16年度の卒業生   作:Ray May

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雨の日◎ p1

-◆◇◆-

 

 

 それまでグラウンドを走り続けていたメジロマックイーンは、徐々に減速し、やがて立ち止まっていた。

 汗を手の甲で軽く拭うと、その背後にもう一つの影が追いつく。

 それは見るからに疲労した様子で、立ち止まるなり、膝に手を突いて息を整え始めた。

 

「――いやぁー、やっぱ速ぇなぁマックちゃんは」

 

 長身に長い白髪――

 ゴールドシップは、男前に笑いながらそう言う。

 

「『今の』ゴルシちゃんじゃあ、もう追い付けるかもわからねーぜ」

「……それは結構なのですが」

 

 そう思う。全盛期にて、輝かしい成績を残した彼女に、そう言ってもらえるのは名誉なことではあるが。マックイーンはそれでも、一つ言いたいことがあった。

 

「追い抜こうとするたびにホラー映画みたいな顔するの、やめてもらえません……?」

「なぁーに言ってんだよマックちゃん! レースは気迫の勝負だぜ! むしろあれがゴルシちゃんの平常運転なんだからよ!」

「あれが平常運転でたまりますか」

 

 やり取りする二人の傍ら――

 客席付近では、スペシャルウィークが、目を輝かせている。

 

「うわぁー、すごいですね! こんなにちゃんと撮れてるんですか!」

「一応高かったしな」

 

 そんな彼女に対応するのは、サファイアミザールの担当だ。

 彼女の視線の先――彼の手元には、大きめのタブレットがあり、そこにはスペシャルウィークを始めとする、チームスピカ所属のウマ娘の走る姿を映した動画が表示されている。

 彼らはちょうど、それをコマ送りのようにして細かく確認しているところだった。

 

「……やっぱりもうちょっとフォーム変えるべきじゃない? 無駄に力入っちゃってる気がするけど」

「やっぱりそうですかね~」

 

 画面を指差して言うのはトウカイテイオー。スペシャルウィークは、それに困ったような顔をして応じる。

 

「――よし! おい、どうだスカーレット! これで完璧じゃないか!? さっきのコマのとこのポーズ!!」

「あんた……トレーニングのし過ぎじゃない……? しっかりなさいよ……」

 

 その少し離れたところでは、ウオッカがどこかコミカルなポーズをし、ダイワスカーレットが呆れたように言う。

 

「……いやなぁ。お前の言うことはわかるんだけどな、スズカ?」

 

 その更に別の、離れた場所では。西崎が息を吐いて答えている。

 

「でもさ、もう『全盛期』過ぎてんだから。無理に負荷上げようとするのは……一応お前の為を思って言ってるんだぞこっちは」

「でも、挑戦しないとわからないままよ。お願い。一度試すだけだから」

 

 情熱的に訴えかけるサイレンススズカに、西崎は難しい顔をするが。

 

「……、わかった。一回だけな」

「! ありがとう!」

 

 それに押し負け、答えていた。スズカはそれに、嬉しそうな顔をする。

 

「――おー、やってるね」

 

 そんな、賑やかな空気に包まれているグラウンドに――

 新たに現れる影が、一つ。

 

「お疲れ様、みんな」

「あ! シービーさん! お疲れ様ですっ」

 

 言葉に真っ先に反応したのは、スペシャルウィークだった。それに弾かれたように、テイオーと担当の目も向く。

 ミスターシービーは、彼女らにひらひらと手を振っていた。

 

「お、なんか面白そうなもの使ってるじゃん。すごいね~。私らの代じゃあ、こんな便利な物なかったよ」

「どうせだからって持ってきてくれたんです! お陰で細かいところまで研究できて、助かってます!」

「買ったはいいけど、ここ最近押し入れの奥で眠ってたからな。使ってやった方がコイツも喜ぶ」

「そういえばいくらしたの? これ」

「知らぬが仏」

「あはは。そっかそっか……って、あれ?」

 

 爽やかな笑みで言うシービーだったが、そこで何かに気付いたように周囲を見回す。

 彼女は、一旦はその気づきは、正しく気のせいであると思ったが。見回したことで、そうではないという結論に至っていた。

 

