16年度の卒業生   作:Ray May

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遊びはおしまいっ! p2

-◆◇◆-

 

 

 

「――いっやぁー、しかしいいレースだったよなぁ!!」

 

 街中のとある居酒屋。

 がやがやと楽しげな騒ぎの中で、ひときわ大きな男声が響いた。

 

「期待の新鋭同士のデッドヒート! 久々にスタンディングオベーションをかましたくなったぜ~! な、お前の担当も、さぞ喜んでたことだろ!?」

「いや、結構複雑そうな顔してたっすよ」

「くぅ~! ストイックだねぇ! 青春だねぇ~!! だがそれがいいってなぁ!!」

「そっすね~」

 

 ミザールの担当は、ちびちびと麦茶を飲みながら、ジョッキを片手に絡んでくる男に対応する。

 その男はいつものように、茶色がかった髪を短いポニーテールにしていたが。様子はいつもとは異なっていた。

 声は大きくなり、気さくに絡んできており、何より背を叩く、と言った、男らしいスキンシップがよく見られていた。

 

「――すみませんね。嫌だったら突き放しちゃっていいんですよ」

 

 それを、別の男性が傍らから見守る。軽くウェーブのかかった長めの前髪から覗く瞳は優しげだったが。言葉には、最低限度の優しさしか感じられなかった。

 

「おーいおい南坂ぁ! コイツにあんま良くねーこと吹き込むんじゃねぇよ~。どうせ例の俺が痴漢だっつぅ話もお前が吹き込んだんだろ~!?」

「いやいや、良くないことじゃなくて事実で……それに痴漢っていうのもある意味事実でしょう西崎さん」

「あぁ~ん!? なんだよぉ、揃いも揃って人を犯罪者扱いしやがってぇ~!!」

 

 ポニーテールの男――西崎は不満げに言い。

 優しげな男――南坂は、それに苦笑いで応じる。

 担当は――ちょうどその真ん中に挟まれる形だが。彼は特に気に掛けず、ちびちびと麦茶を口にしていた。

 

 先日の弥生賞の、祝勝会。

 今回の飲み会は、名目上はそのようになっている。

 だが実際、件のサクラチヨノオーやサファイアミザールとは繫がりの薄いトレーナーや職員が呼ばれている辺り、それは正しく名目であり――

 要は単に、誰もが騒いで飲みたい、というだけの話だった。

 

「おい、なんか言ってやれよ担当クンよぉ。こいつどうせ腹ん中で良からぬこと考えてんだぜ~!?」

「ちょ、ちょっとちょっと! 変なこと入れ知恵しないでくださいよ! 後ろめたいことなんて一度もしたことないんですから!!」

「そーう言って一年……あれ二年か? とにかくそれくらい前には、テイオーの引退ライブをジャックしたじゃねーかぁ!!」

「いやいやいや! あれも正式に否定したじゃないですか! 人聞きが悪いなー!!」

「けっ、けっ! いーですよいーですよ、俺みてーなオッサンは若い衆には要らんってことだろ! いーよいーよ、オッサンは一人寂しく飲んでますよ……あっ、おハナさん酔いつぶれてんのー!? 大丈夫ー!?」

「……はぁ、やれやれ」

 

 まるでハチドリだな、と嘆息しながらも、南坂はようやく席に落ち着き、困ったように笑っていた。

 

「……すみませんね。こんなとこに無理矢理引っ張ってきちゃって」

「構わないっすよ。嫌いじゃないんで。自主的に来たから無理矢理でもないし」

「素面であのテンションについていけるのはすごいですよ」

「まぁ、素でもっとやべー奴相手にしてきてるんで」

「はは……心中お察しします」

 

 南坂はそれに苦笑いを浮かべると、それで、と閑話休題した。

 

「どうです? 例の作戦とやら」

「あー」

 

 例の作戦。それが何なのかは、もはや確認しない。西崎が新たに瓶ビールを頼んだのを見届けつつ、彼は答えた。

 

「三人目をどう篭絡するかって話にはなってます」

「篭絡て……あれですよね。確か、ヒスイグループのご令嬢の」

「そっすね」

 

