16年度の卒業生   作:Ray May

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眠れる獅子 p3

-◆◇◆-

 

 

 

「三冠路線? あー……」

 

 

 放課後。トレーナー室にて。

 相談してみると、彼は答えていた。

 

「いいんじゃねーか。割とアリだと思うぞ」

「え――本当ですか!?」

「声がでけぇよ」

 

 ちょっと苛立たしげに息を吐いたトレーナーさんは、言う。

 

「今年の有マは見送るにしても、出走を確実にしておくに越したことはない。そのための地固めとして、三冠路線はアリだ。よしんば達成出来なくとも、上位に入賞出来れば十分名声になる。……なんだよその顔は」

「い、いや。だって、てっきり反対されるかと」

「反対する理由がねーだろバカ」

「ば、バカって……」

 

 も、もう。褒めるのか貶すのかどっちかにしてよ……

 

「ただどっちにしろ、簡単な話じゃねーぞ。特にトリプルティアラなんかは――同期のダイワスカーレットや、ウオッカなんかも出てくるだろうからな」

「承知の上です。……チヨノオーさんも、出てくるかもしれませんよね。場合によっては」

「いや。どうだろうな」

「……その心は?」

「あいつは日本ダービーを目標にしてるって聞く。それに長距離に適性が無いはずだから、三冠路線は見送るんじゃないか」

 

 なるほど。じゃあ、三冠路線を目指す場合は、あの子を意識する必要はないか。

 

 

「……で、どうする」

 

 

 思案する私に、トレーナーさんは改めて問いかけてきていた。

 

「本当に挑戦するか? 別にしなくても、足掛かりは――」

「――いえ」

 

 試すように言うトレーナーさんに、私は。

 口端が吊り上がる感覚を覚えながら――答えた。

 

「行きましょうよ、三冠!」

 

 そう。

 行こうよ――そっちに!

 少しでも――『面白そうな』方へ!

 

「名だたるみんなから、もぎ取ってやりましょう、勝利を!」

「……お前、さっきまでのアンニュイな感じはどこ行ったんだよ」

「へ!? あ、あー……で、でも、ほら! ま、まだ勝てるか、わかんないですし? あはは……」

 

 ……彼の言う通りかもしれない。さっきまで私、結構あの、複雑な感情を引きずっていたんだけどな。すぐそこに『楽しいこと』が見えたら、すっかり吹き飛んでしまった。

 結局は……そういうことなんだろうな。勝利によって、そんな気持ちになったとしても。それを投げ出すほどじゃない。

 楽しいことが第一で……なんというか。

 勝負バカ、なんだなぁ……

 

「けどまぁ、わかってると思うが、お前に関しちゃ、特別忙しくなるぞ」

 

 トレーナーさんは、言う。

 

「ただでさえ期間が短いのに……例の『お友だち作戦』もやってかなきゃいけないんだからな。気を引き締めておけ」

「……バカにしてます?」

「してます」

「うがー!!」

 

 淀みない答えに、思わず嘶きを上げてしまった。この人は。褒めるのか貶すのか、応援するのかしないのか、どっちかにしてってば。

 

「まぁー、お前の距離適性を考えたら、目指すとしたらクラシック三冠の方か」

 

 そんな私の苦情をよそに、トレーナーさんは言う。

 

「まずは直近の皐月賞だな。幸い、弥生賞と会場は同じだが――」

 

 言う。

 

「どっちかという日本ダービーのが問題だな。あっちはバランスのいい能力が求められるからな。小細工の利かない真っ向勝負に――」

 

 言う……

 

「――さっき言ったように、サクラチヨノオーが標榜する目標でもある。まず確実に出てくるだろうな。それでなくとも、有望株が入り乱れる混戦になるだろう。今からでも情報収集して……」

「……」

「……だから、なんだよその顔は」

「――あ、えと……」

 

 ……さっきは、ぽかーんと口を開けてしまったけれど。

 今度は、口元を綻ばせていた。

 トレーナーさんは怪訝そうというか……不愉快そうですらある顔をしていたけれど。

 私は、それを引っ込めなかった。

 

「……だって」

 

 そう、だって……

 

 

「つい三ヶ月くらい前までは……私のこと、道具みたいに扱ってたのに。こうしてちゃんと考えてくれるのが……なんか、嬉しくて」

「……」

 

 

 答えると。

 彼は、その表情を崩さないまま、浅く息を吐いた。

 

「……バカウマ」

「へ?」

「そこの雑誌取れ。あー、出来るだけ薄いやつ」

「……これ?」

 

 言われるまま、近くにあった薄い雑誌を取る。彼はそれを受け取り、くるくると丸めたかと思うと――

 

「――っ!?」

 

 ――ぱこーん、と。

 私の頭を、思い切り殴っていた。

 

「――ちょ、え!?」

 

 頭頂部に走る控えめな痛みに――湧き上がるのは、困惑だった。

 

「な、なんで!? なんで殴られたの今!?」

「いや、なんかムカついたから」

「さすがに理不尽過ぎない!?」

 

 ……やっぱり、答えなきゃよかったかも。

 心を許さなきゃよかったかも!! あぁー、もう! この天邪鬼!!

