「……ウチら制服で来て良かったな。私服やったらえらい目立ってたで」
「制服でも場違い感すごいですけどね……」
「お二人とも。受付は正面のようですわ。行きましょう」
もうすっかりマックイーンさんが先導役だった。言われるまま、私たちは受付まで歩く。
守衛所と同様、マックイーンさんが用件を伝えると、清潔感のある担当の女性は、朗らかな笑顔で対応してくれた。
「お話は伺っております。すぐに参りますので、あちらの待合スペースでお待ちください」
示されたのは、フロントの隅の方、いくつか設置された、テーブルと椅子のセットだった。それらも高級感に溢れており、実はレストランの一角です、とか言われても、信じてしまいそうだった。
「……」
……言われた通り。
椅子に座って待つけれど。落ち着かない。
それは、椅子やテーブルが高級だから、っていうのもあるだろうけれど。周囲の反応にも一因がありそうだった。
ちらちらと、行き交う人々がこちらを見る。
猜疑……というよりは、好奇心故か。
やっぱり、こんな会社に、私たちみたいな少女が来るのは珍しいのだろう。それに加えて……
私たちは、『普通の人間』じゃない。見ればそれとわかる、『人間とは違う種族』。
気にしてしまうのは……人の性か。
「……なんや、見世物みたいで落ち着かんな」
「ですね……出来ればもっとわかり辛く見てほしいですけど」
「見ないでほしい、ではないのですね。そこは」
「いえ、まぁ。見たくなる気持ちはわかりますから……」
「ほんなら、敢えて目立つようなことでもしよか。ほら、テーブルに立ってポールダンスとか」
「危ないクラブじゃないんですから……」
そんなことしたら、会社出禁じゃ済まされない。社会的にも殺されてしまうだろうな……
「それで自分、戦略は考えとるんか?」
戦略。無論、ヒスイちゃんをどう説得するかってことだろう。本当ならここで、それを共有できればよかったんだけど……
……いかんせん。
「――いえ、なんにも!」
「そないに自信満々に言うなや……」
「まぁまぁ。どちらにせよ、たった10分で説得、という方が元々無理難題なのですから」
呆れるタマちゃん先輩に対して、マックイーンさんは余裕そうだった。
「私たちは今日、お友だちとおしゃべりに来ただけですわ。粛々と、参りましょう?」
「……ですね」
「せやな」
お互い、頷き合う。そうだ……これで全部終わりってわけじゃない。今日は……飽くまで、下調べだ。
気楽に、肩の力を抜いて……いこう。
「――あ」
と、その時。
マックイーンさんが、控えめに声を上げていた。
「あれではないですか?」
言葉に、私は弾かれたように目を向ける。そこには――確かに。
いた。
歩み寄って、来ていた。
白色が基調の、清潔感溢れるスーツに。
リムレス眼鏡。
緑がかった、黒い長髪――
「――ヒスイちゃん!」
私は。
思わず、立ち上がっていた。
「……」
彼女はというと。
すぐには反応せず――変わらぬ調子で歩き続け、やがて、目の前までやってきて立ち止まる。
深々と、恭しく一礼すると。
「……お久しぶりです。ミザールさん」
かつてとほとんど変わらない。
凛とした声色で、答えてくれていた。
ヒスイグループ本社ビルのエントランスの様子は、さほど変わってはいない。
今日も今日とて、スーツ姿の男女が忙しなく歩き回っている。
ざわざわとした控えめな話し声は、全てが自分たちの仕事や、終業後の予定に関するもの。
ちらと『彼女ら』を見る者はあっても――
話題にするような者はいなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
そんなざわめきの片隅――
集った四人は、沈黙していた。
タマモクロスは、どこか困惑した風に目を泳がせており、
マックイーンもまた、怪訝そうに場を見守る。
ミザールはというと、実は、ヒスイレグルスが何事かを話すことを期待して、口を閉じていたのだが。
「……」
当の本人はというと。
表情を崩すことなく、ミザールを一心に見つめていた。
その瞳は、冷たい――と表現することは出来たが。侮蔑や軽蔑といった類の感情は見て取れず。
かといって、暖かい――親愛の情も見て取れない。
ただただ本当に、機械的なまでに、無機質に――ミザールの、次なる言葉を待っているようだった。
「……」
「……」
「……」
「……」
困惑と、疑問と、期待と、無。四つの感情が入り混じる、混沌とした沈黙の末。
「……ご用件は」
口を開いていたのは、ヒスイレグルスだった。
「なんでしょうか」
「……あ……」
夢から覚めたように言葉を漏らしたミザールは、それに頬を掻きながら応じる。
「そのー……ひ、久しぶりだね! え、えっと、何年ぶりだろ。さ、三年くらいぶり……?」
「六年です。今年で七年目になります。ご用件は何でしょうか」
「や、その、用件って程の用件じゃないんだけど。とりあえずさ。さ、最近どうなのかなーとかって……」
「どう、とは?」
「……えと。お仕事の調子とか、生活とか。諸々……」
「仕事は順調です。生活も恙なく。特筆すべき問題はありません。……用件はそれだけでしょうか?」
「い、いや! えと、そのー……」
「……おい、しっかりせぇや」
そのあまりに非効率な会話と空気に耐え兼ねたのだろう。タマモクロスは小声で告げる。マックイーンは何も言わなかったが、難しそうに眉を顰めていた。
「……」
対して、ミザールは心を落ち着ける。本当ならもっと、世間話で場を和ませたいところではあった――だが目の前の少女は。気心知れてる――はずの幼馴染は。様子が変わる様子がなかった。
まるで機械のように、こちらの質問に答えるだけ。表情も、ひとひらも、崩さない。
……変わっていない。
そう、彼女は思う。
本当に何も――変わっていない、と。
「……ヒスイちゃんはさ」
だから。
ミザールは、それ以上の世間話を断念し、言う。
「学園とか、興味ない?」
駄目元だ――とばかりに。
本題に、入る。
「……」
ヒスイは、しばし黙り込む。その朴訥とした目で、真っ直ぐにミザールを見つめた。
「……どういう意味でしょうか?」
果たして、小首を傾げた彼女に、ミザールは頷く。
「えっと……その。言葉のまんまの意味でさ。学園に通うつもりって、ないかなー……って、思ってて」
「何故でしょうか」
「え。な、何故って……」
「私には『仕事』があります」
そこでヒスイは、自身の眼鏡を指で押し上げた。
「それらを投げ打ち、学園生活にかまけるわけにはいきません」
「い、いや。でも……興味とか、無いの? ちょっと転入してみたいなーとか、考えたりとか……」
「興味の有無は問題ではありません。私にはやらなくてはならないことがありますので。……用件はそれだけでしょうか」
「……えと」
「なんやこいつ……」
「タマモさん」
不愉快そうに顔を顰めるタマモクロスを、マックイーンは小声で宥める。しかし、当のマックイーンの表情も、不快そうに見えた。
「……わかった」
さなかで。
ミザールは、意を決したように言う。
「ごめん。遠回しに言い過ぎたね。ヒスイちゃんは昔から、そういう回りくどいの、嫌いだったね……もう、はっきり言うよ」
「はい。なんでしょうか」
「……」
にも関わらず、変わらないその目から。
目を逸らさずに。
「――ヒスイちゃん」
言った。
「トレセン学園に、来ない?」