「お~、やっぱり思った通りだ」
辿り着いたのは、こぢんまりとしたアパレルショップだった。
「『素材』がいいから、どんな服も似合うだろうなーとは思ってたけど。うんうん。悪くないね~」
「……えっと」
「じゃ、次こっち着てみようか!」
「……はぁ」
試着室に押し込まれ。
次々と持ってこられる服を、片っ端から着せられる。
「元がスーツだから、やっぱりかっちりしたのが安定かなぁ」
フォーマルなもの。
「おー、敢えての女の子風もアリだね! そこはかとない背徳感がいい魅力になってるよ!」
ガーリーなもの。
「……ん? あれ、なんかこの服、見たことあるような……あ。アタシの私服そっくりだ。あはは」
その他、多様なジャンルのあれこれ。
押しつけられるまま、ただただ着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返すその様子は、宛ら着せ替え人形。
寄せては返す波のようにやってくる彼女に、隙を見て逃げ出そう、という発想も浮かばない。
元より。
それがとても罪深いことのような気がして。思い浮かんでも、実行しよう、とまではいかなかった。
「……うーん、困ったなぁ」
その末に。
とある服装を見たシービーは、いかにも困ったように唸る。
「これを買うには、ちょっと今月は厳しめなんだよね……」
「買うつもりなのですか……?」
状況を飲み込み始めているヒスイは、そこで初めてまともに応対する。シービーはというと、なおも悩ましげに唸っていた。
「そりゃね。思い出は形として合った方が嬉しいでしょ?」
「思い出……?」
「うーん……まぁいいや! なんとかなるでしょ! あのー、すみませーん!」
延々と悩んだ彼女だったが、最終的に決心し、それを購入する。
店外へと出たヒスイは、再び腕時計に目を落とし。
既に、七時を回ろうとしていることに気が付いた。
「……あの」
さすがに終わりだよな――と、声を掛けようとするが。
「よし、それじゃあ『次』行こう!」
「え、へ……!?」
そんな隙も与えずに。
シービーは再び、彼女の手を取り、走り出す。
「えー! 今の取れてないの!? ここのアーム弱すぎじゃない……?」
「……」
楽しげながらもけたたましい音に包まれたその店で、シービーは悔しげに言う。
「ねぇねぇ、キミもやってみてよ」
「え……わ、私が……?」
手元のボタンを操作し、アームを動かし、ボックスの中に入れられた景品を入手する。
つまりはUFOキャッチャーなわけだが――生憎とヒスイも、それに挑戦するのは初めてだった。
そんなものに。
かまけたことは、一度もなかった。
「あの……でも私」
「大丈夫大丈夫、お金は入れてあげるから。ほら!」
ちゃりん、と小気味いい音が響き、UFOキャッチャーが、明るく喧しい音楽を奏でる。それにヒスイは顔を顰めながらも、やはり厚意を無駄に出来ない――と、それと向かい合った。
「……」
操作方法は見ていた。
ボタンを押せばアームが動く。
ちょうどいいタイミングで離せば、こんなものは簡単に――
「……あれ」
そう、簡単にいくはず。
アームは、ボックス内のぬいぐるみを確かに捉えた。
が――そのまま、順当に、景品を持ち上げてはくれず。
ぽすん、と無情に落としてしまう。
「……」
「あー、やっぱり落としちゃうか。ちょっとアームが弱い気がするなぁ……しょうがない。また別の」
「……もう一回」
「え?」
ヒスイは。
もちろん、そこで諦めることは出来た。
だが、心の中に渦巻き始めたもやもやに、まるで嘲笑われているかのような感覚に耐えかね。
「もう一回! お願いします!」
「お……おぉ。わかったよ」
突然のその気迫に、シービーも思わずたじたじとなったが。頼まれたからには――と。お金を投入してあげていた。
……が。そのような尽力にも関わらず。景品は、終ぞ入手することは叶わなかった。
「やー、遊んだ遊んだ」
対面で、シービーが満足そうに言う中。
ヒスイは、再三腕時計を確認する。
長針と短針は、ちょうど90度の角度で止まっている。
夜の九時を回ろうとしていた。
「調子に乗って二千円もかけちゃったね。本当は千円で終わるつもりだったのに……あれがUFOキャッチャーの魔力だよねぇ」
「……」
場所は、大人びた喫茶店。そのテラス席。
「でもまさか、あそこで急に熱入れ始めるなんて思ってなかったよ。もしかして結構負けず嫌い? あはは」
「……」
空には雲が広がり始めており、今にも泣き出しそうな模様をしていた。
「……大丈夫? 具合悪い?」
「……あの」
それまで無言で、シービーの言葉を聞いていたヒスイは。
落ち着き、冷静になって――
ようやく、彼女に問う。
「……なぜ、このようなことを?」
シービーは目を丸くする。
なぜそのようなことを訊くのか、とでも言いたげに。
「ミザールさんに、頼まれたのですか?」
続けざま、その目に問いかけると。
彼女は、あぁ、と爽やかに微笑んでいた。