 

「そんなことより、『あいつ』はまだ来ないのか」

「いや話題転換雑すぎでしょ!! もうちょっとやりようあったよね!?」

「もう約束の時間から十分くらい経つぞ」

「っ……!!」

 

 ……これ以上取り合う気は無いらしい。特大のため息を吐いて、私はそれに応じた。

 

「……もうちょっとで来るんじゃないですか。『あの子』、時間にルーズだから――あ」

 

 と。

 その瞬間だった。

 どこか遠くから、荒々しい靴音が聞こえてきて。

 トレーナー室の前で、止まったのは。

 

「――すんませんっ!!」

 

 で。

 それから、荒々しく扉が開かれた。

 飛び込んできたのは――綺麗な、赤色の髪。

 

「遅れましたッ!!」

「おー」

 

 それを認めたトレーナーさんは、特に動じることなく応じる。見るからに怒っても無いわけだけど、その子の顔は……

 ……カペラちゃんは。

 心底申し訳なさそうに落ち込んでいた。

 

「別にいいぞ。このバカを指導してただけだから」

「で、でも、さすがに初日から遅れるのは……!」

「……っ」

 

 そんな彼女に――

 私は思わず、くすりと笑ってしまうけれど。

 

「……あぁ?」

 

 それまで、拾ってきた猫みたいな態度だった彼女は、急に眉を吊り上げて、ずい、と私の前に歩み出ていた。

 

「なんだお前。人のこと見て笑ってんじゃねーよ。何がそんなおかしいんだ?」

「いや……だって」

 

 改めて、カペラちゃんの見た目を確認する。

 彼女と言えば、いつもパンツルックで。

 ボーイッシュな服装が、板についていた。

 ……その服装は。

 今の出で立ちは……

 

「スカート――ガチで似合ってないなって」

 

 そう。

 彼女には、スカートルックは……あまりにも、似合っていなかった。

 

「は、はぁ!?」

 

 すると彼女は、熟れた果実にみたいに顔を赤らめて、言うのだ。

 

「開口一番言うのがそれかよ!? 別にいいだろ!! あたしだって着たくて着てるわけじゃねーんだよ!! こんなスースーする服!!」

「えー? 本当かなぁ。実は結構落ち着いてるんじゃないのー?」

「無茶苦茶言うな!! 慣れてたまるかこんな服!! ちっくしょう、こんだけでけぇ学園だから、指定の制服はあると思ってたけどさ……!!」

「駄目だよー、制服以外着ちゃ。見つかったら先生に絞られるからね?」

「なんでもいいけどテメーそのムカつく顔やめろよ!! あたしが苦しんでんのがそんな楽しいか!?」

「え~? まさかまさか。楽しんでなんかないよー。ちょっと面白いだけで」

「それを楽しんでるっつーんだよ!!」

 

 年月を経ても、大して変わらない。

 子供みたいなやり取りに、楽しさも笑いも、収められそうになかった。

 そういうわけで――カペラちゃんは。例の一件から、正式にこの学園の生徒として迎え入れられた。

 最後のブラックレースが、あんまりにも常識外れの規模だったから。庇い切れるのかどうか不安なとこはあったんだけど、そこは理事長さんの超権力でお咎めなしに。

 転入試験を含む諸々の手続きを終えて、登校を始めたのがついこの前。

 上手く馴染めるかどうか、ちょっと心配だったけど……見たところ、上手くやれているようである。

 

「はぁ……早く家に帰りたいぜ」

 

 ただ、まぁ。

 その慣れない服装は、今のところの彼女の、最大の不満点らしかった。

 

「こんなの、いい公開処刑だろ……」

「大丈夫大丈夫、そのうち私服もきゃるんってしたスカートになるから」

「絶っっっ対ごめんだ!!」

 

 彼女はあらん限りの力で拒絶するけど、どうだろう。ここの生徒の皆様方の手にかかったら、そうなっちゃってもおかしくない気がする。

 そういう方面の趣味に、目覚めちゃっても、不思議じゃない気がする……

 

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