16年度の卒業生   作:Ray May

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ノンストップガール p4

-◆◇◆-

 

 

 

「――んで、その最終目的地が、恐らくは府中駅」

 

 トレーナーさんの説明が、佳境に入った頃。件の██ICは、目の前に迫っていた。

 

「この██ICから適切な距離のランドマークだと思ったからだ。俺の勘が正しければ……」

「――ヘイ、マエ」

「あぁ――」

 

 釣られるように前を見ると、ちょうど停止した私たちの車に、警察官が駆け寄ってきているところだった。

 顔を出していると、大男さんに、力ずくで座席の下部に押し込められる。

 ……あぁ、なるほど。

 確かにこの時間、私みたいな人を乗せてるのを見られたら。面倒だもんね……

 

「――すみません。██ICへ向かう方ですか?」

「あーいえ。その手前で曲がるつもりなんですけど」

「そうですか。わかりました。お気を付けて」

「あのー、何かあったんすか?」

 

 うわ、白々しい言い方。本当性格悪いな、この人……

 

「いやですねー、どっかの暴力団員か何かが、そこの██ICの入り口周りで車のバリケード作ってましてね。ICに入場出来ない状態なんですよ」

「……!」

「そーなんすか、いや大変すねー」

「本当ですよねぇ。世紀末じゃないんだから」

「ははは」

 

 警察の方は、私に気付いた様子もない。ただ、朗らかに会話をすると。

 

「では、お気を付けて」

「はい。ありがとうございますー」

 

 そんなやり取りを最後に、車は再び発進する。

 

「……ビンゴだな」

「じ、じゃあカペラちゃんは……」

「近くに停めるぞ」

 

 私に言った通り、警察官さんに答えた通り、車は██ICの手前で曲がり、高架橋を見られる路肩に停車した。

 遠くに、物騒な喧騒が聞こえ、いくつもの赤色灯の放つ赤光も見える。

 

「さてバカウマ、」

 

 運転席から顔をこちらに向けて、トレーナーさんは言う。

 

「このブラックレース、まず間違いなく()()()も参加してるだろう。そしてこの無茶苦茶な規模――経緯はわからんが、おそらく連中は、このレースをあいつの最後の晴れ舞台にしようとしている。……事実『晴れ』かどうかはともかくとしてな。

 ……あいつを救える、レースに介入できる、最初で最後のチャンスだ。だがこんなところに飛び込むのは、過去に類を見ないレベルの危険を伴う」

「……」

 

 それが。何のために口にしている、どんな言葉なのかは、よくわかった。

 

「それでも――」

「行きます」

 

 だから。

 彼の言葉を遮り、答える。

 

「行って……連れて帰ってきます」

 

 怖いけど。恐ろしいけど。本当に洒落にならないほど、危ないけど……

 でも。

 でも、それでも――……

 

 

「諦めないって、決めたから」

「……」

 

 

 トレーナーさんは、前に向き直る。

 ほんの少しだけ、何かを思案したようだけれど。

 

「……ちょっと外で待ってろ」

 

 そう言って、運転席から出る。

 私も、言われるまま外に出て、今すぐにでも走り出したい衝動を抑えながら、言われた通り、待つ。

 

「ほれ」

 

 彼は荷台で何やらがさがさやっていたけれど、程なく私の前に現れると、何かをこちらに投げて渡してきていた。

 これは……

 なんだ? リストバンド?

 

「ウマ娘用に作った無線」

「……は?」

「口との距離の関係上、聞き専だけどな」

 

 耳につけとけ、と彼は言い、続けざま、また別の何かを荷台から取り出す。

 車と同じく、真っ黒な色合いの無骨なそれは……

 

「…………」

 

 トレーナーさんががさごそと操作すると。

 それは、どこか可愛らしい『ファン』の音を鳴らしながら、宙に浮かび上がる。

 トレーナーさんは、それを見つめながら、手元のコントローラーみたいなものを弄る……

 ドローン……というやつ、だった。

 

「……よし。まだ動くな」

「……えっと、トレーナーさん?」

「なんだ。手短に頼むぞ」

「いや……あの。前から気になってたんですけど」

 

 このタイミングで投げかけるべき質問じゃない、とはわかっているけれど。どうしても、私には気になってしょうがなかった。

 

「……トレーナーさんって、一体何なんですか」

「知らぬが仏」

 

 彼は短く答える。いやそうなんですけど。そう、なんですけどね……?

