16年度の卒業生   作:Ray May

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鋼の意志 p4

-◆◇◆-

 

 

 

 ちなみに飴玉は……

 滅茶苦茶不味かった。

(包装には塩辛わさび味とか書いてあった。どんなだよ……)

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 それから……

 私は、彼女の部屋に通い始めた。

 

「そしたらさー、その人とその子でまた喧嘩始めちゃってさ。もう参っちゃうよねー」

 

 学園のこと。日常のこと。

 それを、扉に向かって、語り始めたのだ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「学園ってさ、ちゃんとテストもあるんだよ。走るだけじゃないってわかった時は絶望したなぁ。私、そこまで成績良くなかったから……」

 

 毎日、トレーニング終わりにやってきて。話して聞かせた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「私ね、『みんな』で有マ出るのが夢なんだ! カペラちゃんも協力してくれるといいなぁ、なんて……」

 

 彼女は返事をしない。いるかいないかも、その状態じゃわからない。

 けれど私にとって、そんなのは些事でしかなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「またトレーナーに小言言われちゃったよ。あの人さー、本当揚げ足ばっかり取ってさ。事あるごとに人のことバカバカ言って……ひどくない? そっちの方がバカでしょ、みたいなさー」

 

 ……根気よく。

 粘り強く。

 通って、話して、向かって、語り掛け続けた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 そんな日々が。

 また、一週間ほど続いた、その日。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――って感じだったかな。今日は。本当色んな人いるから、毎日毎日話すネタには困らないよー。困っちゃうよねー、逆に。あはは……」

 

 ……相変わらず。

 中からの、返事はなくて。

 

「……、」

 

 ちくり、と胸が痛む感覚を覚えながらも、諦めよう、とまでは思わない。

 今日も駄目だったな――と思いながらも。頑張ろう、と思う。

 明日こそは、引きずり出してやるぞ! と。決心が揺るがないのを、確認して。

 

「……じゃあ、帰るね。また明日……」

 

 いつものように。

 そう告げて、扉に背を向けた。

 

 

「――なぁ」

 

 

 ――その時だった。

 扉の奥から――確かに、彼女の声が聞こえてきていた。

 

「!」

 

 私は、慌てて扉の方へと舞い戻る。一時は、気のせいか聞き間違いかと思ったけれど。

 

「……なんで、」

 

 ……そうではなかった。

 扉の向こうに……

 カペラちゃんは、確かにいて。

 そこから、確かに。口にしていた。

 

「なんで、ここまで、するんだよ」

「……」

 

 その声に、いつもの威圧感はない。ただただ純粋に、それを知りたいと言いたげな声に、私は、自分の想いを確かめながら、答えた。

 

「……カペラちゃんは、『本格化』って知ってる?」

「……トレーナーに見出された後に訪れるっていう、アレだろ。超成長期みたいな」

「うん。そう。あれってね。平均して三年くらいで終わっちゃうんだって」

 

 授業で習った内容。教えてもらった事実。

 避けようのない――現実。

 

「それを過ぎると……みんな、衰えていっちゃうの。全盛期ほどの力は、出せなくなっちゃう……わかる? 私たちの勝負って、三年くらいしかないの」

 

 そう。

 長いようで――短い。私たちの、全盛期。

 

「今じゃないと……駄目なんだよ」

 

 つまりは。

 私の夢は。私たちの夢は。

 今しかない。

 今、叶えなくてはいけないのだ――そうでなくては。

 

「きっと今を逃したら……もう二度と、叶わなくなる」

 

 最高の状態で。競い合う、なんてこと。

 ……きっと、叶わなくなって、しまうから。

 

「覚えてる? 北部校で、よくかけっこしたこと」

 

 思い出す。大昔のあの日々を。あの時、自分たちが何をしていたのかを。

 あの、ブラックレースの会場を見たからだろうか。そんなありふれたかつての光景も、今や、宝石のようにきらきらしているように感じられた。

 

「私、思うんだ」

 

 言う。

 

「ウマ娘のレース界の中でも、屈指の大舞台! ……ね。想像してみてよ。私たちがみんなで、そこに立っているところを。そこで、全力で、競い合ってるところを」

 

