16年度の卒業生   作:Ray May

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眠れる獅子 p4

「――はいはい。じゃあ痴話喧嘩はそこまでな」

 

 と、そこで、トレーナーが一つ拍手をする。それに弾かれて、私たちは彼の方に目を向けた。

 

「カペラも来たことだし、これからの方針を話すぞ」

「……つうか痴話喧嘩じゃねーし」

「まずカペラの話からだ」

 

 トレーナーさん、安定の無視だった。

 

「入学直後のカペラには、当然だがまだトレーナーが着いてない。別にそれ自体は問題じゃないんだが、これが長く続くのはあまりよろしくない……有マという大舞台が、既に目標に据えられてる以上な」

「すんません! 一応これでも探してるんすけど、なかなか……!」

「いや、気にするな。別に責めてるわけじゃない」

 

 っていうかカペラちゃん、さっきからなんか、カタギっぽくない振る舞いしてるけど。大丈夫かな。そういう立ち回りが板に着いちゃってんだろうか。

 

「……だからカペラ。お前は『チーム』に入れ」

 

 そんな彼女に、トレーナーさんは告げていた。

 

「そうするのが一番手っ取り早い。今や学園には、いくつもチームがあるからな。入るのもそう難しくないだろうさ」

「ち、チーム……?」

「なんだろうな。まぁ、この学園の救済制度、みたいなもんか」

 

 困ったように首を傾げるカペラちゃんに、トレーナーさんは説明する。

 

 

「いいか? まず、専属トレーナーのいないウマ娘は、トゥインクルシリーズに参入出来ない……だがトレーナーも無限にいるわけじゃない。頑張ってるのにトレーナーが付かず、出たいレースにいつまで経っても出られないウマ娘が必ず出てきてしまう。これはそれを憂いた秋川理事長によって定められた制度だ。

 

 チームは二人以上のウマ娘で構成されていて、一チームに一人トレーナーが着き、所属ウマ娘の面倒をまとめて見る。そうすることで、チームに所属しているウマ娘はトレーナーが着いていると見なされ、トゥインクルシリーズへの参入が可能になるんだ。トレーナーが複数のウマ娘を見なくてはならない都合上、どうしても練習の比率にバラツキが出ちまうが……」

 

 

「……でもトレーナー。それだったらうちでチーム組んだらいいんじゃないですか?」

 

 話を聞いて、訊ねてみる。

 

「その方が手間かからなそうですけど」

「……」

 

 それに、トレーナーさんは意味深に間を置いた。

 

 

「……それもそうだが。同じ目標を目指す以上、同じように指導されるのも面白くないだろ。どうせなら、別のトレーナーから、別の知見をもらった方がいい」

「……」

 

 

 ……なんだろ。

 今の意味深な間。ちょっと隙のある理屈。何か、まだ理由がありそうな感じがする……

 

「ともかく、そういうわけだ」

 

 私の疑問を解消する余地も与えず、トレーナーさんはつづけた。

 

「ただ、チームと一口に言っても、色々あるからな。まず見学から始めるか」

「……オススメとかないんすかね」

「オススメねぇ。お前がどういう指導を求めるかにもよるけど」

 

 ともかくとして、私も少し考えてみる。チーム。正直どれくらい数があるのか、わかってないけど。カペラちゃんに合いそうなチーム、かぁ。

 ……

 

「老舗のチームシリウス。エリート集団、チームリギル。新興勢力、チームカノープス。あとは……」

「……はい、トレーナー」

 

 ……と。

 ちょっと考えただけで、私はひとつ、思い至った。

 合いそうかどうかは、わからないけれど。

 声を掛けられそうなチームが――あったことに気付いた。

 

「ありました。心当たり、ひとつ」

「あるのか?」

 

 どこか意外そうに言う彼に、頷く。灯台下暗し、そんな言葉が脳裏を過ぎるのを感じながら。

 私は、そのチームの名前を口にした。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ……で。

 訪れた、そのチーム室は。

 物々しい空気に包まれていた。

 

「……じゃ、挨拶」

「お、おう」

 

 その空気にやや気圧されながらも、私はカペラちゃんの背中を軽く叩く。

 

「――は、はじめましてっ! ガーネットカペラといいます!! 本日は、こちらのチームに加入させていただきたく思いまして、伺いました! よろしくお願いします!!」

「……」

 

 返事はない。

 まるで壁に話しかけてるみたいな、重い沈黙。

 見ると。

『彼女ら』は……一心にこちらを見つめていた。

 

 

「……」

 

 担当トレーナーの、西崎さん。

 

「……」

 

 スペシャルウィークさん。

 

「……」

 

 トウカイテイオーさん。

 

「……」

 

