トレセン学園正門に、黒塗りの車は停まる。
あの大男さんがまず先行してドアを開け、外の安全を確認した上で、私たちを導いてくれた。
「……ありがとう」
「ウス」
彼はそう言うだけ。だけなんだけど。その顔は、なんだか若干赤らんでいるように見えた。
……もしかして、照れてるのかな。見た目に似合わず、奥手な人なのかもしれない。
「……」
カペラちゃんは……
出ようとしないので。私が、その手を引く。
まるで人形みたいに、彼女は引かれるまま外に出てきて。
同じように、運転席から回ってきたトレーナーさんに、上着を被せられていた。
「一応な」
「……」
私が頷くと、彼の目は、大男さんに向けられる。
「……悪いな。報酬は――」
「イイ。イラナイ」
彼の言葉に、しかし、彼は言っていた。
「オンナノコ。フタリ。タビ。タノシカタ」
「……そうかい。そりゃよかった」
「あははは……」
……先の予想は当たってたらしい。な、なんだかこっちまで恥ずかしくなるな。私たち、まだまだちんちくりんなのに……
「クルマ。イツモノトコ、モドス」
「おう、頼むわ。……またよろしくな」
ウス、とだけ答え、彼は運転席に乗り込む。程なくして、車は私たちの前から走り去っていた。
「……行くぞ」
「……うん」
それを見送ってから。
私たちは、学園の敷地内へと踏み入る。
……カペラちゃんと共に。
そうして――学園の中を歩き、しばらく。
「――あ!」
裏口に当たる場所に辿り着くと、その人はいた。
「皆さん、ご無事で……!」
「たづなさん……?」
「だけではないぞ」
煌々と灯りが付く中を、裏口の縁に肩を預け、立つ人物がもう一人。
……秋川理事長は。
見るからに寝間着姿で。その顔は、明らかに不機嫌そうだった。
腕を組んだうえで、閉じた扇子を、ぺちぺちと上下させている……
「理事長……」
「……とっとと入れ」
「あ、あの……理事長」
……いつもと違う雰囲気に、私は気圧されながらも……念のため、聞いてみる。
「な、なんか、怒ってます……?」
「怒ってるに決まっとろうが」
すると彼女は、ものすっごいため息を吐き散らかして、言うのだ。
「
「ご……ごめんなさいぃぃ……」
……連絡は頼んでないんだけど。たぶんトレーナーさんか会長さんあたりが連絡してくれたんだろう。ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです……
「口論も小言も後でいいだろ。おら行け」
「はいぃぃ……」
トレーナーさんに促されるまま、中へと入る。通されたのは、誰も使っていないと思われるトレーナー室だった。
入室するなり……
「……」
カペラちゃんは。
部屋の片隅に、蹲る。
「……カペ――」
「のう、ミザールくんや」
「え――」
それを追いかけようとした時。
理事長に呼び止められ、振り向く。
「――う」
瞬間。
ぺちん、と扇子で頬を小突かれた。
「……お前はよくよく私たちを困らせてくれるなあ」
そう言って。
再び、ぺちん、とやられる。
「あう」
「学園の生徒として、もう少し考えて行動してほしいものなんだが? ん? ……何とか言えコラ」
「あう……」
ぺちん、ぺちん、ぺちん……と、何度も小突かれる。その行動は、痛くなかったけど、精神的には、結構クる攻撃だった。
「その頭の中。実は脳味噌じゃなくて八丁味噌でも入ってるんじゃないか? スープに溶かして飲んだら美味しそうだな? え?」
「う、あう……ご、ごめんなさいぃ……」
「謝って済むのなら、警察はいらんのだぞ?」
いや、もう。それは、もう。
本当に、仰る通りです……
「……お前も、何か話すことがあるんじゃないか」
そのさなか。
トレーナーさんが、カペラちゃんに話しかける。
……が。彼女は何も言わない。部屋の片隅で、蹲って、黙りこくっているだけだ。
「……理事長、その辺で」
「……、」
たづなさんに促され、ようやく理事長は扇子ぺちぺちをやめてくれる。代わりに……と言ったように、私を彼女の方へ振り向かせ、背中をやや乱暴に押していた。
……あとはお前の仕事だ、と。
言わんばかりに。
「……」
私は。
彼女の元に、歩み寄る。