 既に酔いつぶれている別のトレーナーにヘッドロックをかました西崎は、彼に無理矢理にビールを飲まそうとしている。そんな彼の頭を、また別の女性トレーナーは強めに引っ叩いていた。

 

「すっごい子と繫がりがあるものですね。でもそう簡単に接触出来るんでしょうか」

「アポ取るのも難しそうっすよね。やってみるつもりではありますけど」

「しかもお父様が、とんでもないほどの親バカだとか。そうそう手放すのですかね」

「まぁ、嫁に行くわけじゃないですし」

 

 なんとかはなるんじゃないか、とは考える。それでも確信を持てるか、と言われたら、それは違っていた。

 現ヒスイグループ総裁――

 三代目にして、当時落ち目だった会社を、現在の大企業にまで建て直した手腕の持ち主。

 人柄も良く、社内外からの評判も上々とのことだが――

 こうして全く関係のない一般人の耳にも入る程度には、件の人の親バカ具合は極まっているとのこと。

 実際――社名も、娘が産まれた時、その名に因んで変えたとかなんとか。

 

「この間のガーネットカペラみたいな騒ぎにならなきゃいいですよ。もうあんな経験はごめんだ」

「とかいって、結構ノリノリだったって聞きましたけど」

「俺はただ車走らせただけっすよ」

「え? でも本人がドローンとか飛ばしてたって」

「……あのバカとっちめてやる」

 

 自分の与り知らないところで、許可していない情報が流布されるのはたまらない。そう思うと同時、西崎があらぬ嫌疑をかけられるのも、こんな気分なのかもしれないな、などと彼は考えた。

 

「あはは……まぁそう怒らずに。あの子、すっごく楽しそうに話してたんですよ。それだけ感謝してたってことですね」

「やってる側は寿命縮まりましたよ。何せ車のルーフに掴まってドライブしたんすから」

「本当に命があってよかったですよ」

 

 がちゃん、と派手なガラスの音が響く。西崎が、コップ一杯のお冷を盛大にテーブルに零していた。それに合わせ、残念そうな絶叫が盛大に響く。

 

「……『もう一人』の方はどうです? 確かコハク……」

「コハクダブルスター。どうせいつか相手にするわけですから。一応下調べはしてるんすけどね」

「何も出てこない、と?」

「びっくりするほど。いよいよ妄想なんじゃないかって疑ってるっすよ。なーんであいつの同級生は、揃いも揃ってこう……変わってるのか」

「何かの運命かもしれませんね?」

「迷惑っすね」

「――二人ともー! ちょっと手伝ってー!」

「はーい」

 

 ――コップを倒したのは偶然ではなかったらしい。

 酔い潰れた西崎を抱え起こすのを手伝った時、担当は冷静にそう思った。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「――じゃ、今日はどうもありがとうございました」

「お互い様っす」

 

 店の外、タクシーに西崎を乗せ、南坂は彼に言っていた。

 

「また何かあったら協力させてください。件の作戦、聞いてる限りじゃ面白そうです」

「聞いてるだけでしたらね。……実際、あのじゃじゃウマに振り回されるのは疲れますよ」

「退屈よりかはマシです」

 

 にこり、と南坂は笑った。

 

「……例のヒスイグループも、大企業だからと敬遠していたら、届くか届かないかもわからない。駄目元で一度連絡してみてはどうですか? 案外応じてくれるかもしれませんよ」

「……そっすね」

「それじゃ、また明日」

「はい。お疲れ様っす」

 

 駄目元。

 走り去るタクシーを見送りつつ、彼は考える。

 担当はどちらかというと、様々な物ごとに対して事前に準備し、計画的に運ぶ方を好むが。それに囚われずに変わったものをいくつも見てきた。

 それを抜きにしても、事は、きっかけがなければ。動き出す要因が無ければ、いつまで経っても変わらない。

 届くか届かないかもわからない。

 それがわかることは、確かに大きな一歩ではあった。

 

「……試してみる、か……」

 

 スマートホンを取り出し、視線を落としながら。

 彼は誰にともなく、そう呟いていた。

 

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