16年度の卒業生   作:Ray May

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静かな誓い

-◆◇◆-

 

 

 

「……なるほど」

 

 生徒会室にて。

 会長さんに呼び出された私は、その日起きた一連の出来事を報告していた。

 

「それはなんというか……とんでもない体験をしたな」

「えぇもう……生きた心地がしませんでした……」

 

 会長さんは、苦笑いを浮かべる。私もまた、そんな風に答えるしかない。もうなんか、それ以外に、適当な言葉が見つからなかった。

 今思い出してみても、自分を褒め称えたいほどだ。あんな……あんな、戦場を。よくもまぁ、気合いと勇気だけで走り抜けたなぁ……

 

「……件の『サングラスの男』。今回の件に加えて余罪多数で、すぐに訴追されるとのことだ。ここら一帯のブラックレースを取り仕切っていたのも彼だったようでね。それに関連する噂もめっきり消えた……実際、どのような判決になるかはわからないが。まぁ、もう、私たちの前に現れることはないだろう」

「……あの人は」

 

 続けられた報告に、安堵するも。疑問までもは消えない。

 

「結局、何者だったんでしょうか」

「さぁね。ただ、そんじょそこらの犯罪者とは、明確に違うことだけは確かだ。悪木盗泉……『彼女』にも事情はあったろうが、やはり『真っ当に』生きることだけは忘れないようにしないといけない。藪をつついて、竜が出ることもある」

「……肝に銘じます」

 

 まぁ、ここいらのブラックレースそのものが消えたとなれば、その筋の人と関わることも自ずとなくなる。きっと『あの子』も……もう、闇に身を投じることはなくなるだろう。

 あんな掃き溜めに。

 行くことは……なくなるだろう。きっと。

 

「……本当に凄いよ、君は」

 

 と、思っていると、会長さんは言っていた。

 その瞳は……あの時。寮から出ていく時と、同じ色をしていた。

 

「私もシリウスも、こういった道を踏み外したウマ娘を、出来る限り導いてきたつもりだった。それでも……私たちの手はあまりに小さく、取りこぼしは絶対に出てくる」

「……」

 

 それは。

 いつかに、シリウスさんの言っていたことと、同じだった。

 

「そういった彼女らの最後は悲惨なもので、堕ちて、堕ちて、堕ち続けて、誰からも救われないまま……闇の中で、ひっそりと消えていくしか、なかったのに。

 君は、そんな闇に溺れていたご友人を、見事に連れ戻してみせた。これは誰にでも……出来ることじゃない」

 

 そこで、彼女は立ち上がり。

 

「……私からも、礼を言う。ありがとう」

「そ……そんな」

 

 仰々しく、一礼する彼女に――

 私は、慌てて手を振った。

 

「顔上げてください! わ、私はただ、自分にやれることをやっただけで……!!」

 

 それは、会長さんともあろうものが、頭を下げないでくれ、というのもあったけど。……同時に。

 

「……私ひとりじゃ、出来なかったことです」

 

 そう。

 ひとりじゃ……出来なかった、ことだから。

 

「会長さんが……みんなが。助けてくれたからです。私だけじゃ、絶対に、助けられませんでした。だから、だからその、この成功は、えーっと」

 

 言葉を選んで、吟味して、なんとか紡ぎ出す。

 

 

「――みんなのものです!」

 

 そう――みんなのもの、だった。

 

「ですからその、会長さんも、胸張ってください! ね! あ、いや、これじゃ明るすぎかな……」

「……ははは」

 

 会長さんは、優雅に笑うって。

 顔を上げる。

 それにつられて、私も、笑ってしまった。

 

「そうだな。これは……みんなの功績だ。ゆめゆめ……忘れないようにしよう」

「そ、そうですよ。そうすればみんな幸せです!」

「――だがそれはそれとして」

 

