パンッ
「……」
……あー。
痛いんだな。
やった人も。
……
「……何が」
カペラちゃんは。
私の平手打ちを受けた彼女は。
顔を逸らしたまま、こちらを向かない。
「何が……自分勝手だよ……」
でも私は。
私は――
「――っ」
彼女へと。
「――あんたの方がッ、ずっとずっと勝手だよッ!! この大ばか野郎ッ!!」
ありったけの言葉を。
思いの丈を。
ぶつけた。
「なんでっ……なんでっ、そうやって、全部全部抱え込もうとするのっ……」
単に、彼女にぶつけるだけでなく。
「なんで、言ってくれないの。なんで、伝えてくれないの。なんで、なんで背負わせてくれないの!? 迷惑だとか勝手だとか、そんなの今更でしょッ!!」
自分にも。
言い聞かせてるように。
「私たちッ……」
戒めるように。
しっかりと、強く、噛み締めて。
「……友だち……でしょ……」
「……」
カペラちゃんは、こちらを向く。
その瞳は、既に泣き腫らしていて、見ていられないほど、酷かったけど。
でも。
目を、逸らさなかった。
正面から。
その目と、相対した。
「……私はね」
そして――言うのだ。
「カペラちゃんの為なら、どこへだって行くよ。どんな危険だって、犯すよ。今日みたいに……そこが家の犬小屋だろうと、月の裏側だろうと。友だちを、助けるためなら。だから……だから。
難しいことなんて……何も、いらなかったんだよ。難しく考えることなんて……無かったんだよ。
言ってくれて……良かったんだよ。助けてほしいなら。救って、ほしいなら……遠慮せずに。躊躇せずに。ただ、ただ、一言だけ……
……
助けて、って……」
……部屋の中は。
変わらず、以外の言葉がない。
でも私は……背後。扉の傍に立つ、小柄で――でも、何よりも頼りある存在へと、意識を向けた。
「……そうです、よね……理事長」
「……」
理事長さんは、すぐには答えなかったが。
私には……その先に、望む答えがあるという、不思議な確信が、あった。
「……、まぁ、学園も孤児院ではないからな。相応に頑張ってもらう必要はあるが」
それを証明するように。
理事長さんは、答えた。
「全てのウマ娘が、安寧に、自由に暮らせるよう、適切に導くことが、我らの使命だ。……そのためなら、喜んで手を貸そう」
「……で……も……」
母のような。
そんな暖かな言葉に、それでもカペラちゃんは、突っかかりがあるみたいで。
「それ……でも。あたし……そんな……金なんか……」
「……お前、あのオンボロアパートに住んでんだろ。融通利かせといてやる」
口を開いたのは。
トレーナーさんだった。
「あそこの管理人とは、個人的な付き合いがある。あいつ
だから、と。一息置いて。
「あとは……お前次第だ」
「……」
……彼女は。
目を見開いている。
その瞳は困惑に染まり切っていて。
小洒落た建前も、剥がれ切っていて。
迷っているようにも。
拒む理由を、探しているようにも、見えた。
「……で」
私は……そんな、不器用な、歪んだ優しさを。
「で……も……」
「……カペラちゃん」
ぶっきらぼうな強がりを。
「……」
もう一度。
真っ直ぐに、見つめ直して。
……思い出すのは。
遠い日の記憶だ。……
――夏休みが終わって。
カペラちゃんは、頓狂なことを言う。
「――いやー、やべーわー、宿題終わってねーわー!!」
あからさまに、わかりやすく、聞こえるように、言う。
「やべーわー!! マジやべーわ!! このままじゃ先生に怒られちゃうわー!! いやー!! まずいわー!! ……」
「そうなんだー」
「……」
「……」
「いやそこは手伝うよって言えよ!! 親友が困ってんだぞ!!」
「えー? ごめーん。私バカだからワカンナーイ。言ってくれなきゃわかんないよー」
「言ってみ? カペラちゃん」
「私に、どうしてほしいか」
「……っ」
「――くれ」
「ん?」
「――だあぁぁ、もぉ!!」
「……助けて、くれ」
「あたしの宿題。手伝ってくれっ」
「――うんっ」
「いいよっ」
――助けてあげる!
「――……」
私は。
目の前のその姿に、手を伸ばす。
そして。
そっと。
その身体を、抱き締めていた。
……あぁ。
ようやく。
触れられた。
「――っ」
瞬間。
嗚咽が、漏れ始める。
「――ぁ、ぁああああぁ……」
カペラちゃんは。
私の腕の中で、泣く。
「ッ、あああぁぁぁぁぁッ……!!」
堰を切ったように。
彼女は……声を上げて、泣いていた。
……私も。
涙が流れるのを感じながら。
震える小さな身体を、抱き締め続けた。