16年度の卒業生   作:Ray May

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眠れる獅子 p2

-◆◇◆-

 

 

 

 勝利。

 

 それは何物にも代えがたい名誉であり、栄光。

 受け取った者は、もぎ取った者は、喜びと嬉しさに溢れ、祝福と共に、哀しさとは無縁となる。

 

 徹頭徹尾、明るいものである――そう信じて疑わなかった。

 

 実際、そうだったはずだった――今までは。

 

 ……なのに。

 

 

「……だ、大丈夫ですかー……?」

 

 

 その日の食堂で。

 項垂れる私に話しかけてくれるのは、正面に座るスペさんだ。

 声色は見るからに――『聞くからに』心配そう。まぁ、こんな風にあからさまに項垂れてたら、誰でもそんな声になるか……

 

 

「……あい。大丈夫っす……」

「大丈夫そうには聞こえないけど……」

 

 

 呆れたように言うのは、その隣に座るテイオーさんだ。

 

「なーんでまたそんな落ち込んでんの? 弥生賞勝ったんでしょ? もっと喜ぶべきじゃない?」

「何か悩みがあるのでしたら、相談に乗りますよっ」

「あー……いや。悩んでる、とかじゃなくて……」

 

 カペラちゃんを巡る騒動が脳裏をよぎったのだろう。スペさんは気合十分に言ってくれるけれど、正直、そういうわけではない。

 別に……そう。悩んでる、とかじゃないのだ……

 

 

「……勝つのって、楽しいだけじゃないんだなーって」

 

 

 そう。

 ただ、それだけなのだ。

 

「勝つ人がいるなら、負ける人がいるのはわかってたけど。目の前で泣かれるのは複雑っていうか……ただ、だからって謝るのなんて、絶対違うってわかってるし……」

「うわー……女の子泣かせたんだ」

「い、いや、泣かせたわけじゃないですよ!? 勝手に泣いただけ――ってあぁ! この言い方も地雷になる!!

「あははは……じゃあ、それでちょっと落ち込んでたってことですか?」

「……そんなとこです」

 

 思い出せば思い出すほど、あの時のチヨノオーさんの顔が色濃く思い出される。勝たなきゃよかった……とまでは思わないけど。なんか、重いというか。

 手放しで喜ぶことが出来ないな、と。

 

「なんか……本当にこう……複雑な気持ちです……」

「そりゃそーだよ。よーやく実感湧いた?」

 

 そんな私に、テイオーさんは言う。彼女は、心配そうなスペさんとは対照的に、紙パックのオレンジジュースを吸いながら、どこか達観したような目をしていた。

 

「……勝つっていうのは、負けた人の想いを背負うこと。その重さは、名誉の大きさに比例して増していく。三冠路線みたいな連戦が特に偉業だって言われるのは、そんな重さを背負い続けなくちゃいけないからだよ。

 相手を思う気持ちがあるのはわかるけど――思うからこそ、しっかり勝利の重圧を背負っていかなくちゃ。……勝負に勝つっていうのは、そういうことだよ」

 

「……さすが、『無敗のクラシック三冠』は違いますね」

「もォ~、そんな褒めないでよぉ~。褒めても何も出ないよ?」

 

 とはいえ、心底嬉しそうにくねくねするテイオーさん。小さな体躯に、幼げな言動の目立つ彼女だけれど――そこには、並々ならぬ精神性が見え隠れする。

 

 

 無敗で、クラシック三冠。

 

 

 想像しただけでも、凄まじい重圧――決して容易なことじゃない。

 にも関わらず、それを掴み取ってきた彼女。

 次期『皇帝』の名は伊達じゃない、ってところか。

 

「じゃあ、三冠路線には挑戦しないんですか? 重圧どうこう、というお話なら、ちょっと厳しそうですけど」

「でも、苦手って言って挑戦しないままだったら、ずーっと出来ないまんまだよ? 苦手だからこそ、敢えて挑戦すべきじゃない?」

「……ごめんなさい。考えたことも無かったです……」

 

 ずる、と緩くずっこける二人。でも仕方ない。本当にそんなこと、考えたことも無かったから。

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック三冠。

 桜花賞、オークス、秋華賞のトリプルティアラ。

 

 そっか。雲の上の話、と勝手に思ってたけど。私も、今年で『クラシック級』。

 挑戦しようと思えば、出来るのか……

 

「……」

 

 ……相談。

 してみようかな……

 

 

「――まぁ、相談だけでもしてみたら? 君んとこのトレーナー、なんだかんだで物分かり良さそうだし」

「そうですよ! 物は相談です! まずはお話を――」

 

 

 ……と。

 スペさんは、手を叩いて返事をする。が、それが途中で途切れたのは……

 その声が、ここに居合わせている、誰のものでもなかったからである。

 

「……」

 