 ……が。

 会長さんの目は、そこで、威厳あるものに変わる。

 次いで腕を組んだのも見て、感じる。これから――説教を。

 小言を言われる、と。

 

「……今後。あのような危険な場所へ赴くことは、絶対にしないように。いいな?」

「……はぁい……」

 

 まぁ、言われなくとも、行くことはないとは思うけど。

 それでも、全部は一筋縄じゃいかないな、と思うと。出てきた声は、自然と、申し訳なさで、縮こまってしまった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 しょりしょりと、林檎の皮を剥く音が響く。

 静謐なその病室に響く音はそれだけであり、他には何もない。

 強いて言えば、時折廊下を通りがかる人の靴音くらいだ。

 ならばそこには誰もいないのか、と言われると、そういうわけではなく。

 そこの住人は、ベッドから上半身を起こし、窓の外を見つめていて。

 もう一人が、その傍らの丸椅子に腰かけ、チェストに置いた皿の真上で、林檎を剥いている、というだけの話だった。

 林檎を剥くその人物は――長さを増していく皮を見つめて、自分の髪の色に似ているな、などと、冗談半分に考える。

 

「……」

「……」

 

 会話はない。

 お互い、存在を認知していないかのようだ。

 林檎の皮が途切れ。皿にぽとりと落ちる。

 

「……なんで生きてんだ、って思ってんだろうな」

 

 そこで、ベッドの人物が――

 少女が。

 特徴的な耳を頭部から生やした、ミディアムロングの茶髪の彼女が――口を開く。

 

「……」

 

 それに、林檎を剥く少女も――

 赤髪に、同じような耳を頭部から生やした、彼女も応じる。

 

「どうしてそう思うんだ」

「どうしてそう思わないって思うんだ」

 

 それを聞いて。

 弾かれたように、ベッドの少女が振り向いた。

 片目を覆い隠すように包帯が巻かれている、痛々しい見た目ではあったが。

 隠されていないもう片方の目からは、鋭い眼光が放たれていた。

 

「……」

 

 赤髪の少女は。

 ガーネットカペラは。

 思わず林檎の皮を剝く手を止めていたが、それに怖気付いたわけではない。

 一瞥して。

 再び、視線を林檎に向ける。

 

「……ちっ」

 

 少女は忌々しげに舌打ちし、再びその目を、窓の方へと向けた。

 

「情けねえ話だぜ。追いついたはずなのに……追い越したはずなのによ」

「お前は昔から前しか見なさ過ぎなんだよ。あと浮かれすぎ。もっと冷静になったらどうだ」

「けっ。勝者の余裕かよ」

「勝者」

 

 再び。

 林檎の皮が、更に落ちる。

 

「……何の?」

「あ? 決まってんだろ。ブラック――」

「レースは中止になった」

 

 カペラは、当時のことを思い出す。

 

「おっさんもその仲間も、片っ端からお縄についた。トロフィーも、賞金もない。……無効試合だ」

 

 彼女は、そう言いながら、林檎の皮を剝き終える。

 

「でもだからっつって、全てが無かったことになるわけじゃない」

 

 続けて、林檎の実を、器用に切り捌いていく。

 

「あの日あったことは……全部事実だ」

「はっ……そうだな。アタシが無様に負けたのも、お前がみんなを置いてったのも、全部――」

「それだけじゃない」

 

 精一杯の皮肉を込めて。

 投げかけられた言葉にも、カペラは動じない。

 

 事実だ。

 全部事実だ。無かったことになど出来ない。

 だからこそ。

 だからこそ――

 

 

「あの日……あの時。お前があたしを追い越したのも……事実だ」

 

 

 一瞬でも。

 ほんの少しでも、自分を追い抜いたのも――また、事実だった。

 

 少女は何も言わない。

 カペラに背を向けたままだったが。

 カペラは、それを気にせず、林檎を切り揃え終えると、使用していた十徳ナイフをポケットに仕舞った。

 そして。

 丸椅子から立ち上がる。

 

