16年度の卒業生   作:Ray May

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セイリオス p2

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 物心ついた時には、既に父はいなくて。

 あのクソさびれた田舎町で、母と二人で暮らしていた。

 

 あたしに難しいことなんてわからないし、わかろうともしなかったから、詳しいことはわからなかったけれど。

 察しだけは良かったから。子供心に理解出来てはいた。

 

 ――きっと、父の顔を見ることは、自分には無いのだろうと。

 そういう現実を。

 

「へへー、あたし一番乗りー!」

「もー、また負けたぁー!!」

 

 でも、それを苦には思わなかった。

 そう思えないほど、いい仲間たちに囲まれていたから。

 

「これで勉強が出来れば100点なのにね」

「ん……ちょっとうらやましい」

 

 楽しかった。

 本当に楽しかった、あの頃は。

 あたしを取り巻く後ろ暗い事情なんか忘れるくらい。

 幸せな、日々だった。

 

 

 

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 やがて()()()が訪れる。

 北部校の廃校が決まり、あたしたちは、疑似的に『卒業』する。

 心身共に成長したからだろうか、あたしはまだクソガキもいいとこなのに、その時、意を決して言っていたのだ。

 

 ――父の元に帰らないか、と。

 

 母はしばし無言だった。何ならその日一日口を聞いてくれなかった。

 でも翌日、あたしに向き直ると、戻りましょう、と言ってくれた。

 ……あたしは親孝行のつもりだった。もう一度やり直そうよ、と言いたかった。

 何があったかは知らないけれど。どうしてなのかもわからないけれど。

 きっと全部を最初からやり直せると、信じてそう告げたはずだった。

 

 でも――

 

「――あそこの住民? あー」

 

 突き付けられたのは。

 残酷な現実だった。

 

「ずいぶん前に死んだよ。部屋で首吊って……」

 

 

 

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 父が――もとい、あたしたちが元々住んでいたオンボロアパートに、あたしと母は移り住んだ。

 いわゆる事故物件ってやつなわけだけど、それ自体に、特に恐怖は感じなかった。

 でも生活は苦しくて……まともに学校にも通えない日々が続いた。

 図書館に行って、自主的に、学べることを学ぶ日々だった。

 

 ――ある日のこと。

 

 いつものように、図書館から帰ってきた時だった。

 

「……おかあさん……?」

 

 ――部屋は。

 

 もぬけの殻になっていた。

 

 それが笑えるんだ。ちゃぶ台には一枚の、ごめんなさい、とだけ書かれた手紙が置かれているだけ。

 母の調度品は全部無くなっていて……

 ついでに、生活資金もほとんど持ってかれてた。

 あたしは、まだ二桁に達するか達さないかって時に。

 見事に孤児になってしまったってわけ。

 

 あぁ、子供心に感じていたよ。何かよくないことが起きていること。

 きっと良くないことを母はしていると。

 要はそれに、あたしという存在が邪魔だったってことだ。

 

 あたしは――この、僅かに父の残り香のある薄暗い部屋に、一人、取り残されたのだ。

 

 

 

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 独り。

 置いていかれたのだ。

 

 

 

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 幸い、大家さんは理解ある人で。

 居住を許可してくれるだけでなく、あたしでも出来る働き口を紹介してくれた。

 ウマ娘という自分の性質に、この時ほど感謝したことはない。

 普通の人間では考えられない力は、様々なバイトへの応募と合格を可能にした。

 

 やれることは全部やった――年齢に不相応でも。小さいことから、大きいことまで。

 我武者羅に働いて、なんとか日々を食い繋いでいた。

 

 光の片隅で。

 

 郊外で。

 

 陰ひなたに紛れながら。

 

 ただただ働き続けた。

 

 

 生きるために。

 死なないために。

 

 ただ、

 

 ただ、

 

 あたしなりにでも、走るために――

 

 

 

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 ……そんな生活が。

 しばらく続いたころだった。

 

「――なあ、お嬢ちゃん」

 

 そいつを見つけたのは。

 ……否。

 

 

「レースに、興味ねぇか?」

 

 

 そいつに、

 ()()()()()()()

 

 

 

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 ……震える両手を見つめる。

 自分の過去を、記憶を、思い起こす。

 そして、あたしは悟った。

 

「……はは」

 

 笑えてくる。

 笑ってしまう。

 あたしは自由になりたくて。自分なりに生きていきたくて。

 校長先生の言った通りに。

 望んだ未来に――追いつきたくて。

 掴み取りたくて。

 今まで我武者羅に、無茶苦茶に、働いて、働いて、走って、走って、生きてきたのに。

 結局そんなのは……あたしの望む未来の、どことも繋がっていなかったんだ。

 

 結局。

 

 結局、あたしに――

 

 

 

「……結局、あたしに……

 

 

 

 自由に生きる権利なんか……無かったんだ……」

 

 

 

「――、――」

 

 ……思い残すことはない。

 

 もう、生きようとも思わない。

 

 もう、いいや、なんでも。

 

 どうでもいい。

 

 終わろう。

 

 終えよう。この下らない命を。

 

 

 下らねえ人生を。

 

 

 

 ……あぁ。

 

 

 

 

 本当に。

 

 

 

 

 

 

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 下らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「――っ!!」

 

 その時。

 身体が、乱暴に動かされる。

 誰かに庇われ、突き動かされたのは。

 何となく、感じられた。

 

