「――んで、その最終目的地が、恐らくは府中駅」
トレーナーさんの説明が、佳境に入った頃。件の██ICは、目の前に迫っていた。
「この██ICから適切な距離のランドマークだと思ったからだ。俺の勘が正しければ……」
「――ヘイ、マエ」
「あぁ――」
釣られるように前を見ると、ちょうど停止した私たちの車に、警察官が駆け寄ってきているところだった。
顔を出していると、大男さんに、力ずくで座席の下部に押し込められる。
……あぁ、なるほど。
確かにこの時間、私みたいな人を乗せてるのを見られたら。面倒だもんね……
「――すみません。██ICへ向かう方ですか?」
「あーいえ。その手前で曲がるつもりなんですけど」
「そうですか。わかりました。お気を付けて」
「あのー、何かあったんすか?」
うわ、白々しい言い方。本当性格悪いな、この人……
「いやですねー、どっかの暴力団員か何かが、そこの██ICの入り口周りで車のバリケード作ってましてね。ICに入場出来ない状態なんですよ」
「……!」
「そーなんすか、いや大変すねー」
「本当ですよねぇ。世紀末じゃないんだから」
「ははは」
警察の方は、私に気付いた様子もない。ただ、朗らかに会話をすると。
「では、お気を付けて」
「はい。ありがとうございますー」
そんなやり取りを最後に、車は再び発進する。
「……ビンゴだな」
「じ、じゃあカペラちゃんは……」
「近くに停めるぞ」
私に言った通り、警察官さんに答えた通り、車は██ICの手前で曲がり、高架橋を見られる路肩に停車した。
遠くに、物騒な喧騒が聞こえ、いくつもの赤色灯の放つ赤光も見える。
「さてバカウマ、」
運転席から顔をこちらに向けて、トレーナーさんは言う。
「このブラックレース、まず間違いなく
……あいつを救える、レースに介入できる、最初で最後のチャンスだ。だがこんなところに飛び込むのは、過去に類を見ないレベルの危険を伴う」
「……」
それが。何のために口にしている、どんな言葉なのかは、よくわかった。
「それでも――」
「行きます」
だから。
彼の言葉を遮り、答える。
「行って……連れて帰ってきます」
怖いけど。恐ろしいけど。本当に洒落にならないほど、危ないけど……
でも。
でも、それでも――……
「諦めないって、決めたから」
「……」
トレーナーさんは、前に向き直る。
ほんの少しだけ、何かを思案したようだけれど。
「……ちょっと外で待ってろ」
そう言って、運転席から出る。
私も、言われるまま外に出て、今すぐにでも走り出したい衝動を抑えながら、言われた通り、待つ。
「ほれ」
彼は荷台で何やらがさがさやっていたけれど、程なく私の前に現れると、何かをこちらに投げて渡してきていた。
これは……
なんだ? リストバンド?
「ウマ娘用に作った無線」
「……は?」
「口との距離の関係上、聞き専だけどな」
耳につけとけ、と彼は言い、続けざま、また別の何かを荷台から取り出す。
車と同じく、真っ黒な色合いの無骨なそれは……
「…………」
トレーナーさんががさごそと操作すると。
それは、どこか可愛らしい『ファン』の音を鳴らしながら、宙に浮かび上がる。
トレーナーさんは、それを見つめながら、手元のコントローラーみたいなものを弄る……
ドローン……というやつ、だった。
「……よし。まだ動くな」
「……えっと、トレーナーさん?」
「なんだ。手短に頼むぞ」
「いや……あの。前から気になってたんですけど」
このタイミングで投げかけるべき質問じゃない、とはわかっているけれど。どうしても、私には気になってしょうがなかった。
「……トレーナーさんって、一体何なんですか」
「知らぬが仏」
彼は短く答える。いやそうなんですけど。そう、なんですけどね……?
