16年度の卒業生   作:Ray May

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ノンストップガール p2

-◆◇◆-

 

 

 

 深夜の街中を、それは走る。

 

 

『――警視庁から府中管内 違法競技事案入電 調布市上石原一丁目 現在十八名のウマ娘が目的地不明ながら北上中 既に一名のウマ娘が交差点内にて車両と接触 他これを起因とする複数の玉突き事故も発生 付近移動は現急願いたいどうぞ』

 

『府中3対応どうぞ』

『府中4対応どうぞ!』

『府中――』

 

 駆け抜ける電気信号に、次々とそれは呼応する。

 真夜中の街の静寂を。

 いくつものパトカーのサイレンの音が、乱暴に切り裂いた。

 狭く細い道路を掻い潜るように疾走したそのパトカーは、程なく大通りへと出る。

 前方に、一見は人のように思われる何かの存在を捉える。

 それを自分たちの目標と認識した彼らは、直ちに呼びかけを始める。

 

『――えー、前方を走るウマ娘の皆さん停まりなさーい!』

 

 辺りに物々しく響き渡るその声は、彼女らの耳にもよく聞こえる。

 

『あなた達が現在している行為は非常に危険なものです! 直ちに停まりなさーい!!』

「――っ」

 

 その声を聞いた、あるウマ娘は。

 道端に落ちていたこぶし大の石ころを拾い上げる。

 走る速度を落とさないまま――

 それを、背後のパトカー目がけて投擲した。

 

『直ちに――!?』

 

 礫はパトカーのフロントガラスに直撃し。

 痛々しい破裂音が響く。

 パトカーは程なくその場に停車し、彼女らのひとまずの追跡者は消えた。

 

「はっはぁー! ストライク!」

「バカが。んなもんに構ってる場合か」

「あ!? んだとコラァ!?」

「……」

 

 先頭を走るカペラは。

 背後を振り返らない。

 振り返らずに、前だけを見て走り続ける。

 

 ひとたび振り返れば、見てはならない光景を目の当たりにしてしまうだろう、と推測していたし。

 そんなことをしていれば。

 取り返しのつかないことになる、と知っていたからだ。

 

「――!!」

「――っ」

 

 降りかかる危険を紙一重で躱す技術は、これまでのレースの賜物だ。

 そのお陰で、なんとか五体満足で走り続けられている。

 だがこんな技術――

 望んでもない、と、苦虫を噛み潰した感覚になる。

 

「――!」

 

 その間にも、背後からは――

 悲鳴が、聞こえる。

 

「――!?」

 

 怒号が、聞こえる。

 

「――!」

 

 冗談のような。

 物騒な物音の連鎖が、聞こえてくる――

 

 

「――、……!!」

「――……!!」

 

 

 悪夢のような音の連なりが。

 背後を、着いて回る。

 

「……、……」

 

 なんで。

 なんで、自分はこんなことをしてるんだ。

 ここに来て、カペラは恐ろしくなる。

 金のためにやっていたこと。

 そのために、何人も蹴落としてきたこと。

 恨みも、辛みも、憎しみも、一身に背負い、生きるためだから仕方がない、死なないためだから仕方がないと、自分に言い聞かせて、ずっと我武者羅に走ってきたが。

 ――なぜか、冷静になってしまう。

 

「……あたしは」

 

 こんな恐ろしいことに。

 手を染めていたのか、と。

 

 

「――クッソォォォ!!」

 

 

 調布料金所が目の前に迫る。

 そこに、背後から一人のウマ娘が追いつく。

 それは、開始前、カペラに啖呵を切ってきた、茶髪の少女だった。

 

「逃げんな、逃げんなフードォ!!」

 

 死に物狂いで。

 親の仇を追うかのように、彼女は追い縋る。

 

「アタシは、アタシはあんたに憧れてここに来たんだッ!!」

 

 そして、そのまま。思いのまま。

 

「それがなんだ、このレースを最後に引退だぁ!? 甘っちょろいこと言ってんじゃねぇ!!」

 

『彼女』へと、言葉をぶつける。

 

「ここから逃げんな、アタシを置いてくな、」

 

 感情のままに――

 

 

「――アタシたちを置いてくなぁぁぁぁッ!!」

 

 

「――!!」

 

