16年度の卒業生   作:Ray May

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雨の日◎ p2

「……」

 

 ふわふわした感覚の中。

 耳を澄ますと、色々なところから音が聞こえてくる。

 

 楽しそうな声。威勢のいい声。

 有り触れた生活音、物音。

 

 聞き慣れた全てが、なんだか懐かしいような、羨ましいような――それに思えて。それが積み重なり、限界に達しようとした時。眠ろう、という発想がようやくぼんやりと浮かんできていた。

 口元が隠れるくらいに、布団を引き上げて。

 目を閉じた――

 

「――?」

 

 刹那。

 こんこん、と。軽めにノックの音が聞こえた。

 はい――と、なんとか返事をするけれど、やはりその声は、そうだと言うには、あまりに頼りなかった。

 

「おー、いかにもヤバそうな声だ。……大丈夫そう?」

「……ん」

 

 ただ――訪問者には、ちゃんと聞こえたみたいで。

 清涼剤みたいな綺麗な声が、耳を撫でる。

 

「……シービーさん……?」

「そ。シービーさんだよ。風邪ひいたって聞いたから。扉越しで失礼するね」

 

 わざわざお見舞いに来てくれたのか。感謝を伝えたかったけど、そのための気力すらろくに振り絞れず、曖昧な言葉しか返せなかった。

 

「無理しなくていいよ。軽く様子見に来ただけだから……でも、さすがに『無理』が祟ったか。有マにお友だち探しに、三冠まで本当に狙うんだもんね」

「……ぁぃ……」

「見上げた大志だ。その心意気はいいけど……身体は資本、ってね」

 

 シービーさんは、言う。

 

「さっきカペラとすれ違ったから。たぶんあの子にも言われたかもしれないけどさ。それで自分が倒れてたら世話ないよ」

 

 本当に、カペラちゃんと似たことを。

 私に、言う。

 

「……諦めも、大事かもしれないよ」

「へ……?」

「うん。いやね。変な意味じゃないよ。……冷静に、よく考えてみて?」

 

 何を――と思ったけど、続けられた言葉に、耳を傾ける。

 

「アタシたちには、手は二つしかない。当然、叶えられるもの、持つことの出来るものに、限界はある。あれもこれも、なんて欲張ってたら、何一つ得られないまま終わっちゃうよ。二兎を追う者は……ってやつだね」

「……」

 

 そんなことは――と一瞬思い、もう一瞬で、思い直す。そんなことはないのでは、なんて、布団に倒れ伏している者の、言えることではなかった。

 

「人生、一度しかないけどさ。一度しかないからこそ、追うモノ、叶えたいことは、ちゃんと狙い澄ました方がいい。『全盛期』を終えた後で……ああすればよかった、ああしなきゃよかった、なんて思うのは嫌でしょ?」

「…………」

「大丈夫。誰も笑ったりしないよ」

 

 反論出来ない私に、シービーさんは、優しく。本当に優しく、言ってくれた。

 

「確かに、何かから逃げるのは『臆病』かもしれない。でも、それが恐怖とか、理由のない躊躇によるものじゃないなら……それは『臆病』じゃない。何かを叶えるために、別の何かを手放すことを選択するのも、また『勇気』だよ」

「……」

「ちょっと難しい話だったかな?」

 

 ……さすが。

 という言葉が、頭に浮かぶ。

 ミスターシービー、その生き様や生き方は、方々で伝説的に語られている。

 雨の日に外で走りたがる……なんてのは序の口で。

 

 晴れれば、そこら中に出没し。

 嵐が来れば、空に歌って手を叩く。

 雪が降れば、これでもかというほど雪だるまやら鎌倉やらを作って。

 雷が鳴れば、テンションが上がってはしゃぎ回る。

 寒い日にも凍えず。

 暑い日にも草臥れず。

 

 無茶苦茶に、滅茶苦茶に、我武者羅に――

 何より、自由気ままに。思うがままに生きている。

 

 そんな彼女だからか――その哲学もまた。そこらのウマ娘とは――人間とは。一線を画していた。

 

「…………」

 

 ……手放すことも、また勇気。

 臆病なことじゃない。恥ずかしがることでもない。

 それは、とても勇気づけられる考え方だし、納得も出来る、思考なのだけれど。

 ……だとしたら。

 あの子は――どうなのだろうか。

 

「……ん? どうしたー? 大丈夫? 寝ちゃった?」

「……」

 

 あの子は――

 それを、手放したのだろうか?

 

「おーい?」

「……ヒスイちゃんは」

「ん?」

 

 それが、彼女に伝わるかどうかはわからない。

 それでも、縋るみたいに、私は、口にしていた。

 

「ゆうきをだして……えらんだのかな……」

「……君のお友だち?」

「はい……でも、どうなんだろ……きのうあった、かんじだと……」

 

 ……あの子は。

 彼女は。

 それを、選んでいるようには見えなかった。

 私には……

 

「……むりやり、なっとくしてるように、みえた……」

「……無理矢理、ね」

「わかんない、ですけど……っ」

 

 ……あぁ、駄目だ。

 こういう難しい話を考えるには、頭が本調子じゃなさ過ぎる。頭痛がしてきた……

 

「ぅ~……」

「あはは。病気の子に考えさせることじゃないのは確かだね」

 

 唸る私に、シービーさんは言う。

 

「ま、色々言ったけど。とりあえず今日は、神様がくれたお休みって思ってゆっくり休みな。全てを考えるのは、それからでも間に合うよ」

「……ぁぃ」

「長話してごめんね。じゃ、お大事に」

「シービーさん……」

「ん?」

 

 立ち去ろうとしているのだろう、彼女に、私は精一杯の力を込めて言った。

 

「……ありがとです……」

「礼には及ばないよ。おやすみ」

「ん……」

 

 その言葉を最後に――

 硬い靴音が遠ざかる。

 それに耳を澄ませると、急速に眠気がやってきて――

 

「……」

 

 それに身を任せるまま。

 私は、ゆっくりと目を閉じた。……

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

 

 

 ……それは、夢というよりも、記憶の想起に近かった。

 

 

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

「――おとうさま」

 

 蝉が喧しい合唱を奏でる中で、私はお父様に声を掛ける。

 

「ん? どうしたヒスイちゃん」

 

 お父様は、いつもの朗らかな笑みで言ってしてくれるけれど。

 私の心は……それだけでは、晴れない。

 それを見たお父様の笑顔も、自然、曇る。

 

「……ヒスイちゃん?」

「わたし……おくびょうじゃないよ」

 

 そんな彼に、私は言う。

 

「わたし……にげてないもの。みんなのために、このよのために、みんながしないようなこともやってるの」

 

 いや――言うというより。

 訴える。

 

「にげてないよ。むきあってる。みんなのために、いっぱい、いっぱい、がんばってるんだよ……」

 

 救いを求めるように。

 彼に――訴える。

 

「なのに……なんで」

 

 そのうちに。

 声には、嗚咽が混じって。

 

「……っ、なんで、あんなこといわれなくちゃ、いけないの……?」

 

 最後には。

 号泣へと変わってしまうのだ。

 人目も憚らず泣き喚く私を見て、お父様は、狼狽するけれど。

 平静を保ちながら、宥めてくれるのだ。

 あの手この手で。あらゆることを尽くして。

 私を、慰めてくれるのだ。……

 

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