16年度の卒業生   作:Ray May

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ノンストップガール p1

-◆◇◆-

 

 

 

 日本の道路交通法において――

 

 ウマ娘は歩行者として扱われ、車両としても扱われる。

 そのため彼女らが公道を走っていたとしても、法律上は問題はなく、むしろ都心近くでは、ウマ娘専用の走行レーンが整備されている場所もあるほどだ。

 但し、公道を走る場合は、ヘルメットをはじめとする防具を着用することが義務付けられており、これらを着用せずに走行した場合、道交法違反と同様の罰則が適用される場合がある。

 

 何にしても、その気になれば、乗用車と肩を並べて走ることも可能な彼女らではあるが。

 そんな彼女らでも、走行を許されていない、聖域とも呼べる場所がある。

 

 ――それが。

 高速道路である。

 

 ウマ娘の平均最大時速は、約60km前後。

 歴代最速記録でも、80kmと言われている。

 

 それを優に超える速度で車両が走る中を、ウマ娘が走るのは、車両の運転手ウマ娘双方危険とみなされているのだ。

 

 故に、高速道路上で彼女らの姿を見ることは、絶対にない。

 そして同じように、そのような場所を走ろうと考えるウマ娘も、絶対にいない。

 

 ――尤も。

 

 そのような常識なぞ守る気のない、ごく一部の存在に関しては――

 その限りではないが。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 夜が深まり始めているにも関わらず、その場所は未だに人々が行き交っている。

 さすがに日中と比べると人は少ないが、時間を考えれば、十分に多いと言える人数だ。

 たぶん、明日が休日だから、ということもあるのだろう。

 みんな楽しげで、これから帰路に着いたり、更に遊び惚けたりするのかな。

 

 ……もしそうだとしたら。

 気の毒な事、この上なかった。

 

 

「……」

 

 

『――コースは単純だ』

 

 ……おっさんの言葉を反芻しながら。

 あたしは、靴ひもを結び直す。

 

『西調布駅の北口からスタート。直進して右折したとこにある調布料金所に向かい、そのまま高速に乗って府中方面に走る』

『……さらっと言うんだな。高速に乗るって』

『もったいぶっても仕方ねーだろ? どうせ結果は同じなんだからよ』

 

 靴紐を直し終え、改めて目の前を見る。車の台数は多くはなかったが、少なくもなかった。

 

『で、だ。そこから6kmほど走ると、██ICが見えてくるから、そこで降りる。で、そこから北の府中駅がゴールだ』

『……待てよ。総距離は……』

『――合計8km近くの壮大なレースだ。燃えるだろ?』

 

 自前の黒手袋を嵌める。

 コンディションは万全だが、まだ不安は拭い切れていない。

 

『おいおい、まさか走れねーとか言わねーよな』

 

 ……先は長い。

 時間にすれば一瞬だろうが、距離は、正直、尋常な物じゃない。

 ウマ娘の出走するレースの最長距離は、3.6km。

 単純に……その、倍以上。

 自信は……

 半々。正直。

 

「……」

 

 ……でも。

 ここまで来て……躊躇うわけにも、いかなかった。

 

 

『……当たり前だ』

 

 

 だから。

 それを承諾したのだ。

 おっさんは。

 その時に至ってもなお、醜悪な笑みを、隠そうともしなかった。

 

「……、」

 

 深く息を吐いて、その場に立ち上がる。

 

「――おい、集合しろ」

 

 それを見計らったかのように、男の声が聞こえた。

 それに従って……

 あたしは、あたしたちは。

 集合場所へと、向かう。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 青年は、苛立たし気にため息を吐いていた。

 

「かぁー! おい、あいつ寝過ごしたってよ! あと一時間は来ねーぞ!」

「もー、勘弁してよー。いつもこんなんじゃん」

 

 駅前のロータリーにて、親友を待っていた彼は、後部座席の女性の声に同意する。彼らとしては、実に一年ぶりの再会。本当なら喜ぶところだが、どうやらまず、謝罪から聞かねばならないようだった。

 

「どうする? カラオケでも行くか?」

「そうだねー。また寝過ごすかもしんないし。そしたらこっそり解散しちゃお?」

「いやぁー、それはさすがになぁ」

 

 他愛ない話をしながら。

 彼は車を発進させる――が。

 

「……あ?」

 

 横断歩道に差し掛かった時、そこを塞ぐように、何やらぞろぞろと人が出てきた。

 それらは人間にはない特徴を備えており、すぐに『それ』と断ずることが出来る。

 

「なんだ? ウマ娘?」

「え? 何? 歩道の信号赤だよね? 何かのイベント?」

「おーい、退けよー、通れねーだろー?」

 

 青年は冗談半分で愚痴りながら、クラクションを鳴らす。すると、

 

「!?」

 

 窓を誰かが叩いていた。

 見るとそこには、スキンヘッドにサングラスをかけた――明らかに、『普通』ではないことがわかる男がいる。

 その容貌を見ただけで、青年は、蛇に睨まれた蛙のごとく、硬直する。

 