目の前にしゃがみ込むけれど。
彼女は、それに顔を上げない。
「……なんなんだよ」
でも、気づいてはいるようで。
くぐもった声で、そう言い始めた。
「なんで……ここまでするんだよ……」
「……当たり前でしょ。何度も言ってるじゃん」
私は。
それに、努めて冷静に応じる。
「友だちだからって――」
「――それはお前が命を懸けていい理由にはならねえだろ!!」
程なく。
彼女は、堰を切ったように、口にしていた。
「なんでだよ……放っておけばいいじゃねえかよ。お前は、そこで生きていればいい。あたしのことなんか、気にしなきゃいいだろ。なんで……」
「……出来ないよそんなの」
でも。
出来っこない、そんなの。
「目の前で友だちが困ってるのに。見て見ぬふりなんて、私には出来ない」
「困ってるなんて決めつけんなよ!!」
彼女は、そこでとうとう、顔を上げる。
その眉は吊り上がり、憤怒に染まっていたけれど。
「あたしがいつ助けを求めた!? いつ救ってほしいって言った!? 言ってねえだろうが!! いつもいつも、周りの気持ちを、あたしの想いを、全部決めつけて、自分本位で物を進めやがって……!!」
その目からは。
涙が流れていた。
「お前にはわかんねえだろ!! あたしの気持ちなんか!!」
「……」
……あぁ。
なんか。
なんだろ。
「わかんねえのに、無理に関わってくんじゃねえよっ……」
なんか……
「もう、」
普通に。
「……放っておいてくれよ……」
……
……腹が立ってきた。
「……」
込み上げる熱を押し殺し。
わなわなと震える手を、握ることで抑え込む。
代わりに。
私は、大きく息を吸う。
「……わかんないよ」
そして。
彼女に、言い放った。
「――わかるわけないじゃん!!」
それは。私がバカだからとか。
察しが悪いから、とかじゃなくて。
それ以上に。
それ以上に――
そう、思うんだ。
「言ってくれなきゃ……わかんないよ……!!」
「……」
カペラちゃんは。
顔を上げる。
その目から、目を逸らさずに。
私は、言う。
「……言ってよ、カペラちゃん」
言う。
「大丈夫。聞くから。聞けるから。受け止められるから。助けられる、から」
言う。
「私たちの重荷なんて、気にしなくていいから! だから……」
言う……
「だから……お願い」
お願い。
「……話して。あなたのこと……」
「……」
彼女は。
目配せをする。
トレーナーさん。たづなさん。理事長さん。
そして……私。
その末、視線は下がり。
何かを迷うように、深めの呼吸をひとつ、ふたつ。
「……あ、」
彼女は。
絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「……あたし、の……」
自身の肩を抱き締め、凍えるように、身体を、震わせながら。
「あたしの、……人生は……」
……それでも。
それでも、ゆっくりと。
「……本当に……クソみたい、だったんだ……」
それを、話してくれた。
母親のこと。
北部校でのこと。
卒業した、後のこと。
ブラックレースに、参加したこと……
全部を。
時間をかけて、話してくれた。
「……」
「……」
「……」
「……」
私たちは、言葉を失い。
部屋の中を、鉛のような沈黙が支配する。
それをしばらく肌で感じて。
カペラちゃんは……自虐するように、笑っていた。
「巻き込めるわけねぇだろ……」
そして。
そんなことを、言い出すのだ。
「頼めるわけねぇだろ……助けてくれなんて……」
堰を切ったように。
「全部……全部、あたしが選んでやったことだ。あたしが望んで進んだ道だ。お前のように、お前らのように! 表舞台で成功してる連中を引きずり下ろすようなことが、出来るわけがねぇだろ!!」
言葉が。
感情が。
彼女の口から、溢れ出る。
「不幸なのは、あたしだけでいいんだよ……」
言う。
「あたしが不幸なお陰で、お前らが幸福なら、それでいいんだよ」
言う。
「……もう、いいんだよ。あたしに、そうなることなんて出来ない」
言う――
「あたしに……自由になる権利なんか――」
「――カペラちゃん。顔上げて」
……それに。
私は。
「なに――」
感情を。
抑え切れなかった。