 それは、ちょっと前にも言ったことで。

 その時とほとんど変わらないけれど。

 あの時は、勇気がなくて、尻切れトンボになっちゃったけど。

 今、ここで。

 改めて、口にする。

 

「……きっと」

 

 きっと。

 

「すっごく、楽しいよ」

 

 すっごく。

 楽しいよ、って。

 

「……」

 

 無言が漂う。

 重苦しいそれが、しばらくその場に居座った後。

 

「……お前は」

 

 彼女は、言う。

 

 

「なら、こうは考えないのか? あたしがとうに、あのおっさんたちに身も心も売って、落ち切っちまってるって」

「思わないよ」

「そうだろ――あ?」

 

 

 あ。動揺した。

 どうやら彼女は、私が言い淀むと考えたらしい。

 でも残念――私は。

 

「……思わないよ」

 

 そうは。

 思わない。

 

「あなたが、」

 

 だってあなたは。

 だって、あなたは――

 

 

「そんなに、残酷になれるわけないでしょ」

 

 

 とても、とても優しい子だって。

 私は、知ってるから。

 

「……」

 

 ……でも。

 でも、思う。

 確かにそれって。結局は、私の価値観の押し付けなのかも。

 

 最初に突き放されたことを思い出す――知った顔で踏み込むな、と私を拒絶した彼女。

 それが、私に本気で苛立って、突き放そうとした結果だったというのなら。

 彼女の言うとおり、現状に満足していて、あそこを、居心地のいい場所だと考えているのなら。

 それを尊重しないと。

 駄目だよな、とも、思った。

 

「……でも、いいよ。カペラちゃんが、言うとおり、本当に、学園が嫌なら」

 

 自分の生きる場所が。居るべき場所が。学園じゃないというのなら。

 助けも、救いも、要らない、というのなら。

 それでも、いい。

 

「その……ブラックレースこそが、自分にとっての、一番いい場所だって言うなら……それでも、いい」

 

 あなたが幸せなら。

 それで……いい。

 

「カペラちゃんの想いを……尊重するよ」

 

 まぁ。

 こうまで通い詰めておいて今更、でもあるけどね。

 

 夢も、理想も……高望みなのかもな、と、冷めて見る自分がいるのも、また事実だった。

 

 こうして、話せるのなら。

 叶わなくても……それも悪くないな、なんて、思うのも。

 また。

 本心だった。

 ……

 だから。

 

「……だから」

 

 せめて。

 

「いつか……答えを、聞かせてね」

 

 あなたの本心を。

 教えてね。

 

「……じゃあね」

 

 それだけ伝えて。

 今日もまた、歩き去る。

 やはり、見送ってくれるのは、無言だけで。

 でも気持ちは、少しだけ軽くなったような、気がした。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 とっぷりと暮れた夜に沈むその峠は、不穏な薄明かりに照らされている。

 

 ガラの悪そうな男たちが集い、今日も今日とてがやがやと、怒号に罵声、雑言に下世話な世間話を交わす中で、サングラスの男は、愛車である改造スポーツカーのバンパーに腰かけていた。

 目の前には、真っ赤なパーカーを着た一人の少女。

 その瞳は真剣そのもので、男を貫き通さんばかりの気迫を纏っている。

 

 

「……あ?」

 

 

 男が威圧的に言ったのは。

 彼女が、直前、その瞳で、彼に告げたことによる。

 だが、一切たじろがない少女に、男は深めのため息を吐き。

 身を乗り出していた。

 

「悪いな。……よく聞こえなかったみてーだ」

「だから」

 

 あからさまに聞き返す男に。

 少女もまた、怖気付かずに、応じた。

 

 

「――ブラックレースから、降ろしてほしい」

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 男は何も言わなかった。

 サングラスから覗く瞳が、少女――ガーネットカペラを貫く。

 彼女は身体を強張らせたようだが、そこから逃げ出さず。

 また――撤回もしなかった。

 

「……冗談きついぜ」

 

 そんな彼女に。

 男は、つらつらと言う。

 

