16年度の卒業生   作:Ray May

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セイリオス p3

-◆◇◆-

 

 

 

 トレセン学園正門に、黒塗りの車は停まる。

 あの大男さんがまず先行してドアを開け、外の安全を確認した上で、私たちを導いてくれた。

 

「……ありがとう」

「ウス」

 

 彼はそう言うだけ。だけなんだけど。その顔は、なんだか若干赤らんでいるように見えた。

 ……もしかして、照れてるのかな。見た目に似合わず、奥手な人なのかもしれない。

 

「……」

 

 カペラちゃんは……

 出ようとしないので。私が、その手を引く。

 まるで人形みたいに、彼女は引かれるまま外に出てきて。

 同じように、運転席から回ってきたトレーナーさんに、上着を被せられていた。

 

「一応な」

「……」

 

 私が頷くと、彼の目は、大男さんに向けられる。

 

「……悪いな。報酬は――」

「イイ。イラナイ」

 

 彼の言葉に、しかし、彼は言っていた。

 

「オンナノコ。フタリ。タビ。タノシカタ」

「……そうかい。そりゃよかった」

「あははは……」

 

 ……先の予想は当たってたらしい。な、なんだかこっちまで恥ずかしくなるな。私たち、まだまだちんちくりんなのに……

 

「クルマ。イツモノトコ、モドス」

「おう、頼むわ。……またよろしくな」

 

 ウス、とだけ答え、彼は運転席に乗り込む。程なくして、車は私たちの前から走り去っていた。

 

「……行くぞ」

「……うん」

 

 それを見送ってから。

 私たちは、学園の敷地内へと踏み入る。

 ……カペラちゃんと共に。

 そうして――学園の中を歩き、しばらく。

 

「――あ!」

 

 裏口に当たる場所に辿り着くと、その人はいた。

 

「皆さん、ご無事で……!」

「たづなさん……?」

「だけではないぞ」

 

 煌々と灯りが付く中を、裏口の縁に肩を預け、立つ人物がもう一人。

 ……秋川理事長は。

 見るからに寝間着姿で。その顔は、明らかに不機嫌そうだった。

 腕を組んだうえで、閉じた扇子を、ぺちぺちと上下させている……

 

「理事長……」

「……とっとと入れ」

「あ、あの……理事長」

 

 ……いつもと違う雰囲気に、私は気圧されながらも……念のため、聞いてみる。

 

「な、なんか、怒ってます……?」

「怒ってるに決まっとろうが」

 

 すると彼女は、ものすっごいため息を吐き散らかして、言うのだ。

 

 

深夜一時(こんな時間)に叩き起こされたんだからなッ!」

「ご……ごめんなさいぃぃ……」

 

 

 ……連絡は頼んでないんだけど。たぶんトレーナーさんか会長さんあたりが連絡してくれたんだろう。ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんです……

 

「口論も小言も後でいいだろ。おら行け」

「はいぃぃ……」

 

 トレーナーさんに促されるまま、中へと入る。通されたのは、誰も使っていないと思われるトレーナー室だった。

 入室するなり……

 

「……」

 

 カペラちゃんは。

 部屋の片隅に、蹲る。

 

「……カペ――」

「のう、ミザールくんや」

「え――」

 

 それを追いかけようとした時。

 理事長に呼び止められ、振り向く。

 

「――う」

 

 瞬間。

 ぺちん、と扇子で頬を小突かれた。

 

「……お前はよくよく私たちを困らせてくれるなあ」

 

 そう言って。

 再び、ぺちん、とやられる。

 

「あう」

「学園の生徒として、もう少し考えて行動してほしいものなんだが? ん? ……何とか言えコラ」

「あう……」

 

 ぺちん、ぺちん、ぺちん……と、何度も小突かれる。その行動は、痛くなかったけど、精神的には、結構クる攻撃だった。

 

「その頭の中。実は脳味噌じゃなくて八丁味噌でも入ってるんじゃないか? スープに溶かして飲んだら美味しそうだな? え?」

「う、あう……ご、ごめんなさいぃ……」

「謝って済むのなら、警察はいらんのだぞ?」

 

 いや、もう。それは、もう。

 本当に、仰る通りです……

 

「……お前も、何か話すことがあるんじゃないか」

 

 そのさなか。

 トレーナーさんが、カペラちゃんに話しかける。

 ……が。彼女は何も言わない。部屋の片隅で、蹲って、黙りこくっているだけだ。

 

「……理事長、その辺で」

「……、」

 

 たづなさんに促され、ようやく理事長は扇子ぺちぺちをやめてくれる。代わりに……と言ったように、私を彼女の方へ振り向かせ、背中をやや乱暴に押していた。

 ……あとはお前の仕事だ、と。

 言わんばかりに。

 

「……」

 