「……待てよ()()()

 

 それを肌で感じたのか、ベッドの少女は、病室から退室しようとするカペラに振り向く。

 

「アタシは諦めねえぞ。逃げるお前に絶対に追いついて、追い抜いてやる」

 

 忌々しく。

 親の仇であるかのように、言う。

 

「絶対に――」

「……フード?」

 

 だが。

 カペラは、振り返らずに、言うのだ。

 

「誰だそれ」

「は? 何言って――」

()()()()()()()()

 

 怪訝そうに返す彼女に、彼女は言う。

 

「あの日……あそこで死んだ。ここにいるのは、フードじゃない」

 

 もはや揺るがない、決意と共に。

 

「――あたしはカペラ。ガーネットカペラ」

 

 もはや――

 変わることのない、事実を。

 

「他の誰でもない……ガーネットカペラだ」

「……」

 

 凛然とした言葉に、ベッドの少女は言葉に詰まる。それでも、カペラは振り向かない。

 目線を、扉に向けたまま。

 

「……あたしは逃げてねえ」

 

 彼女に、背中で、語る。

 

「自分のぶち当たったクソみたいな現実から、逃げた覚えなんて一度もねえ。これまでも、これからもだ」

 

 悲痛な過去。

 

「あたしは走ってる。いつでも。お前のほんの数歩先を」

 

 悲惨な記憶。

 

「だから……またいつか。追い抜いてみせろ」

 

 それらに、思いを馳せながら。

 

「……今度は」

 

 ――噛み締めながら。

 

「真っ当なやり方で」

 

 ――カペラは。

 少女からの返事を、待たなかった。

 

 

「じゃあな」

「……」

 

 

 彼女はそのまま、病室から立ち去る。

 硬い靴音が遠ざかる中で。

 少女は、ひとり、自虐的に笑った。

 

「……真っ当なやり方で、だ?」

 

 落とした視線の先。

 あまりにも小さな、自分の掌を見つめ。

 

「そんなの……」

 

 それでも、そこに伺えた感情は。

 諦めではなく。

 

 

「……言われなくても、だ」

 

 

 ()()()()

 真っ直ぐな色が、見て取れた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 校長の言葉が、ふと脳裏を過ぎっていた。

 未来を追い込め。

 研鑽を積み。

 追い付け。……彼はそう言ってくれた。

 結果としてあたしは、その言葉通りに生きていた。

 自分の思うがままに走って。

 研鑽と努力を積んで、追い付いた未来を掴もうとしていた。

 

 ……でも危うく。

 掴んじゃいけないものまで、掴むところだった。

 

「……」

 

 ……本当に。

 面倒な友達を持ったものだ。

 あんだけ拒絶したのに。あんだけ突き放したのに。何度も、何度も、諦めずに、関わってきやがって。

 

 あんなに来られたら。

 あんなに迫られたら。

 

「……断り切れねえよなぁ」

 

 いいだろう。

 付き合ってやる。

 これから振り回すだろうし、面倒も起こすかもしれない。

 でももう――さんざん振り回されたし、面倒にも巻き込まれたんだ。

 

 ――少しくらい、いいだろ?

 

 

「……あ」

 

 なんて思った、足の向かう先。

 自分の、ボロの住処の前に、あたしは、見知った人影を見ていた。

 女性にしては長身のその人物が、竹箒で地面を掃いている。

 

「……大家さん」

 

 声を掛けると。

 彼女は、こちらに振り向いていた。

 

「あら、カペラちゃん……お帰りなさい」

 

 妖艶で、なぜだかどこか安心しているように聞こえる、その声に。

 

「……ん」

 

 あたしも、照れ臭いながらも、返した。

 

「……ただいま」

 

 

 

Uma-Musume

Graduate of 16

Act.2

Deeper than Dark

どこよりも深い闇の底で

 

-End-

 

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