 サイレンススズカさん。

 

「……」

 

 メジロマックイーンさん。

 

「……」

 

 ダイワスカーレットさん。

 

「……」

 

 ウオッカさん。

 

「……」

 

 ……あの、ゴールドシップさんまでもが。

 

 

 誰もが、一言も、喋らない……

 

 ……チームスピカ。

 個人的に数度だけ、この部屋を訪れたことはあったけど。

 ここまで不穏な空気に包まれていたことは、一度もなかった。

 

 私にあれだけ優しくしてくれたし、楽しい人たちばかりだし。きっと受け入れてくれる、と、思ってたんだけど。

 ど……どうしたことか。これは、私の思い違いだったか。

 実は、結構実力主義的なチームで。

 こんな気軽に、来てはいけない、場所だったのか……!?

 

「……っ」

 

 それでもカペラちゃんは。

 逃げ出さなかった。

 改めて、姿勢を正し、息を大きく吸うと。

 

「――こちらに入らせてもらった暁には!! 先輩方の雑用でも何でも喜んでお受けする所存です!! ですのでどうか!! ご一考を願います!!」

 

 深々と勢いよく頭を下げて、再度お願いしていた。

 傍から見ると、面接試験みたいな、さらに言えば、やっぱりカタギには見えない無茶苦茶仰々しい文句。

 

「……」

 

 にも関わらず。

 空気は、軽くならない。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……とばかりに、相変わらず、こちらを見つめ続けるばかりだ。

 

 ……や。

 やっぱり、まずかったのかな。新入部員なんて。

 ……半グレみたいな子が。

 このチームに、入ろうとするなんて……

 駄目、なのかな……

 

 

「――ねぇ」

 

 

 不安に思っていると。

 そう言いながら立ち上がったのは、テイオーさんだった。

 カペラちゃんは顔を上げ、歩み寄って来た彼女と目を合わせる。

 テイオーさんの纏う空気が、あまりに、威圧的で。私も思わず、姿勢を正していた。

 

「……一つ訊きたいんだけど」

「……はい」

 

 カペラちゃんの声も、自然、強張る。テイオーさんは、変わらず、高圧的に彼女を見つめ。

 

「――キミ、」

 

 そして――

 その、次の瞬間だった。

 

 

「――高速道路走ったって、本当!?」

 

 

 ……その、低く威圧的な声が。

 爛々と、いつものような、楽し気な声に変わっていたのは。

 

「……へっ?」

 

 その変わりように驚いたのか、カペラちゃんは頓狂な声を上げる。

 が、構わずにテイオーさんは、ぴょんぴょん飛び跳ねて、

 

「すごい、すごいよ!! あんなとこ、走りたくても走れないのにさ!! どうだった? 気持ち良かった!? ねぇねぇ、もっと詳しく教えてよっ!!」

「え、ちょ、その……」

「テイオー。()()はもっと丁重に扱ってやれ。ちょっと引いちゃってるだろ」

 

 困惑するカペラちゃんの元に、西崎さんが歩み寄ってくる。男前な笑顔で、彼は彼女を見下ろした。

 

「というわけで、ようこそチームスピカへ。歓迎するぜ、新人ちゃん」

「は、え……?」

「おいおい、何おどおどしてんだよ。まさか駄目だっつーと思ったか?」

 

 いつものようにおどけながら、ゴルシさんも言う。

 

「ウチはいつでも新人歓迎だぜ! そのためには、それはそれは厳しい入部試験が必要になるが、キミはその試験を見事に通過してみせた!!」

「し、試験? べ、別にあたしは何も――」

「さぁテイオー! スペ! やっておしまいっ!」

「はいゴルシさん!」

「え、ちょ……!!」

 

 で、まぁ。そんな感じで。

 鶴の一声――ならぬ、ゴルシの一声で。

 立ち上がったスペさんとテイオーさんに、カペラちゃんは、見事に彼女らの輪の中に引き込まれていた。

 

 

「さぁまずは自己紹介からだ! キミの名前は? どこから来たの? ってかLANEやってる?」

「自己紹介ならさっきしたではありませんか。ちゃんと聞いてあげてくださいませ」

「え、えっと、ガーネットカペラっす、そのLANEは、そのー……」

「おぉ……ちゃんと答えてくれるのね。結構真面目ね」

「ねーねー! 高速道路の話してよー! ボクすっごく気になってるんだけど!?」

「そ、そんなに褒められた話でもないと思いますよ、テイオーさん……」

「……」

「妙なことしちまって悪かったな」

 

 

 呆然と――でも、微笑ましくて。胸を撫で下ろしながら、その光景を見守っていると。西崎さんが、私に話しかけてきていた。

 

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