 

「――すんませんねー、お兄さーん」

 

 

 その男は、窓を挟んだことによるくぐもった声で、彼に呼びかける。

 

「今催しの準備中でねー。ちょっと待ってくださいねー」

「は……? 催し……?」

 

 青年が呆然と呟く中。

 それは、始まろうとしていた。

 横断歩道上に、横一列に並ぶウマ娘たち。

 数にして、十八人。

 誰もが、可憐ながら動きやすそうな見た目をしているが――

 その瞳は、どれも、仇敵を見るかのように、鋭い光を宿していた。

 その中の――一人。

 

「――逃がさないよフード」

 

 ある、ミディアムロングの茶髪を下したウマ娘が、隣の、赤いパーカーを着たウマ娘に言う。

 

「絶対に……捕まえるから」

「……」

「では行きまーす! 位置に着いてー!」

 

 憎悪に似た色に染まったその声を、少女は聞くも、すぐには返さない。

 側道に立つ、男の声を聞き。

 

「よーい――!!」

 

 それが、途切れた瞬間。

 

 

「――やってみな」

 

 

 挑発的に。

 返した。

 

 

 ――パンッ

 

 

 刹那。

 空砲が響く。

 それが――彼女らへの、合図だった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「はぁ~ん、ふふ~ん」

 

 その男性は、車の中で、上機嫌に鼻歌を歌っている。

 

「きみのぉ~、かたにぃ~、かたこりがぁ~♪」*1

 

 信号待ちで停車する中。

 上機嫌で家路に着く中。

 

「……♪」

 

 ふと。

 ホームミラーに目をやり、目を外し。

 

「――!?」

 

 もう一度。

 ホームミラーを見ると。窓を開け、背後へと視線をやっていた。

 

「……なんだ?」

 

 その視線の奥――

 同じように、背後へと並ぶ車の、更に背後から。

 

 何かが。

 何かが、来る。

 

「あれは――」

 

 それは――

 

 

「人?」

 

 

 それらは。

 最後尾の車へと辿り着くと、同時。

 

「っ!」

 

 ある者は、荒々しくその車体を踏みつけ。

 またある者は、車と車の間を駆け抜け。

 またある者は、車から車へと、荒々しく渡っていく――

 

「は、え!? な、なんだぁ!?」

 

 同じように、男性の車も、程なく振動と轟音に襲われる。

 正面。

 交差点の信号は、未だに赤である――

 

「お……おい、待てよ」

 

 にもかかわらず。

 

「まだ信号赤だぞ……」

 

 彼女らは。

 全く、減速もせず――

 

「そのまま行ったら――!!」

 

 交差点内に。

 侵入した。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 けたたましいクラクションの音が鳴り響く。

 それに振り向いた、ある名も無きウマ娘は。

 

 

「――!?」

 

 

 痛々しい轟音と共に。

 乗用車と、衝突していた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 華奢な身体が――

 布切れのように、宙を舞う。

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 サファイアミザールの担当は、最近の情報の整理や、担当ウマ娘の状態管理、そして今後の計画の策定のため、その日も遅くまで起きていた。

 

「?」

 

 眠気覚ましのブラックコーヒーに口をつけた時、その音は鳴る。

 それは、付けっぱなしにしたテレビより。

 観る人の注意を引き付ける、特徴的な電子音。

 ニュース速報を伝える音だった。

 

「……」

 

 また誰かが不倫でもしたのか。

 そうでなきゃ、有名人の訃報か。

 どちらにせよ彼は、表示されたテロップをちらと一瞥をくれただけだったが。

 

「――!?」

 

 もう一度。

 テレビ画面に目を向けていた。

 深夜のニュース番組。その上部に表示されたテロップの内容は――

 

 

『現在、西調布駅にて、ブラックレースと思われるレースが行われている模様』

 

 

『――えー、ここで速報です』

 

 そのテロップに合わせたように。

 画面上のニュースキャスターが、新たな原稿を読み上げる。

 

『現在、東京都西調布駅周辺にて、いわゆるブラックレースと呼ばれる危険なレースが開催されているとの情報が入りました。えー、現地に███のリポーターがいます。松下さーん?』

『はいこちら現場ですー!』

 

 映像が切り替わり、彼の目にもよく見慣れた場所が映し出される。

 そこには既に複数の緊急車両が犇めいており、凄惨な様相を呈していた。

 

『現場の状況はいかがでしょうかー?』

『えーっとですね、かなりひどい状況ですー。目撃者の証言によりますと、つい先ほど総勢十八名のウマ娘が一斉に公道を走り始めたということで、既に駅周辺ではですね、これが原因と思われる交通事故や交通障害が複数発生しており――』

 

「――っ!」

 

 そこまで聞き、彼はテレビの電源を落とし。

 携帯電話を荒々しく手に取ると、バタバタと、部屋から飛び出していた。

 

*1
出典: ザ・ファブル / 南勝久

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