 ――疾走する。

 彼女は。

 決死の形相で、カペラの前に出ていた。

 

 それを確認し、その顔は。

 狂気と狂喜の入り混じった感情で、歪んだ。

 

「はっはぁ!! 抜いた!! フードを抜いた!! とうとう! やっと!! やった!! アタシの勝ちだ!!」

「ま――」

「アタシの――」

「待て!!」

 

 そんな彼女に。

 カペラは、思わず立ち止まり、呼びかける。

 

 

「戻れッ!!」

「あぁ!? なん――」

 

 

 ――その声は。

 最後まで、紡がれなかった。

 

 

「――!!」

 

 重厚なクラクションの音と共に。

 目の前を横切った、大型トラックと共に。

 その姿は。

 消え去っていた。

 

「……」

 

 カペラは、ふと背後を見る。

 そこは、惨憺たる有様だった。

 

 いくつもの車両が、様々な方角を向いて停止しており。

 中には、横転しているものさえある。

 道路上には、ウマ娘が何人もぐったりしており。

 千鳥足になりながらも、なおこちらに歩いてきている者さえある。

 

 気が付けば。

 まともに走っているのは――

 自分だけになっていた。

 

「……、……」

 

 呼吸が荒くなる。

 動悸が激しくなる。

 自分の両手を。

 信じられないと、見つめた時。

 

「……フー……ド……」

 

 息も絶え絶えな。

 かすれ切った声が、聞こえる。

 

「逃げんな……フード……アタシが……」

 

 呪詛のように。

 細々と――

 

「アタシが……ゼッタイに……」

「……違う」

 

 それを。

 彼女は否定する。

 

「違う……!」

 

 違う、自分は違う。

 自分は、それじゃない。

 自分は、フードじゃない。

 自分は――……

 

 

「――っ!!」

 

 

 彼女は、再びそこから走り出す。

 それまでトレードマークだった、真っ赤なパーカーを脱ぎ捨て。

 季節とは不相応な、軽装を晒しながら。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 向かう先でも。

 物騒な喧騒が響いていた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 私は、荒々しく階段を降りていく。

 いや、もはやその降り方は、降りる、じゃない。

 ほぼ飛び降りてるようなものだった。

 時間が惜しい、時間が無い。

 とにかく行かなくては、という思いに駆られるまま、寮の中を駆け抜けていく。

 

 ……寮内は薄暗い。

 当たり前だ。もうとうに消灯時間は過ぎているのだから。

 こんなに乱暴な走り方をしていたら、もしかしたら誰かを起こしてしまうかもしれない。

 でもそれでも構わない、良くはないけど構わない。

 今はもう――なりふり構っていられない!!

 

 

「……!?」

 

 

 そうして程なく、辿り着いた玄関口。

 勢いよく開けようとしたけれど、鍵はやはり、閉まっている。

 こういうのは内側から鍵をかけるもんだ――と、下側を見るけれど。鍵穴は見つかっても、鍵を開けるための取っ手は見当たらない。

 

 しまった。これ、内からも外からも、鍵が無いと開かないやつ……!?

 

「……っ!」

 

 それでも、諦めない。

 諦めず、ドアを乱暴に揺らす。

 開かない。

 開かない。

 ドアは、開いてくれない。

 あまりに思い通りにいかないから、もうこのままガラスを打ち破ってしまおうか、とまで考えた。

 

 

「……何してるんだい」

 

 

 その時だった。

 背後から、声が聞こえてきた。

 

「……寮長さん」

 

 薄闇の中に、浅黒い肌が半ば溶け込んでいる。

 ヒシアマゾンさんが。

 そこに、立っていた。

 

「消灯時間はとうに過ぎてる。部屋に戻りな」

「あ、あの、寮長さん!」

 

 無情に事実を突きつけてくる彼女に、私は、縋るように頼み込む。

 

「お願いです、外に出してください! その――」

「駄目だ」

 

 ……が。

 ぴしゃりと、彼女は告げていた。

 

「聞いてなかったのかい。消灯時間は過ぎてる。外出許可なんてとても出せない。つべこべ言わずに、部屋に戻るんだ」

「で、でも――!」

「聞き分けのない子は嫌いだよ」

「……」

 

 ……壁のように。

 像のように、その意志は揺らがない。

 どれだけ頼み込んでも、お願いしても、私の求めは、受け入れてくれそうにない。

 

