16年度の卒業生   作:Ray May

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遊びはおしまいっ! p3

-◆◇◆-

 

 

 

「――え」

 

 で。グラウンドにて。

 告げられた言葉に、私は、呆然と声を漏らしていた。

 

「あ、アポ取れたんですか!?」

「……しかも昨日の話だ」

 

 昨日……昨日って確か、トレーナーさん飲み会に連行されたって言ってなかったっけ。その前に頼んだのかな。でもそんな雰囲気は……いやまぁ、とにかくなんでもいい!

 

「――ありがとうございます!! ど、どうやってアポ取ればいいのかなって、実は私も、昨日遅くまで悩んでて……!」

「今日ちょっと眠そうなのはそのせいか」

 

 そうです。ちょっと眠いです。まぁ、正直、眠い上に……

 

「ついでにちょっと頭もくらついてるんですけど。今日は早めに寝るので大丈夫です!」

「そうか。まぁーそれならそれでいいんだが。あー……」

「?」

 

 意味深な声に、思わず小首を傾げると。彼は複雑そうな表情を浮かべた。

 

「……先方が、時間を指定してきたんだよ」

 

 それから、答える。

 

「お前が言ってた通り、スケジュールがぎちぎちらしい。直近で空いてるのはそこしかないと」

「いつ、なんですか? それって」

「……明日の16時20分から、16時30分」

「――!?」

 

 続けられた言葉に。

 思わず絶句してしまった。……聞き間違いでも、勘違いでもないだろう。

 ちょっと待ってくれ。

 16時20分から30分って……それって、つまり。

 

「そうだ」

 

 私の内心を汲み取ったみたいに、トレーナーさんは言った。

 

「あいつと話せる時間は――10分だけだ」

「……」

「場所はヒスイグループ本社ビルの、ロビー休憩所。まぁ授業終わってすぐに向かえば間に合うだろう」

「た……たった10分で、説得しろってことですか」

「用件は伝えてない。ただ話がしたいってだけ言っておいた――向こうは説得しに来るとすら思ってないだろうな」

 

 説得、って言葉を無暗に使ったら、警戒されると考えてのことだろう。きっと。で、でも……

 それにしたって、10分だけ? それだけあれば、カップラーメン三個は作れるけどさ。

 人とお話して、納得させて、決心させるのに、それだけじゃ足りない。足りるわけがない。

 交渉に慣れたビジネスマンならともかく、私みたいなちんちくりんじゃ……

 

「幸い、人数の指定はしてこなかったし、こっちもしなかった。不安なら誰かに付き添ってもらうといい」

「……ネゴシエーターみたいな生徒って、ここにいないんですかね」

「頭の回転が速いやつはいるが。説得に向いてるかどうかは別だな」

「いるだけで思わずこちらに着いて来たくなる魔性の生徒とか……!!」

「本来の目的からズレるだろ」

 

 ……どうやら搦め手は使えなさそうだった。真っ向勝負で、なんとか引き入れるしか……ないのか。

 

「……まぁ、今回限りの交渉ってわけでもない」

 

 肩を落とした私を見かねてか、トレーナーさんは言ってくれた。

 

「無理だったら、また次の約束を取り付けて話せばいい。どっちにしろ、人の心を傾かせるのには、長い時間がかかる。お前もよくわかってるだろ」

「……」

 

 カペラちゃんの一件を思い出す。あの時も、何日もあの子の家に通い詰めて、辛抱強く説得した。

 確かに。あの時と同じことをやれれば……

 

「……潜入技術、習得しますか……!!」

「そういう意味じゃねーよ」

 

 またも呆れられてしまった。まぁ、そうだよね。そういうことが出来れば、一番いいんだけど。さすがに犯罪すれすれなことをする勇気は、私にはない……

 ……

 まぁ、それこそカペラちゃんの一件で、結構やらかしてるけど。

 

「さ、休憩はここまでだ」

 

 そこで、トレーナーさんは言う。

 

「とりあえずもう一周外周。さっきも言ったけど、ペースを意識した走り方でな」

「……わかりました」

 

 ともあれ、そういうのを考えるのは、全部が終わったあとか。

 そういうわけで、トレーナーさんに言われた通り、もう一度、グラウンドを走り始める。……

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 バベルの塔。

 人間が神様に手を届かせるため、大昔に作っただか作られてないだか言われている、それはそれはどでかい塔のこと。

 神話上のお話だそうなので……実在していたかどうかの議論はともかく。実際にそれに相応しいくらいのどでかい建物を見てみたい! という人がいるのなら、是非ともその人に見せてあげたいものである。