「なんだ。あのお嬢ちゃんに毒されたのか」

「……馴れ馴れしく言うな」

「まーまーそう怒んなよ。俺だって戦争したいわけじゃねーんだわ」

 

 そこで、男の手が、虚空に差し出される。

 すると、近くにいた別の男が、彼の手に何かを握らせた。

 目の前に向けて。

 それは投げられる。

 ばらばらと宙を舞い、地面に落ちたそれらは。

 数枚の写真だった。

 

「――!」

 

 どくん、と。

 その時、カペラの胸が高鳴る。

 そこに、様々な角度、様々な表情で――

 写っていた。

 よく見知った、『親友』が。

 

「……サファイアミザールだったか。まさかこんな有名人と知り合いだなんてなぁ」

 

 男は、悪意に満ちた声で続ける。

 

「いやーきっと面白くなるだろ。今をときめく有名人が……

 

 

 

 ――いきなり、失踪でもしたら」

 

 

 

「――テメェ」

 

 カペラは、荒々しく一歩を踏み出す。

 だが、傍に控えていた男たちが目の前に立ちはだかったことで、止まる。

 彼女は怒りを抑えきれていないが。

 それを見て、無理やり、抑え込む。

 

「……」

 

 男は、手を振る。

 それを合図としたように、彼らは再び傍らに退く。

 

「……で? もう一度言ってみな」

 

 そして、彼女に、言う。

 

 

「ブラックレースが……なんだって?」

「……」

 

 

 ……彼女は揺らぐ。

 言葉にではなく、自身の感情に。

 このまま力任せに解決してしまおうとするのを、必死に、必死で、堪える。

 堪えて、何かないか、打開策はないのか、と、思考を目いっぱいに巡らせ――

 

「……、」

 

 ふと、浮かんできた単語を。

 我儘に、掴んでいた。

 

「……ま、若いうちには、一度や二度、失言ってのをするもんだ」

 

 それも構わず。

 男は続ける。

 

「今のは聞かなかったことにしといてやる。とにかく今日は――」

「――言うぞ」

 

 それに。

 カペラは、ぴしゃりと告げていた。

 

「あ?」

「……『テメーと俺しか知らねー爆弾』

「――……」

 

 

 刹那。

 彼女の瞳は、彼に負けず劣らずの、鋭い眼光を灯していた。

 

 

『アイツ』に連絡して……『爆発』させるぞ」

「…………」

 

 

 ……男は黙る。

 その瞳の悪意は、ひときわ深くなったように見えた。

 負けじとカペラも、それに対抗する。あらゆる衝動を抑え、彼と、真っ向から対立する。

 彼を。

 その考えを。

 真正面から、否定する。

 

「……」

「……」

 

 無言の時間が。

 そうして、しばらく続いたのち。

 

「……、わかったよ」

「……!」

 

 男は。

 そう言っていた。

 

「降ろしてやるよ、レースから」

「ほ、本当か――」

「ただし」

 

 カペラが喜びかけたのも、束の間。

 続けざま放たれた言葉に、気を取り直す。

 

「条件がある」

「……なんだよ」

「まーそう肩肘張るなよ。オメーの門出を盛大に祝ってやろうってんだからよ」

 

 男の言葉は軽くなる。

 だが、雰囲気は重苦しいままだった。

 

「最後のブラックレースだ。そこで一着を取ったら降ろしてやる。それも普通のじゃねぇ。わかるだろ? オメーも……

 

 数年前に一度だけ開催され、あんまり危ねーもんだから、誰もやらなくなった。幻のレース」

 

「――……」

 

 ぼかされても、カペラは覚えがあった。

 ただでさえ普通でない、ブラックレース。その中でも、普通でない類のもの。

 今でも鮮烈に思い出される。

 テレビ画面上での衝撃。

 こんなものが、そんなものが。

 許されるのか、という絶望――

 絶句が。

 

「そう」

 

 それを察したように。汲み取ったように。男は笑みを深める。

 そして。

 言っていた。

 

 

 

「――高速道路(ハイウェイ)レースだ」

 

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