16年度の卒業生   作:Ray May

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心弾んで p3

-◆◇◆-

 

 

 

 メイクデビュー戦。

 

 

 毎年六月ごろに開催される、全てのウマ娘が最初に乗り越えなければならない大一番だ。

 このレースを制せられるかどうかで、今後の行く末が決まると言っても過言ではなく……一応、トップを取れなくても即退学、みたいなことにはならないようだけれど。

 その場合は『未勝利戦』とやらに回されて、そこでも勝てなければ、ここを去ることになる、らしい。

 だから、ウマ娘たちがこの試合に緊張したり、不安を覚えたりするのは当然なのだけれど……

 

 

「……」

 

 

 とうとうその日を迎えて。

 レース前、観客に軽く走る姿をお披露目するパドックで、その競技場を満たす歓声を浴びながらも。

 私が抱いた緊張感は……その感想は、『なんだかいい感じ』、だった。

 はち切れんばかりの緊張でなければ、やる気をなくすほどの無気力でもない。

 身体が固まらない程度の……程よい緊張感。

 どうしてここまで落ち着いているのかはわからない。ここに来て未だ実感がないのか、それとも私が、自分で思う以上に鈍感なのか。

 ただ、そんなことはお構いなしに、状況は進むのだ。

 

 

「……おー……」

 

 

 今回のレース。学園の外の競技場で実施され、一般客も訪れるとは聞いていたけれど。

 観客席、どこを見ても人、人、人……

 ……今やウマ娘のレース競技は、一大エンターテインメントとして大成している。それなりに人は来るだろう、と思っていたけれど。

 ウマ娘当人でありながら、その人気のほどを甘く見ていたかも。思ってた以上に、観客が多い。

 それだけみんな、新人のデビューに注目している、ってことか……

 

 

「――、――……」

「――? ――、――!」

「――、――!」

 

 

 応援する声、議論する声、感心する声。

 そのどれもが楽し気で、それだけ私たちに期待していることの証明でもあった。

 ただ、それを聞いた私たちが楽しくなれるか、というと、必ずしもそうじゃない。

 

 

「――大丈夫、大丈夫……」

 

 

 ある子は、目を閉じ、胸に手を当て、自分を落ち着かせ。

 

 

「……」

 

 

 またある子は、手と足が同時に出ちゃっている。

 

 

「あ……お、お父さんだ。やっほー……」

 

 

 別の子は空元気を振りまいて。

 

 

「……うぅ~……上手く走れるかな……」

 

 

 また別の子は、泣きそうな声で呟いている。

 ……言うまでもなく、ここに集った誰も彼もが、初めての大舞台。

 場慣れしてないのが普通だ、と苦笑いする。

 

 

「……」

 

 

 そこで『いい感じの緊張』しか経験していない自分が、なんだかひどく場違いに思えた。

 今からでも緊張する振りでもしようか。周りに合わせ、自分のコンディションを敢えて下げてみようか……

 ……いや、やめとこう。そんなことして、本当に身体が固まっちゃ世話ない。

 

 

「……ま、頑張りますかね」

 

 

 そういうわけで、自分を鼓舞するように呟き、パドックから退場する。

 何にしても、レースの開始はもうすぐそこ。

 行こう、レース場へ。

 私の最初の――大舞台へ。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 賓客席にて、競技場を見守る秋川やよいの一番の関心は、やはり先日、規格外の挑戦状を叩きつけた一人のウマ娘へと向いていた。

 当然、そこまでは相当の距離があるものの、その特徴的な栗毛とポニーテールはよく目立つ。

 理事長室にて見かけた彼女は、身体つきも心意気も、それほど突出したものがあるようには見えなかった。

 それは彼女が無能である証拠にはならないが、かの『皇帝』に匹敵するほどの才覚の証明にはならない。平たく言えば、とても例の挑戦を達成できるとは思えなかった。

 

 

「どうなのでしょうね、例の子?」

 

 

 近くに立つ駿川たづなも、どこか不安そうに言う。それはまるで我が子を案ずる母のようで、秋川には少しおかしく映った。

 

 

「はっはっは! なんだなんだたづな。らしくない! 我が校の誇りある生徒だぞ! 信用しないでどうする!!」

「まぁ、そうなんですけどね……」

 

 

 たづなも今や、例の取引の内容を知っている。その心境を察することは難しくなかった。

 果たして本当にやれるのか。自分たちの期待に応えてくれるのか。

 期待半分不安半分で、何しろ秋川は、目の前のレースを注視する。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 レース場に出ると、歓声が一気に極まる。

 その中心地に立って、身体がびりびりと痺れるような感覚に晒された。

 私たちがどう思おうと、どう考えていようと、それらは収まるところを知らない。

 こちらを押し潰さんとばかりに、頭上から降りかかるばかりだ。

 それが実際応援だろうと。激励だろうと。緊張を高める要因にしかならない。

 周りのウマ娘たちの動きが、ひときわ硬くなったように見えたのは、たぶん、気のせいじゃない……

 

 

「……」

 

 

 あぁ。

 やば。

 手が震えてる。さすがに緊張してきたか……

 心臓はびっくりするくらい落ち着いてるけど。頭は恐ろしいほど冷静だけど。身体は正直ってやつかな。

 いや、でもそうだよね。これで決まるんだもの。全てが。

 これで決するんだもの。未来が。

 恐怖と緊張で、手が、身体が、震えてしまうのは、仕方がないこと、だと、自分でも、思う――

 

 

「…………」

 

 

 ……なのに。

 あれ? な、のに……

 

 

「――っ……」

 

 

 

 どうして私、

 笑ってるんだ?