「……『あの子』がいないね。どうかしたの?」

「あ、あー……あははは」

「?」

 

 あの子。いつもなら、どこかしらで栗毛のポニーテールを靡かせていそうなウマ娘。不思議そうに言ったシービーに、スペシャルウィークは、頬を掻き、どこか恥ずかしそうに答えていた。

 

「それがですね……」

 

 

-◆◇◆-

 

 

「なぁ、」

 

 ……しょりしょりと。

 林檎の皮を剝く音が、どこか可愛らしく響き。

 

「バカは風邪ひかないっつーけど、あれって実は間違いなんだぜ」

 

 宝石のような綺麗な声が、聞こえてくる。

 

「バカは風邪ひかないんじゃない。風邪ひいたことに気付いてないってだけなんだ。で、気付かないまま治った結果、ひいてないように見えるってだけなんだよ。わかるか?」

 

 でもその声色は。

 明らかに怒ってるというか……呆れているようで。

 

「……お前のこと言ってんだぞバカ」

「……ぁぃ……」

 

 ……その声に。

 カペラちゃんの声に。

 私は、答えたけど。その声は、老婆のようにか細く、しわがれていた。

 どうも皆さま。ご機嫌いかがでしょうか。本日はお日柄も良く。

 私、サファイアミザールは……

 実に数年ぶりに。

 ひいてしまったみたいです。

 

 ……

 風邪を……

 

「ったく、なんで眩暈した段階で休もうってならなかったんだよ」

「だってぇ……」

「だってじゃねーんだよ。気合いで治ると思ってたのか? バカが。気合いだけじゃどうにもならねーものもあるだろうが」

「……ぇぅ」

「……ったく」

 

 相変わらず、ここは一人部屋だ。

 相方さんに迷惑かける、ってことはないし、本来なら、カペラちゃんもここにはいない。この子は一人暮らしだから。

 でも……どうも、どこからか彼女に、私が体調を崩したって話が伝わったらしく。

 こうして、お見舞いがてら、看病しに来てくれたのである。

 振る舞いも言葉も。明らかに不機嫌そうで。まるでお母さんみたいで。

 不器用な優しさもまた、見え隠れしていた。

 

「……カペラちゃん」

「あ?」

「……ありがと……」

「ちゃんと治してから言え」

 

 ほら、と彼女は、切り分けた林檎を、ベッドの傍の勉強机に置いてくれる。その様子は、ちょっとバツが悪そうで面白かった。

 ……でも。

 

「……なんで……ひいちゃったんだろ……」

「そりゃ風邪もひくだろ」

 

 後片付けをするカペラちゃんは、変わらず呆れた声色で言う。

 

「ただでさえ有マっていうでかい目標があるのに、あたしたちを一人ずつ説得して回ってんだろ。それだけじゃない。普通の勉強にダンスレッスンにトレーニング……加えて三冠路線も目指して対策する、なんてなったら、そりゃパンクもするだろ」

「……」

「お前のそういう、我武者羅なとこは嫌いじゃないけどさ」

 

 彼女は、続ける。

 

「それで自分が倒れてたら世話ねーだろ。もう少し冷静に自分を観測しろっての。……レースじゃそういうことしてんだろ」

「……いけるとおもったんだもん……」

「オメーがあのトレーナーにバカウマって呼ばれてる理由がようやくわかったよ」

 

 ため息を吐いたカペラちゃんに、反論する気力もない。なんか、もう、いつもなら噛み付くような罵倒も……全部、手放しで受け入れるしかなかった。

 

「……まぁいいや。あんま長居してもアレだからな。あたしは行くぞ」

「ん……」

 

 少し寂しかったけれど、風邪が移っても困る。立ち去ろうとする彼女を、言葉だけで見送る。

 

「また明日様子見に来る。治ったら連絡してくれ。あ、これはまずいってなっても連絡しろよ。すぐ駆け付けるから」

「……りょーちょーいるからだいじょーぶだよ……」

「……うるせぇな」

 

 あ。照れてる。ここが寮ってこと、すっかり忘れてたらしい。

 

「じゃあな。お大事に」

「ん……」

 

 そんな雰囲気を振り払うみたいに、カペラちゃんは言って、立ち去る。扉の閉まった音がして、静寂が漂い始めた。

 

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