 ネット上のよからぬ人々を黙らせたり、どう見てもカタギじゃない人と繫がりがあったり、こんな漫画の中でしか見たことない機械を平気で操作したり……

 絶対普通じゃないと思うんだけど……

 

「おら、さっさと行ってこい。一分一秒も惜しいだろ」

「……、わかりました」

 

 ともあれ。

 無線機を耳に縛り付けて、そこから走り出そうとする。

 

「――ミザール」

 

 と、そこで彼に呼び止められて。

 振り返った先。

 

「気を付けろよ」

「……」

 

 どこか素っ気ないその言葉に。

 私は口元が綻ぶ感覚を覚えながら。

 

 

「――はい!」

 

 

 強く、返事をして。

 改めて、その場から駆け出した。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 さて、私は一応漫画やら映画やらドラマやら結構嗜む方で、胸が躍るような勧善懲悪ものとか、よくわかんないけど胸がアツくなる作品とかがとりわけ好きだ。

 どうやらその感覚は世間的にはズレてるみたいで、特に後者に関しては、お父さんからは『これの何が面白いんだ?』と冷静に訊ねられたこともあったっけ。

 なのでまぁ、善と悪が入り乱れてぐちゃぐちゃに乱闘する光景というのは、結構見慣れてるというか、見た覚えのある光景ではあるんだけど。

 

「……」

 

 ……辿り着いたその場所は。

 そんな私でも絶句してしまうほど、混沌としていた。

 自分は映画の撮影場所に来たのかもしれないとか、そうでなければ異世界に迷い込んだのかもしれないとか、思わず考えてしまった。

 

『おーおー、随分と派手にやってんな』

 

 ドローンから様子を見守っているのだろう、耳からトレーナーさんの場違いな声が聞こえてくる。

 ……飛び交う怒号、入り乱れる警察官とガラの悪そうな男たち、響き渡る物騒な物音。

 そんな光景、派手なんて言葉でも、まだ生温く感じられた。

 

『ここだけ切り取れば映画に使えるだろ。どっかに撮影クルーでもいるかもな』

「私と同じこと考えんのやめてください……」

『乗り越えるには車を伝っていくしかない』

 

 思わずツッコむけど、彼はそれを意に介さず続ける……って、そもそもこっちの声は聞こえてないんだった。

 

『怖いなら戻ってもいいぞ。誰もお前を責めない』

「……」

 

 彼の声は、どこか私を試しているように聞こえた。心中を確かめてみると……あぁうん。正直、ちょっと怖い。怖いに決まってる。

こんなとこ、それも車を伝って駆け抜けるなんて、どうかしてるにもほどがある。

 

 でも――

 行かなきゃいけない。

 やらなきゃいけない。

 立ち止まるわけには――

 いかないんだ――!!

 

「……行ってきます」

 

 届かない声を呟いて、前へと走り出す。

 最も手近な車のバンパーに手を掛け、

 

 自分でも不器用ながら、車のルーフを、荒々しく、踏み歩く――!

 

「すみませんっ、」

 

 で。

 申し訳程度に、辺りに呼びかけた――!

 

「通りまぁぁぁぁすっ!!」

 

 ……ダートレースとか、障害レースとか。

 主に授業の一環で。本当に数えるくらいだけど、やったことは、あるけどさ――!!

 

「――!!」

「ひゃ……!!」

 

 不安定な足場、

 

「――!?」

「うぅっ……!!」

 

 投げかけられる怒号、

 

「――、――!!」

「ひぃっ!!」

 

 時折飛来する、棒状の武器とか投擲物とかその他諸々……!!

 

「……、……!!」

 

 ――もう、そんな授業なんて、比にならない。

 戦場。

 もはや、戦場だ、ここは!!

 

「ごめんなさい、ごめんなさい通りますっ!!」

 

 何人かは、このどさくさの中でも私のことを認識したようだ。なんか通ったぞとか、見覚えがあるとか、行かせんなとか。ただ、ただ、そんな声が聞こえたって、私は止まらない。

 止まるわけにはいかない。

 声を振り払い、追跡を振り切り、とうとう、私たちにとっての禁断のエリア。禁忌の領域。

 高速道路本線に、辿り着く。

 

「……うわ、本当に塞いでる……」

 

 本線の、下り方面。車が乱雑に停止し、入場――もとい退場――を拒んでいる。きっと東京方面で車が堰き止められているのだろう、車道に……車の姿は、それ以外には一切ない。

 つまりはそれは。

 絶好の機会、ということでもあった。

 

『ガーネットカペラはきっとそこに向かってくる。途中で降りられるICもない』

 

 トレーナーさんの声が、聞こえる。

 

『走っていけば――逆走すれば――、程なく出会えるだろう』

 

 なおも、私を支えてくれる、

 ……共犯者の声が、聞こえる。

 

『合図はしてやる。……気を付けろよ』

「……トレーナーさん、」

 

 私の声は聞こえない。

 わかっている。

 わかっていても。

 私は、口にした。

 

「……援護、感謝します」

「――いたぞ、あそこだ!!」

 

 怒号が聞こえる。

 いつもなら怖気付くけれど。

 私はもう……怖気付かない。

 

「……位置に着いて」

 

 その場で。

 スタートポーズを取って。

 

「おいコラテメー――」

「よーい――」

 

 迫りくる悪意に。

 引くことなく――

 

「ふざけたことやってんじゃ――!!」

「――どんっ!!」

 

 それを置き去りにして。

 そこから、一目散に、走り出す。

 

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