 

 

 

『――さぁ各ウマ娘! ゲートに入って、体勢整いました! ――……』

 

 

 ともあれ――

 

 ゲートに入って。

 実況の声が、聞こえてくる。

 

 

 あぁ。なんだか、懐かしい感覚だ。これ。

 目を閉じると、聞こえてくる。

 見えてくる。

 あの光景が。

 あの、情景が。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

『――っし、じゃあミザール、負けた方が今日帰りに荷物持ちな!』

『そっちこそ! 負けたら語尾に『おっぺれぺー』って付けるんだよ!』

『はいはい、口喧嘩はそこまで! 始めるわよー!』

 

 

 

『それじゃ、位置についてー!』

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ――始まる。

 

 

「……位置について」

 

 

 ――競争が。

 

 

「よーい……」

 

 

 ――戦いが。

 私の、一世一代の、勝負が――

 

 

「――、」

 

 

 ……重厚な音が響く。

 ゲートが、開いた。

 

 

「――どん」

『――今、スタートが切られました!』

 

 

 ――そして。

 私の、私たちの、初めての大舞台が――幕を開けた。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 ともあれ始まりは順当か、というのが、秋川やよいの最初の印象だった。

 注目の彼女――サファイアミザールは、前から数えて五番目。

 全体の、ちょうど真ん中あたりに陣取る。

 

 

 彼女の得意戦術は差し、と聞いている。位置取りとしてはセオリー通りといったところだ。

 しかし、速さとしてはやはりやや遅い。

 先に最速記録に追い縋る、という目標を聞き及んでいる彼女としては、その走りは想像に劣っているように映った。

 

 

 ――今のペースでは、『皇帝』にはとても届かんぞ。

 

 

 本当にこれで、本当にこんなペースで。

 自分達を驚愕させるようなレースを、見せられるのか。

 猜疑を重ねる中で、秋川は、それを見守り続ける。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 さて――

 戦術とか作戦とか、あんまり考えたことない私だけど。さすがに最初に取るべき作戦くらいは考えとけ、とトレーナーさんには言われた。

 走りや経験から分析した結果として――私に適切な作戦は、ずばり『差し』。

 中団に陣取り、冷静に状況を見極め、先団を追い抜く戦術だ。

 確かに北部校でも、そんな感じでトレーニングしてたよな、と思う。

 まぁ、あの時代。みんな奔放に走り回っていたから。トレーニングと表現していいのかどうか、微妙なとこではあるけど。

 

 

『踏み込みにパワーがあるのが助かるな 相手を指すのに重要なのはここぞという時の加速力だから 筋トレでもしてたのか?』

『いや、してないですけど……』

 

 

 自主的に筋トレなんて、した覚えはない。ただ、その時記憶を掘り返した時。それに当たりそうなことはやってたな、と思い至った。

 

 

『……バイトで日常的に重たいもの持って運んでたので。そのせいかな』

『まぁ何にせよ それを活用しない謂れはない まず基本の考え方としてな――』

 

 

 と、まぁそんな感じで。ありがたい彼による座学が始まったわけだけど……

 

 

「……、」

 

 

 ……えぇっと。

 このレースは2000mで。

 

 この競技場では一周だけ。

 

 緩めのコーナーが三回しかなくて、今既に一回目は通り過ぎたから。

 仕掛けるならあと二回のうちのどっちかでやるってことで。

 

 

「……、……」

 

 

 で、高低差も激しめだから地形の変化を如実に感じ取って。

 

 ……各場所での力の使い方と走り方を工夫しながら……

 

 

 …………周りの子たちの動きを見て。

 

 

 ………………差せるタイミング……を……

 

 

 ……

 

 

「……?」

 

 

 ……あれ?

 

 なんだ?

 

 なんだ、この感じ。

 

 ……ちょっと、待って欲しい。

 

 

「……あれ……」

 

 

 私、今……

 レース、してるんだよね?

 

 憧れの学園に入って、憧れの舞台に立って、

 更なる憧れを成就させるために、今、必死になって走っている。

 

 そこは自分にとって遠い場所。夢のような世界。

 闘志と闘志のぶつかり合う、熱くて激しい戦場のような場所なんだろう、なんて、冗談半分に考えながらも、頑張るぞ! なんて前日は気合いを入れて。

 コンディションも万全に整えて、こうして今日、走っている、のに。

 

 

 走っているはず、なのに……

 

 

「…………」

 

 

 なんだろ。

 

 なんだろ、この感じ。

 

 なんか、

 

 

 なんか――……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 レベル、

 

 

 低くない?

 

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