「――え」

「ここにいて!!」

 

 ……ミザールは。

 あいつは。

 それでも、それでもなお、あたしを庇って。

 反対側の、中央分離帯近くにあたしを寄せると。

 

 ひとり。

 通り過ぎた車の方へと、向かっていく。

 

 

 

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「――くっそ、しぶてえなあの野郎……!!」

 

 サングラスの男は、忌々しげに言う。

 

「もう用済みなんだからさっさとくたばれよ!!」

「兄貴、今の、あのおつきの女が邪魔しやがった。先にそいつを片付けるべきじゃ――」

「あぁ!? テメー俺に意見すんのか!?」

「す、すんません!!」

 

 助手席の男に怒号を飛ばし、彼はホームミラーを見据える。標的である『彼女』は、中央分離帯近くで呆然と座り込んでいた。

 

「……もう一度だ。それで駄目だったら――!!」

 

 ――と。

 彼は言いかけた。

 

「――!?」

 

 その言葉は。

 突如、天井から響いた轟音に遮られる。

 それは紛れもなく、何者かが、天井に荒々しく降り立った音だった。

 

「あ!? なん――」

 

「あの!!」

 

 彼らが状況を把握するのを待たず。

 それは現れる。

 それは開けっぴろげにされた窓、の上から、覗き込むように顔を出していた。

 

「!?」

「もういいんじゃないですか!?」

 

 驚愕に身を強張らせる男たちに、それは言う。

 サファイアミザールは。

 決死に、呼びかける。

 

「あの子はもう、十分過ぎるほど罰を受けました!! 十二分に過ぎるほど、悲惨に扱われました!! これ以上、これ以上ッ!! 一体何を贖えって言うんですかッ!!」

 

 彼らを、というよりも。

 まるで、神をでも、説得するかのように――

 

「もういいじゃないですかッ!! お願いします!! 終わりにしてあげてくれませんかッ!! あの子を――!!」

 

 言った。

 

 

「――あの子を、自由にしてあげてくれませんか!!」

 

 

「――何言ってっか、」

 

 それでも、男は。

 構わず、ハンドルを握り。

 

「わかんねえんだよ!!」

 

 勢いよく、車を発進させる。

 

 

 

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「う、わあああああぁぁっ!?」

「ミザール!!」

 

 その光景を見守っていたカペラは、思わずその場に立ち上がる。

 ミザールは車両の上、天井から振り落とされそうになるが、すんでのところで窓の縁を掴み、踏ん張る。

 

「お、おい――!」

 

 そんな彼女を乗せたまま。

 車は、蛇行を始める。

 

「離れろ、離れろやこの野郎!!」

「離さない――」

 

 物騒な車両音の中で。

 やり取りが、いやに鮮明に聞こえる。

 

 

「離さないっ!!」

「こんのうっとうしい――!!」

「絶対に――!!」

「――……」

 

 

 その声が。

 カペラの脳裏の記憶と、重なる。

 

 

 

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 河川敷で落ちかけたことがある。

 

 

『もー離せって。このままだとお前も巻き添えだぞー』

『いい!! それでもいい!! 離さない――』

 

 

 

 

 

 

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 それが。

 

 共鳴する。

 

 

『――絶対に――!!』

 

 

 

 

 

 

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「絶対にッ、

 

 離さないッ!!」

 

 

 

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 ……そして、ガーネットカペラは。

 

 人知れず、涙を流していた。

 

 

 

 

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 車は荒々しく蛇行する。

 このままでは吹っ飛ばされる、とサファイアミザールは考える。

 天井に上るところまでは良かったが。

 肝心の、そこからどうするか、までは、彼女は考えていなかった。

 

 ――ど、どうするどうするどうする……!!

 

 このままじゃ、と考えた先。

 彼女は、前方に何かを見る。

 

「――!!」

 

 それが何かを理解した時。

 全身と全霊と勇気と根性を振り絞り。

 車から、自ら飛び降りていた。

 

「――クソ、ようやく降りやがった!!」

 

 サングラスの男は、背後に目をやりながら、なおも忌々し気に言う。

 

「あの野郎タダじゃ――」

「――あ、兄貴兄貴兄貴ッ!!」

 

 と。

 その怒りの矛先を、彼女へも向けようとした――その刹那だった。

 

「あ? ――」

 

 声に反応し、前へと視線を向け直すも。

 時すでに遅し。

 

「――!!」

 

 彼の運転する車は。

 目の前から迫ってきていたパトカーと、正面衝突していた。

 

 

 

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「――おら出ろ!!」

「い、いってててて!!」

 

 男は、駆け付けた何人もの警察官によって車から引きずり出され、取り押さえられていた。

 

「お、おい!! けが人だぞ!! もっと丁重に……!!」

「はい深夜0時40分! 被疑者確保ォ!!」

「は、離せ、離しやがれッ!!」

「あ、兄貴ぃ~~……」

 

 手錠をかけてくる警察官に、男たちはもがきながら絶叫する。

 

「ッんで俺らだけなんだ!! 先にそこのガキどもを……!!」

「あぁ!? ガキ!? ……どこにいんだそんなの」

「はぁ!? 何言ってんだ、そこに……!!」

 

 と。

 男は、道路上に目を向けるも。

 

「……」

 

 そこには、既に誰もいない。

 件のウマ娘たちは、忽然と、姿を消していた。

 

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