「んーん。特に頼まれてないよ。私がしたかったからしただけ」
「は……?」
「だって、お話聞いてたら。すっごい窮屈そうだったから」
予想だにしない答えに、今度はヒスイが目を丸くする番だった。
「そうじゃない? だって、秘書をしてるんでしょ。立派だよね。あんなおっきな会社に勤めて、毎日毎日社長のお付きをしてるってんだから。しかも残業もせずきっちりにお仕事こなして……正直、簡単に真似出来ることじゃないと思う。
でもだから……だからこそ。キミが、とっても窮屈に生活してるように見えてさ」
「……そんなこと、ありません」
「そう? その割に、UFOキャッチャーにはだいぶおアツだったけど」
「あっ、あれはたまたま熱が入っただけで……!」
顔を上げ、視線を合わせるヒスイだったが。自らを見つめる、凪のような透き通った瞳に貫かれ、視線を逸らしていた。
「……あんなこと。本当なら、している余裕はありません。今日だって、本当なら今頃就寝の準備を」
「でも、帰らなかったじゃん。それが全てじゃない?」
「そ、それはあなたが勝手に連れ回したからで……!」
「でも、それに従うことを選んだのもキミだよ?」
「……へ、屁理屈です。そんなの……」
「屁理屈でも理屈は理屈さ。李も桃も桃のうちってね」
「っ……」
「……」
唇をかみしめ、心底悔しそうにするヒスイを見たシービーは、息を吐き、言う。
「キミもさ。本当はこうして楽しみたいんじゃないの?」
「……どういう意味ですか」
「そのまんまの意味だよ。キミはこうして……必死に自制してるけど。本当はこんな風に、バカがしたいんじゃないの?」
硬直するヒスイに、シービーは呆れとも心配とも取れる表情を浮かべた。
「……どうなの?」
「……それは」
彼女は、シービーと目を合わさないまま。
視線を下げたまま、答える。
「関係がありません。私がしたかろうが、したくなかろうが……」
「誰かに禁止されてるってこと?」
「そうではありません。私にはしなくてはならないことが――」
「それって、キミのその純粋な欲を後回しにしてでもしなきゃいけないこと?」
「……そう、言っているつもりです」
「誰がそう決めたの?」
「誰がとか、そういう話では――」
「キミのお父さんは、かなり理解ある人に見えたけどな」
その言葉に。
ヒスイは、再び黙り込む。
「かといって、周りが追い詰めてる感じでもない。むしろ頑張るキミのことを、みんな応援してるように見える。キミの自由を……不当に縛ってるようには見えない。全く関係ない第三者でさえ」
そんな彼女に。シービーはつづけた。
「……わかんないな」
悪意なく――本当に、純粋に。
「キミは一体……何に縛られてるの?」
「……」
「――あ」
さなかで。
ぽつぽつと、雨粒が、地面に染みを作り始める。
「雨だ」
それを見たシービーは、嬉しそうに声を上げていた。
うずうずと、落ち着きが無くなる彼女を。
ヒスイは、不思議そうに見る。
「……どうしたのです?」
「え? あー、いやね。アタシさ。雨が降ってると、走りたくなっちゃうんだよね」
「……は?」
そしてその顔は、いよいよ。
怪訝を通り越し、不審者を見るそれへと変わっていた。
「え……は? 走る? 雨の中をですか?」
「うん。あー、どうしよっかな。家近いし。ひとっ走りしよっかな」
「い――いやいや! ちょっと待ってください!」
その場に立ち上がり、本当に走り出しそうな彼女を見て、ヒスイは身を乗り出す。
それが冗談でも何でもないと、本能的に理解したのだ。
「ん?」
「いや、ん? ではなくて! 何を言っているのです!? 雨の中を走るなんて、そんなの――」
イカれてる、と言おうとした彼女だったが、飲み込む。だが、その意図は伝わったらしく、シービーは悪戯っぽく笑っていた。
「……雨の中を走っちゃいけないなんて、誰が決めたの?」
「い、いや。決めてませんけれど。決めてませんけれど! それこそそういう話ではありませんよ! 常識的に考えて……!!」
「じゃあ、その常識は誰が決めたの?」
「そ……それは……」
「……どうにもキミは、自分の考えや決め事の中でだけ、現実を決めちゃう傾向があると見える」
しょうがない、とシービーは、テーブルの前へと出ていた。
「では、そんなキミのために。このアタクシめが、一芸を披露して差し上げましょう」
「い……一芸?」
「――あ」
雨が、いよいよ本格的に降り出す中。
シービーの目は、傍の別のテーブルにて、コーヒーを嗜んでいた、一人の男性へと向けられる。
そのテーブルには、傘が掛けられており、
「お兄さん、」
彼に近付くと。
シービーは呼びかけていた。
「ごめん、これちょっと借りるね」
「――え? あ、ちょっと!?」
許可を得ないまま、掛けてあった傘を手にしたシービーは、彼女らの前に立ち。
「……」
その場に居合わせた、全ての客の視線を、一心に受けながら。
丁寧に、お辞儀していた。