 私は。

 彼女の元に、歩み寄る。

 目の前にしゃがみ込むけれど。

 彼女は、それに顔を上げない。

 

「……なんなんだよ」

 

 でも、気づいてはいるようで。

 くぐもった声で、そう言い始めた。

 

「なんで……ここまでするんだよ……」

「……当たり前でしょ。何度も言ってるじゃん」

 

 私は。

 それに、努めて冷静に応じる。

 

「友だちだからって――」

「――それはお前が命を懸けていい理由にはならねえだろ!!」

 

 程なく。

 彼女は、堰を切ったように、口にしていた。

 

「なんでだよ……放っておけばいいじゃねえかよ。お前は、そこで生きていればいい。あたしのことなんか、気にしなきゃいいだろ。なんで……」

「……出来ないよそんなの」

 

 でも。

 出来っこない、そんなの。

 

「目の前で友だちが困ってるのに。見て見ぬふりなんて、私には出来ない」

「困ってるなんて決めつけんなよ!!」

 

 彼女は、そこでとうとう、顔を上げる。

 その眉は吊り上がり、憤怒に染まっていたけれど。

 

「あたしがいつ助けを求めた!? いつ救ってほしいって言った!? 言ってねえだろうが!! いつもいつも、周りの気持ちを、あたしの想いを、全部決めつけて、自分本位で物を進めやがって……!!」

 

 その目からは。

 涙が流れていた。

 

「お前にはわかんねえだろ!! あたしの気持ちなんか!!」

「……」

 

 ……あぁ。

 なんか。

 なんだろ。

 

「わかんねえのに、無理に関わってくんじゃねえよっ……」

 

 なんか……

 

「もう、」

 

 普通に。

 

「……放っておいてくれよ……」

 

 

 ……

 

 

 

 ……腹が立ってきた。

 

 

 

「……」

 

 込み上げる熱を押し殺し。

 わなわなと震える手を、握ることで抑え込む。

 代わりに。

 私は、大きく息を吸う。

 

「……わかんないよ」

 

 そして。

 彼女に、言い放った。

 

 

「――わかるわけないじゃん!!」

 

 

 それは。私がバカだからとか。

 察しが悪いから、とかじゃなくて。

 それ以上に。

 それ以上に――

 そう、思うんだ。

 

「言ってくれなきゃ……わかんないよ……!!」

「……」

 

 カペラちゃんは。

 顔を上げる。

 その目から、目を逸らさずに。

 私は、言う。

 

「……言ってよ、カペラちゃん」

 

 言う。

 

「大丈夫。聞くから。聞けるから。受け止められるから。助けられる、から」

 

 言う。

 

「私たちの重荷なんて、気にしなくていいから! だから……」

 

 言う……

 

「だから……お願い」

 

 お願い。

 

「……話して。あなたのこと……」

「……」

 

 彼女は。

 目配せをする。

 トレーナーさん。たづなさん。理事長さん。

 そして……私。

 その末、視線は下がり。

 何かを迷うように、深めの呼吸をひとつ、ふたつ。

 

「……あ、」

 

 彼女は。

 絞り出すように、言葉を紡ぐ。

 

「……あたし、の……」

 

 自身の肩を抱き締め、凍えるように、身体を、震わせながら。

 

「あたしの、……人生は……」

 

 ……それでも。

 それでも、ゆっくりと。

 

「……本当に……クソみたい、だったんだ……」

 

 それを、話してくれた。

 

 

 母親のこと。

 北部校でのこと。

 卒業した、後のこと。

 ブラックレースに、参加したこと……

 全部を。

 時間をかけて、話してくれた。

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 

 私たちは、言葉を失い。

 部屋の中を、鉛のような沈黙が支配する。

 それをしばらく肌で感じて。

 カペラちゃんは……自虐するように、笑っていた。

 

「巻き込めるわけねぇだろ……」

 

 そして。

 そんなことを、言い出すのだ。

 

「頼めるわけねぇだろ……助けてくれなんて……」

 

 堰を切ったように。

 

「全部……全部、あたしが選んでやったことだ。あたしが望んで進んだ道だ。お前のように、お前らのように! 表舞台で成功してる連中を引きずり下ろすようなことが、出来るわけがねぇだろ!!」

 

 言葉が。

 感情が。

 彼女の口から、溢れ出る。

 

「不幸なのは、あたしだけでいいんだよ……」

 

 言う。

 

「あたしが不幸なお陰で、お前らが幸福なら、それでいいんだよ」

 

 言う。

 

「……もう、いいんだよ。あたしに、そうなることなんて出来ない」

 

 言う――

 

「あたしに……自由になる権利なんか――」

「――カペラちゃん。顔上げて」

 

 ……それに。

 私は。

 

「なに――」

 

 感情を。

 抑え切れなかった。

 

 

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