ネット上のよからぬ人々を黙らせたり、どう見てもカタギじゃない人と繫がりがあったり、こんな漫画の中でしか見たことない機械を平気で操作したり……
絶対普通じゃないと思うんだけど……
「おら、さっさと行ってこい。一分一秒も惜しいだろ」
「……、わかりました」
ともあれ。
無線機を耳に縛り付けて、そこから走り出そうとする。
「――ミザール」
と、そこで彼に呼び止められて。
振り返った先。
「気を付けろよ」
「……」
どこか素っ気ないその言葉に。
私は口元が綻ぶ感覚を覚えながら。
「――はい!」
強く、返事をして。
改めて、その場から駆け出した。
さて、私は一応漫画やら映画やらドラマやら結構嗜む方で、胸が躍るような勧善懲悪ものとか、よくわかんないけど胸がアツくなる作品とかがとりわけ好きだ。
どうやらその感覚は世間的にはズレてるみたいで、特に後者に関しては、お父さんからは『これの何が面白いんだ?』と冷静に訊ねられたこともあったっけ。
なのでまぁ、善と悪が入り乱れてぐちゃぐちゃに乱闘する光景というのは、結構見慣れてるというか、見た覚えのある光景ではあるんだけど。
「……」
……辿り着いたその場所は。
そんな私でも絶句してしまうほど、混沌としていた。
自分は映画の撮影場所に来たのかもしれないとか、そうでなければ異世界に迷い込んだのかもしれないとか、思わず考えてしまった。
『おーおー、随分と派手にやってんな』
ドローンから様子を見守っているのだろう、耳からトレーナーさんの場違いな声が聞こえてくる。
……飛び交う怒号、入り乱れる警察官とガラの悪そうな男たち、響き渡る物騒な物音。
そんな光景、派手なんて言葉でも、まだ生温く感じられた。
『ここだけ切り取れば映画に使えるだろ。どっかに撮影クルーでもいるかもな』
「私と同じこと考えんのやめてください……」
『乗り越えるには車を伝っていくしかない』
思わずツッコむけど、彼はそれを意に介さず続ける……って、そもそもこっちの声は聞こえてないんだった。
『怖いなら戻ってもいいぞ。誰もお前を責めない』
「……」
彼の声は、どこか私を試しているように聞こえた。心中を確かめてみると……あぁうん。正直、ちょっと怖い。怖いに決まってる。
こんなとこ、それも車を伝って駆け抜けるなんて、どうかしてるにもほどがある。
でも――
行かなきゃいけない。
やらなきゃいけない。
立ち止まるわけには――
いかないんだ――!!
「……行ってきます」
届かない声を呟いて、前へと走り出す。
最も手近な車のバンパーに手を掛け、
自分でも不器用ながら、車のルーフを、荒々しく、踏み歩く――!
「すみませんっ、」
で。
申し訳程度に、辺りに呼びかけた――!
「通りまぁぁぁぁすっ!!」
……ダートレースとか、障害レースとか。
主に授業の一環で。本当に数えるくらいだけど、やったことは、あるけどさ――!!
「――!!」
「ひゃ……!!」
不安定な足場、
「――!?」
「うぅっ……!!」
投げかけられる怒号、
「――、――!!」
「ひぃっ!!」
時折飛来する、棒状の武器とか投擲物とかその他諸々……!!
「……、……!!」
――もう、そんな授業なんて、比にならない。
戦場。
もはや、戦場だ、ここは!!
「ごめんなさい、ごめんなさい通りますっ!!」
何人かは、このどさくさの中でも私のことを認識したようだ。なんか通ったぞとか、見覚えがあるとか、行かせんなとか。ただ、ただ、そんな声が聞こえたって、私は止まらない。
止まるわけにはいかない。
声を振り払い、追跡を振り切り、とうとう、私たちにとっての禁断のエリア。禁忌の領域。
高速道路本線に、辿り着く。
「……うわ、本当に塞いでる……」
本線の、下り方面。車が乱雑に停止し、入場――もとい退場――を拒んでいる。きっと東京方面で車が堰き止められているのだろう、車道に……車の姿は、それ以外には一切ない。
つまりはそれは。
絶好の機会、ということでもあった。
『ガーネットカペラはきっとそこに向かってくる。途中で降りられるICもない』
トレーナーさんの声が、聞こえる。
『走っていけば――逆走すれば――、程なく出会えるだろう』
なおも、私を支えてくれる、
……共犯者の声が、聞こえる。
『合図はしてやる。……気を付けろよ』
「……トレーナーさん、」
私の声は聞こえない。
わかっている。
わかっていても。
私は、口にした。
「……援護、感謝します」
「――いたぞ、あそこだ!!」
怒号が聞こえる。
いつもなら怖気付くけれど。
私はもう……怖気付かない。
「……位置に着いて」
その場で。
スタートポーズを取って。
「おいコラテメー――」
「よーい――」
迫りくる悪意に。
引くことなく――
「ふざけたことやってんじゃ――!!」
「――どんっ!!」
それを置き去りにして。
そこから、一目散に、走り出す。