16年度の卒業生   作:Ray May

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心弾んで p2

-◆◇◆-

 

 

 

 学園は今日、授業はお休みみたいで、校舎内に生徒の姿はあまり見られない。

 執念すら感じられるほど綺麗に磨かれた廊下に、コツコツと靴音が響き渡る。

 あまりに生徒がおらず、音が大きく響くものだから、まるで世界に自分だけになってしまったかのような錯覚に陥った。

 けれど、時折外から聞こえてくる楽しそうな声や、威勢のいい掛け声で現実に引き戻される。

 自分は今、確かにこの校舎内を。

 一人の生徒として歩いているのだ――と、実感する。

 

 そわそわと。

 胸の中が、ちょっと落ち着かない。

 これからここで学園生活を送ることに対してか……それとも、これから起こるであろう頓狂な事態に対してか。

 いずれにせよ、私はそんな静謐な廊下を、ただ無言で歩き続けて。

 

 

「……」

 

 

 やがて、辿り着いていた。

 他の部屋の扉とは違う、ひときわ高級感のある、木製の扉。

 立札には――理事長室。私たちの、現在の目的地。

 胸に手を当てる。

 心臓の動悸は収まっているとは言えない。

 それでもここまで来て、やっぱ後日にします、なんて手段が通るはずもない……ので。意を決して、その扉をノックした。

 

 

「――うむ! 入れ!」

 

 

 威勢のいい声が中から返ってくる。失礼します、と出来るだけ元気よく返事をし、扉を開けた。

 

 

「――……」

 

 

 そうして目の前に飛び込む、とんでもなく高級な内装。

 さすが一大学園の理事長室、といったところか。しかし入口の正面――

 執務机に座っているのは、それとは不釣り合いなほど若々しい容姿の女性だ。

 というか。

 その見てくれからしたら……少女、の方が近しいかもしれない。

 

 

「歓迎ッ!! いかがしたか! サファイアミザール学生!」

「あ、え、えっと」

 

 

 秋川やよい理事長は――

 入学式の時とほとんど変わらない勢いで、私に問いかけを飛ばしてくる。それに早くもたじたじになりながらも、とりあえず、話の糸口を作る。

 

 

「そのー……トレーナーのことでお話が」

「ほほう! トレーナー! もしやもう専属トレーナーが付いたのか!?」

「えーっと……一応は、そんな感じで……」

「歓喜ッ!! 入学早々そのような出来事に恵まれるとは、幸先がいいな! では今日はその手続きの方法か何かを聞きに来たのかっ!?」

「いや、違くて、その、トレーナーさんなんですけど……」

『――お初にお目にかかります秋川理事長』

 

 

 ――と。

 私がそこまで話したところで、ラジコンさんが、突然話し出していた。

 

 

「!? 驚愕ッ!! ラジコンがひとりでに!?」

「あ、いえ。魂が宿ってるとかじゃなくて、そのー……」

 

 

 何をどう説明するべきか、一体どういう風に話を運ぶべきなのか。思案しながらもごもごとやった先。

 

 

『申し遅れました』

 

 

 ラジコンさんは、そんな気遣いは無用だ、とばかりに、勝手に話を続ける。

 

 

『私 こちらのサファイアミザールのトレーナーをしております 名を……まぁ 見ての通り ラジコンとでも呼んでください』

「む……そ、そうか」

 

 

 理事長さんは、しばし私と同じように困惑を示していた。でも、普通に普通な自己紹介をされたからだろうか。早くも、気を取り直していた。

 

 

「して、そのラジコンが、果たして何の用だ?」

 

 

 で……ごく当然のことのように、話し始める。凄い――凄すぎるぞ。

 事前にトレーナーさんに聞いてはいたけど、まさかここまでとは思っていなかった。さすがに適応力高過ぎないか、この人。

 私、信用するのに一日時間をかけたのに……

 

 

『単刀直入に申し上げます』

 

 

 人知れず肩を落とす私に目もくれず、二人の話は続く。

 

 

『私を このウマ娘の専属トレーナーとして認めていただきたい』

「……!」

 

 

 ――刹那。

 ぴり、と部屋の空気が張りつめたのを感じる。

 

 

「――……」

 

 

 それまで爛漫に振舞っていた理事長も、怪訝そうに眉を顰めたのがわかった。

 この学園が、いかに変人揃いでお祭り好きでも、そこは日本一と言って差し支えない超名門校。

 ……そのようなイレギュラー、二つ返事で承諾など――あるはずもない。

 

 

「……ふむ」

 

 

 理事長は、ばん、と扇子を開き、口元を隠す。もはやそこに、先ほどまでの柔らかな雰囲気はなかった。

 

 

「疑問。なぜそのようなことを?」

『単純な話です』

 

