 

 

「カペ――」

 

 

 刹那。

 バンッ、と。扉は、勢いよく閉められていた。

 思わず私は――扉に縋りつく。

 

 

「か、カペラちゃん! 開けて! お願い! 話を聞いて!!」

「――なんで」

 

 そんなに防音されてないんだろうか、彼女の声は、扉越しでもよく聞こえた。

 

「なんでここがわかったんだよ!!」

「ごめん、急に訪ねてごめん。でも、でもお願い! ちょっとでいいから話をさせて!! 私、あなたが心配で……!!」

「いらねーよ助けなんか!! 帰れよ!」

 

 でも、そんな私の呼びかけに。彼女は、攻撃的に答えた。

 

 

「――迷惑なんだよ!!」

「……」

 

 

 ……胸を刺されたような気分になる。

 抉られたような感覚がする。

 

 ここに来て、私は、『あの時』のことを思い出す。

 

 自室に閉じこもって。

 腐るように、日々を過ごしていた……あの時。

 きっと、外から呼びかけていた人たちも……

 こんな気分だったんだろうな、と。

 

 

「……」

 

 

 ……私は。

 逃げなかった。

 

 私は。

 帰らなかった――否。

 

 逃げてたまるか。

 帰ってたまるか。

 そんな簡単に。

 諦めて、たまるか――!

 

 

「……帰らない」

 

 

 だから。

 扉越しに、彼女に、言う。

 

 

「カペラちゃんが出てくるまで……帰らない」

「……」

 

 

 ……彼女は答えない。

 それでも私は、きっと聞こえていると信じて、続ける。

 

 

「……ごめんね。私、あなたのこと、よく知らずに話してた」

 

 返事はない。

 

「あなたのこと、全然、わかってなかった」

 

 返事はない。

 

「……っていうか、今でも、わかってない。知らない。なんであなたがそうなったのかも。そうならなきゃいけなかったのかも、全部全部わかんない。推測も、出来ない……」

 

 返事は、ない。

 

「だから……ごめん。分かった気になって……ごめん」

 

 返事は、

 返事は、

 ……ない。

 

「でも……」

 

 でも。

 それでも……

 

「私……あなたのこと、知りたい」

 

 それでも。

 

「……助けたい。力になりたいの!」

 

 あなたを。

 助けたいんだ。

 

「だから……お願い。お願い、カペラちゃん」

 

 伝われ。

 

「どうか、出てきて」

 

 どうか。

 

「私と、」

 

 私に。

 

「話をして……」

 

 答えて――……

 

「……」

 

 ……

 

「……」

 

 ……

 

 ……やはり。

 返事は、ない。

 物音も、聞こえない。

 生きているのか、どうか、すらも……わからない。

 ……でも。

 

「……」

 

 帰らない。

 止めない。

 まだ――諦めない。諦めて、なるものか。

 

 待つ。

 待つよ。

 いくらでも、待つ。

 

 あなたが反応してくれるまで。

 出てきてくれるまで。

 何があっても、絶対に……

 待つ。

 待つ。

 待つ――

 

「……」

 

 ……どれだけの時間が経ったのだろう。

 私はひたすらに、待って。

 待ち続けた。

 

 

「……こんばんは?」

「!」

 

 

 ――果たして。

 突如、聞こえた声に、勢いよく振り返る。

 それは、聞き覚えのない女声で。

 それにまた、命の危機すら覚える。

 

「お友達かしら?」

「……」

 

 そこには、ウェーブがかった黒髪の、日傘を差した女性がいた。

 明らかに、初対面。

 ただ、身長は、女性にしては高めで。

 ちょっと、いや、かなり、身構える。

 

「私、ここの大家なんだけど」

「あ……は、はい」

 

 ……大家さん。

 それを聞き、ちょっと肩の力を抜く。

 それを見てか、その人は、くすり、と妖艶に笑っていた。

 

「『上』の人たちから、苦情が入ってね」

「……あ」

 

 ……しまった。

 そうだった。

 想いのままに叫び、呼びかけ過ぎていた。

 ここ。

 ……共同住宅だった。

 

「あんまり、近隣住民の迷惑になることは、しないでほしいんだけど」

「……ごめんなさい」

「……、」

 

 大家さんは、笑みを深める。

 ポケットに手を突っ込むと。

 そこから何かを取り出し、差し出してきた。

 

「聞き分けのいい子は好きよ?」

「……」

 

 それは飴玉だった。

 恐る恐る、それを受け取る。

 彼女の笑顔に、悪意の類は見られない。

 ただ、その視線の元で、これ以上、ここに留まるのは……

 ……さすがに。

 あぁ駄目だ。

 さすがに――無理な話、だった。

 

「……ごめんなさい。帰ります」

「えぇ。気を付けて」

 

 彼女の言葉を背に。

 私は、そこから立ち去る。

 敷地外へ出て。

 もう一度振り返った。

 

「……」

 

 大家さんが、部屋の前に立ち、何かを話しているのが分かる。

 でも、私にそれは聞こえないし、聞こうとも思わなかった。

 

 ……カペラちゃん。

 今日は、不測の事態で、立ち去らざるを、得なくなったけど。

 でも――私は。

 私は……

 

「……またね」

 

 ――決意するように。

 そう呟いて。そこから、駆け出した。

 

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