約200km。
世に有名な、箱根駅伝の総距離だ。
往路と復路に分けても、それぞれ約100km。もちろん、駅伝の性質上、一人で走り切るわけではないが、それでも一人当たり、5~20kmは走ることになる。
それに比べれば、8kmという距離は――何も知らない一般人からすれば、大して変わりはないだろう、という感想を抱いてしまうかもしれない。
だが――今、『彼女』の挑戦していることには、それとは根本的に違う部分があった。
それは。
『走るペース』だ。
「……、……」
ガーネットカペラの息は、もうすっかり上がっていた。
当然だ。スタート直後よりの全力に近い疾走、加えて無関係の人々をも巻き込む劣悪な障害。
あの手この手でここまで乗り越えてきたものの。彼女の体力の限界は、近くなっていた。
まだ、目標のICまでは、距離にして3kmはある。
全体の行程としては、ようやく半分を越えたところ。
まだまだこれから、改めてここから、気を取り直して走らなくてはならないのに。
足は棒のようになりかけ。
心臓は、悲鳴を上げるように脈動している。
走り方は、先ほどまでの疾走ではなく。
早歩きに近いものになっている。
「……くっ……そっ……」
もう一般的なレースの最長距離など、とうに超えている。
最初は大丈夫だと思っていた――いや、大丈夫じゃなくても、やり切れると思っていた。やり遂げられると考えていた。
だが目の当たりにした現実はあまりに無情で、想像以上に無常だった。
史上最悪にして、最大のこのレースは……
自分の考えでは及びもつかないほど、過酷なものだった。
「……っ」
それでも、彼女は走るのをやめない。軋む身体に鞭打ち、少しでも前へ進もうとする。
全ては、全てを終わらせるために。
全ては、望むものを掴むために。
乗り越えた先で。
別の未来を、見るために。
「……、……」
――あいつはいるだろうか、とカペラは考える。
自分の向かう未来で、出会えるのだろうかと考える。
そこで笑い合うことは出来るだろうか、と考える。
その末浮かび上がるのは――やはり、否定だった。
否。
もう自分に、付き合わせるわけにはいかない。
大型モニターの中。
人々の関心を一心に受けて。
光の中を走る彼女に、自分の存在など恐れ多い。
きっと汚点になる。
きっと弱点になる。
自分が傍にいることで。
きっと自分が――それを邪魔してしまう。
「……そうだよ」
相応しくない。
いてはならない、そんなところに。
闇の奥底で這い回るしか出来なかった自分に、そんな場所に立つ権利なんかない。
――だって。
真っ当に生きる方法なんて、
もう、忘れてしまったのだ。
「……」
思い残すことはない。
心残りも無い。
このレースを終えたら。最後まで走り切ったら。
消えてしまおう。
――光に背を向けて。
闇の中で、生きていこう。
誰にも頼らず、誰にも見つからず。
ひっそりと生きていこう。
「……」
一人で。
「…………」
一人で。
「………………」
ずっと。
一人で――
「――カペラちゃん!!」
――刹那。
聞こえた声は、最初、幻聴かと思った。
それでも、その声に反応し。
彼女は立ち止まり、顔を上げる――
「――……」
果たしてそれが。
幻聴でも、聞き間違いでもないことを。
彼女は、知っていた。
「……ミザール」
友達が。
親友が。
暗がりの道路上で、息を切らして、そこに立っていた。