 

 でもラジコンさんは、怖気付かずに返す。

 

 

『私はわけあって人前に出ることが出来ない ですがインカメラを使えば適切なトレーニングを付けることは出来ます 事実 これまでのトレーニングで ここトレセン学園中央部への転入を達成しました』

「不足」

 

 

 対して……理事長も。毅然と返す。

 

 

「それだけでは理由にならん。この子自身の持つ素質が、たまたま発揮されただけかもしれん」

 

 

 理事長さんの猜疑は……

 言葉を重ねるごとに、深まっていくように感じた。

 

 

「そも、顔もわからぬトレーナーに生徒の将来を一任せよと? 自分で非合理なことを言っている自覚はあるか? 仮に、君が公認トレーナーとして確かな実力を持っているとして、それをどう証明する? 公認バッジを郵送でもするか?」

『結果で示すのはいかがでしょうか』

 

 

 ――正直な話。

 ここまで正論をかまされたのだ。こりゃまた日を改めることになるだろうな、と私はタカを括っていた。

 また彼のへ理屈に付き合って、意味があるのかないのかもわからない作戦会議に付き合わされるだろう、そうとばかり思っていた。

 でも。

 彼はどうやら、そうではないらしかった。

 

 

『来るメイクデビュー戦にて――』

 

 

 まるで全て想定していたかのように、淡々と。

 

 

『歴代最速記録に匹敵する記録を出して見せましょう』

 

 

 淡々と。

 そう、宣言してみせたのだ。

 

 

「……え?」

 

 

 ……それに。

 今度は、私が絶句する番だった。

 

 

「……ほう?」

 

 

 理事長の空気が、僅かに和らぐ。ラジコンさんは、続ける。

 

 

『そうすれば 私の実力の証明にならないでしょうか? 奇跡は一度も二度も起きますが 意図して起こせるのはそういない』

「そこは塗り替える、ではないのだな?」

『はは お戯れを さしものこの子でも かの『皇帝』の記録は変えられませんよ』

 

 

 私が介入する間もなく、

 話は続いていく。

 

 

『ですが 追い縋ることは出来る』

 

 

 いや、介入する間はあったのかもしれない。

 

 

『少なくとも、ぶっちぎりの一位にはなれるでしょう それで いかがでしょうか?』

「え、ちょ、ちょっと……」

 

 

 ただ、とうにそんなタイミングは逸していたみたいだ。

 

 

『黙ってろ』

 

 

 ぴしゃり、と突っ撥ねられてしまった。

 どうやら流れは……もう、変えられないみたいだった。

 

 

「……」

 

 

 理事長はと言うと、やや目を伏せて、黙る。思案しているのだろう、私たちにそれを急かす権利はない。

 一分、二分……あるいはそれ以上。重苦しい沈黙の時間が、しばし続き。

 

 

「――承認」

 

 

 そう、ぽつりと言った理事長は。

 扇子を畳み、言っていた。

 

 

「いいだろう。その条件で、君を専属トレーナーとして認めることにする。但し、もし出来なければ……」

『わかっています』

 

 

 皆まで言うな、とばかりにラジコンさんは返す。もはやここまでくれば、私の意志など関係が無い。私に出来ることは……一つだけ。

 置物になる。……それだけだった。

 

 

『ではそのように さぁバカウマ さっさと競技場に向かうぞ 一分一秒も惜しい』

「……理事長」

 

 

 湧き上がる思いを抑えながら、私は締めの言葉を告げる。

 

 

「……ありがとうございます」

「うむ。精進せよ」

 

 

 返ってきた言葉が、最初の時よりも重く感じられたのは……きっと、気のせいではなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 理事長室を立ち去った奇妙な生徒と入れ替わりで、駿川たづなが理事長室に入室する。

 たづなは、心底不思議そうな顔をしていた。

 

 

「……理事長? 今の方々は……」

「うむ! 何やらちょっとした用事があってな。話すと長くなるのだが……!!」

「そうですか。まぁ、根掘り葉掘り聞きませんよ。個々人色々あるでしょうし」

「助かる!!」

 

 

 たづなの気配りに豪快に笑う理事長だが、その直後、目線を伏せる。指を口元に当て、彼女は脳裏に浮かぶ違和感の正体を探った。

 

 

「……理事長? いかがなさいました?」

「……あぁ、いや! なんでもないぞ!」

 

 

 そこまで秘書に心配させるわけにはいかない、と表向きはそれを止めるも。それでも理事長の脳裏には、違和感がこびりつき続けていた。

 ――あの、ラジコンを介した、男の声。

 どこかで――と。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『いやー 良かったな! オメーのお陰で万事うまくいった!』

 

 

 ……やかましく喚くラジコンを手に、私は学園内の中庭を歩く。

 

