「――はいはい。じゃあ痴話喧嘩はそこまでな」
と、そこで、トレーナーが一つ拍手をする。それに弾かれて、私たちは彼の方に目を向けた。
「カペラも来たことだし、これからの方針を話すぞ」
「……つうか痴話喧嘩じゃねーし」
「まずカペラの話からだ」
トレーナーさん、安定の無視だった。
「入学直後のカペラには、当然だがまだトレーナーが着いてない。別にそれ自体は問題じゃないんだが、これが長く続くのはあまりよろしくない……有マという大舞台が、既に目標に据えられてる以上な」
「すんません! 一応これでも探してるんすけど、なかなか……!」
「いや、気にするな。別に責めてるわけじゃない」
っていうかカペラちゃん、さっきからなんか、カタギっぽくない振る舞いしてるけど。大丈夫かな。そういう立ち回りが板に着いちゃってんだろうか。
「……だからカペラ。お前は『チーム』に入れ」
そんな彼女に、トレーナーさんは告げていた。
「そうするのが一番手っ取り早い。今や学園には、いくつもチームがあるからな。入るのもそう難しくないだろうさ」
「ち、チーム……?」
「なんだろうな。まぁ、この学園の救済制度、みたいなもんか」
困ったように首を傾げるカペラちゃんに、トレーナーさんは説明する。
「いいか? まず、専属トレーナーのいないウマ娘は、トゥインクルシリーズに参入出来ない……だがトレーナーも無限にいるわけじゃない。頑張ってるのにトレーナーが付かず、出たいレースにいつまで経っても出られないウマ娘が必ず出てきてしまう。これはそれを憂いた秋川理事長によって定められた制度だ。
チームは二人以上のウマ娘で構成されていて、一チームに一人トレーナーが着き、所属ウマ娘の面倒をまとめて見る。そうすることで、チームに所属しているウマ娘はトレーナーが着いていると見なされ、トゥインクルシリーズへの参入が可能になるんだ。トレーナーが複数のウマ娘を見なくてはならない都合上、どうしても練習の比率にバラツキが出ちまうが……」
「……でもトレーナー。それだったらうちでチーム組んだらいいんじゃないですか?」
話を聞いて、訊ねてみる。
「その方が手間かからなそうですけど」
「……」
それに、トレーナーさんは意味深に間を置いた。
「……それもそうだが。同じ目標を目指す以上、同じように指導されるのも面白くないだろ。どうせなら、別のトレーナーから、別の知見をもらった方がいい」
「……」
……なんだろ。
今の意味深な間。ちょっと隙のある理屈。何か、まだ理由がありそうな感じがする……
「ともかく、そういうわけだ」
私の疑問を解消する余地も与えず、トレーナーさんはつづけた。
「ただ、チームと一口に言っても、色々あるからな。まず見学から始めるか」
「……オススメとかないんすかね」
「オススメねぇ。お前がどういう指導を求めるかにもよるけど」
ともかくとして、私も少し考えてみる。チーム。正直どれくらい数があるのか、わかってないけど。カペラちゃんに合いそうなチーム、かぁ。
……
「老舗のチームシリウス。エリート集団、チームリギル。新興勢力、チームカノープス。あとは……」
「……はい、トレーナー」
……と。
ちょっと考えただけで、私はひとつ、思い至った。
合いそうかどうかは、わからないけれど。
声を掛けられそうなチームが――あったことに気付いた。
「ありました。心当たり、ひとつ」
「あるのか?」
どこか意外そうに言う彼に、頷く。灯台下暗し、そんな言葉が脳裏を過ぎるのを感じながら。
私は、そのチームの名前を口にした。……
……で。
訪れた、そのチーム室は。
物々しい空気に包まれていた。
「……じゃ、挨拶」
「お、おう」
その空気にやや気圧されながらも、私はカペラちゃんの背中を軽く叩く。
「――は、はじめましてっ! ガーネットカペラといいます!! 本日は、こちらのチームに加入させていただきたく思いまして、伺いました! よろしくお願いします!!」
「……」
返事はない。
まるで壁に話しかけてるみたいな、重い沈黙。
見ると。
『彼女ら』は……一心にこちらを見つめていた。
「……」
担当トレーナーの、西崎さん。
「……」
スペシャルウィークさん。
「……」
トウカイテイオーさん。
「……」
サイレンススズカさん。
「……」
メジロマックイーンさん。
「……」
ダイワスカーレットさん。
「……」
ウオッカさん。
「……」
……あの、ゴールドシップさんまでもが。
誰もが、一言も、喋らない……
……チームスピカ。
個人的に数度だけ、この部屋を訪れたことはあったけど。
ここまで不穏な空気に包まれていたことは、一度もなかった。
私にあれだけ優しくしてくれたし、楽しい人たちばかりだし。きっと受け入れてくれる、と、思ってたんだけど。
ど……どうしたことか。これは、私の思い違いだったか。
実は、結構実力主義的なチームで。
こんな気軽に、来てはいけない、場所だったのか……!?