 一瞬の間を置いて。

 

「――!?」

 

 私たちは、勢いよく、その声の方向に振り向いていた。

 

「おっ、いい反応。良かった良かった。忍び足でやって来た甲斐があったってもんだよ」

 

 悪戯っぽい笑みと、端麗で、大人びた容姿。長い茶髪に、“CB”というアルファベットを象った装飾の光る、白いミニハット。

 

「し、シービーさん!?」

 

 予想だにしない人物の出現に、まず声を上げたのはスペさんだった。

 

「いつの間に!? ついさっきまでは……!!」

「そりゃそーだよ。ついさっき来たからね。本当は素通りするつもりだったんだけど、三冠っていう単語が聞こえてきたから。割り込みがてら驚かそうかなって」

「にしたってタイミング考えてよ……心臓止まるかと思ったよ、ボク」

「あははは。ごめんごめん」

「……」

 

 現れた彼女は、悪びれる様子はない。正しく、悪戯が成功した子供みたいに、無邪気に笑うだけだった。

 

 ミスターシービー。『皇帝』と同時期に、一世を風靡した名ウマ娘。

 

 今では引退し、飄々と学園生活を謳歌している、本来なら……私とは、そんなに関わりのない人。

 実際これまでは、校舎内ですれ違ったとしても、軽く挨拶を交わすか会釈するかくらいで、ゆっくり話す機会なんて一度もなかったんだけど。

 それが、先のカペラちゃんの一件以来、会うたびに絡んでくるようになり。

 今ではすっかり、お馴染みになってしまった。

 

 ……どうして絡んでくるようになったのかはわからない。確か、会長さんと結構仲がいいって話だったから。そこの繋がりなのかもしれない。

 それにしたって、絡んでくる理由にはならないとは思うんだけど……

 いやまぁ。別に嫌なわけじゃないから、いいんだけどさ……

 

「それで、三冠路線考えてるんだって?」

「あ……はい、これから相談するので、まだ何とも言えないですけど」

「そっか。でも、多少なりとも厳しい戦いになるから、覚悟はしといた方がいいと思うよ。どっちに進むにしろ、あと一ヶ月くらいしか準備期間が無いしね」

「まぁー、そうだよね。普通三冠目指すってなったら、遅くとも年始くらいから準備始めるもんだし」

「そ……そうなんですか」

 

 年始から――つまりは、三ヶ月くらいかけて準備するってこと。しかも遅くともってことは、意識の高い子は、それよりも前から準備してるってことだよね。

 そう考えると、シービーさんの言葉も、脅しでも何でもない。そんなにみっちりと準備してきた人たちに、たった一ヶ月で張り合う。うん……確かに、厳しい戦いになりそうだ。

 

「一ヶ月あれば、人は十二分に変われるからね。悲観しすぎなくてもいいと思うけど」

「でもでも、トリプルティアラってなると、スカーレットさんも出てくるんじゃないですか? すっごいレースになりそうですよ!」

「そういえば、今年のクラシック三冠は誰が目指すんだろ。ボクらのチームからは誰か出るんだっけ?」

「スカーレットさんもウオッカさんもトリプルティアラでしょうし、うちからは出ないんじゃないですか?」

「懐かしいなぁ。ルドルフにブライアン……今年はタキオンやカフェが目指すんだっけ。そこにキミまで飛び込んできたら、楽しいことになるだろうなぁ」

「……シービーさんも、クラシック三冠でしたっけ」

 

 訊ねてみると、彼女は爽やかに微笑む。それが全てだった。

 

「ちょっとちょっと! ボクのことも忘れないでよぉー!! カイチョー以来の無敗の三冠なんだからね!!」

「あははは。大丈夫大丈夫。ちゃーんと忘れてないよ」

「むぅ! なんかあやされてる気分!!」

 

 ……実際、柔らかい声色で言われてる辺り、あやしてるんだと思う。本当にこんな子が、会長さん以来の快挙を成し遂げて、世間を沸かせたんだからな。わからないものである。

 

「ま、どっちにしろ、おねーさんは見守らせてもらうとしますかね」

 

 と、そこでそう言って、シービーさんは立ち上がる。……もう立ち去るのかな。

 

「え。もう行っちゃうんですか?」

「うん。驚かせられて満足したから」

 

 どこか寂しげに言うスペさんに、シービーさんはそう返す。

 

「どっちに行くか決まったら教えてね。それじゃ!」

 

 で……そのまま、鼻歌を歌いながら、本当に立ち去ってしまった。その嵐……というより、春一番みたいな自由っぷりに、私たちは思わず顔を見合わせてしまった。

 

「……何しに来たんだろ、結局」

「さぁ……」

 

 何を考えているのか、よくわからない人。

 私の、彼女へのその印象は、そうそう変わりそうにはなかった。

 

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