16年度の卒業生   作:Ray May

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雨の日◎ p4

-◆◇◆-

 

 

 

「お~、やっぱり思った通りだ」

 

 辿り着いたのは、こぢんまりとしたアパレルショップだった。

 

「『素材』がいいから、どんな服も似合うだろうなーとは思ってたけど。うんうん。悪くないね~」

「……えっと」

「じゃ、次こっち着てみようか!」

「……はぁ」

 

 試着室に押し込まれ。

 次々と持ってこられる服を、片っ端から着せられる。

 

「元がスーツだから、やっぱりかっちりしたのが安定かなぁ」

 

 フォーマルなもの。

 

「おー、敢えての女の子風もアリだね! そこはかとない背徳感がいい魅力になってるよ!」

 

 ガーリーなもの。

 

「……ん? あれ、なんかこの服、見たことあるような……あ。アタシの私服そっくりだ。あはは」

 

 その他、多様なジャンルのあれこれ。

 押しつけられるまま、ただただ着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返すその様子は、宛ら着せ替え人形。

 寄せては返す波のようにやってくる彼女に、隙を見て逃げ出そう、という発想も浮かばない。

 元より。

 それがとても罪深いことのような気がして。思い浮かんでも、実行しよう、とまではいかなかった。

 

「……うーん、困ったなぁ」

 

 その末に。

 とある服装を見たシービーは、いかにも困ったように唸る。

 

「これを買うには、ちょっと今月は厳しめなんだよね……」

「買うつもりなのですか……?」

 

 状況を飲み込み始めているヒスイは、そこで初めてまともに応対する。シービーはというと、なおも悩ましげに唸っていた。

 

「そりゃね。思い出は形として合った方が嬉しいでしょ?」

「思い出……?」

「うーん……まぁいいや! なんとかなるでしょ! あのー、すみませーん!」

 

 延々と悩んだ彼女だったが、最終的に決心し、それを購入する。

 店外へと出たヒスイは、再び腕時計に目を落とし。

 既に、七時を回ろうとしていることに気が付いた。

 

「……あの」

 

 さすがに終わりだよな――と、声を掛けようとするが。

 

「よし、それじゃあ『次』行こう!」

「え、へ……!?」

 

 そんな隙も与えずに。

 シービーは再び、彼女の手を取り、走り出す。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「えー! 今の取れてないの!? ここのアーム弱すぎじゃない……?」

「……」

 

 楽しげながらもけたたましい音に包まれたその店で、シービーは悔しげに言う。

 

「ねぇねぇ、キミもやってみてよ」

「え……わ、私が……?」

 

 手元のボタンを操作し、アームを動かし、ボックスの中に入れられた景品を入手する。

 つまりはUFOキャッチャーなわけだが――生憎とヒスイも、それに挑戦するのは初めてだった。

 そんなものに。

 かまけたことは、一度もなかった。

 

「あの……でも私」

「大丈夫大丈夫、お金は入れてあげるから。ほら!」

 

 ちゃりん、と小気味いい音が響き、UFOキャッチャーが、明るく喧しい音楽を奏でる。それにヒスイは顔を顰めながらも、やはり厚意を無駄に出来ない――と、それと向かい合った。

 

「……」

 

 操作方法は見ていた。

 ボタンを押せばアームが動く。

 ちょうどいいタイミングで離せば、こんなものは簡単に――

 

「……あれ」

 

 そう、簡単にいくはず。

 アームは、ボックス内のぬいぐるみを確かに捉えた。

 が――そのまま、順当に、景品を持ち上げてはくれず。

 ぽすん、と無情に落としてしまう。

 

「……」

「あー、やっぱり落としちゃうか。ちょっとアームが弱い気がするなぁ……しょうがない。また別の」

「……もう一回」

「え?」

 

 ヒスイは。

 もちろん、そこで諦めることは出来た。

 だが、心の中に渦巻き始めたもやもやに、まるで嘲笑われているかのような感覚に耐えかね。

 

「もう一回! お願いします!」

「お……おぉ。わかったよ」

 

 突然のその気迫に、シービーも思わずたじたじとなったが。頼まれたからには――と。お金を投入してあげていた。

 ……が。そのような尽力にも関わらず。景品は、終ぞ入手することは叶わなかった。

 

 

 

-◆◇◆-

 

 

 

「やー、遊んだ遊んだ」

 

 対面で、シービーが満足そうに言う中。

 ヒスイは、再三腕時計を確認する。

 長針と短針は、ちょうど90度の角度で止まっている。

 夜の九時を回ろうとしていた。

 

「調子に乗って二千円もかけちゃったね。本当は千円で終わるつもりだったのに……あれがUFOキャッチャーの魔力だよねぇ」

「……」

 

 場所は、大人びた喫茶店。そのテラス席。

 

「でもまさか、あそこで急に熱入れ始めるなんて思ってなかったよ。もしかして結構負けず嫌い? あはは」

「……」

 

 空には雲が広がり始めており、今にも泣き出しそうな模様をしていた。

 

「……大丈夫? 具合悪い?」

「……あの」

 

 それまで無言で、シービーの言葉を聞いていたヒスイは。

 落ち着き、冷静になって――

 ようやく、彼女に問う。

 

「……なぜ、このようなことを?」

 

 シービーは目を丸くする。

 なぜそのようなことを訊くのか、とでも言いたげに。

 

「ミザールさんに、頼まれたのですか?」

 