「……っ」
それでもカペラちゃんは。
逃げ出さなかった。
改めて、姿勢を正し、息を大きく吸うと。
「――こちらに入らせてもらった暁には!! 先輩方の雑用でも何でも喜んでお受けする所存です!! ですのでどうか!! ご一考を願います!!」
深々と勢いよく頭を下げて、再度お願いしていた。
傍から見ると、面接試験みたいな、さらに言えば、やっぱりカタギには見えない無茶苦茶仰々しい文句。
「……」
にも関わらず。
空気は、軽くならない。
ゴゴゴゴゴゴ……とばかりに、相変わらず、こちらを見つめ続けるばかりだ。
……や。
やっぱり、まずかったのかな。新入部員なんて。
……半グレみたいな子が。
このチームに、入ろうとするなんて……
駄目、なのかな……
「――ねぇ」
不安に思っていると。
そう言いながら立ち上がったのは、テイオーさんだった。
カペラちゃんは顔を上げ、歩み寄って来た彼女と目を合わせる。
テイオーさんの纏う空気が、あまりに、威圧的で。私も思わず、姿勢を正していた。
「……一つ訊きたいんだけど」
「……はい」
カペラちゃんの声も、自然、強張る。テイオーさんは、変わらず、高圧的に彼女を見つめ。
「――キミ、」
そして――
その、次の瞬間だった。
「――高速道路走ったって、本当!?」
……その、低く威圧的な声が。
爛々と、いつものような、楽し気な声に変わっていたのは。
「……へっ?」
その変わりように驚いたのか、カペラちゃんは頓狂な声を上げる。
が、構わずにテイオーさんは、ぴょんぴょん飛び跳ねて、
「すごい、すごいよ!! あんなとこ、走りたくても走れないのにさ!! どうだった? 気持ち良かった!? ねぇねぇ、もっと詳しく教えてよっ!!」
「え、ちょ、その……」
「テイオー。
困惑するカペラちゃんの元に、西崎さんが歩み寄ってくる。男前な笑顔で、彼は彼女を見下ろした。
「というわけで、ようこそチームスピカへ。歓迎するぜ、新人ちゃん」
「は、え……?」
「おいおい、何おどおどしてんだよ。まさか駄目だっつーと思ったか?」
いつものようにおどけながら、ゴルシさんも言う。
「ウチはいつでも新人歓迎だぜ! そのためには、それはそれは厳しい入部試験が必要になるが、キミはその試験を見事に通過してみせた!!」
「し、試験? べ、別にあたしは何も――」
「さぁテイオー! スペ! やっておしまいっ!」
「はいゴルシさん!」
「え、ちょ……!!」
で、まぁ。そんな感じで。
鶴の一声――ならぬ、ゴルシの一声で。
立ち上がったスペさんとテイオーさんに、カペラちゃんは、見事に彼女らの輪の中に引き込まれていた。
「さぁまずは自己紹介からだ! キミの名前は? どこから来たの? ってかLANEやってる?」
「自己紹介ならさっきしたではありませんか。ちゃんと聞いてあげてくださいませ」
「え、えっと、ガーネットカペラっす、そのLANEは、そのー……」
「おぉ……ちゃんと答えてくれるのね。結構真面目ね」
「ねーねー! 高速道路の話してよー! ボクすっごく気になってるんだけど!?」
「そ、そんなに褒められた話でもないと思いますよ、テイオーさん……」
「……」
「妙なことしちまって悪かったな」
呆然と――でも、微笑ましくて。胸を撫で下ろしながら、その光景を見守っていると。西崎さんが、私に話しかけてきていた。