 当然だ。

 

 寮長たる者、そんなに簡単に、許可するわけがない。

 

 もう日を跨ごうとしているのに。

 頼まれたから、と、外に出ていいですよ、なんて。言うはずがない。

 

 どんな事情があろうが。

 承諾する、わけがない……

 ……

 

 

「……」

 

 

 ……でも。

 でも、それでも……

 

「――寮長」

 

 諦めるわけには。

 いかないんだ。

 

「お説教でも、トイレ掃除でも、肩もみでも雑用でも何でも、どんな罰でも、戻ってからいくらでも受けます!! だから……」

 

 だから。

 だから私は……

 勢いよく、深々と、頭を、下げる。

 

 

「お願いします!! 外に、出してください!!」

「――……」

 

 

 ……彼女は何も言わない。

 ただ、空気から。何となく、困惑しているのは、察せられた。

 

「……か、顔を上げな。そういうつもりじゃなかったんだ」

 

 いや、上げない。

 これは、私の誠意の表れだ。許可を出してくれるまで、上げない……!

 

「……なんだい。なんでそこまでするんだい」

「……」

「ライブでもあるのかい? それともただ走りたいだけ? どちらにせよ尋常じゃないだろ……」

「……」

「……何を、しに行くんだい」

「……友達を」

 

 困惑した声色のまま、問いかけてくる彼女に。

 私は、ゆっくりと顔を上げて、答えた。

 

「友達を、助けに行きます」

「友達……?」

 

 

「――ヒシアマゾン」

 

 

 そんな寮長さんに。

 呼びかける声が、ひとつ。

 凛とした、威厳すら感じられるその声に――私は。いや、『私達』は。

 聞き覚えがあった。

 いや。忘れるはずがない――

 

「――会長!?」

「会長さん……」

 

 会長さんは。

 シンボリルドルフさんが。

 なぜか、そこにいた。

 壁に肩を預けていた彼女は、そこから離れると。こちらへと歩み寄って来て、寮長さんの隣に並ぶ。

 性質の違う、二人の長を目の当たりにして。

 私は、思わず、固唾を呑んだ。

 

 

「行かせてやれ」

「……!」

 

 

 けど。

 予想に反して、会長さんは言っていた。

 

「は!? 何言って……!」

「この子にとっては()()()()()。事態は刻一刻と一刻を争う。責任は私も負う……それで文句はないだろう?」

「い、いや。そういう問題じゃ……」

「……会長さん」

 

 薄闇の中、会長さんの、真っ直ぐな視線が注がれる。そこに、威圧も慈愛もない。この感情は……な、何か。敢えて、表現するなら……

 羨望、のような。

 

「……いいか」

 

 その瞳のまま、彼女は一歩前に出て、言う。

 

「今君の手は、()()では決して届かなかった場所へと、届こうとしている。そうとも――そのために、私も共に責任を負おう。だが……その代わり、二つ約束してほしい。

 

 一つ。無事に帰ってくること。そしてもう一つ……」

 

 一息して。

 

 

「必ず――『連れて帰ってくること』だ」

 

 

「……」

 

 ……何故、事情を知っているのか。

 何故、ここにいるのか。

 何故――そこまでしてくれるのか。

 色々、疑問はあったけれど。湧き上がってきて、止まらなかったけれど。

 それらを解消するのは――今ではなかった。

 

 ……私は。

 

 目を閉じて。

 

 開いた。

 

 

「――はい!」

 

 

 ……会長さんは。

 緩く微笑んで、頷いてくれた。

 

「ヒシアマゾン」

「あぁー――もう! よくわかんないけど、わかったよ!」

 

 寮長さんは、納得していないみたいだけれど。

 そう言うと、乱暴に扉を開けてくれる。

 それから、乱雑に私の背を押してくれた。

 外へと出る。

 

「……説教もトイレ掃除も肩もみも雑用も必要ない。……ただ、『約束』は守るんだよ」

 

 そして――寮長さんは、言った。

 

 

「行ってらっしゃい」

「……」

 

 

 ……彼女らの。

 母のような優しさに。込み上げるものを、抑える。

 私は、もう一度深く、頭を下げた。

 

「行ってきますっ!!」

 

 そして、力いっぱい、返事をして。

 走り出していた。

 

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