 続けざま、その目に問いかけると。

 彼女は、あぁ、と爽やかに微笑んでいた。

 

「んーん。特に頼まれてないよ。私がしたかったからしただけ」

「は……?」

「だって、お話聞いてたら。すっごい窮屈そうだったから」

 

 予想だにしない答えに、今度はヒスイが目を丸くする番だった。

 

「そうじゃない? だって、秘書をしてるんでしょ。立派だよね。あんなおっきな会社に勤めて、毎日毎日社長のお付きをしてるってんだから。しかも残業もせずきっちりにお仕事こなして……正直、簡単に真似出来ることじゃないと思う。

 

 でもだから……だからこそ。キミが、とっても窮屈に生活してるように見えてさ」

 

「……そんなこと、ありません」

「そう? その割に、UFOキャッチャーにはだいぶおアツだったけど」

「あっ、あれはたまたま熱が入っただけで……!」

 

 顔を上げ、視線を合わせるヒスイだったが。自らを見つめる、凪のような透き通った瞳に貫かれ、視線を逸らしていた。

 

「……あんなこと。本当なら、している余裕はありません。今日だって、本当なら今頃就寝の準備を」

「でも、帰らなかったじゃん。それが全てじゃない?」

「そ、それはあなたが勝手に連れ回したからで……!」

「でも、それに従うことを選んだのもキミだよ?」

「……へ、屁理屈です。そんなの……」

「屁理屈でも理屈は理屈さ。李も桃も桃のうちってね」

「っ……」

「……」

 

 唇をかみしめ、心底悔しそうにするヒスイを見たシービーは、息を吐き、言う。

 

「キミもさ。本当はこうして楽しみたいんじゃないの?」

「……どういう意味ですか」

「そのまんまの意味だよ。キミはこうして……必死に自制してるけど。本当はこんな風に、バカがしたいんじゃないの?」

 

 硬直するヒスイに、シービーは呆れとも心配とも取れる表情を浮かべた。

 

「……どうなの?」

「……それは」

 

 彼女は、シービーと目を合わさないまま。

 視線を下げたまま、答える。

 

「関係がありません。私がしたかろうが、したくなかろうが……」

「誰かに禁止されてるってこと?」

「そうではありません。私にはしなくてはならないことが――」

「それって、キミのその純粋な欲を後回しにしてでもしなきゃいけないこと?」

「……そう、言っているつもりです」

「誰がそう決めたの?」

「誰がとか、そういう話では――」

「キミのお父さんは、かなり理解ある人に見えたけどな」

 

 その言葉に。

 ヒスイは、再び黙り込む。

 

「かといって、周りが追い詰めてる感じでもない。むしろ頑張るキミのことを、みんな応援してるように見える。キミの自由を……不当に縛ってるようには見えない。全く関係ない第三者でさえ」

 

 そんな彼女に。シービーはつづけた。

 

「……わかんないな」

 

 悪意なく――本当に、純粋に。

 

「キミは一体……何に縛られてるの?」

「……」

「――あ」

 

 さなかで。

 ぽつぽつと、雨粒が、地面に染みを作り始める。

 

「雨だ」

 

 それを見たシービーは、嬉しそうに声を上げていた。

 うずうずと、落ち着きが無くなる彼女を。

 ヒスイは、不思議そうに見る。

 

「……どうしたのです?」

「え? あー、いやね。アタシさ。雨が降ってると、走りたくなっちゃうんだよね」

「……は?」

 

 そしてその顔は、いよいよ。

 怪訝を通り越し、不審者を見るそれへと変わっていた。

 

「え……は? 走る? 雨の中をですか?」

「うん。あー、どうしよっかな。家近いし。ひとっ走りしよっかな」

「い――いやいや! ちょっと待ってください!」

 

 その場に立ち上がり、本当に走り出しそうな彼女を見て、ヒスイは身を乗り出す。

 それが冗談でも何でもないと、本能的に理解したのだ。

 

「ん?」

「いや、ん? ではなくて! 何を言っているのです!? 雨の中を走るなんて、そんなの――」

 

 イカれてる、と言おうとした彼女だったが、飲み込む。だが、その意図は伝わったらしく、シービーは悪戯っぽく笑っていた。

 

「……雨の中を走っちゃいけないなんて、誰が決めたの?」

「い、いや。決めてませんけれど。決めてませんけれど! それこそそういう話ではありませんよ! 常識的に考えて……!!」

「じゃあ、その常識は誰が決めたの?」

「そ……それは……」

「……どうにもキミは、自分の考えや決め事の中でだけ、現実を決めちゃう傾向があると見える」

 

 しょうがない、とシービーは、テーブルの前へと出ていた。

 

「では、そんなキミのために。このアタクシめが、一芸を披露して差し上げましょう」

「い……一芸?」

「――あ」

 

 雨が、いよいよ本格的に降り出す中。

 シービーの目は、傍の別のテーブルにて、コーヒーを嗜んでいた、一人の男性へと向けられる。

 そのテーブルには、傘が掛けられており、

 

「お兄さん、」

 

 彼に近付くと。

 シービーは呼びかけていた。

 

「ごめん、これちょっと借りるね」

「――え? あ、ちょっと!?」

 

 許可を得ないまま、掛けてあった傘を手にしたシービーは、彼女らの前に立ち。

 

「……」

 

 その場に居合わせた、全ての客の視線を、一心に受けながら。

 丁寧に、お辞儀していた。

 

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