 

『一時はどうなるかヒヤッとしたけど 理事長も理解ある方とわかった! これなら他の無茶ぶりもやりようでは通りそうだ!』

 

 

 やがて正門付近にまで戻ってきて。

 周りに誰もいないことを確認する。

 

 

『オメーもよくやったぞ! バカウマ! 言うことを最後まで聞かなかったのは良くなかったが なにしろオメーに連れて行ってもらえなかったら――』

 

 

 で。

 早速、ラジコンを傾け、扉を分解しようと試みた。

 

 

『っておいおいおいおいちょっと待て! おい!! 何分解しようとしてんの!? やめて!? 恩を仇で返すつもり!?』

「あー望まない形で売られた恩なので少々荒々しいクーリングオフを」

『やめて! やめて!! マジで!! これ作るのに結構コストかかってんだよ!?』

 

 

 ……私が怒っているのはちょっとは伝わったろうか。その声の焦りように免じて、止めてあげることにする。

 

 

『どうしたんだよバカウマ 何かいいことでもあったのか? ほら 深呼吸深呼吸』

「うるさい!! もう!! 『俺の言うとおりにすればいいんだ……キリッ』とか根拠なく言うから、何か嫌な予感はしてたけどさ!!」

 

 

 ……が、こちらの神経を逆撫でするかのような言葉に、とうとう思いを爆発させてしまった。自分の声が、高々と周囲にこだまする――

 でも――でも。

 

 

 でも!!

 そんなの、関係なかった!!

 

 

「どういう挑戦状だよ! メイクデビューでぶっちぎり一位なんてさ!! わけわかんないこと言って!!」

『メイクデビューくらいでビクビクしてんなよ 肩の力抜いていけって 別に死ぬわけでもあるめーし』

「社会的には死ななくてもキャリア的には死ぬんですけど!?」

『はっはっは』

「はっはっはじゃなくてさっ!!」

 

 

 あぁぁもう、駄目だ! 暖簾に腕押し、糠に釘! これ以上は体力の無駄だ……はぁ。

 あぁそうだ。もう、あんな挑戦状を叩きつけてしまったのだから。もう、それをこなす以外、私に道はない……

 

 

「……あぁー、もう。本当にとんでもないことに……」

『必要以上にビビり過ぎなんだよオメーは 言ったろ 最高記録に『近づく』だけでいいんだ 別に記録を塗り替えろってわけじゃねーんだからよ』

「でも……相手はあの『皇帝』だよ? 近づくことなんて出来るの?」

 

 

 彼の言いたいことがわからないわけじゃない。あぁそうとも。ただ記録に近づけばいいだけなのだから、塗り替えようとすることほどの困難ではないとは思うけど。

 ……それは普通の記録だったら、の話であって。普通じゃない記録となったら、話は違ってくるのだ。

 

 ……『皇帝』。

 そのあまりの強さに、そんなウマ娘らしからぬ異名を取ったウマ娘。

 シンボリルドルフ。

 その強さのほどは、レースに絶対はないが、このウマ娘には絶対がある、とかいうヤバすぎる格言まで産まれてしまったほどだ。

 そんなウマ娘が叩き出した、前代未聞の好タイム。近づく……というだけでも、私には、雲の上の話のように思えてならない……

 

 

『お? なんだ いつもの人間不信タイムか』

 

 

 が。ラジコンさんは、いつもの軽口を私に振り翳してくるのだ。

 

 

『覚えてないのか? そんなノリで臨んだ転入試験も ほぼトップで通過したろ』

「私がナチュラルに人間不信みたいな言い方するのやめてくんない?」

『とにかくお前は俺の言った通りのことをやっておけばいい 本能では信用出来なくても 頭では信用できるだろ』

「……」

 

 

 彼の腕前、トレーナーとしての信頼性。

 認めたくないけれど、そうではあった。

 経験は、確かに彼の実力を証明していた。

 

 

「……、わかった。その代わり……」

『出来なかったら お前の前から消えてやるよ まぁその場合 お前があそこに残れるかどうかもわからんけどな』

「とうに一蓮托生、ってわけ」

『腹を括れ もう引き返せないフェーズに来てるんだよ 俺もお前も』

 

 

 いつものように旋回するラジコンさん。私の不安などいざ知らず。苛立つけれど、なんとか発散せず、胸の内に押し留めた。

 

 

『さ! 無駄話は終わりだ! グラウンドに向かって走れー!』

「はいはい……行きますよ」

 

 

 とにもかくにも、そんな感じで。ラジコンさんに言われるがまま、グラウンドへ向かう……

 全ては、トレーニングのために。準備をするために。

 前代未聞の挑戦を。

 絶対に、成し遂げるために。

 

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