 ……私『たち』が目の前にしている、この建物を。

 

「うっひゃあー!!」

 

 いかにも驚いたというか、もはや楽しそうですらある声が、そこで響き渡る。

 

「前々からめっちゃ大きい建物思てたけど、実際見てみると想像以上やなぁ!」

 

 特徴的な関西弁に。

 

「メジロのお屋敷とは、また違った迫力がありますわね……」

 

 優雅なお嬢様言葉。

 どちらも――私が、もうすっかり聞き慣れた声。

 

「……本当にこんなところに勤めていますの? ご友人は」

「……はい。間違いないです」

 

 片方――マックイーンさんに訊ねられて、私は答える。

 もう片方――タマちゃん先輩は、まるで遊園地に来た子供みたいに、爛々と目を輝かせていた。

 

 誰かに付き添ってもらうといい――トレーナーさんの言葉に甘えて、声を掛けたのはこのお二人。

 傍にいてくれれば安心出来そうなタマちゃん先輩と、オブザーバーになってくれそうなマックイーンさん。

 二人も二人で忙しいだろうに、付き合ってくれたことには感謝してもし切れない。

 その優しさを無駄にしないためにも、少なくとも、何かしらきっかけを――収穫を得なくてはな、と、それを改めて見上げる。

 

 ヒスイグループ本社ビル。

 私たちが立っているのは、正確には、その手前の正門付近。

 ビジネススーツに身を包んだ男女やら、高級そうな乗用車やらが、先ほどからひっきりなしに出入りしており、ただのそれだけで、超一流企業だということをこちらに感じさせる。

 マックイーンさんが、先にあんな風に訊ねてしまったのも無理はない。

 およそ、私たちと同年代の女の子が、見習いと言えど――働いているとは思えない。

 そういう雰囲気。

 

「なぁなぁ。でもこれどうやって入るんや? 普通に入ってえぇんか?」

「えっと……確か守衛所で手続きしろって言ってました」

 

 こちらに来る直前、トレーナーさんに言われたことを思い出す。手続き、って言われても、具体的に何をすればいいかわかんないんだけど。とりあえず話せばいいのかな……

 

「私にお任せください」

 

 なんて、ちょっと躊躇っていると。前に出ていたのは、マックイーンさんだった。

 タマちゃん先輩と顔を見合わせてから、その背に着いていく。マックイーンさんは、正門横の守衛所に辿り着くと、こんにちは、と、中で座っている守衛さんに話しかけていた。

 

「16時20分から、ヒスイレグルスさんとの面会の約束をしております、サファイアミザール以下二名です。入場の許可をいただきたいのですが」

「――少々お待ちください」

 

 守衛さんは、近くの電話機を手に取ると、何事かを確認し始める。数秒の間の後、受話器を置き、何やらガサゴソとやった末、一枚の紙の取り付けられたクリップボードと、三人分の、ネックストラップの着いたカードケースとをこちらに差し出していた。

 

「こちらにお名前の記入をお願いします。ID番号の欄にはゲストとお書きください。構内では必ずそちらの来客証を提げていただきますように」

「わかりましたわ」

 

 流れるように返事をし、記入を始めるマックイーンさん。私とタマちゃん先輩は、思わず顔を見合わせたけど、それに倣って、記入とカードの受け取りを済ませる。

 

「入場後は正面受付にて、改めて用件をお伝え下さい。その後は係員の指示に従ってください」

「わかりましたわ。ありがとうございます」

 

 で……そのまま入場と相成った。なんともなしに先頭を歩くマックイーンさんだけど、私は、あるいは私たちは、呆気にとられるしかなかった。

 

「……手慣れてますね」

「これくらい、淑女の嗜みとして当然ですのよ?」

「なんや、ここ最近のあれこれで忘れとったけど、そういえば名家のお嬢様やったな自分……」

「褒め言葉として、受け取っておきますわね?」

 

 肩越しに、にこりと笑うマックイーンさん。面会を申し込んだのは私なので、本当なら私が先頭に立たなきゃならないんだけど。なんか下手に矢面に立っても大失敗する予感しかしないので、そのまま彼女に任せてしまうことにした。

 

 構内に敷設された横断歩道を渡り、ビルの自動ドアを通る。

 外観に違わず、内部も高級そのもので……見た目はまるでホテルのフロントだった。その中を、また何人ものスーツ姿の男女が行き交っている。

 

 ある人は、携帯電話で通話をし。

 ある人は、何事かを談笑し。

 ある人は、書類を確認している……

 すごい。

 これが……日本屈指の大企業の内部……か……!

 

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